ブラックホークダウン
ブラックホーク・ダウン (2001/米)
Black Hawk Down

製作総指揮 ブランコ・ラスティグ / チャド・オーマン / マイク・ステンソン / サイモン・ウエスト
製作 ジェリー・ブラッカイマー / リドリー・スコット
監督 リドリー・スコット
脚本 ケン・ノーラン / スティーブン・ザイリアン
原作 マーク・ボウデン
撮影 スラボミール・イジャク
音楽 ハンス・ジマー / リサ・ジェラード
出演 ジョシュ・ハートネット / ユアン・マクレガー / トム・サイズモア / サム・シェパード / エリック・バナ
もう大変なことになってます。
始めから終わりまで戦闘シーンだけの戦争映画というのはマニアの夢でもあったわけだが、実際にできあがってみるとそれは地獄だった!
映画は導入部こそ映画らしいストーリー展開があるもののこれは単なる前置きに過ぎず、開幕から30分過ぎて急襲作戦が始まるとあとはもうひたすら戦闘、戦闘、戦闘の連続!
残りの2時間近くは気の休まる間もなく最後まで突っ走ります。
ラストは装甲車に乗りきれなかった兵士が本当に走って基地まで帰るくだりアリ、ゲートをくぐるとパキスタン人が冷たい水を持ってきてくれるってマラソンかい!

アフリカの角と呼ばれるソマリアは古くはスエズ運河を巡る欧州諸国の利権争いに振り回され、冷戦時代には米ソの代理戦争に振り回された国だ。
ソマリアはアフリカでは数少ない単一民族国家ではあったが、氏族間の覇権争いから内乱が絶えない国でもあった。
それは例えて言えば、天下を取ろうと大名が互いに争った日本の戦国時代みたいなものだ。
しかし、それにつけこみ利権を狙って入り乱れる各国の思惑がこの国の絶え間ない争いを過激に助長してきたと言える。
あまりにも長くなるので植民地時代の経緯は省こう、1960年ソマリアは植民地支配を脱しひとつの国として独立するが9年後、新政府に協力しない勢力による大統領暗殺のあと、混乱に乗じてクーデターが勃発し社会主義の軍事政権が誕生する。
これは旧ソ連が援助したが、旧ソ連は'74年に革命で社会主義に転じた隣国エチオピア側についたため、ソマリアはこれに対抗してアメリカ側にスポンサーを乗り換える。
'77年、ソマリアはエチオピアのソマリ系住民の反乱を支持して軍事侵攻するも敗退し、これを機に氏族間の勢力争いがに表面化して内戦が本格化する。
しかし冷戦時代の米ソ両国は互いの利権を守る駆け引きからソマリアの内戦及び国境紛争をそれなりにコントロールしていた。
だが'91年のソ連崩壊により冷戦構造が解消されるとアメリカはソ連に対抗する意味を失い、ソマリアの援助を止めてしまう。
あとに残されたのは米ソが残していった大量の武器と混乱、アメリカに捨てられ弱体化した中央政府は他の氏族を抑えつけることができず、ソマリアは暴力が支配する無法地帯と化したのだ。

アメリカは迷走していた。
打倒すべき仇敵ソ連を失ったアメリカは巨大な米軍を何と戦わせればいいか模索していた。
アメリカの始めた新たな戦争は「国際平和維持活動」という名の他国の紛争への軍事介入だった。
'92年、アメリカはソマリアの内戦を解決すべく国連軍としてソマリアに戻ってきた。
だがソマリアには米ソが残していった銃火器とチャットと呼ばれる覚醒草が溢れていた。
昼日中からチャットでキメたソマリアの民兵は重機関銃を搭載したピックアップトラックで略奪を重ね、国連軍の一員であるパキスタン軍もそんなソマリアの民衆をテキトーに拷問し、テキトーに射殺していた。
国連統合平和維持部隊の進駐で各氏族軍閥はひとまず停戦したが、国連軍の段階的撤退が始まると当時最も勢力を持っていたソマリア国家連合(ババルギディル氏族)を率いるアイディード将軍は各地で国連軍に対する戦闘を始めた。
'93年6月5日、アイディード派の民兵部隊が国連パキスタン軍24名を襲撃・殺害、その後もジャーナリスト4名を殺害するなど、ソマリア国家連合は暴虐を重ねる。
国連軍がいなくなったらソマリアは再び混乱に戻ってしまう・・・
米軍は最も過激なソマリア国家連合のアイディード将軍を逮捕もしくは殺害し、その後に撤収しようと考えたが、情報収集がうまくいかず失敗を重ねていた。

そして'93年10月3日、米軍はアイディード将軍の側近らを拉致すべく、首都モガディシオのバカラ・マーケットにあるアイディードの本拠地を、二つの特殊部隊「デルタフォース」と「レンジャー」により襲撃する急襲作戦が実施される。
4機のリトルバードと8機のブラックホークハンヴィーで構成された車両隊により30分で終了するはずだった比較的小規模な作戦は、ソマリア民兵を見くびりきっていた米軍の数々の誤算により15時間の泥沼の戦闘に発展していく。
18人の米兵が殺され、そのうち1人は猛り狂った民衆に遺体を引きずり回されてさらし者にされ、そのシーンをテレビが世界に向けて放映するという事態になった。
ちなみにソマリ人の死者は500-1000人
映画が描くのはこの作戦の一部始終だが、いかにしてこの事件が起こったか?それまでの経緯は語られない。

画面に人物が登場するととりあえず殺しているか殺されているか、もしくは死にかけているか死んでいるか・・・
RPG7の流れ弾をくらってバラバラになるソマリ民兵、下半身を吹き飛ばされて地面に横たわる米軍兵士。
「プライベート・ライアン」を観てすっかり気に入ってしまったリドリー・スコットが腕によりをかけて演出したドキュメンタリータッチの残酷描写の数々。
各所で孤立した米兵士のそれぞれに迷走するそれぞれのエピソード。
なかなか出口の見えない展開に「一体この映画いつ終わるんだ?」とちょっと不安になったり、コイツが誰だったか思い出せなくなったり・・・
しかし監督リドリー・スコットが「これは観客に問いかける作品であって答えを提供する作品ではない」と言うだけあってシナリオはかなり事実に忠実。
実際に起こった事件と兵士の体験談をもとに再構成した物語を、作り手の思想や感情をできるだけ排除して演出している。
(昨年パールハーバーでひとヤマ当てたブラッカイマー製作とは思えない・・・)
その分ドラマ性は希薄で再現ドキュメンタリーみたいになっている。

しかしながらそういう見方をするなら、「バカラマーケット事件」といえば米軍史上でも最悪の失敗作戦、不祥事である。
だから「ブラックホークダウン」はスキャンダルを描く映画のハズである。
そのわりには米軍側がヒロイックに描かれすぎてやしないか?
土人かゾンビ程度に扱われてるソマリア側の視点がほぼ無いのはどうなの?
この事件の背景にあるはずのアメリカの軍事介入の歴史は語られなくていいの?
というあたり僕にはちょっと不満な作品ではあった。
「たとえ遺体であっても誰一人置き去りにはしない」という精鋭米軍部隊の誇りも、それがために現場の混乱をさらに深めたのだという視点で観なければジョシュ・ハートネット演じるエバーズマン軍曹とエリック・バナ演じる"フート"軍曹の考えの対比もうまく伝わらない気がする。
「観客が答えを出す」ためにはいささか情報が足りないのではないか?

CNNを通じてこの事件を知った米国民には「ソマリアのために出兵した米兵が、なぜソマリアの市民に憎まれて殺されねばならないのか」と嫌戦ムードの世論が高まり、クリントン政権は「もはやソマリアへの介入はアメリカにとってなんの益もない」として米軍を撤退させた。
ソマリアは再び内戦の混乱に陥ったが数年後には内戦がやや落ち着き、いくつかの地方勢力によって分割統治される状態となった。
だが今度はアメリカの対テロ戦争の煽りがソマリアに降りかかる。
米政府はNYテロ後の11月下旬、ソマリアで送金決済や電話事業などのビジネスを行っている企業「バラカート」がテロ支援組織の可能性があるとしてその在米資産を凍結した。
バラカート社は無政府状態のソマリアで政府に代わって金融・通信業務を行っていた。
内戦で仕事がないため、ソマリア人の多くが海外に出稼ぎに行っている。
故郷の家族にその稼ぎを送るにはバラカートが必要だったが送金はストップされてしまった。
バラカート社は米当局に対し、経理帳簿の開示を示して調査を依頼、テロとの関与疑惑を払拭しようとしたが、米当局は「調査の必要はない」と断った。

「映画で観なければなにも学ばない」(「ドグマ」よりメタトロンの台詞)アメリカ人にとっては「ついに真実を知るときが来た」ってかんじなのかもしれない。
もちろん映画は事実の全てを語るにふさわしいメディアでもない。
だからこの作品は映画として可能な問題提起の役目を充分に果たしたかも知れない。
これを機にソマリアについて、またアメリカの軍事介入について目を向け、考える人々が増えることを期待する。
2002 05/01
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