エネミーライン
エネミー・ライン (2001/米)
Behind Enemy Lines

製作総指揮 ステファニー・オースティン / ウィック・ゴッドフレイ
製作 ジョン・デイビス
監督 ジョン・ムーア
脚本 デビッド・ベローズ / ザック・ペン
原案 ジム・トーマス / ジョン・C・トーマス
撮影 ブレンダン・ガルビン
音楽 ドン・デイビス
出演 オーウェン・ウィルソン / ジーン・ハックマン / ガブリエル・マクト / チャールズ・マリック・ホイットフィールド / ホアキン・ド・アルメイダ
9.11以降の戦争映画はどう変わるのか?と思ったら2002年のハリウッドは戦争映画ラッシュ?!
「プライベートライアン」の成功で既に戦争映画ブームの兆しはあったのだが、NYテロ直後の自粛ムードもアフガン戦争のおおむね勝利(?)な結果の前にすっかり解禁。
喉元過ぎれば・・・というよりもむしろ戦勝ムードに乗っかって「これでいいのだ!(バカボン)」ということになっている気がする。

さて2002年度ハリウッド戦争映画の先陣を切る「エネミーライン」の舞台はよりによって混迷のバルカン半島はボスニアである!
複雑すぎてこんなところで説明は出来ないがザッとまとめると、NATO軍の空爆によって一応の終結を見たボスニア紛争以降、クロアチア及びムスリム勢力とセルビア勢力の間には休戦協定が結ばれ、NATOと米軍のPKO部隊による監視下にある。
とはいえ、協定上、監視部隊が立ち入れない禁止エリアが存在する。
そんな状況下、アドリア海上の米空母カールビンソンからジェット戦闘攻撃機F/A18がルーティンの偵察任務のため飛び立つ。
パイロットのクリス・バーネット大尉(オーエン・ウイルソン)は日々の偵察飛行に飽き飽きしている。
レイガート司令官(ジーン・ハックマン)に呼び出し喰らった際も「オレは戦闘がしたくて海軍に入ったのに偵察ばっかじゃん」とか言い放つような野郎なので、たまたまレーダーに映った反応が禁止エリア内にあるにも関わらず「ちょっと寄り道して最新の偵察デジカムでも使ってみっか」てことで予定進路を外れてみる。
こういうヤツらが例のカーナビに使うようなGPS誘導爆弾による空爆で関係ない目標をボコボコ誤爆していたのか〜?という風に見えて感情移入を拒むなあ・・・
ところがそこではNATO軍に報告されていないセルビア軍の部隊が密かに集結していた。
停戦協定は守られていなかったのだ!
マズイものを見られてしまったセルビア陣営はF/A18に向けて地対空ミサイルを発射!
撃墜され、禁止エリア内に不時着してしまったクリスは(複座なのでもうひとり乗員がいるけどすぐ死ぬことになるので無視)目撃者を抹殺せんと追撃してくるセルビア軍と凄腕のスナイパーから必死で逃げることになる。
知らせを受けたレイガート司令官はクリスの救出を命じるが、NATO軍のピケ提督は微妙で危うい休戦協定を維持する政治的配慮から救出ポイントを禁止エリア外の安全地帯に変更させる。
だがそれはいくつもの山を越えたはるか彼方!
かくしてクリスはセルビア軍に追われながら、絶望的な距離を徒歩で移動しなくてはならなくなる。
うっかり拳銃を忘れてきたので持っているのは無線機(トランシーバーじゃなくてサバイバルラジオ。マニアは注目)だけだ!
果たしてクリスは無事脱出できるのか!?

複雑な民族の確執と微妙な国際情勢の事情をはらんだ現在のボスニアを物語の現場とすることで映画は戦場のリアリズムを獲得していて、それを最新のデジタル技術とドキュメンタリータッチの画面作りで描いてみせ、マニアックに詳細な軍事情報を取り込むことでさらに映画的リアリズムは加速する。
しかしながら、ストーリー上のセルビア軍は条約破りの戦争犯罪を隠蔽しようとする単純な「悪者」として、また主人公を救おうとする米軍の努力を阻むNATOは体面を第一に犠牲も止む無しとする「卑怯者」として描かれ、実際の現地に存在する(そして全ての戦争において存在する)単純な善悪では語れない対立の構図を巧妙に避けていく。
そこには混沌とした現地ボスニアにおける各者の視点は存在しない。
結果、映画は筋立てとしては「凶悪エーリアンの惑星に不時着した宇宙パイロットの脱出劇」と本質的には何ら変わらないものになっている。
戦争という厳しい現実すらここでは冒険の舞台として消費されているに過ぎない。
新たに「戦争ファンタジー」というジャンルを設けた方がいいかもしれない。

F/A18
>主人公クリスを追い詰めるセルビア陣営の凄腕スナイパー(ウラジミル・マシュコフ)
ジャージ着用が本物っぽくてかっこいいぞ!
しかしオープンスペースでのんびり交信中のクリスをスコープで狙っておきながら第一弾を外すなよ!
もっともそれが当たれば映画はそこで終わっちゃいますけどね。
スナイパー
さて現実のボスニアと映画の中のボスニアのギャップについてつらつらと苦言を述べてきた。
ここのところのアメリカのユニラテラリズムはハリウッド製戦争映画にも色濃く反映していて、アメリカの国威掲揚戦争映画としての一面を多かれ少なかれ持っていると思う。
映画の思想が社会に与える影響についてはいろいろ意見はあると思うが、いまのハリウッド製戦争映画の在り方はやはり異様だ。
それが怖いと思う。
なぜならこの「エネミーライン」が映画としてとてもおもしろいからなのである。

敵地に墜落したパイロットの孤立無援の脱出劇、圧倒的戦力を持ちながら政治的圧力の前に指をくわえて見守るしかない焦燥感。
実際にあった事件を基にしながらも、アクションアドベンチャーとして最高に盛り上がるシチュエーションを効果的にまとめた脚本はなかなかに見事。
しかも現代の戦争を現代的な感覚で映像化した監督ジョン・ムーアの手腕は戦争アクション映画の新たな地平を切り開いている。
それもそのはず、ムーア監督は報道カメラマン出身で実際の戦場を経験、またボスニアの民族紛争についても造詣が深い。
さらにはその後、CMクリエイターとして斬新なビジュアルスタイルと編集で非常に現代的なアクション演出の才能も披露してみせた。
「エネミーライン」はムーア監督のこうした才能が存分に発揮されている。
墜落現場の崖にそびえ立つ120メートルの天使像や、後半の戦闘の舞台になる架空の街ハッチの東欧独特の雰囲気づくりや、現在の民族紛争に特徴的な兵士と民間人の見分けの付かない混沌を見事に画面に定着させているのが見どころのひとつ。
ひとりぼっちの主人公の緊張感、不安感をうまく演出している。
また米海軍の2隻の航空母艦でのロケーション、珍しい東欧の軍事車両の登場他、F/A18スーパーホーネット(映画初登場)、サバイバルラジオ、デジタル偵察カメラ等、監督のマニアックなまでの軍事に関する知識が、映画の情報密度を高めてリアリズムを増している。
そしてそれらが、ドキュメンタリータッチのカメラと現代的な編集で「見たこともないような」ユニークで斬新な映像として結実している。
なかでもSAM(地対空ミサイル)に追われるF/A18の回避機動から撃墜までの200秒は航空機アクション映画の歴史を塗り替える出来!
まるでミュージックビデオでも見ているような超高密度の編集(平均して1カットが1.2秒!)で観客の認識ギリギリのレベルに挑戦しながらも映画全体のトーンからはみ出すこともない。
おそらく現時点で最速にして最高のモンタージュのひとつであり、これだけでも観る価値はある。

込められた政治的ニュアンスは別にして考えられるなら兵器オタクは必見。
(ここまであからさまにアメリカ万歳指向だとむしろ騙されない?)
2002 03/22
BACK