実務の友 実友・判例集
 
 最二小判平成17.9.16 集民第217号1007頁
(判決要旨)
 防火設備の一つとして重要な役割を果たし得る防火戸が室内に設置されたマンションの専有部分の販売に際し,防火戸の電源スイッチが一見してそれとは分かりにくい場所に設置され,それが切られた状態で専有部分の引渡しがされた場合において,宅地建物取引業者が,購入希望者に対する勧誘,説明等から引渡しに至るまで販売に関する一切の事務について売主から委託を受け,売主と一体となって同事務を行っていたこと,買主は,上記業者を信頼して売買契約を締結し,上記業者から専有部分の引渡しを受けたことなど判示の事情においては,上記業者には,買主に対し,防火戸の電源スイッチの位置,操作方法等について説明すべき信義則上の義務がある。
(参照法条)
 民法1条2項民法555条民法643条民法709条
(判決理由抜粋)
 2 本件は,上告人が,被上告人B不動産については,本件防火戸の電源スイッ チが切られて作動しない状態で引き渡されたことにつき売買の目的物に隠れた瑕疵 があったことなど,被上告人B不動産販売については,上記電源スイッチの位置, 操作方法等を説明すべき義務を怠った注意義務違反があったことなどにより,本件 南側区画にも本件火災による損傷が及び,その原状回復に要する費用等に係るDの 損害賠償請求権を相続により4分の3の割合で取得したなどと主張して,被上告人 B不動産に対し売主の瑕疵担保等による損害賠償を,被上告人B不動産販売に対し 不法行為等による損害賠償をそれぞれ求める事案である。

 3 原審は,前記事実関係等の下において,上告人の請求を棄却すべきものとし た。

本件防火戸が作動しなかったことによる本件南側区画の損害に関する原審の認 定判断は,次のとおりである。

 (1) E号室は,本件防火戸の電源スイッチが切られて作動しない状態で引き渡 されたものであり,売買の目的物に隠れた瑕疵があった。したがって,被上告人B 不動産は,売主の瑕疵担保責任として,本件防火戸が作動しなかったことと相当因 果関係のある損害について賠償すべき責任を負う。

 (2) 本件防火戸の電源スイッチは,ふたがねじで固定された連動制御器の中に 設置されており,居住者がそれを操作することが予定されているとはいえないよう な造りになっているものであって,売主である被上告人B不動産において,上記電 源スイッチを入れた状態で引き渡すべきことが当然の前提とされていたと考えられ ることに照らすと,被上告人B不動産販売には,上記電源スイッチの位置,操作方 法等を買主に説明すべき義務があったとはいえない。また,被上告人B不動産販売 は,被上告人B不動産から委託を受けて本件売買契約の締結手続をした者にすぎず ,E号室を引き渡すに際し,本件防火戸の作動状況についての調査,確認義務があ ったとはいえないから,上記電源スイッチを入れた状態でE号室を引き渡すべき義 務があったともいえない。

 (3) 本件防火戸が作動していた場合には,本件南側区画の焼損,変色等の範囲 及び程度は,本件火災後の状況に比べて軽度に抑えられていたであろうと推認する ことができる。しかしながら,本件防火戸が作動したとしても,消火活動等に当た り,本件防火戸が開けられ,ばい煙,高熱,水蒸気等が本件南側区画に出ることは 避けられず,相当範囲に汚れ等が付着し,特に,ばい煙によるにおいは,広範囲に わたって天井,壁等に染み込んだはずである。本件火災後の原状回復工事について は,本件防火戸が作動した場合であっても,E号室を再び居住の用に供するために は,全部屋の天井及び壁の石膏ボード等を交換する作業が必要となることが十分考 えられ,空調設備,家具等についても,具体的な焼損が生じなかったとしても,ば い煙によるにおいの吸着のため,新たなものと交換する方が部品交換やクリーニン グ等よりも安価な対処方法となる場合も考えられる。

したがって,本件防火戸が作 動しなかったからといって,本件火災により現実に生じた損害の額が,本件防火戸 が作動した場合に比べて高額になるとは認められない。

 4 しかしながら,原審の上記認定判断(2),(3)は是認することができない。そ の理由は,次のとおりである。

 (1)ア 前記1の事実関係によれば,本件防火戸は,火災に際し,防火設備の一 つとして極めて重要な役割を果たし得るものであることが明らかであるところ,被 上告人B不動産から委託を受けて本件売買契約の締結手続をした被上告人B不動産 販売は,本件防火戸の電源スイッチが,一見してそれとは分かりにくい場所に設置 されていたにもかかわらず,D又は上告人に対して何らの説明をせず,Dは,上記 電源スイッチが切られた状態でE号室の引渡しを受け,そのままの状態で居住を開 始したため,本件防火戸は,本件火災時に作動しなかったというのである。

 イ また,記録によれば,(ア) 被上告人B不動産販売は,被上告人B不動産に よる各種不動産の販売等に関する代理業務等を行うために,被上告人B不動産の全 額出資の下に設立された会社であり,被上告人B不動産から委託を受け,その販売 する不動産について,宅地建物取引業者として取引仲介業務を行うだけでなく,被 上告人B不動産に代わり,又は被上告人B不動産と共に,購入希望者に対する勧誘 ,説明等から引渡しに至るまで販売に関する一切の事務を行っていること,(イ)  被上告人B不動産販売は,E号室についても,売主である被上告人B不動産から委 託を受け,本件売買契約の締結手続をしたにとどまらず,Dに対する引渡しを含め た一切の販売に関する事務を行ったこと,(ウ) Dは,上記のような被上告人B不 動産販売の実績や専門性等を信頼し,被上告人B不動産販売から説明等を受けた上 で,E号室を購入したことがうかがわれる。

 ウ 上記アの事実関係に照らすと,被上告人B不動産には,Dに対し,少なくと も,本件売買契約上の付随義務として,上記電源スイッチの位置,操作方法等につ いて説明すべき義務があったと解されるところ,上記イの事実関係が認められるも のとすれば,宅地建物取引業者である被上告人B不動産販売は,その業務において 密接な関係にある被上告人B不動産から委託を受け,被上告人B不動産と一体とな って,本件売買契約の締結手続のほか,E号室の販売に関し,Dに対する引渡しを 含めた一切の事務を行い,Dにおいても,被上告人B不動産販売を上記販売に係る 事務を行う者として信頼した上で,本件売買契約を締結してE号室の引渡しを受け たこととなるのであるから,このような事情の下においては,被上告人B不動産販 売には,信義則上,被上告人B不動産の上記義務と同様の義務があったと解すべき であり,その義務違反によりDが損害を被った場合には,被上告人B不動産販売は ,Dに対し,不法行為による損害賠償義務を負うものというべきである。

 そうすると,E号室の販売に関し,被上告人B不動産販売が被上告人B不動産か ら受けた委託の趣旨及び内容,被上告人B不動産販売の具体的な役割等について十 分に審理することなく,被上告人B不動産販売の上記義務を否定した原審の判断に は,審理不尽の結果,法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

 (2) 前記1の事実関係によれば,本件防火戸は,本来,E号室内で火災が発生 した場合には自動的に閉じて,床,壁等と共に区画を区切り,出火した側の区画か ら他の区画への延焼等を防止するようになっていたというのであるから,本件南側 区画の焼損,変色等による損傷は,本件防火戸が作動していた場合には,消火活動 等により本件防火戸が開けられたとしても,本件防火戸が作動しなかった場合に比 べ,その範囲が狭く,かつ,程度が軽かったことは明らかというべきである。

した がって,前者の場合における原状回復に要する費用の額は,特段の事情がない限り ,後者の場合における原状回復に要する費用の額に比べて低額にとどまると推認す るのが相当である。これについて,原審は,前者の場合であっても,消火活動等に より,ばい煙等が本件南側区画に出ることが避けられなかったなどということから ,本件南側区画の天井及び壁の石膏ボード,空調設備,家具等の交換が必要となる ことが考えられるとして,後者の場合における損害の額が,前者の場合に比べて高 額になるとは認められないと認定しているが,上記認定の前提とされた事情は,上 記石膏ボード等の交換が必要となる可能性があるとするものにすぎず,上記特段の 事情というには不十分であることが明らかである。そうすると,原審の上記認定に は,経験則に違反する違法があるというべきである。

 5 以上によれば,原審の前記3の(2)及び(3)の認定判断には,判決に影響を及 ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由が あり,その余の点について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして ,本件について更に審理を尽くさせるため,これを原審に差し戻すこととする。


民法1条(基本原則)
第1条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は、これを許さない。

民法555条(売買)
 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

民法643条(委任)
 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

民法709条(不法行為による損害賠償)
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。



2013.2-

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