ザ・キープ
ザ・キープ (1983年/米)
The Keep

製作総指揮 コリン・M・ブリューアー
製作 ジーン・カークウッド/ハワード・W・コッチ・ジュニア
監督 マイケル・マン
脚本 マイケル・マン
原作 F・ポール・ウィルスン
撮影 アレックス・トムソン
音楽 タンジェリン・ドリーム
出演 スコット・グレン/ユルゲン・プロフノウ/アルバータ・ワトソン/イアン・マッケラン
1941年、第二次大戦下のカルパチア山中、領土拡大をはかるヒトラー率いるドイツ軍のある分遣隊がトランシルヴァニア地方の霧深い山中の村落にやってくる。
部隊の任務は戦略上重要な拠点になると思われる峠に位置する村の確保、市街を遠く離れた村の静寂は破られ住民は不安と緊張を強いられる。
だが古来から伝わる言い伝えを知る村の古老達の懸念は他にあった。
村のそばには遙か太古よりそびえ立つ城塞(キープとは城塞のこと、起源の明らかでないこの城塞は「ザ・キープ」と呼ばれていた)があった。
分遣隊のオアマン大尉(ユルゲン・プロフノウ)はこの城塞に隊を駐留させることにするが、先祖代々この城塞を守ってきたというアレクザンドル老人はここに留まってはいけないと警告する。
壁に埋め込まれた108のニッケルの十字架、内側を大きい石で、外側が小さい石で組まれた異常な造り。
オアマン大尉はこの陰鬱な城塞のおかしな点に気が付いた。
この城塞は「外敵からの攻撃を防ぐ」ためではなく、「内側になにかを封じ込めるため」に造られたものだ。
城守の老人の警告を無視して城塞で夜を明かす分遣隊。
その夜、十字架が銀製であるという噂を聞きつけた歩哨2名が壁の十字架を剥がしてしまう。
翌朝、歩哨二人は黒い消し炭のように変わり果てた姿で発見された。
厳重な警備をものともせず、人とも思えぬ殺し方をするのは何者か?
事件の知らせを聞きつけたドイツ親衛隊のケンプヘル少佐は、この地方に精通するユダヤ人学者・テオドール・クザ教授(マグニートーやガンダルフ役で記憶に新しいイアン・マッケラン、ただし若い!)を引き連れて、事件の解明と事態の収拾に乗り込んでくる。
だが夜毎に死者は増え、事態は予想もつかない方向に発展していく。
城塞の封印はすでに解かれ、邪悪な存在・モラサールは放たれたのだ!

これはもちろんドラキュラでおなじみの吸血鬼伝説を題材にした物語である。
原作小説を書いたF・ポール・ウィルスンはモダンホラーの旗手のひとり、東ヨーロッパに伝わる吸血鬼伝説に独特の新解釈をくわえて、全く新しく壮大な設定を持つストーリーをつくりだした。
映画は小説とはまた違ったアプローチで物語を映像化していて、原作ファンにはおおむねケチをつけられているのだが、僕にはわくわくするような新鮮な驚きに満ちた映画だった。

霧と岩肌に閉ざされたような陰鬱なロケーション、城塞の怪しく重厚なセット、そしてセンスの良いアイデアでつくり出された特殊効果は神秘的な印象を損なわずにあっと驚くビジュアルを創造することに成功している。
城塞の地下空洞のミニチュア撮影では予想をはるかに超える広大な空間を見せて城塞が人知を越えた存在であることを印象づける。
それは劇中唯一、広さを感じさせるショットでその対比が実に巧くきまっている。

また異形の存在モラサールは、はじめは肉体を持たず霧のような姿をしているのだが、この正体不明でおぼろげながら、はっきりとそこに存在している異形の者を、吹き出す煙を逆回転させてビジュアル化している。
このビジュアルが、見定めようと目を凝らせば凝らすほどに実体が掴めない眩暈に似た感覚さえ感じさせてものすごく効果的。
また次々と生け贄になるドイツ兵の命を得て肉体を得たモラサールもまた、超然とした外観の神々しさと内に込められた邪悪の恐ろしさを感じさせるデザインで素晴らしい。
実体化したモラサールはスーツメイクアップ、いわゆる「着ぐるみ」で表現されているので、これはもう純粋にデザインの勝利。(当然のように日本のSF・アニメシーンに影響を与えた)

撮影がまた素晴らしく、霧の立ちこめたシチュエーションを多用して怪しい雰囲気をかもしだすとともに、霧の奥の見えない空間の広がりを感じさせているほか、何が映し出されているのかわからないような極端なクローズアップを随所に入れることで、観客にもこの世界全体をはっきり把握できないという不安感を体験させる。
さらには監督のマイケル・マンのディティールへのこだわりが、登場するドイツ軍の使用する車両等のマニアックさに反映して背景となる時代の説得性を一気に高めている。

人物描写にも気が使われている。
派遣されてきたSSの少佐ケンプヘルの独裁的で残忍なやり方に対立する正規軍のオアマン大尉。
村の教会の神父は、太古の邪悪な存在の前に力の限界を感じて信仰が揺らぎ、気が狂う。
親衛隊に捕らわれ、娘と共に親衛隊に従わされるクザ教授は、ナチスを憎むあまり異形の存在に利用され翻弄される。
それぞれの登場人物がそれぞれにキャラ立てされていて、なおかつ城塞の悪の存在そのものでなく、その悪が各人物の内に潜む悪を顕在化させていくという脚本も素晴らしい。
唯一、怪しい瞳を持つ謎の男グレッケン(スコット・グレン)が唐突に登場し、他に比べて粗っぽい描き方をされるのだが、これは停滞寸前になる物語を後半一気に加速させて突き抜けたラストに持ち込むための意図的な演出だと思う。(このへんが原作ファンの怒りを買うところではあるが)
このラストの戦いはけっこう強引であるがゆえに相当にカッコイイ!

設定やプロットは実はすごくキャッチーでかっこいいものなのだが、それを抑えた演出で上品に撮っていくマイケル・マンの演出は見事。
タンジェリン・ドリームのドラム主体の音楽がときどき日本の怪談風に聞こえるというチェックポイントも押さえつつ、未見の人にはぜひぜひ見て欲しい一本。

あまりにキャッチーな設定に、講談社漫画文庫の松本洋子『呪いの黒十字』にてマルパクリされているので興味のある方は読んでみるとよいでしょう。
2002 09/08
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