*海岸*
「【あやしろ家】は一体どうなっとるんぢゃ!?」

【くまだ】先生がそう呟いた。僕も同じ気持ちだ・・・。

「茂夫くん、わしは【あやしろ家】に行って、【ぜんぞう】に話してくるわい。」
「わかりました、お願いします。」
「ぢゃあ、後を頼むぞ。」

海岸に残されたのは僕と【アズサ】さんの死体・・・そして、警察の人たちだ。しかしボチボチ、野次馬があつまりつつある。皆、【キク】さんのことを噂しているようだ・・・。

「【アズサ】さん・・・一体どうして?」
「死因は絞殺だ。喉元についたアザが見えるだろう。死んだのは・・・昨夜の12時ごろかな、殺された後、海へ突き落とされたようだ。」

鑑識官の人が親切に教えてくれた。

「しかし、運が良い、といっていいのか悪いのか・・・。」
「・・・?」
「ここは、『自殺の名所』と言われるだけあって、滅多に死体はあがらないんだ。ただ、この死体はたまたま流れついた材木にひっかかったんだな。」
「そうなんですか・・・。すみません、少し死体・・・【アズサ】さんを調べさせていただいてもよろしいですか?」
「おい!素人が勝手に調べるんじゃ・・・それに、第一我々がすでに調べているんだ。何も出てこんよ。」

やっぱり簡単には許してくれないか、でも、ここで引き下がるわけにはいかない・・・。

「お願いします!僕の調査にも必要な事なんです!」
「調査?・・・おや、どこかで見た顔だと思っていたら、君は【うつぎ探偵事務所】の茂夫くんじゃないか。よし、お手並み拝見といくか・・・あまり、現場を荒らさないでくれよ。」
「はい、ありがとうございます。」

僕は【アズサ】さんの死体を一通り調べてみた・・・頭部、足、手元・・・証拠になるようなものは何もなさそうだが・・・。

「あっ!?靴が片方ない!じゃ、僕が崖の上で見つけたハイヒールは・・・?」

僕は、そのハイヒールを鑑識さんに手渡した。

「これ、崖の上に落ちていましたよ。」
「お、ありがとう。預からせてもらうよ。」

あとは・・・そうだな、爪の間を調べてみよう・・・!やっぱり!!

「なにかを激しく引っかいたような跡がある!」
「なに?本当かね!ちょっと待っていてくれよ。すぐに調べるから・・・。」

鑑識さんは手早く器具を用意して、【アズサ】さんの死体の手元を調べ始めた。

「ガイシャの爪の間から、人間の皮膚の一部が検出されたぞ!どうやら襲われたときに犯人を引っかいたようだな。さすがだな!いや、恐れ入ったよ。」
「いや、そんな・・・。」

照れちゃうなぁ・・・おや?よく見ると野次馬の中には村であまり見かけない人もいるな・・・それに!!

「顔に傷のある男がいる・・・出来たばかりの傷のようだ!話を聞かなければ!」

僕は、その人を呼んでみた。

「わしに、何か用か?」
「その傷はどうしたんですか?」
「なぁに。猫に引っかかれただけじゃよ。何でそんな事を・・・えっ!この犯人は引っかき傷のある男!?」
「ととと、とんでもない!わしじゃない!信じてくれ!実は、昨夜遅くまで飲み歩いていて、母ちゃんと喧嘩しただ。んで、その時に引っかかれたんじゃ。家の母ちゃん怖いんじゃ・・・。」

それを見ていた村人たちが口を挟む。

「んだんだ、ここの母ちゃんはまっこと恐ろすぃからのう。」

なんだ、そうだったのか・・・。疑って悪かったなぁ。

「どうもすみません。」
「いやいや、いいんじゃよ。ところでのう・・・その晩、わしは見てしもうたんじゃ!女が歩いとったのを!」
「わしはてっきり【キク】さんじゃ、と思うて逃げ出そうとしたんじゃが、腰が抜けて動けんかった。で、よく見たらこの女じゃったんじゃ!」

えっ!?何だって!?

「しかもじゃ、この女の後をつけるように、男が歩いとった!あれはたしか・・・【あやしろ家】に時々出入りしている男じゃった!」
「ええっ!?【あやしろ家】に出入りする男と言えば、すでに死んでいる【カンジ】【ジロウ】、行方不明の【アキラ】、そして他には・・・。」

・・・・・・!その男とは、もしや・・・!!

「すみません、鑑識さん!僕は【あやしろ家】に向かいます!検死の結果、わかったら教えてください!」
「ああ、いつもの通り【くまだ】先生に知らせておくよ。」

僕は【あやしろ家】に向かって走った。そろそろ【くまだ】先生も説明を終えている頃だろう。

*あやしろ家*
【あやしろ家】の居間だ。【ぜんぞう】さんのショックは相当なものみたいだ。それも当たり前だけど・・・。【くまだ】先生は病院に戻ったみたいだな。

「茂木様・・・昨夜の11時ごろ、やっと戻られた【アズサ】様をもっと強くお引止めすればよかった・・・!」
「【ぜんぞう】さん・・・。」
「もう、残った望みは【ユリ】様が【あやしろ家】に戻られる事だけでございます・・・。」
「それが・・・【ぜんぞう】さん、【ユリ】さんは・・・すでに・・・。」
「な、なんですって!?もうこれで、【あやしろ家】はおしまいだ!」
「しかし、【ユリ】さんには忘れ形見がいるそうなんです。今は行方不明ですが・・・僕が、きっと見つけ出してみせます!」
「・・・もはや、全ての事がどうでも良いように思えます・・・。」

いけない、【ぜんぞう】さんはあまりの惨事が続いたからか、すっかり無気力になっている・・・ここは、ショック療法をとるしかない!

「【ぜんぞう】さん・・・僕は、希望を捨ててしまった依頼人の調査はお断りします。」
「・・・・・・。」
「残念ですが・・・これで失礼します。」
「お待ちください!私はどうにかしておりました!なにとぞ、【キク】様の・・・【あやしろ家】の無念をお晴らしください!」

上手く行ったみたいだ・・・【ぜんぞう】さんの目に輝きが戻っている。

「そう言っていただけると思っていました!ところで、昨夜【アズサ】さんは何故出かけられたんですか?」
「昨夜【アズサ】様は、再び出かけられるまでどなたかと電話で話しておられました。何か、激しく言い争って折られたようなんですが。」

・・・・・・?誰かと言い争っていた?

「そうでした、茂木様!【アズサ】様は、電話をおかけになる際にはしきりにメモを取られる癖がありました!」
「このメモ帳ですか?」

僕は、電話機の隣りにあるメモ帳を手に取った。一番上は破りとられているが、強く書かれた部分が筆圧でへこんでいる。この鉛筆を使えば・・・。

「よしよし、なんとか読めるぞ!なになに・・・『【うなかみの崖】11時半、アキラとは関係ない、まもなく遺産分配・・・【ユリ】の子供見つかった!』だって!?』
「こ、これは・・・【ぜんぞう】さん!【アズサ】さんは昨夜、電話の相手と【うなかみの崖】で会う約束をしたようですよ!」
「本当でございますか!?」
「そしてそれは、以前【アキラ】と会っていたという人物かも・・・さらに『【ユリ】の子供を見つけた』とは・・・それは一体!?」

と、そこで居間に置かれた電話のベルが鳴り響いた。【ぜんぞう】さんが受話器を手に取り、やがて戻ってくる。

「茂木様。【くまだ】先生がお呼びです。何かお話があるそうですので、すぐに参りましょう。」
「【くまだ】先生が?えぇ、わかりました。」

僕と【ぜんぞう】さんは、共に連れ立って【くまだ医院】へと向かった・・・。

*くまだ医院*
「やれやれ、やっと着いたわい。しかしあそこには、またいずれ行ってみる必要がありそうぢゃの。」
「そうですね。今度は一緒に行きましょう。」
「なんぢゃ、またわしが居眠りすると思っとるんぢゃな?」
「いえいえ・・・。ところで【ジロウ】のことなんですが、【ジロウ】が自殺した夜、あの裏山で二つの人影が目撃されてたんです。話によれば、1人は意識が無かったようで、もう一方の人にひきずられるようにしていたそうなんですよ。」
「目撃者は、蘇った【キク】と、その【キク】に殺された【ジロウ】だと言うんですが・・・。」
「何をバカな。死んだもんがいちいち蘇るようなら、病院など不要ぢゃ。しかし確かに、何者かに殺された【ジロウ】が運ばれている所を、目撃したのかもしれんな。」
「ところでぢゃな。【ジロウ】があのガスでやられたとしても、問題はなぜ指から青酸反応が出たか、ぢゃよ。結びつける何かがあるはずぢゃが・・・。」

・・・そういえば、【くまだ】先生には彼のことは聞いていなかったな。

「【くまだ】先生、先生は【あやしろカズト】さんについては何かご存知ではないですか?」
「お前さん、誰から聞いたんぢゃ?そんな名前。」
「実は崖の上で、【カズト】さんの恋人と言う【ふじみやユキコ】という人に会ったんです。」
「何!?で、その人は美人ぢゃったか?」
「ええ、きれいな人でしたよ。何かご存知ですか?」
「いや、なに。きれいな人なら一度会ってみたいと思ったんぢゃ。」

本当かな〜?この先生、案外タヌキだからなぁ。

「で、その【ユキコ】という女性はいつでも崖の上におるんか?」
「いつでも、って言うわけじゃありませんが、大体5時くらいに来るようです。」
「と、言う事は今ぐらいぢゃな。美人に会いに出発ぢゃ!」

おいおい・・・ま、別に連れて行ってもかまわないか・・・。

*くまだ医院*
【くまだ医院】では、【ぜんぞう】さんの言うとおり【くまだ】先生が待っていた。話って、何なんだろう?

「おお、来たか。おっ!【ぜんぞう】も一緒ぢゃったか。ちょうど良かったわい。・・・実はな、【アカネ】が来とるんぢゃ。」
「さっきばったり会ったんぢゃが、えらく深刻な顔をしとったから気になって連れてきたんぢゃが・・・。」
「【アカネ】さんが?ちょっと、呼んでもらえますか?」
「ああ、えぇとも。」

やがてやってきた【アカネ】さんは、あきらかに憔悴していた・・・何か悩み事があるようにも思えるが・・・?

「とうとう【アズサ】さんまで・・・もう、あんな恐ろしい所にはいられません!」
「落ち着いてください!【アカネ】さん。・・・時に、【アカネ】さんはこれに見覚えがありますか?」

僕は、【アカネ】さんが棺へと納めた、という例の手鏡を取り出した。

「!そ、それは・・・それが何だっていうんです!?早く、しまってください!・・・【ぜんぞう】さん、長い間お世話になりました!失礼します!」

・・・?これは何かあるな・・・そう思った僕は、さらに追及してみることにした。

「まぁ、待ってください。これは実はですね・・・。」
「う、嘘・・・これが、どうしてここに?そそ、そんな・・・やめてください!!わああっ!」

あちゃ、泣き出しちゃった・・・。しかし、【アカネ】さんは泣きじゃくりながら、とんでもない事を口走った。

「・・・申し訳ありませんでした・・・【キク】様を殺したのは・・・この私なんです!」
「・・・・・・!!」

そして【アカネ】さんはポツリポツリと話し始めた。

「・・・実は、【キク】さまはタバコを止めてはいなかったのです。タバコは、私がいつも買っていました。」
「お止めしたんですが、一服しなければ眠れない、そう言われると断りきれず・・・この事は、遺言書作成に見えた【かんだ】先生にもこぼしておられました。」
「あの晩も奥様はいつものようにキセルに火をつけられ・・・まもなく発作を起こされたようでした。あの焦げ跡は、その時できたものです。」
「じゃ、【タバコ入れ】はあなたが・・・。」
「・・・はい。奥様が事切れているのを発見した私は、とっさにキセルと【タバコ入れ】を隠しました。」
「そして、その後で【ぜんぞう】さんを呼んだんです。申し訳・・・ありませんでした・・・。ううっ・・・。」

だが、そこで【くまだ】先生が横から【アカネ】さんを叱りつけた。

「馬鹿もん!【キク】さんの心臓はそんな事で止まってしまうほどヤワではなかったわ!この【クマダ】が保障してやる!」
「決してお前のせいじゃない、ぢゃから・・・もう泣くな。屋敷で休んどれ。」

僕は、後ろに控えている【ぜんぞう】さんに声をかけた。

「【ぜんぞう】さん・・・。」
「はい、私が【アカネ】についていてやります。」
「そうしてあげてください。」

【アカネ】さんは、【ぜんぞう】さんに連れられて【あやしろ家】に戻っていった。さて、【くまだ】先生の話を聞こう。

「やれやれ、まったく脅かされたわい。」
「それで、話とは何だったんです?」
「うむ、【アズサ】の事じゃがな、彼女の死に方は【カンジ】や【ジロウ】の様な不審な点がまったくないのう。」
「【カンジ】は、刺された時にはすでに死んでいたそうぢゃし、【ジロウ】にしても何か不自然ぢゃ・・・。」
「【アズサ】は、事件とは無関係なんぢゃろうか?」
「・・・・・・。」
「しかしなぁ・・・【キク】さんにしても、禁煙中ぢゃった【アズサ】にしても、タバコの好きな奴ばかりぢゃのう。」
「・・・解剖結果を聞いたとき警察が言っとったが、【カンジ】も【ジロウ】もかなりのヘビースモーカーだったようで、肺が真っ黒ぢゃったそうぢゃ。」

・・・まてよ?シアン化水素は、たしかある薬品に反応させた青酸化合物に熱を加えると発生するんだったな・・・。

「どうした、茂夫くん。考え込んで・・・。」
「熱を加える・・・そうか!これですよ!!【ジロウ】の指についた青酸と、シアン化水素を結びつけるものは!」
「!?何だと言うんぢゃ!」
「タバコですよ、タバコ!」
「なるほど!青酸入りのタバコに火をつけるとガスが発生する!それを吸い込んだものは・・・そうか!タバコから染み出した青酸が【ジロウ】の指に付着したわけぢゃな!」
「多分【ジロウ】は、青酸タバコで殺された後、自殺のように偽装されたんでしょう。」
「【カンジ】をあらかじめこの方法で殺し、土蔵まで運んだ後にナイフを突きたてることもこれならば簡単だ!」
「ただ、禁煙中の【アズサ】だけにはこの方法は使えなかった・・・だから【アズサ】が・・・ん!?」
「もしや、【キク】さんもこの方法で!?」

「茂夫くん!これは【かぐら寺】へ行かにゃならんな!」
「先生!急ぎましょう!」

もはやとやかく言ってはいられない!【げんしん】和尚さまに話して、【キク】さんの遺体を調べさせてもらおう!

*かぐら寺*
寺に到着した僕たちは、すぐさま【キク】さんの墓がある墓地へと【げんしん】和尚さまを連れて行き、事の全てを話した。

「【げんしん】さん!いまやもう、【キク】さんの・・・。」
「墓を暴くしかない、と言うんじゃろ?しかし、それだけは・・・。」
「村人たちが何かを見たという噂!そしてあの、あるはずのない場所にあった手鏡!妙な事が続きすぎると思いませんか!?」
「・・・・・・。」
「警察に【キク】さんの遺体を調べてもらえば、事件の糸口がつかめるかもしれない・・・ここに眠っている【キク】さんは、タバコ殺人の最初の犠牲者かもしれないんですよ!?」
「・・・・・・。」
「【げんしん】さん!わかってください!これ以上、殺人犯を野放しにするわけにはいかないんです!」

やっと【げんしん】和尚は決心してくれたようだ。僕たちの方に向き直る・・・。

「よし、わかった!確かに君の言う通りじゃ。すぐに警察を呼ぼう!」
数々の謎を秘めた【キク】の姿が、今まさにあなたの目の前に現れようとしている・・・。