実務の友 実友・判例集
 
 最二小判平成21.9.11 集民第231号495頁(裁判所判例検索システム)
(判示事項)
 貸金業者において,特約に基づき借主が期限の利益を喪失した旨主張することが,信義則に反し許されないとした原審の判断に違法があるとされた事例

(判決要旨)
 貸金業者が,借主に対し,元利金の支払を怠ったときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約の下に3回にわたり金銭の貸付けを行い,各貸付けにつき借主が期限の利益を喪失した後に,一部弁済を受領する都度,弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金の一部に充当した旨記載した領収書兼利用明細書を交付していた場合において,次の(1)〜(3)の各事実のみから,貸金業者において,上記各貸付けにつき,上記特約に基づき借主が期限の利益を喪失したと主張することが信義則に反し許されないとした原審の判断には,違法がある。
(1) 貸金業者は,借主が期限の利益を喪失した後も元利金の一括弁済を求めず,借主からの一部弁済を受領し続けた。
(2) 上記各貸付けにおける約定の利息の利率と遅延損害金の利率とが同一ないし近似していた。
(3) 貸金業者は,借主が1回目及び2回目の各貸付けについて期限の利益を喪失した後に3回目の貸付けを行った。

(参照法条) 民法1条2項,民法136条
(判決理由抜粋)
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり,上告人が本件各貸付けに ついて本件特約による期限の利益の喪失を主張することは信義則に反し許されない と判断した。そして,本件各貸付けのいずれについても被上告人Y1に期限の利益 の喪失はないものとして本件各弁済につき制限超過利息を元本に充当した結果,本 件各貸付けについては,原判決別表1〜3のとおり,いずれも元本が完済され,過 払金が発生しているとして,上告人の本訴請求をいずれも棄却し,同被上告人の反 訴請求を一部認容した。

 (1) 被上告人Y1は,本件貸付け@,Aについては,平成16年9月1日の支払 期日に支払うべき元利金の支払をしなかったことにより,本件貸付けBについて は,平成17年8月1日の支払期日に支払うべき元利金の支払をしなかったことに より,本件特約に基づき期限の利益を喪失した。

 (2) しかしながら,被上告人Y1は,本件貸付け@,Aについては,その期限の 利益喪失後も,基本的には毎月規則的に弁済を続け,上告人もこれを受領している 上,平成17年6月には新たに本件貸付けBを行い,本件貸付けBについても同被 上告人はその期限の利益喪失後も弁済を継続しており,上告人が期限の利益喪失後 直ちに同被上告人に対して元利金の一括弁済を求めたこともうかがわれないから, 上告人は,同被上告人が弁済を遅滞しても分割弁済の継続を容認していたものとい うべきである。

そして,本件各貸付けにおいては約定の利息の利率と遅延損害金の 利率とが同率ないしこれに近似する利率と定められていることを併せ考慮すると, 領収書兼利用明細書上の遅延損害金に充当する旨の表示は,利息制限法による利息 の利率の制限を潜脱し,遅延損害金として高利を獲得することを目的として行われ たものであるということができる。そうすると,被上告人Y1に生じた弁済の遅滞 を問題とすることなく,その後も弁済の受領を反復し,新規の貸付けまでした上告 人において,さかのぼって期限の利益が喪失したと主張することは,従前の態度に 相反する行動であり,利息制限法を潜脱する意図のものであって,信義則に反し許 されない。

 4 原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認する ことができない。その理由は,次のとおりである。

 原審は,上告人において,被上告人Y1が本件特約により本件各貸付けについて 期限の利益を喪失した後も元利金の一括弁済を求めず,同被上告人からの一部弁済 を受領し続けたこと(以下「本件事情@」という。),及び本件各貸付けにおいて は,約定の利息の利率と約定の遅延損害金の利率とが同一ないし近似していること (以下「本件事情A」という。)から,上告人が領収書兼利用明細書に弁済金を遅 延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当する旨記載したのは,利息制限法による 利息の利率の制限を潜脱し,遅延損害金として高利を獲得することを目的としたも のであると判断している。

 しかし,金銭の借主が期限の利益を喪失した場合,貸主において,借主に対して 元利金の一括弁済を求めるか,それとも元利金及び遅延損害金の一部弁済を受領し 続けるかは,基本的に貸主が自由に決められることであるから,本件事情@が存在 するからといって,それだけで上告人が被上告人Y1に対して期限の利益喪失の効 果を主張しないものと思わせるような行為をしたということはできない。

また,本件事情Aは,上告人の対応次第では,被上告人Y1に対し,期限の利益喪失後の弁 済金が,遅延損害金ではなく利息に充当されたのではないかとの誤解を生じさせる 可能性があるものであることは否定できないが,上告人において,同被上告人が本 件各貸付けについて期限の利益を喪失した後は,領収書兼利用明細書に弁済金を遅 延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当する旨記載して同被上告人に交付するの は当然のことであるから,上記記載をしたこと自体については,上告人に責められ る理由はない。

むしろ,これによって上告人は,被上告人Y1に対して期限の利益 喪失の効果を主張するものであることを明らかにしてきたというべきである。した がって,本件事情@,Aだけから上告人が領収書兼利用明細書に上記記載をしたこ とに利息制限法を潜脱する目的があると即断することはできないものというべきで ある。

 原審は,上告人において,被上告人Y1が本件貸付け@,Aについて期限の利益 を喪失した後に本件貸付けBを行ったこと(以下「本件事情B」という。)も考慮 し,上告人の期限の利益喪失の主張は従前の態度に相反する行動であり,利息制限 法を潜脱する意図のものであって,信義則に反するとの判断をしているが,本件事 情Bも,上告人が自由に決められることである点では本件事情@と似た事情であ り,それだけで上告人が本件貸付け@,Aについて期限の利益喪失の効果を主張し ないものと思わせるような行為をしたということはできないから,本件事情Bを考 慮しても,上告人の期限の利益喪失の主張が利息制限法を潜脱する意図のものであ るということはできないし,従前の態度に相反する行動となるということもできな い。

 他方,前記事実関係によれば,被上告人Y1は,本件各貸付けについて期限の利 益を喪失した後,当初の約定で定められた支払期日までに弁済したことはほとんど なく,1か月以上遅滞したこともあったというのであるから,客観的な本件各弁済 の態様は,同被上告人が期限の利益を喪失していないものと誤信して本件各弁済を したことをうかがわせるものとはいえない。

 そうすると,原審の掲げる本件事情@ないしBのみによっては,上告人におい て,被上告人Y1が本件特約により期限の利益を喪失したと主張することが,信義 則に反し許されないということはできないというべきである。


 5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の 違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れない。そ して,更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととす る。





2013.2-

[ TOP ]