実務の友 実友・判例集
 
 最三小判平成17.7.19 民集第59巻6号1783頁(裁判所判例検索システム)
(判決要旨)
 貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業の規制等に関する法律の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,その業務に関する帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負う。

(参照法条) 民法1条2項,民法587条,民法709条,貸金業の規制等に関する法律19条,貸金業の規制等に関する法律施行規則16条
(判決理由抜粋)
 2 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断し,上告人の慰謝料請求 を棄却すべきものとした。
 (1) 貸金業法その他の法令上,貸金業者の取引履歴の開示義務を定めた明文規定はない。 貸金業法19条は,取引履歴の開示義務を定めたものではなく,金融庁事務ガイド ライン3−2−3は,行政上の監督に関する指針と考えられるもので,法的な権利 義務を定めたものとは理解できないし,その内容も一般的な開示義務があるとした ものとは理解し難い。
また,貸金業者と債務者との間には,契約関係があり,これに基づく権利の行使及 び義務の履行は,信義に従い誠実に行うべきものであるが,信義誠実の原則から, 当然に,取引履歴の開示義務が導かれると解することも困難である。

 (2) 債務者の開示要求に対し,貸金業者が取引経過に関する情報を開示しないこ とが,信義誠実の原則に著しく反し,社会通念上容認できないものとして,不法行 為上,違法と評価される場合もあり得る。

しかし,本件の場合,上告人は,債務を確定し債権者への平等弁済等を図るためで はなく,過払金返還請求をするために,取引履歴の不開示による上告人の債務整理 手続への影響等の個別事情は一切明らかにせず,取引履歴の開示要求をしたもので あり,これに応じなかった被上告人の行為をもって,信義則に著しく反し,社会通 念上容認できないものとして,不法行為上違法と評価され,損害賠償義務が発生す ると断定することは困難である。

 (3) 債務整理が遅れたことによる上告人の精神的負担は,消費貸借という取引行 為に起因するものであるから,基本的には,過払金返還請求(遅延損害金を含む。) が認められることにより損害がてん補される関係に立つものというべきであり,そ れを超えた特別の精神的損害が発生するような事情は見当たらない。

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次の とおりである。

 (1) 貸金業法19条及びその委任を受けて定められた貸金業の規制等に関する法 律施行規則(以下「施行規則」という。)16条は,貸金業者に対して,その営業 所又は事務所ごとに,その業務に関する帳簿(以下「業務帳簿」という。)を備え ,債務者ごとに,貸付けの契約について,契約年月日,貸付けの金額,貸付けの利 率,弁済金の受領金額,受領年月日等,貸金業法17条1項及び18条1項所定の 事項(貸金業者の商号等の業務帳簿に記載する意味のない事項を除く。)を記載し ,これを保存すべき義務を負わせている。そして,貸金業者が,貸金業法19条の 規定に違反して業務帳簿を備え付けず,業務帳簿に前記記載事項を記載せず,若し くは虚偽の記載をし,又は業務帳簿を保存しなかった場合については,罰則が設け られている(同法49条7号。貸金業法施行時には同条4号)。

 (2) 貸金業法は,貸金業者は,貸付けに係る契約を締結するに当たり,17条1 項所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)を債務者に交付し, 弁済を受けた都度,直ちに18条1項所定の事項を記載した書面(以下,17条書 面と併せて 「17条書面等」 という。)を弁済者に交付すべき旨を定めている(17条,18条)が,長期間に わたって貸付けと弁済が繰り返される場合には,特に不注意な債務者でなくても, 交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであり ,貸金業法及び施行規則は,このような場合も想定した上で,貸金業者に対し,同 法17条1項及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を 負わせたものと解される。

 (3) また,貸金業法43条1項は,貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利 息の契約に基づき,債務者が利息として任意に支払ったものについては,利息制限 法1条1項に定める利息の制限額を超えるものであっても,17条書面等の交付が あった場合には有効な利息債務の弁済とみなす旨定めており(以下,この規定によ って有効な利息債務の弁済とみなされる弁済を「みなし弁済」という。),貸金業 者が利息制限法1条1項所定の制限利率を超える約定利率で貸付けを行うときは, みなし弁済をめぐる紛争が生ずる可能性がある。

 (4) そうすると,貸金業法は,罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け 義務を課すことによって,貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受 ける債務者の利益の保護を図るとともに,債務内容に疑義が生じた場合は,これを 業務帳簿によって明らかにし,みなし弁済をめぐる紛争も含めて,貸金業者と債務 者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解 決することを図ったものと解するのが相当である。金融庁事務ガイドライン3−2 −3(現在は3−2−7)が,貸金業者の監督に当たっての留意事項として, 「債務者,保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から,帳簿の記載事項のう ち,当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること。」 と記載し,貸金業者の監督に当たる者に対して,債務内容の開示要求に協力するよ うに貸金業者に促すことを求めている(貸金業法施行時には,大蔵省銀行局長通達 (昭和58年9月30日付け蔵銀第2602号)「貸金業者の業務運営に関する基 本事項について」第2の4(1)ロ(ハ)に,貸金業者が業務帳簿の備付け及び記載事項 の開示に関して執るべき措置として,債務内容の開示要求に協力しなければならな い旨記載されていた。)のも,このような貸金業法の趣旨を踏まえたものと解され る。

 (5) 以上のような貸金業法の趣旨に加えて,一般に,債務者は,債務内容を正確 に把握できない場合には,弁済計画を立てることが困難となったり,過払金がある のにその返還を請求できないばかりか,更に弁済を求められてこれに応ずることを 余儀なくされるなど,大きな不利益を被る可能性があるのに対して,貸金業者が保 存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり,貸金業者に 特段の負担は生じないことにかんがみると,【要旨】貸金業者は,債務者から取引 履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど 特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務とし て,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含 む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして ,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は, 違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである。

 (6) 前記事実関係によれば,上告人の取引履歴の開示要求に上記特段の事情があ ったことはうかがわれない。そして,上告人は,債務整理を弁護士に依頼し,被上 告人に対し,弁護士を通じて,半年近く,繰り返し取引履歴の開示を求めたが,被 上告人がこれを拒絶し続けたので,上告人は,その間債務整理ができず,結局,本 件訴訟を提起するに至ったというのであるから,被上告人の上記開示拒絶行為は違 法性を有し,これによって上告人が被った精神的損害については,過払金返還請求 が認められることにより損害がてん補される関係には立たず,不法行為による損害 賠償が認められなければならない。

 4 以上と異なる見解に立って,上告人の被上告人に対する請求を棄却すべきもの とした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論 旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして ,慰謝料の額について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととす る。





2013.2-

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