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訴訟書類送達の効力
 訴訟書類の送達は,コートマネージャーとしての裁判所書記官の重要な権限と役割です。
 適正・迅速な裁判の進行を下支えしています。
 法規に従い,必要な情報収集をし,適切な判断と処理が求められます。
適正処理
 以下は,その送達に関する最高裁判所の重要な判例です。
 (新日本法規出版株式会社出版 「コートマネージャーとしての裁判所書記官」の「第3章 裁判実務の基本 第1 書記官事務の思考法−システム的問題解決法―」に関して,必要な資料を集めてまとめたメモです。)

1 書留郵便に付する送達
(1)最一小判平成10年9月10日(最高裁平成5(オ)1211号事件) 裁判所判例検索システム
(判示事項)
 受訴裁判所の裁判所書記官が原告からの誤った回答に基づき被告の就業場所が不明であるとして実施した訴状等の付郵便送達が適法とされた事例
(裁判要旨)
 受訴裁判所の裁判所書記官が、原告からの誤った回答に基づき被告の就業場所が不明であるとして訴状等の付郵便送達を実施した場合であっても、右裁判所書記官が原告に対し被告の就業場所等につき照会をし、これに対して原告から被告の就業場所が不明である旨の回答がされ、右回答内容等に格別疑念を抱かせるものは認められないなど判示の事実関係の下においては、右裁判所書記官による被告の就業場所の存否に関する認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情があるとはいえず、右付郵便送達は適法である。
(参照法条)
 民訴法103条2項,民訴法107条1項1号,
旧民訴法172条【郵便に付する送達】「前条ノ規定ニ依リテ送達ヲ為スコト能ハサル場合ニ於テハ裁判所書記官第169条第1項ニ定ムル場所ニ宛テ書類ヲ書留郵便ニ付シテ之ヲ発送スルコトヲ得」,同173条【郵便に付する送達の完了時】「第170条第2項又ハ前条ノ規定ニ依リテ書類ヲ書留ニ付シテ発送シタル場合ニ於テハ其ノ発送ノ時ニ於テ送達アリタルモノト看做ス」

(2)最一小判平成10年9月10日(最高裁平成5(オ)1211号・1212号事件) 裁判所判例検索システム
(判示事項)
 一 前訴において相手方当事者の不法行為により訴訟手続に関与する機会のないまま判決が確定した場合に右判決に基づく債務の弁済として支払った金員につき損害賠償請求をすることが許されないとされた事例
 二 前訴において相手方当事者の不法行為により訴訟手続に関与する機会を奪われたことにより被った精神的苦痛に対する損害賠償請求と前訴判決の既判力
(裁判要旨)
 一 甲乙間の前訴において,甲が受訴裁判所の裁判所書記官からの照会に対して乙の就業場所が不明である旨の誤った回答をしたことにより,乙に対して訴状等の付郵便送達がされたため,乙が前訴の訴訟手続に関与する機会のないまま判決が確定した場合に,右照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤った回答をしたことにつき,甲に重大な過失があるにとどまり,甲に乙の権利を害する意図があったとは認められないという事情の下においては,乙が,甲の右不法行為を理由として,右判決に基づく債務の弁済として甲に支払った金員につき損害賠償請求をすることは,許されない。
 二 前訴において相手方当事者の不法行為により第一審での訴訟手続に関与する機会を奪われたことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料の支払を求める請求は,確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に当たらない。
(参照法条)
民法709条,民法710条,民訴法114条

【本判決の評釈等】
1 判例タイムズ990号138頁
2 判例時報1661号81頁
3 金融・判例時報1065号32頁
4 金融法務事情1540号51頁
5 山本和彦「付郵便送達の適法性と手続関与の機会がなかった被告による損害賠償請求の可否」私法判例リマークス2000(上)(平成12年(2000))124頁
6 山本研「郵便に付する送達」民事訴訟法判例百選[第4版]86頁
7 渡部美由紀「郵便に付する送達」別冊ジュリスト169号100頁
8 村田渉「受訴裁判所の裁判所書記官が原告からの誤った回答に基づき被告の修業場所が不明であるとして実施した訴状等の付郵便送達が適法とされた事例」平成11年度主要民事判例解説254頁
9 加藤新太郎「民事訴訟の運営における手続裁量」『民事訴訟法理論の新たな構築』上巻(有斐閣・平成13年(2001))200頁,201頁では,「手続裁量の担い手は,裁判官のほか裁判所書記官である。」としている。ただし,「限られた範囲にとどまる」とする。
10 兼子一ほか「条解 民事訴訟法〔第2版〕」(弘文堂・平成23年(2011))486頁

【本判決前の裁判例・評釈等】
○ 今重一「「郵便に付する送達」と裁判を受ける権利」自由と正義37巻1号107頁
○ 東京地裁昭和63年9月21日決定(判例時報1292号110頁)
○ 最高裁判所事務総局民事局編「信販関係事件に関する執務資料」(民事裁判資料)152号36頁は,積極的な認定資料(担当者の調査報告書)の提出を求めるとしている。
○ 中山幸二「付郵便送達と裁判を受ける権利(上)」NBL503号(平成4年(1992))38頁(東京地判平3・5・22および最判平4・3・17をめぐって)
○ 雨宮眞也「付郵便送達制度の問題点」NBL502号30頁
○ 新堂幸司「郵便に付する送達について―手続保障に関する一つのケース・スタディ―」『民事法学の新展開』(平成5年(1993))509頁 。同534頁は,「のちになって過失責任を追及されない程度に事務処理をすればよい,それで十分であるという立場ではなく,そうした方がベターであるという視点で考えるべきものである」としている。

【本判決後の裁判例・評釈等】
○ 名古屋高判平成20年11月27日判例タイムズ1301号291頁「執行裁判所の裁判所書記官が債務者兼所有者の住居所等が不明であるとして実施した競売開始決定正本等の公示送達について,同裁判所書記官による認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し,あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情があるとはいえず,当該公示送達は適法であるとされた事例」
○ 大阪地判平成21年2月27日判例タイムズ1302号286頁「原審における訴状等の公示送達による送達が無効であるとして,原審に差し戻した事例」
仙台高秋田支判平成29年2月1日判例時報2336号80頁「訴状副本及び第1回口頭弁論期日の呼出状等を書留郵便に付する送達が,受送達者の住所に宛ててされたものでなく,無効とされた事例」

2 補充送達
(3)最三小決平成19年3月20日(最高裁平成18(許)39号事件) 裁判所判例検索システム
(判示事項)
1 受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等と受送達者との間にその訴訟に関して事実上の利害関係の対立がある場合における上記書類の補充送達の効力
2 受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等がその訴訟に関して事実上の利害関係の対立がある受送達者に対して上記書類を交付しなかったため受送達者が訴訟が提起されていることを知らないまま判決がされた場合と民訴法338条1項3号の再審事由
(裁判要旨)
1 受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた民訴法106条1項所定の同居者等と受送達者との間に,その訴訟に関して事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合には,当該同居者等に対して上記書類を交付することによって,受送達者に対する補充送達の効力が生ずる。
2 受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた民訴法106条1項所定の同居者等と受送達者との間に,その訴訟に関して事実上の利害関係の対立があるため,同居者等から受送達者に対して上記書類が速やかに交付されることを期待することができない場合において,当該同居者等から受送達者に対して上記書類が実際に交付されず,そのため,受送達者が訴訟が提起されていることを知らないまま判決がされたときには,民訴法338条1項3号の再審事由がある。
(参照法条)
(1,2につき)民訴法106条1項 (2につき)民訴法338条1項3号

【本判決の評釈等】
○ 松下淳一「補充送達の効力」民事訴訟法判例百選〔第4版〕(別冊Jurist201号)88頁
○ 伊藤眞「夫の名義を冒用した妻への送達と補充送達(東京地裁平成3年5月22日判決金法1309号69頁)」(金融法務事情1331号62頁)


3 判決文
(1)最一小判平成10年9月10日(最高裁平成5(オ)1211号事件) 裁判所判例検索システム
(判示事項)
受訴裁判所の裁判所書記官が原告からの誤った回答に基づき被告の就業場所が不明であるとして実施した訴状等の付郵便送達が適法とされた事例
(裁判要旨)
受訴裁判所の裁判所書記官が、原告からの誤った回答に基づき被告の就業場所が不明であるとして訴状等の付郵便送達を実施した場合であっても、右裁判所書記官が原告に対し被告の就業場所等につき照会をし、これに対して原告から被告の就業場所が不明である旨の回答がされ、右回答内容等に格別疑念を抱かせるものは認められないなど判示の事実関係の下においては、右裁判所書記官による被告の就業場所の存否に関する認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情があるとはいえず、右付郵便送達は適法である。
(参照法条)
民訴法103条2項,民訴法107条1項1号,旧民訴法172条

(判決理由)
         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人宇都宮健児、同今瞭美、同山本政明、同茨木茂、同釜井英法、同米倉勉の上告理由第二ないし第五について
 一 本件は、上告人が、株式会社D(以下「D」という。)から提起された訴訟において、訴状等の書留郵便に付する送達(以下「付郵便送達」という。)が違法 無効であったため訴訟に関与する機会が与えられないまま上告人敗訴の判決が確定し、損害を被ったとして、被上告人に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠 償を求めるものである。上告人は、右訴訟における上告人への付郵便送達について、受訴裁判所の裁判所書記官には付郵便送達の要件の認定及びその実施に過失があり、担当裁判官にもこれを看過した過失がある旨主張している。
 二 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 Dは、昭和六一年三月、上告人に対し、上告人の妻が同社発行の上告人名義のクレジットカードを利用したことによる貸金の残金二六万五三一二円等及び立替 金の残金七万九六五二円等の支払を求めて、札幌簡易裁判所に貸金請求訴訟及び立替金請求訴訟をそれぞれ提起した。受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、上告人の 住所における訴状等の送達が上告人不在によりできなかったため、Dに対し、訴状記載の住所に上告人が居住しているか否か及び上告人の就業場所等につき調査の上 回答するよう求める照会書を送付した。
 2 その当時、上告人は、釧路市内の株式会社E交通釧路営業所に勤務していたが、たまたま昭和六一年一月から東京都内に長期出張をして、右勤務先会社が下請 をした業務に従事中であり、同年四月二〇日ころ帰ってくる予定であった。右勤務先会社においては、出張中の社員あての郵便物が同社に送付されたときは社員の出 張先に転送し、出張中の社員と連絡を取りたいとの申出があったときは連絡先を伝える手はずをとっていた。また、上告人は、昭和六〇年一一月ころ、Dから右勤務 先会社気付で上告人あてに郵送された支払督促の通知書を同営業所長を介して受領したことがあり、上告人との交渉に当たっていたDの担当者に対し、上告人あての 郵便物は自宅ではなく右勤務先会社に送付してほしい旨要望していた。
 3 しかし、Dの担当者は、裁判所からの前記照会に際し、裁判所から回答を求められている上告人の就業場所とは、上告人が現実に仕事に従事している場所をい うとの理解の下に、昭和六〇年一一月当時に上告人から稼働場所として伝えられていたFセメントに問い合わせ、上告人が現在本州方面に出張中で昭和六一年四月二 〇日ころ帰ってくる旨の回答を受けただけで、更に右勤務先会社に上告人の出張先や連絡方法等を確認するなどの調査をすることなく、貸金請求事件については、同 月一一日、上告人が訴状記載の住所に居住している旨及び上告人の就業場所が不明である旨を記載した上、「本人は出張で四月二〇日帰ってきます。家族は訴状記載 の住所にいる。」旨を付記して回答し、立替金請求事件については、同月一八日、上告人が訴状記載の住所に居住している旨及び上告人の就業場所が不明である旨を 記載して回答した。
 4 受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、いずれも、右各回答に基づき、上告人の就業場所が不明であると判断し、上告人の住所あてに各事件の訴状等の付郵便送 達を実施した。右送達書類は、いずれも上告人不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により裁判所に還付された。なお、右付郵便送達は、札幌 簡易裁判所の昭和五八年四月二一日付け「民事第一審訴訟の送達事務処理に関する裁判官・書記官との申し合わせ協議結果」による一般的取扱いに従って実施された ものである。
 5 右訴訟事件の各第一回口頭弁論期日では、いずれも上告人が欠席したまま弁論が終結され、昭和六一年五月下旬、上告人において請求原因事実を自白したもの として、Dの請求を認容する旨の各判決が言い渡された。右各判決正本は、同年五月末から六月初めにかけて、それぞれ上告人の住所に送達され、上告人の妻が受領 したが、これを上告人に手渡さなかったため、上告人において控訴することなく、右各判決は確定した。
 6 Dは、昭和六一年七月二二日、釧路地方裁判所に対し、貸金請求事件の確定判決を債務名義として上告人に対する給料債権差押命令の申立てをしたが、同月二 七日、右申立てを取り下げた。上告人は、同社に対し、同月二九日に二〇万円、同年一〇月から昭和六二年四月にかけて計八万円の合計二八万円を支払った。
 三 民事訴訟関係書類の送達事務は、受訴裁判所の裁判所書記官の固有の職務権限に属し、裁判所書記官は、原則として、その担当事件における送達事務を民訴法の規定に従い独立して行う権限を有するものである。受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量にゆだねられているのであ って、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りる。担当裁判所書記官が、受送 達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁 量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法であると解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、上告人の住所における送達ができなかったため、当時の札幌簡易裁判所 における送達事務の一般的取扱いにのっとって、当該事件の原告であるDに対して上告人の住所への居住の有無及びその就業場所等につき照会をした上、その回答に 基づき、いずれも上告人の就業場所が不明であると判断して、本来の送達場所である上告人の住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したものであり、Dからの回答書 の記載内容等にも格別疑念を抱かせるものは認められないから、認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くものとはい えず、右付郵便送達は適法というべきである。
 四 したがって、上告人の被上告人に対する国家賠償法一条一項に基づく本件損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないことは明らかで あり、上告人の右請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官    小野幹雄
裁判官       遠藤光男
裁判官       井嶋一友
裁判官       藤井正雄
裁判官       大出峻郎


(2)最一小判平成10年9月10日(最高裁平成5(オ)1211号・1212号事件) 裁判所判例検索システム
(判示事項)
一 前訴において相手方当事者の不法行為により訴訟手続に関与する機会のないまま判決が確定した場合に右判決に基づく債務の弁済として支払った金員につき損害賠償請求をすることが許されないとされた事例
二 前訴において相手方当事者の不法行為により訴訟手続に関与する機会を奪われたことにより被った精神的苦痛に対する損害賠償請求と前訴判決の既判力
(裁判要旨)
一 甲乙間の前訴において,甲が受訴裁判所の裁判所書記官からの照会に対して乙の就業場所が不明である旨の誤った回答をしたことにより,乙に対して訴状等の付郵便送達がされたため,乙が前訴の訴訟手続に関与する機会のないまま判決が確定した場合に,右照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤った回答をしたことにつき,甲に重大な過失があるにとどまり,甲に乙の権利を害する意図があったとは認められないという事情の下においては,乙が,甲の右不法行為を理由として,右判決に基づく債務の弁済として甲に支払った金員につき損害賠償請求をすることは,許されない。 二 前訴において相手方当事者の不法行為により第一審での訴訟手続に関与する機会を奪われたことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料の支払を求める請求は,確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に当たらない。
(参照法条)
民法709条,民法710条,民訴法114条

(判決理由)
主 文
 原判決中、平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号上告人の敗訴部分を破棄し、同部分につき、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二 号被上告人の控訴を棄却する。
 原判決中、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人の別紙記載の請求に関する部分を破棄し、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し 戻す。
 平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人のその余の上告を棄却する。
 第一項の部分に関する控訴費用及び上告費用並びに前項の部分に関する上告費用は、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人の負担とする。
理 由
 第一 平成五年(オ)第一二一二号上告代理人小杉丈夫、同志賀剛一、同磯貝英男、同細川俊彦、同高橋秀夫、同飯野信昭、同新居和夫、同石田裕久、同西内聖、 同奧野雅彦、同八代徹也、同松尾翼、同奧野泰久、同内藤正明、同森島庸介の上告理由第一について
 一 本件は、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人(以下「一審原告」という。)が、平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号 上告人(以下「一審被告」という。)から提起された訴訟において、訴状等の書留郵便に付する送達(以下「付郵便送達」という。)が違法無効であったため訴訟に 関与する機会が与えられないまま一審原告敗訴の判決が確定し、損害を被ったとして、一審被告に対し、民法七○九条に基づき、損害賠償を求めるものである。一審 原告は、右訴訟における一審原告への付郵便送達について、一審被告には受訴裁判所からの照会に対して一審原告の就業場所不明との回答をしたことに故意又は重過 失がある旨主張している。
 二 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 一審被告は、一審原告の妻が、昭和五九年八月から同六○年四月にかけて、一審被告が発行した一審原告名義のクレジットカードを利用したことによる貸金債 務及び立替金債務の支払が滞りがちであったため、同年一一月、一審原告に対し、通知書を送付したり、電話をかけたりして、右債務等合計四二万円余の支払を督促 した。一審原告は、自分は右契約の存在を初めて知ったものであり、妻が契約したらしいなどと述べつつも、右債務の分割払いに応じる姿勢を示していたが、結局同 年一二月に合計四万円が支払われるにとどまった。
 2 そこで、一審被告は、昭和六一年三月、一審原告に対し、一審原告の妻が右クレジットカードを利用したことによる一審原告名義の前記貸金の残金二六万五三 一二円等及び前記立替金の残金七万九六五二円等の支払を求めて、札幌簡易裁判所に貸金請求訴訟及び立替金請求訴訟をそれぞれ提起した(以下併せて「前訴」とい う。)。受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における訴状等の送達が一審原告不在によりできなかったため、一審被告に対し、訴状記載の住所に一 審原告が居住しているか否か及び一審原告の就業場所等につき調査の上回答するよう求める照会書をそれぞれ送付した。
 3 その当時、一審原告は、釧路市内の株式会社A釧路営業所に勤務していたが、たまたま昭和六一年一月から東京都内に長期出張をして、右勤務先会社が下請 をした業務に従事中であり、同年四月二○日ころ帰ってくる予定であった。右勤務先会社においては、出張中の社員あての郵便物が同社に送付されたときは社員の出 張先に転送し、出張中の社員と連絡を取りたいとの申出があったときは連絡先を伝える手はずをとっていた。また、一審原告は、昭和六○年一一月ころ、一審被告か ら右勤務先会社気付で一審原告あてに郵送された支払督促の通知書を同営業所長を介して受領したことがあり、一審被告の担当者に対し、一審原告あての郵便物を自 宅ではなく右勤務先会社に送付してほしい旨要望していた。
 4 しかし、一審被告の担当者は、裁判所からの前記照会に際し、裁判所からの回答を求められている一審原告の就業場所とは、一審原告が現実に仕事に従事して いる場所をいうとの理解の下に、昭和六○年一一月当時に一審原告から稼働場所として伝えられていたBに問い合わせ、一審原告が本州方面に出張中で昭和六一年四 月二○日ころ帰ってくる旨の回答を受けただけで、更に右勤務先会社に一審原告の出張先や連絡方法等を確認するなどの調査をすることなく、貸金請求事件について は、同月一一日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載した上、「本人は出張で四月二○日帰ってきます。家族 は訴状記載の住所にいる。」旨を付記して回答し、立替金請求事件については、同月一八日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が 不明である旨を記載して回答した。
 5 受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、いずれも、右各回答に基づき、一審原告の就業場所が不明であると判断し、一審原告の住所あてに各事件の訴状等の付郵 便送達を実施した。右送達書類は、いずれも一審原告不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により裁判所に還付された。なお、右付郵便送達 は、札幌簡易裁判所の昭和五八年四月二一日付け「民事第一審訴訟の送達事務処理に関する裁判官・書記官との申し合わせ協議結果」による一般的取扱いに従って実 施されたものである。
 6 前訴における各第一回口頭弁論期日では、いずれも一審原告が欠席したまま弁論が終結され、昭和六一年五月下旬、一審原告において請求原因事実を自白した ものとして、一審被告の請求を容認する旨の各判決(以下併せて「前訴判決」という。)が言い渡された。右各判決正本は、同年五月末から六月初めにかけて、それ ぞれ一審原告の住所に送達され、一審原告の妻が受領したが、これを一審原告に手渡さなかったため、一審原告において控訴することなく、前訴判決はいずれも確定 した。
 7 一審被告は、昭和六一年七月二二日、釧路地方裁判所に対し、前訴貸金請求事件の確定判決を債務名義として一審原告に対する給料債権差押命令の申立てをし たが、同月二七日、右申立てを取り下げた。一審原告は、一審被告に対し、同月二九日に二○万円、同年一○月から昭和六二年四月にかけて計八万円の合計二八万円 を支払った。
 8 一審原告は、昭和六二年一○月五日に前訴判決の存在及びその裁判経過を知ったとして、同年一一月二日、札幌簡易裁判所に前訴判決に対する再審の訴えを提 起したところ、同裁判所は、前訴における訴状等の付郵便送達が無効であり、旧民訴法四二○条一項三号所定の事由があるとしたが、上訴の追完が可能であったか ら、同項ただし書により再審の訴えは許されないとして、右再審の訴えをいずれも却下する判決を言い渡した。これに対して一審原告は、札幌地方裁判所に控訴を、 更に札幌高等裁判所に上告を提起したが、いずれも排斥されて、右各判決は確定した。
 三 原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告による不法行為と因果関係のある 損害であるとして、右の限度で一審原告の請求を一部認容した。
 1 一審被告が、前訴において、一審原告に対する請求権の不存在を知りながらあえて訴えを提起したなど、訴訟提起自体について一審原告に権利を害する意図を 有していたとは認められないが、一審被告は、前訴の提起に先立つ一審原告との交渉を通じて、一審原告の勤務先会社を知っていたのであるから、受訴裁判所からの 前記照会に対して回答するについては、一審被告において把握していた右勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に詳細に調査確認をす べきであり、かつ、右調査確認が格別困難を伴うものでなかったにもかかわらず、これを怠り、安易に受訴裁判所に対して、一審原告の就業場所が不明であるとの誤 った回答をしたものであって、この点において一審被告には重大は過失がある。
 2 前訴における一審原告に対する訴状等の付郵便送達は、右のような一審被告の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたものであるから、付郵便送達 を実施するための要件を欠く違法無効なものといわざるを得ず、そのため、前訴においては、一審原告に対し、有効に訴状等の送達がされず、訴訟に関与する機会が 与えられないまま一審被告勝訴の判決が言い渡されて確定するに至ったものである。
 3 前訴において一審原告に出頭の機会が与えられ、その口頭弁論期日において、一審原告から、一審被告との間のクレジット契約等につき、妻が一審原告の名 義を無断で使用して一審被告との間で締結したものである旨の主張が提出されていれば、前訴判決の内容が異なったものとなった可能性が高い。
 4 確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償請求が是認されるのは、確定判決の取得又はその執行の態様が著しく公序良俗 又は信義則に反し、違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性の要請を考慮してもなお容認し得ないような特段の事情がある場合に限られるところ、本件におい ては、一審被告の訴訟上の信義則に反する重過失に基づき、何ら落ち度のない一審原告が前訴での訴訟関与の機会を妨げられたまま、前訴判決が形式的に確定し、し かも、前訴判決の内容も、一審原告に訴訟関与の機会が与えられていれば異なったものとなった可能性が高いにもかかわらず、一審原告が訴訟手続上の救済を得られ ない状態となっているなどの諸般の事情にかんがみれば、確定判決の既判力制度による法的安定の要請を考慮しても、法秩序全体の見地から一審原告を救済しなけれ ば正義に反するような特段の事情がある。
 四 しかしながら、原審の右三の2ないし4の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 民事訴訟関係書類の送達事務は、受訴裁判所の裁判所書記官の固有の職務権限に属し、裁判所書記官は、原則として、その担当事件における送達事務を民訴法 の規定に従い独立して行う権限を有するものである。受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量にゆだねられているのであ って、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りる。担当裁判所書記官が、受送 達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁 量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法であると解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、前訴の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における送達ができなかったため、当時の札幌簡易裁判所にお ける送達事務の一般的取扱いにのっとって、当該事件の原告である一審被告に対して一審原告の住所への居住の有無及びその就業場所等につき照会をした上、その回 答に基づき、いずれも一審原告の就業場所が不明であると判断して、本来の送達場所である一審原告の住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したものであり、一審被 告からの回答書の記載内容等にも格別疑念を抱かせるものは認められないから、認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を 欠くものとはいえず、右付郵便送達は適法というべきである。したがって、前訴の訴訟手続及び前訴判決には何ら瑕疵はないといわなければならない。
 2 当事者間に確定判決が存在する場合に、その判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償 請求をすることは、確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるから、原則として許されるべきではなく、当事者の一方が、相手方の権利を害する意 図の下に、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本 来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお 容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第九〇六号同四四年七月八日第三小法廷判決・民 集二三巻八号一四〇七頁参照)。
 これを本件についてみるに、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告の不法行為により被った損害であ るとして、その賠償を求める一審原告の請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるところ、前記事実関係によれば、前訴に おいて、一審被告の担当者が、受訴裁判所からの照会に対して回答するに際し、前訴提起前に把握していた一審原告の勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や 連絡方法等について更に調査確認をすべきであったのに、これを怠り、安易に一審原告の就業場所を不明と回答したというのであって、原判決の判示するところから みれば、原審は、一審被告が受訴裁判所からの照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤って回答した点において、一審被告に重大な過失があるとするにと どまり、それが一審原告の権利を害する意図の下にされたものとは認められないとする趣旨であることが明らかである。そうすると、本件においては、前示特別の事 情があるということはできない。
 五 したがって、一審原告の前記請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであ る。論旨はこの点において理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中、一審被告敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせ ば、一審原告の右請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は結論において正当であるから、一審原告の控訴を棄却すべきである。
 第二 平成五年(オ)第一二一一号上告代理人宇都宮健児、同今瞭美、同山本政明、同茨木茂、同釜井英法、同米倉勉の上告理由第七及び第八について
 一 一審原告が一審被告から前訴判決に基づく給料債権差押えの通告を受けたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、確定した前訴判決の既判力あ る判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に帰するものであって、前記第一の四の説示に照らして理由のないことは明らかであるから、右請求を棄却すべきものとした 原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものであって、採用することができない。
 二 一審原告の前訴判決に対する再審訴訟の提起に係る弁護士費用相当額の損害賠償請求については、前期第一の四のとおり、前訴おける訴訟手続及び前訴判決に は瑕疵はなく、再審は本来成り立ち得ないものであって、右弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がないというべきであるから、これを棄却すべきものとした原審 の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するか、又は原審において主張しなかった事由に基づいて原判決 の不当をいうものであって、採用することができない。
 三 一審原告の別紙記載の請求について、原審は、これが確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるとの立場に立って、一審原告 が主張するような精神的苦痛を受けたとしても、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告に対し損害賠償 を命ずる以上、それを超えて精神的損害の点についてまで損害賠償を認める必要はないとして、これを棄却すべきものと判断した。しかしながら、右請求は、確定し た前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求には当たらず、しかも、前記第一の四のとおり、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円につい ての損害賠償請求を肯認することはできないのであるから、原審の右判断における理由付けは、その前提を欠くものであって、これを直ちに是認することはできな い。
 したがって、前記理由付けをもって一審原告の別紙記載の請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結 論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中、一審原告の右請求に関する部分は破棄を免れず、損害発生の有無を含め、右請求の当否について更に審理を尽 くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
 第三 以上の次第で、原判決中、一審被告敗訴の部分を破棄して、同部分に関する一審原告の控訴を棄却するとともに、一審原告の別紙記載の請求に関する部分を 破棄して、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし、一審原告のその余の上告は理由がないから、これを棄却することとする。
 よって、判示第二の三につき裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 判示第二の三についての裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
 私は、法廷意見が原判決のうち一審原告の別紙記載の請求を棄却した部分について破棄差戻しを免れないとした点には、賛成することができない。
 この点に関する一審原告の請求は、一審被告が前訴の担当各裁判所書記官からの照会に対して誤った回答をしたことに基づき、一審原告に訴状等の付郵便送達が実 施されたが、一審原告が実際にその交付を受けるに至らず、前訴の第一審手続に関与する機会を奪われたとして、一審被告に対し、これにより被った精神的損害の賠 償を求めるというものである。
 民事訴訟は、私法上の権利の存否を国の設ける裁判機構によって確定する手続であり、対立する両当事者に手続への関与の機会を等しく保障することが基本をなす ことはもちろんである。しかし、その手続は、争われている権利の存否とは無関係に手続の実施そのものに独自の価値があるというものではない。ある当事者が民事 訴訟の訴訟手続に事実上関与する機会を奪われたとする場合において、これにより自己の正当な権利利益の主張をすることができず、その結果、本来存在しないはず の権利が存在するとされ、あるいは存在するはずの権利が存在しないとされるなど、不当な内容の判決がされ、確定力が生じてもはや争い得ない状態となったとき に、その者に償うに値する精神的損害が生じるものと解すべきであり、判決の結論にかかわりなく訴訟手続への関与を妨げられたとの一事をもって、当然に不法行為 として慰謝料請求権が発生するということはできない。
 また、訴訟手続における当事者の権利は、これをわが国の裁判制度の三審制のもとで考えた場合、当事者がたとえ第一審の手続に事実上関与する機会を得られなか ったとしても、上訴の機会があり上級審の手続を追行することが可能であったならば、その段階で攻撃防御を尽くすことができ、当事者の手続関与の要請は満たされ たことになるのであり、上級審の手続のために特別の費用を要したことは別として、第一審手続に関与できなかったこと自体による精神的損害を考える必要はない というべきである。
 本件においては、前訴の第一審判決は一審原告の住所にあてて正規の特別送達が行われ、一審原告の妻が同居者としてその交付を受けたが、一審原告にこれを手渡 さなかったために、一審原告の目に触れることなく、判決が確定してしまったのである。しかし、これは、夫婦間に確執があり、相互の意思の疎通を欠いていたため にそうなったことがうかがわれるのであって、上訴の手続をとる時機を逸したことは一審原告の支配領域内における事情によるもので、自らの責めに帰するほかはな く、訴訟への関与の機会を不当に奪われたことにはならない。手続に関して瑕疵があるとするときは、上級審で是正されるのが本筋であり、本件ではそれが可能であ ったのである。
 さらに、記録によれば、一審被告が一審原告に対して昭和六一年四月に起こした別件の立替金請求訴訟においては、一審原告の勤務先会社にあてて訴状等の特別送 達が実施され、一審原告は受交付者を介してこれを受領したにもかかわらず、口頭弁論期日に出頭せず、何らの争う手段もとらなかったことがうかがわれ、また、本件の賃金及び立替金についても、一審原告は訴訟前には分割払いに応じる姿勢を示していたことは、原判決の確定するところであり、前訴判決の結論が、本来存在し ないはずの権利を存在するとした不当なものであったと認めるに足りないといわざるをえない(原判決は、前訴において一審原告が出頭の機会を与えられていれば、 異なった判決になった可能性が高いというが、確かな根拠は示されていない。)。そうすると、原判決中、一審原告が前訴の第一審手続への関与の機会を不当に奪 われたことを理由とする慰謝料請求を棄却した部分は、結論において正当であるから、この点に関する一審原告の上告は理由がないというべきである。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官    小野幹雄
裁判官       遠藤光男
裁判官       井嶋一友
裁判官       藤井正雄
裁判官       大出峻郎

(別紙)
平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号上告人の平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人に対する札幌簡易裁判所昭和六一年(ハ) 第一四八六号賃金請求事件及び同第一六七七号立替金請求事件において、第一審での訴訟手続に関与する機会を奪われたことにより被った精神的苦痛に対する損害賠 償として,慰謝料一〇〇万円及びこれに対する平成元年八月四日から支払済みまで五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求。



(3)最三小決平成19年3月20日(最高裁平成18(許)39号事件) 裁判所判例検索システム
主文
原決定を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
 抗告代理人伊藤諭,同田中栄樹の抗告理由について
 1 本件は,抗告人が,相手方の抗告人に対する請求を認容した確定判決につ き,民訴法338条1項3号の再審事由があるとして申し立てた再審事件である。
 2 記録によれば,本件の経過は次のとおりである。
 (1) 相手方は,平成15年12月5日,横浜地方裁判所川崎支部に,抗告人及びAを被告とする貸金請求訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。 相手方は,前訴において,@B1及びB2は,平成9年10月31日及び同年11月7日,Aに対し,いずれも抗告人を連帯保証人として,各500万円を貸し付け た,A相手方は,Bらから,BらがAに対して有する上記貸金債権の譲渡を受けたなどと主張して,抗告人及びAに対し,上記貸金合計1000万円及びこれに対す る約定遅延損害金の連帯支払を求めた。
 (2) Aは,抗告人の義父であり,抗告人と同居していたところ,平成15年12月26日,自らを受送達者とする前訴の訴状及び第1回口頭弁論期日(平成16 年1月28日午後1時10分)の呼出状等の交付を受けるとともに,抗告人を受送達者とする前訴の訴状及び第1回口頭弁論期日の呼出状等(以下「本件訴状等」と いう。)についても,抗告人の同居者として,その交付を受けた。
 (3) 抗告人及びAは,前訴の第1回口頭弁論期日に欠席し,答弁書その他の準備書面も提出しなかったため,口頭弁論は終結され,第2回口頭弁論期日(平成1 6年2月4日午後1時10分)において,抗告人及びAが相手方の主張する請求原因事実を自白したものとみなして相手方の請求を認容する旨の判決(以下「前訴判 決」という。)が言い渡された。
 (4) 抗告人及びAに対する前訴判決の判決書に代わる調書の送達事務を担当した横浜地方裁判所川崎支部の裁判所書記官は,抗告人及びAの住所における送達が 受送達者不在によりできなかったため,平成16年2月26日,抗告人及びAの住所あてに書留郵便に付する送達を実施した。上記送達書類は,いずれも,受送達者 不在のため配達できず,郵便局に保管され,留置期間の経過により同支部に返還された。
 (5) 抗告人及びAのいずれも前訴判決に対して控訴をせず,前訴判決は平成16年3月12日に確定した。
 (6) 抗告人は,平成18年3月10日,本件再審の訴えを提起した。
 3 抗告人は,前訴判決の再審事由について,次のとおり主張している。
 前訴の請求原因は,抗告人がAの債務を連帯保証したというものであるが,抗告人は,自らの意思で連帯保証人になったことはなく,Aが抗告人に無断で抗告人の 印章を持ち出して金銭消費貸借契約書の連帯保証人欄に抗告人の印章を押印したものである。Aは,平成18年2月28日に至るまで,かかる事情を抗告人に一切話 していなかったのであって,前訴に関し,抗告人とAは利害が対立していたというべきである。したがって,Aが抗告人あての本件訴状等の交付を受けたとしても, これが遅滞なく抗告人に交付されることを期待できる状況にはなく,現に,Aは交付を受けた本件訴状等を抗告人に交付しなかった。以上によれば,前訴において, 抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達(民訴法106条1項)としての効力を生じていないというべきであり,本件訴状等の有効な送達がないため,抗告人に 訴訟に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたのであるから,前訴判決には民訴法338条1項3号の再審事由がある(最高裁平成3年(オ)第589号 同4年9月10日第一小法廷判決・民集46巻6号553頁参照)。
 4 原審は,前訴において,抗告人の同居者であるAが抗告人あての本件訴状等の交付を受けたのであるから,抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達として 有効であり,前訴判決に民訴法338条1項3号の再審事由がある旨の抗告人の主張は理由がないとして,抗告人の再審請求を棄却すべきものとした。
 5 原審の判断のうち,抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達として有効であるとした点は是認することができるが,前訴判決に民訴法338条1項3号の 再審事由がある旨の抗告人の主張は理由がないとした点は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 民訴法106条1項は,就業場所以外の送達をすべき場所において受送達者に出会わないときは,「使用人その他の従業者又は同居者であって,書類の受領 について相当のわきまえのあるもの」(以下「同居者等」という。)に書類を交付すれば,受送達者に対する送達の効力が生ずるものとしており,その後,書類が同 居者等から受送達者に交付されたか否か,同居者等が上記交付の事実を受送達者に告知したか否かは,送達の効力に影響を及ぼすものではない(最高裁昭和42年 (オ)第1017号同45年5月22日第二小法廷判決・裁判集民事99号201頁参照)。
 したがって,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等が,その訴訟において受送達者の相手方当事者又はこれと同視し得る者に当たる場合は別として(民法108条参照),その訴訟に関して受送達者との間に事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合には,当該同居者等に対して上記書類を交付することによ って,受送達者に対する送達の効力が生ずるというべきである。
 そうすると,仮に,抗告人の主張するような事実関係があったとしても,本件訴状等は抗告人に対して有効に送達されたものということができる。
 以上と同旨の原審の判断は是認することができる。
 (2) しかし,本件訴状等の送達が補充送達として有効であるからといって,直ちに民訴法338条1項3号の再審事由の存在が否定されることにはならない。同 事由の存否は,当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられていたか否かの観点から改めて判断されなければならない。
 すなわち,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等と受送達者との間に,その訴訟に関して事実上の利害関係の対立があるため,同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が速やかに交付されることを期待することができない場合において,実際にもその交付がされなかったときは,受送達者は,その訴訟手続に 関与する機会を与えられたことにならないというべきである。そうすると,上記の場合において,当該同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が実際に交付され ず,そのため,受送達者が訴訟が提起されていることを知らないまま判決がされたときには,当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と別異に 扱う理由はないから,民訴法338条1項3号の再審事由があると解するのが相当である。
 抗告人の主張によれば,前訴において抗告人に対して連帯保証債務の履行が請求されることになったのは,抗告人の同居者として抗告人あての本件訴状等の交付を 受けたAが,Aを主債務者とする債務について,抗告人の氏名及び印章を冒用してBらとの間で連帯保証契約を締結したためであったというのであるから,抗告人の 主張するとおりの事実関係が認められるのであれば,前訴に関し,抗告人とその同居者であるAとの間には事実上の利害関係の対立があり,Aが抗告人あての訴訟関 係書類を抗告人に交付することを期待することができない場合であったというべきである。したがって,実際に本件訴状等がAから抗告人に交付されず,そのために 抗告人が前訴が提起されていることを知らないまま前訴判決がされたのであれば,前訴判決には民訴法338条1項3号の再審事由が認められるというべきである。
 抗告人の前記3の主張は,抗告人に前訴の手続に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたことに民訴法338条1項3号の再審事由があるというもので あるから,抗告人に対する本件訴状等の補充送達が有効であることのみを理由に,抗告人の主張するその余の事実関係について審理することなく,抗告人の主張には 理由がないとして本件再審請求を排斥した原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,以上の趣旨をいうものとして理由があ り,原決定は破棄を免れない。そして,上記事由の有無等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官堀籠幸男 裁判官上田豊三 裁判官藤田宙靖 裁判官那須弘平 裁判官田原睦夫)