(判決理由抜粋)
「二 取引明細開示義務違反に基づく損害賠償請求について
1 開示義務が認められるか否かについて
(一) 大蔵省通達や金融監督庁ガイドラインには,貸金業者が債務者に対し,弁済にかかわる債務の内容について開示を求められたときに協力することを指示する内容が含まれている。
しかしながら,これは行政指導であって,行政指導は任意の協力を業者に求めるものにすぎず,それ自体は法的効果を持たないものである。したがって,大蔵省通達や金融監督庁ガイドラインを直接の根拠として,顧客に対する取引情報開示義務を法的義務として導き出すことはできない。
(二) しかしながら,本件においては,信義則(信義誠実の原則)に基づき,全取引明細(情報)の開示義務を認めることができると考える。
すなわち,契約関係にある当事者間には一個の有機体として信義則が支配しているというべきである。そして,本件のような消費者金融についていえば,貸手が金融の専門家であるのに対し,借り手は一消費者に過ぎないのであるから,契約に関する情報や判断能力において,構造的に貸手が圧倒的優位に立っているという現状を考慮する必要がある。特に,本件のごとく包括契約に基づき長期間にわたって貸付けと返済が多数回繰り返されている場合には,借り手である一消費者が包括契約以後の多数回の貸付けと返済の全てについて記録を保存して内容を把握しておくことは,現実問題として不可能あるいは著しく困難であるといえ,通常の貸金における弁済の問題と同視することはできない。一方,貸手である貸金業者は業務として契約に関する情報を管理・保存しているのであるから,貸手が借り手に対してその取引の経過に関する情報(取引明細)を開示することは容易になし得ることであるし,その他に開示することによって貸手が不利益を被るとは考えられない。
よって,貸手である被告は,借り手である原告に対し,その全取引明細(情報)を開示すべき義務を信義則上負っているというべきである。
2 全取引明細(情報)開示義務違反による損害賠償請求の成否について
(一)略
(二) 以上の認定事実によれば,原告は,被告に対し,自己の取引明細(情報)開示請求権に基づいて全取引明細の開示を求めたが,当初は過去3年分の取引明細(取引利敵紹介表)しか開示を受けることができず,さらに何度か全取引明細の開示を請求しても応じてもらえず,結局本件訴訟提起後の本件第二口頭弁論期日の約1週間前に至ってようやく全取引明細の開示を受けることができたものである。
そもそも,信義則から導かれる原告の有する取引明細(情報)開示請求権は,いつでも必要なときに,必要な範囲の取引明細(情報)の開示を請求できる内容のものと理解されるものであって,被告としては,原告から開示請求があった場合には,拒絶する合理的な理由のない限り,これに速やかに応じる義務があるといわなければならない。(略)
以上の点を総合考慮すると,本件において,原告からの全取引明細(情報)の開示請求に対し,本件第二回口頭弁論期日の約一週間前になってようやく開示した被告の行為は,開示請求に違反した違法な行為といわざるを得ず,不法行為を構成するものというべきである。
3 損害額について
(一) 慰謝料
被告が全取引明細(情報)を違法に開示しなかったことにより,原告は,@利息制限法に基づく正確な引き直し計算をすることができず,正確な過払額が不明であるため,おおよその計算による過払金の返還を求める訴訟を提起せざるを得ず,適正な訴訟を提起することができなかったこと,A訴訟においてはじめて被告が全ての取引明細を開示したため,開示された取引明細をもとえに再度引き直し計算が必要になったことB再度の引き直し計算の結果,請求の趣旨を減縮せざるをえず,余分な訴訟費用を支出したこと等,さまざまな精神的苦痛を被ったといえるから,これに対する慰謝料額は10万円をもって相当と認める。
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