実務の友   消費者金融等に関する判例集
最新更新日2002.9.5-2006.08.10
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23 貸金業者の取引経過の開示義務と文書提出命令
(1) 取引経過開示義務
(積極)
    1 大阪地裁判平成12.9.8消費者法ニュース45号19頁
    2 大阪高裁判平成13.3.21消費者法ニュース47号45頁
    3 東京地裁判平成13.6.11判例タイムズ1087号212頁
    4 札幌地裁判平成13.6.28金融・商事判例1129号26頁
    5 名古屋地裁判平成13.9.28金融・商事判例1133号50頁
    6 大分地裁判平成14.2.18最高裁HP
    7 東京高裁判平成14.3.26判例時報1780号98頁
    8 東京簡裁判平成16.7.8最高裁HP
    9 大阪高裁平成16.12.15消費者法ニュース63号35頁
(消極)
   10 東京地裁判平成12.10.26金融法務事情1622号58頁
   11 大阪高裁判平成13.1.26金融・商事判例1129号26頁

(2) 文書(業務帳簿)提出命令
(積極)
    1 札幌簡裁決平成10.12.4判例タイムズ1039号267頁
    2 名古屋高裁決(民事4部)平成15.5.23金融・商事判例1188号52頁
    3 名古屋高裁決(民事3部)平成15.6.6金融・商事判例1188号52頁


23 貸金業者の取引経過の開示義務

(積極)
 ○ 大阪地裁判平成12.9.8消費者法ニュース45号19頁
   取引経過の開示を拒否したサラ金業者に10万円の慰謝料の支払いを命じた判決
(判決理由抜粋)
「二 取引明細開示義務違反に基づく損害賠償請求について
1 開示義務が認められるか否かについて
(一) 大蔵省通達や金融監督庁ガイドラインには,貸金業者が債務者に対し,弁済にかかわる債務の内容について開示を求められたときに協力することを指示する内容が含まれている。
 しかしながら,これは行政指導であって,行政指導は任意の協力を業者に求めるものにすぎず,それ自体は法的効果を持たないものである。したがって,大蔵省通達や金融監督庁ガイドラインを直接の根拠として,顧客に対する取引情報開示義務を法的義務として導き出すことはできない。
(二) しかしながら,本件においては,信義則(信義誠実の原則)に基づき,全取引明細(情報)の開示義務を認めることができると考える。
 すなわち,契約関係にある当事者間には一個の有機体として信義則が支配しているというべきである。そして,本件のような消費者金融についていえば,貸手が金融の専門家であるのに対し,借り手は一消費者に過ぎないのであるから,契約に関する情報や判断能力において,構造的に貸手が圧倒的優位に立っているという現状を考慮する必要がある。特に,本件のごとく包括契約に基づき長期間にわたって貸付けと返済が多数回繰り返されている場合には,借り手である一消費者が包括契約以後の多数回の貸付けと返済の全てについて記録を保存して内容を把握しておくことは,現実問題として不可能あるいは著しく困難であるといえ,通常の貸金における弁済の問題と同視することはできない。一方,貸手である貸金業者は業務として契約に関する情報を管理・保存しているのであるから,貸手が借り手に対してその取引の経過に関する情報(取引明細)を開示することは容易になし得ることであるし,その他に開示することによって貸手が不利益を被るとは考えられない。
 よって,貸手である被告は,借り手である原告に対し,その全取引明細(情報)を開示すべき義務を信義則上負っているというべきである。
2 全取引明細(情報)開示義務違反による損害賠償請求の成否について
(一)略
(二) 以上の認定事実によれば,原告は,被告に対し,自己の取引明細(情報)開示請求権に基づいて全取引明細の開示を求めたが,当初は過去3年分の取引明細(取引利敵紹介表)しか開示を受けることができず,さらに何度か全取引明細の開示を請求しても応じてもらえず,結局本件訴訟提起後の本件第二口頭弁論期日の約1週間前に至ってようやく全取引明細の開示を受けることができたものである。
 そもそも,信義則から導かれる原告の有する取引明細(情報)開示請求権は,いつでも必要なときに,必要な範囲の取引明細(情報)の開示を請求できる内容のものと理解されるものであって,被告としては,原告から開示請求があった場合には,拒絶する合理的な理由のない限り,これに速やかに応じる義務があるといわなければならない。(略)
 以上の点を総合考慮すると,本件において,原告からの全取引明細(情報)の開示請求に対し,本件第二回口頭弁論期日の約一週間前になってようやく開示した被告の行為は,開示請求に違反した違法な行為といわざるを得ず,不法行為を構成するものというべきである。
3 損害額について
(一) 慰謝料
 被告が全取引明細(情報)を違法に開示しなかったことにより,原告は,@利息制限法に基づく正確な引き直し計算をすることができず,正確な過払額が不明であるため,おおよその計算による過払金の返還を求める訴訟を提起せざるを得ず,適正な訴訟を提起することができなかったこと,A訴訟においてはじめて被告が全ての取引明細を開示したため,開示された取引明細をもとえに再度引き直し計算が必要になったことB再度の引き直し計算の結果,請求の趣旨を減縮せざるをえず,余分な訴訟費用を支出したこと等,さまざまな精神的苦痛を被ったといえるから,これに対する慰謝料額は10万円をもって相当と認める。


 ○ 大阪高裁判平成13.3.21消費者法ニュース47号45頁(上記の控訴審判決)
(判決理由抜粋)
「次のとおり改めたうえ,原判決の理由説示の一及び二の記載を引用する。(略)
2 21頁について,一行目の「不可能あるいは」を削除し,七行目及び八行目を次のとおり改める。
「借り手が自己の借入れ及び返済を自ら管理することは不可能ではないが,現にそれができなかった借り手が,契約関係の相手方である貸手に対して取引明細の開示を求めた場合においては,それに応じるのが信義則に則った対応であることは明らかである。
 以上のような事情を考えると,いわゆる消費者金融の貸手である控訴人は,その借り手である被控訴人から全取引明細の開示を求められたときには,被控訴人がその必要もないのに開示請求をした場合とか,控訴人において右開示を拒絶する合理的な理由がある場合でない限り,被控訴人の右開示請求に応じるべき信義則上の義務を負うというべきである。」


 ○ 東京地裁判平成13.6.11判例タイムズ1087号212頁
(要旨)
1 金融監督庁のガイドラインに違反する行為が社会的相当性を逸脱したものとして不法行為を構成するとされた事例
2 債務整理の依頼を受けた弁護士からの受任通知を受けた後,貸金業者が債務者に対し直接弁済を求めたことが,当該弁護士に対する関係でも不法行為を構成するとされた事例
3 債務整理の依頼を受けた弁護士から取引経過の開示を求められた後,正当な事由なくこれを開示しないことが,当該弁護士に対する関係でも不法行為を構成するとされた事例
(判決理由抜粋)
1 「貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)21条1項は,貸金業者は,貸付けの契約に基づく債権の取立てをするにあって,人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により,そのものを困惑させてはならない旨を規定し,これを受けた金融監督庁の「金融監督等にあたっての留意事項について」においては,「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知,又は,調停,破産その他裁判手続きをとったことの通知を受けた後に,正当な理由なく支払請求をすること」が,貸金業法21条1項の監督上の留意事項として記載されている(甲2)。
 債権者が,債務者に対して取立て等債権の行使を行うことは一般に適法であるが,それが社会的相当性を逸脱した場合には債務者に対する不法行為を構成すると解するべきである。そして,金融監督庁が定めた上記ガイドラインは,貸金業法の運用の適正を確保するために,貸金業者の取立行為の規制,取引関係の正常化などの観点から,貸金業者がしてはならない行為又はしなくてはならない行為等を個別的に規定したものであり,これを遵守しない場合には監督官庁の行政指導の対象となるものである。また,貸金業者としても,このガイドラインは遵守すべきものと一般に理解されているものである(弁論の全趣旨)。そうであるならば,貸金業者が,このガイドラインで禁止されている行為を行った場合は,その行為は原則として社会的相当性を逸脱したものとして,不法行為を構成するとみるべきである。」
2 「多くの金融業者から多額の借り入れをなし,それらが返済不能となったいわゆる多重債務者問題が,社会問題となっていることは周知の事実である。このような多重債務者はもとより,一般に債務者は,自己の債務の整理を弁護士に依頼することができ,これは債務者が経済的更生をはかるために必要な行為であって,債務者の法的権利である。一方,これを受任した弁護士は,債権者に対し受任通知を出し,以後の交渉を弁護士が行うことを連絡し,債務の内容についての回答及び資料の開示を求め,債務者の弁済計画を作成し,これを元に債権者と交渉するのが,一般的手法であり,これは債務整理を受任した弁護士の当然の職務であり,依頼者に対する法律上の義務でもある。また,弁護士の職責(弁護士法1条)に照らし,これらの活動が一般に多重債務者の経済的窮状を解決して法的な安定と法秩序の回復を図ろうとする弁護士としての基本的職務であることは当然である。
 そうすると,本件直接交渉は,債務者から債務整理を受任した弁護士の上記のような職責を事実上不可能にするものであり,弁護士活動を妨害するものであることは明らかであるから,原告宮本に対しても不法行為を構成する。」
3 「債権者債務者間の取引経過は,債務整理のための最も基本的資料である。そこで,貸金業法19条は,貸金業者に,債務者ごとに契約内容,貸付金額,受領金額などを記載した帳簿の作成保管を義務づけている。これは,継続的に業務の内容を記録,保存して貸金業の業務の運営を適正化し,貸付けに関する紛争を将来にわたって防止しようとする趣旨である。また,前記ガイドラインは,「債務者,保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から,帳簿の記載事項のうち当該弁済にかかる債務の内容について開示を求められたときに協力すること。」と規定している。もっとも,このような法律が存在することやガイドラインの存在をもって,貸金業者に開示要求後直ちに開示をする法的義務があると理解することはできない。しかし,前記貸金業法19条の趣旨,債権者債務者間の取引の正常化等のためにガイドラインが規定されていること,及び,取引経過は債権者債務者間の法律関係における最も基本的な資料であり,これが弁護士の前記活動のための最も基本的な資料になることに鑑みれば,取引経過の開示要求を受けた貸金業者は,原則として,その開示のための事務処理に必要な事件経過後速やかに開示をすべき義務があるというべきである。そして,開示の遅延は,債務者にとり正当な法的解決を得られることの遅延につながり,債務者から委任を受けた弁護士にとっては正当な業務活動の遅延につながるものであることは明らかであるから,取引経過の開示要求を受けた貸金業者がその開示を遅らせた行為は,特段の事情のない限り,債務者に対しても同人から債務整理の委任を受けた弁護士に対しても不法行為を構成するものと解するのが相当である。」


 ○ 札幌地裁判平成13.6.28金融・商事判例1129号26頁
(判決要旨)
 多重債務に陥るなど債務整理をする必要に迫られている消費者が,委任した弁護士を通じるなどして,貸金業者に対し,残債務または過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めた場合には,信義誠実の原則から,貸金業者はこれを拒絶する合理的な理由があるときを除き,これに応じるべき義務があり,これに反して開示を拒否したときには不法行為が成立する。
(判決理由抜粋)
「二 消費者金融業者(貸し手)である被告が,消費者(借り手)である原告らの要求に応じて,それまでの全取引経過を開示する義務があるか否かについて検討する。
 1 借り手から貸し手に対し過払金の返還請求をする場合には,借り手側において,貸付と弁済の取引経過を明らかにして過払金が発生している事実を主張立証しなければならないのが原則である。
 2 しかしながら,消費者金融業者である貸し手と消費者である借り手との間で包括的消費貸借契約に基づき長期間にわたり貸付,返済が繰り返されたときには,多重債務に陥っている消費者が,債務整理の必要上,消費者金融業者に対し,残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めた場合は,前記の場合と同一には論じられない。
 すなわち,消費者金融業者は,消費者に比べ,経済力,情報力等のすべての面において著しく優越しており,これを対等な当事者関係とみるのは相当ではない。消費者金融業者,とりわけ被告を含む大手の消費者金融業者は,全国の消費者との取引経過の詳細をコンピューターで一元的に管理しているのに対し,消費者,とりわけ多重債務に陥り債務整理ないし自己破産を余儀なくされているような消費者は,利息制限法や貸金業規制法の知識に乏しく,領収証等も保存していないのが現実である。この点については,被告を含む大手の消費者金融業者が全国の多数箇所に設置しているATMを利用することにより,消費者はいつでもどこでも返済ができ,残高と次回弁済期が記入された領収証(明細書)を受領できるため,いきおい領収証の保管に熱心でなくなることも多分に影響しているものと考えられ,他方,大手の消費者金融業者は,そのような利便性を強調して顧客を勧誘しており,そのシステムは消費者が負担する高利によって維持されている関係にある。
 そして,多重債務者の債務整理に当たっては,関係者の債権債務を確定し,平等な分配を実施するよう努めなければならないが,そのためには各消費者金融業者から全取引経過の開示を受けることが必須であり,これが実現されなければ債務整理は不能となり,多重債務者の経済的更生も期待できなくなるのであり,債務整理をしようとする多重債務者にとって消費者金融業者から全取引経過の開示を受ける必要性は極めて大きい。それに対し,大手の消費者金融業者は,前記のとおり,取引経過の詳細をコンピューターで一元的に管理しているものであり,消費者の要求に応じて全取引経過を開示することは容易である。にもかかわらず,これを拒否するのは,利息制限法違反の過大な請求をするか又は過払金の請求から免れるという法的保護に値しない動機によるものと考えられる。
 ところで,貸金業規制法19条は,貸金業者に対し,債務者ごとに貸付契約の年月日,貸付金額,受領金額等を記載した帳簿を備え付け,これを保存する義務を課しており,同法に関するガイドラインは,貸金業者の監督に当たっては,債務者の利益を図る観点から,「債務者,保証人その他の弁済を行おうとする者から,帳簿の記載のうち,当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」などに留意するものと定めている。これらの規定や通達は,これから直ちに貸金業者の消費者に対する全取引経過開示義務を導き出すものではないとしても,貸金業者に帳簿の備付・保存義務を課すことによって利息制限法,貸金業規制法43条に従った債権管理をなさしめ,もって消費者の利益を保護しようとするものであるから,このような趣旨は,消費者金融業者と消費者との法律関係を考察する場合にも生かされなければならない。
 このように考えると,契約関係を支配する信義誠実の原則からして,少なくとも多重債務に陥るなど債務整理をする必要に迫られている消費者が,債務整理を委任した弁護士を通じるなどして,消費者金融業者に対し,残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めたときは,消費者金融業者は,これを拒絶する合理的な理由がある場合でない限り,これに応じる義務があり,これに反して全取引経過の開示を拒否した場合には不法行為が成立するものと解するのが相当である。
 3 消費者金融業者に以上のような全取引経過の開示義務がないことになると,消費者は,不正確な資料に基づいて過払金の有無・その額を計算せざるを得なくなり,その結果,正確な計算ができないために,利息制限法の利率を超える弁済をし,又は過払金があるにもかかわらずその返還請求を断念するなどの事態が予想され,他方,消費者金融業者は,訴訟が提起されれば,訴訟手続上の文書提出義務により全取引経過を開示せざるを得なくなるため,訴訟提起前に不開示のまま消費者と交渉し,消費者に上記のような対応をとらせるなど自己に有利な解決を図ろうとするのであり,このような消費者金融業者の意図が相当性を欠くことは明らかである。
三 これを本件についてみると,被告は,原告らから債務整理の委任を受けた原告ら代理人の受任通知を受け,全取引経過の開示の要求を受けながら,これを開示せず,そのために原告らと被告との残債務額又は過払金額が確定できず,原告らはやむなく本訴提起をするに至ったものであり,被告が全取引経過を開示しなかったことについて合理的理由は見出し難いから,被告の全取引経過の不開示は,開示義務に反するものであって違法であり,原告らに対する不法行為が成立するというべきである。したがって,被告は,これによって原告らが被った損害を賠償する義務を負う。
 そして,前記のとおり,被告の全取引経過の不開示によって原告らの債務整理が遅滞し,原告らの不安が続き,原告らは訴訟を提起せざるを得なかったものであるから,原告らに精神的損害が生じたものと認められ,これを慰謝するには各原告につき20万円が相当だえり,弁護士費用も5万円の限度で相当因果関係があるものと判断される。」


 ○ 名古屋地裁判平成13.9.28金融・商事判例1133号50頁
(判決要旨)
1 消費者金融業者は,債務の弁済を行おうとする者から,負債総額を確認するため取引経過の開示を求められた場合には,すみやかにこれに応じて開示すべき信義則上の義務がある。
2 消費者金融業者が,債務者代理人弁護士からの求めに応じて全取引経過を開示しなかったとしても,債務者の置かれた立場に差異がなく,債務整理の遂行とも関係が少ない場合には,損害が生じているとはいえない。
(判決理由抜粋)
「原告は,貸金業者に取引経過の開示義務があると主張している。
 貸金業規制法自体には,借主からの開示要求に対する貸主の義務について直接規定した条文はない。貸金業規制法19条は,貸金業の業務の適正な運営を確保し,資金需要者等の利益の保護を図るためには,貸金業者の利用者に対する行為について規制するとともに,貸金業者に対し営業に関する記録を正確かつ明瞭に行わせ,さらにこれを保存させておく必要があるために定められた規定であり,この規定には貸金業者の開示についての記載がなく,債務者のプライバシー保護や貸金業者の営業上の秘密などを考慮すると,この規定から直ちに貸金業者の開示義務を定めたものとまではいえない。
 しかしながら,帳簿の保存が資金需要者等の利益の保護を図る意味を考慮すると,少なくとも債務者,保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から,帳簿の内容についての開示を求められた場合には,信義則上,すみやかに開示すべき義務があるものといえる。特に,貸金業者の貸付が利息制限法所定の利率を超過して行われる場合が多く,原則として利息制限法所定の利率で利息計算のし直しをするなどの作業が必要になることからすれば,貸金業者に帳簿の開示義務を負わせても不当に負担を強いる結果にはならない。
(3) そうすると,原告代理人は,破産申立をするに当たり,負債総額を確認する必要から(場合によっては,任意整理等も検討するための資料として必要となる。),各債権者に取引内容の開示を求めたものであり,しかも,「完済を含む最初から最後取引日まで」の取引内容の開示を要求したのであるから,債権者としては,すみやかこれに応じて開示すべき信義則上の義務があり,被告の本件貸付3以後の取引経過しか開示しないものは,原告の開示要求に応じ,開示義務を尽くしたものとはいえない。
 したがって,被告には,開示義務違反があるものといえる。
4 争点(4)について
 原告は,被告の開示義務違反に対し,精神的損害として金50万円,本件弁護士費用として金20万円を要したと主張する。
 しかしながら,甲8号証によるも,原告は,当時,原告の認識していた負債総額から破産申立を原告代理人に相談し,原告代理人も破産申立の準備として各債権者に乙3号証を送付していること,その後,原告代理人は,各債権者の照会結果により,照会結果の金額をもとに,債権者一覧表を作成し,負債総額約金1056万円の債権者一覧表(乙7号証)を作成して,破産申立をしたところ,その後,破産予納金として金80万円が必要であったことや,免責不許可事由が存在したことや,破産事件の終結までに長期間かかることが予想されたことなどのため,破産申立を取り下げたこと(甲8号証)が認められる。
 そうすると,原告の負債総額に比べ被告の債権が少額であり,被告が原告の開示要求に応じたとしても,原告の置かれた立場に差異はなく,原告の債務整理遂行とはあまり関係がないのであって,原告の精神的損害が生じたものとは認められない。
 また,原告の本訴提起は,原告と被告との全取引内容からの不当利得返還請求権を行使するものであるところ,この種の訴訟提起を弁護士に委任することが通常行われており,そのために弁護士費用を負担するに至ったとしても,被告の開示義務を尽くさなかったことにより生じた損害とは認められない。
 そうすると,本件全証拠によるも,被告の開示義務違反により原告に損害が生じたことを認めるに足りる証拠はなく,原告の損害賠償請求は理由がない。」


 ○ 大分地裁判平成14.2.18 平成13(レ)61 (本訴)貸金・(反訴)損害賠償請求控訴
最高裁HP
(判決要旨)
 貸金業者は,業務として契約・貸付・返済に関する情報を管理しており,これを開示することも容易であることに鑑みると,貸金業者は,契約の付随義務として,借主ないしは保証人から全取引明細の開示を求められたときには,開示要求に応じるべき信義則上の義務を負う。
(判決理由抜粋)
 「第3 争点に対する判断
1 取引経過開示義務について
  控訴人は,取引経過開示義務について,ガイドライン,任意整理における法慣行,信義則を理由として,貸金業者は契約当初からの全取引経過を開示する義務がある旨主張しているが,このうち,ガイドラインは行政指導であるから,これを直接の根拠として被控訴人の控訴人に対する私法上の取引経過開示義務が認められるものではない。また,任意整理における法慣行についても,証拠(乙5(枝番を含む。))によれば,控訴人の主張するような任意整理が,消費者から委任された弁護士等により広く行われていることは認められるものの,それが,法慣行として被控訴人の控訴人に対する私法上の取引経過開示義務を基礎付けるほどに成熟したものとまで認めるに足りる証拠はない。
しかしながら,貸金業者とその顧客である消費者は,契約内容や借入利息等に関する法的知識及び判断力に格差があり,消費者は多数回の借入や返済に関する記録の重要性を認識せず,その全てを保存していないこともままあり,まして,主債務者の保証人は,借入や返済に関する記録を入手することが困難な場合が多いと考えられること,これに対して,貸金業者は,業務として契約・貸付・返済に関する情報を管理しており,これを開示することも容易であることに鑑みると,貸金業者は,契約の付随義務として,借主ないしは保証人から全取引明細の開示を求められたときには,必要もないのに開示請求をした場合とか,貸主において開示を拒絶する合理的な理由がある場合でない限り,開示要求に応じるべき信義則上の義務を負うというべきである。
 これを本件についてみると,控訴人は,本訴が提起される前においては,債務残額を確定の上分割払いによる示談案を提示する予定であることを示して本件基本契約当初からの取引明細の開示を求め,また,本訴が提起された後においては,取引経過を開示すれば過払いとなっているはずである旨主張していたのであるから,合理的な必要性があって開示を求めていたと認められ,他方,被控訴人は,開示する必要がないのではないかと考えていたというだけであり,控訴人に開示を拒絶する合理的な理由が客観的に存したとは認められない。したがって,被控訴人は,控訴人が本訴提起前に取引経過の開示を求めたときから,本件基本契約の付随義務として,全取引経過を開示する義務があったと認められる。



 ○ 東京高裁判平成14.3.26判例時報1780号98頁,判例タイムズ1094号278頁
(判決要旨)
  貸金業者が,多重債務者の債務整理を受認した弁護士から取引経過の開示を求められたにもかかわらず拒絶した行為が,不法行為であるとされ,債務者に対する損害賠償の支払いが命じられた事例
(判決理由抜粋)
 「(1) 取引経過の不開示について
 (略)被控訴人のような多重債務者について,債務を整理して経済的更生を図ることは,本人自身の利益にかなうのは勿論のこと,経済的な困窮から起こる犯罪や家庭の崩壊などを防止し,国民全体の利益である公共の安寧秩序を維持する観点からも,必要不可欠なことである。そして,社会生活の基礎的な単位である個人及び家庭を経済的に再建することは,当該個人及び家庭だけでなく,社会保障費を負担する国民全体にとって極めて重要な関心事であって,その最初の一歩である弁護士による債務の整理は,単なる私益の問題ではなく,国民全体,すなわち,公共の立場で行われているのである。そして,多重債務者について,弁護士の手によって任意に債務を整理しようとする場合,すべての金融業者からその取引経過の開示を受けた上で,各債権者との間で債権債務額を確定し,公平で平等な処理を図るのでなければその目的を達しないことも自明のことである。
 ところが,消費者金融業者から金員を借り受けた者が,多重債務に陥り,債務を整理しようとするころには,その返済等に関する資料のすべてを保管しておらず,各業者との間の取引経過の詳細を明確にすることが困難であることが多いのが現実である。
 このような状況があるときに,金融業者が,過払い金の返還を免れるなどの不法な目的のために,弁護士の手で公共の立場に立って行われる債務の整理に協力せず,取引経過の開示を拒むのは,自己の営業利益は不当な手段によってでもこれを追求する一方,自己の営業の結果として生じる国民全体の不利益はこれを無視しようとする反社会的な行為であり,特段の事情のない限り,社会的相当性を欠いた違法な行為であるといわなければならない。
 本件において,控訴人が被控訴人との間の取引経過を開示しなかったことに特段の事情があったことは窺われない。したがって,控訴人が取引経過の開示を拒否したのは,過払の状態が明らかになるのを回避し,これを隠蔽する意図があったものと認めざるを得ない(控訴人においては,顧客の取引経過についてはこれをコンピュータで管理していたのであって,その開示は容易であったのである。しかるに,控訴人が,上記(1)認定のとおり,当審の第1回口頭弁論期日において,取引経過の開示に応じられなかったのは資料が倉庫にあって容易に探し出せる状態になかったためであるなどと弁解した。不誠実な対応であったというべきである。)。多重債務者も,適切な時期に各消費者金融業者との間の取引経過を明確にし,残債務の有無,過払金の有無及びその額が明確になれば,早期に債務の整理をして,経済的な更生を図ることができる。過払金返還を求める訴訟が提起されれば,その中で開示されるというのでは,その目的を達しないのである。
 以上のとおりであって,控訴人が,弁護士の手で行われる債務整理に協力せず,摘示に被控訴人に係る取引経過を開示しなかった行為は,社会的相当性を欠いた違法な行為であったというべきである。
 したがって,控訴人は,上記の取引経過を開示しなかったことによって被控訴人が被った損害を賠償する責任を負うべきである。
 そして,上記認定の事実関係によれば,控訴人は,被控訴人が適時に債務を整理する機会を失わせ,控訴人との間の本件貸付取引に係る過払金について,弁護士に依頼して本訴を提起せざるを得ない状態に至らしめたものというべきである。
 そうすると,控訴人は,被控訴人に対し,適時に債務整理できなかったことによる財産上及び精神的損害や過払金請求訴訟を提起するための弁護士費用などの損害を賠償すべきことになるが,被控訴人の請求する本件における過払金額の概ね1割に相当する5万7493円は,上記損害額の一部に過ぎないことが明らかである。したがって,控訴人は,被控訴人に対し,5万7493円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年8月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。」 (しかし,「被控訴人が,取引経過を開示せず,本訴を提起し,その後も取引経過を開示しなかったことは,結果的には不当であったといわざるを得ないが,これらの被控訴人の行為が不法行為を成立させるほどの違法性を有するとは認められない。」とした。



 ○ 東京簡裁判平成16.7.8 平成16年(ハ)第1178号 不当利得返還等請求事件
最高裁HP
(判決要旨)
  債務整理の必要に迫られている債務者が,債務整理を委任した弁護士を通じるなどして全取引履歴の開示を求めたときには,貸金業者は,これを拒む特段の合理的な理由がある場合でない限り,信義則上,これに応じるべき義務があるとされた事例
(判決理由抜粋)
 「 被告には,本件取引履歴の全部を開示すべき義務がある。
 この開示義務は,原告と被告が多数回にわたり取引をし,契約上,社会経済的に次のような密接な関係を形成してきたことにより,信義則上認められるものである。
ア 被告は,貸金業者として,金銭の貸付,返済に関する情報と年月日・ 金額等のデータを詳細に蓄積し,営業のため効率的な検索,保存,入出金状況の把握管理が容易にできるようなシステムを構築しており,取引履歴の把握・管理は営業の根幹をなしている。
イ 被告は,原告との間で多数回にわたり継続的に貸付,返済を繰り返し,上記システムにより,原告を顧客として営業利益を得ていた実績がある。
ウ 貸金業者から借受け,長期間取引を繰り返した末に債務整理をしようとする債務者は,手元に契約書,受領書等の資料が乏しく,取引履歴の詳細を明確にすることが困難な場合が多いのが実情であり,原告も,こうした状況におかれている者である。
エ 上記のような状況にある債務者が債務整理をしようとする場合,早急に全債権者との関係で債務額を確定し,一時期に合理的な返済計画を立てる必要があり,貸金業者から全取引履歴の開示を受ける必要性は高い。
オ 多重債務者の経済的更生は国政の要請でもあり,債務整理においては, 近年の法制でも,特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法 律(10条,12条,24条),民事再生法(民事再生規則119条)等で資料開示協力義務が定められているところであり,弁護士が介在して債務整理に入った場合でも,公的な要請として,資料開示は強く求められる。
カ 貸金業者にとって,その要請に応じて取引履歴を開示することは,前記の業務管理のシステム上困難を強いるものでもない。
以上の原被告間の相互関係と社会経済的な要請,近年の法制の趣旨等を考慮すれば,債務整理の必要に迫られている債務者が,債務整理を委任した弁護士を通じるなどして全取引履歴の開示を求めたときには,貸金業者は,これを拒む特段の合理的な理由がある場合でない限り,信義則上,これに応じるべき義務がある(東京高裁平成14年3月26日判決・判例時報1780号98頁,東京地裁平成15年12月26日判決(平成15年(ワ)第16491号事件・判例集未登載),札幌地裁平成13年6月28日判決・判例時報1779号77頁)。



 ○ 大阪高裁判平成16.12.15消費者法ニュース法63号35頁
(判決要旨)
  貸金業法19条やガイドラインの趣旨等に鑑み,債務者が貸金業者に対し任意整理目的を明示して必要な範囲で過去の取引履歴の開示を請求したときは,貸金業者としてこれに応じ速やかに開示することが信義則上期待されているとして信義則上の取引履歴開示義務を認めた事例
(判決理由抜粋)
 「以上のように,貸金業法19条やガイドラインの趣旨,多重債務者や国民全体にとっての任意整理の必要性,そのための取引履歴開示の必要性・重要性に鑑みれば,債務者が貸金業者に対し,任意整理のためであるとの目的を明示して必要な範囲で過去の取引履歴をの開示を請求したときは,貸金業者として,これに応じすみやかに開示することが信義則上期待されているものというべきところ,特段の事情 (開示しないことを正当とする理由)がないのに開示に応じなかったときは,債務者に対する不法行為を構成する場合があるものというべきである。
(略)
 以上の事実によれば,被控訴人らは,いずれも控訴人を含めて多数の貸金業者から債務を負っていたため,破産ないし債務整理のため,弁護士に依頼し,債務を確定して整理する目的でその旨を明示して,控訴人に対し,何度も取引履歴の開示を要求したにもかかわらず,控訴人は,開示義務がないという理由で開示を許否したこと,さらに,被控訴人らは,弁護士を通じて近畿財務局に控訴人の行政監督権行使を申告しても,控訴人は開示をしなかったこと,そのため債務整理や和解ができず,訴訟を提起せざるを得なくなったこと,控訴人は,被控訴人らが本訴を提起した後に被控訴人らの取引履歴を開示し,過払金が存することが明確になったこと,控訴人が被控訴人らの取引履歴を開示しないことについて,前記のとおり「開示義務がないから」と述べるのみで,それ以上に特段の正当な理由があることを説明しないし,また,そのような理由があったことを窺わせる証拠もないこと,以上の諸点を指摘することができる。
 そして,これらの諸事情を総合すると,控訴人が被控訴人らの取引履歴を開示しなかった上記対応は,信義則に違反し,被控訴人らに対する不法行為を構成するものというべきである。



(消極)
 ○ 東京地裁判平成12.10.26金融法務事情1622号58頁
(判決理由抜粋)  「原告は,被告には金融監督庁の「事務ガイドライン」3−2−3に基づき開示義務があり,被告はそれに違反した不法行為が成立すると主張するが,右「事務ガイドライン」は所詮ガイドラインすなわち指導目標あるいは指針にすぎず,その規定振りも協力するという文言であるから,他に特段の事情のない限り,それに違反したからといって直ちに不法行為が成立すると解することは相当でない。したがって,右認定をもって直ちに被告の不法行為が認められるとは断ぜられない。」


 ○ 大阪高裁判平成13.1.26金融・商事判例1129号26頁
(判決要旨)  消費者が,貸金業者に対し,一般的に,手持ちの資料・情報の開示を請求する権利を有し貸金業者が開示義務を負うと解することは,実体法上の根拠を欠く。
(判決理由抜粋)  「当裁判所も,控訴人のいう「取引経過の開示義務」は実体法上の根拠を欠き,被控訴人に対する損害賠償請求は理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。
その理由は,原判決「第三 争点に対する判断」のうち「二 損害賠償請求(争点2)について」説示のとおりであるから,これを引用する。
 なお,特定調停法や消費者契約法は,右義務を創設したものでも,その存在を確認したものでもないことは,その文言や立法の趣旨から明らかであり,貸金業法における帳簿の作成,保存はその「開示義務」を前提とするものではないし,貸金業者と顧客との継続的取引において付随的義務などとして右義務が生じることもない。したがって,右義務の必要性を強調し,その違反について慰謝料の支払を請求することは,恣意的に権利義務を定立してその違反を論難することになり,到底,理由があるとはいえない。」
(参考)
原判決「第三 争点に対する判断」のうち「二 損害賠償請求(争点2)について」の説示
「二 損害賠償請求(争点2)について
 原告の損害賠償請求は,貸金業者である被告に原告との全取引経過を開示すべき義務があることを前提とするものであるから,右開示義務の存否につき検討する。
 1 原告は,取引の当事者は互いに適正な取引のために協力すべき信義則上の義務を負い,反復的な貸金取引においては,貸金業者は全取引経過の開示義務を負うと主張する。しかし,取引の当事者間に権利義務の存否や内容について争いのある場合,双方が互いに自己の主張を裏付ける資料を示すことは紛争の早期解決のために有益であるが,一方が相手方に対して手持ち資料,情報の開示を請求する権利を有し,相手方が開示義務を負うと解すべき実定法上の根拠は見出し難く,一般的に右のような開示請求権,開示義務を認めることはできない。
 2 貸金業法は,貸金業者に対し,貸付に係る契約を締結したときの書面の交付(17条),弁済を受けたときの受取証書の交付(18条)を義務づけるとともに,その業務に関する帳簿を備え,債務者ごとに契約年月日,貸付けの金額その他の事項を記載し,これを保存することを義務づけている(19条)。これらの規定は,取引の内容を書面にして債務者に交付し,また,帳簿に記載して保存することにより,取引の適正化を図るとともに,貸付けに関する紛争を防止することを目的とするものと解される。
 原告は,右各規定,中でも19条を貸金業者の取引経過開示義務の根拠として主張する。しかし,同条は,貸金業者に対する規制の1つとして帳簿の記載及び保存を義務づけているにとどまり,帳簿の記載内容の債務者等に対する開示については何ら定めていない。また,帳簿の保存期間は,「貸付けの契約ごとに,当該契約に定められた最終の返済期日(当該契約に基づく債権の消滅した日)から少なくとも3年間」と規定されており(貸金業の規制等に関する法律施行規則17条1項),過去の全取引経過についての帳簿の保存が義務づけられているわけではない。
 したがって,貸金業法19条の規定から直ちに原告主張の取引経過開示義務を認めることはできない。
 3 本件通達第二の四(1)ロ(ハ)は,貸金業法19条所定の帳簿の記載事項の開示につき,貸金業者は「債務者,保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から,帳簿の記載事項のうち,当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときは,協力しなければならない」と定めている。右通達は,貸付けに関する紛争の防止という貸金業法19条の趣旨目的にかんがみ,債務の弁済を行おうとする者の求めがあったときは貸金業者が帳簿の記載内容の開示に協力すべきであるとの同条の運用に関する指針を示したものと解される。
 原告は,右通達の規定をも貸金業者の取引経過開示義務の根拠として主張する。しかし,右通達は,貸金業法19条の運用に関する大蔵省の基本方針を定めたものであって,貸金業者と債務者等との間の法律関係を直接規律するものではない。また,右通達において開示に協力すべきであるとされているのは,債務の弁済を行おうとする者から当該弁済に係る債務の内容について開示を求められた場合に限定されており,弁済により消滅したとされている取引等を含む全取引経過の開示を対象とするものではない。
 したがって,右通達も原告主張の取引経過開示義務の根拠となるものではない。
 4 原告は,貸金業者による全取引経過の開示が広く一般的に行われて慣習化していると主張するが,右事実を認めるに足りる証拠はない。
 5 以上によれば,原告主張の取引経過開示義務を認めることはできないというべきである。
 6 権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならず(民法1条),貸金業者の権利の行使や義務の履行の方法,態様が社会的相当性を欠き,信義則に反すると評価され,これによって債務者の利益が侵害された場合には,貸金業者は債務者の被った損害を賠償する義務を負う。例えば,債務者から債務整理の委任を受けた弁護士が貸金業者に対して債務整理への協力を求め,債務の確定のために取引経過の開示を求めたにもかかわらず,貸金業者が債務者に対する残債務の内容やその根拠となる取引経過を明らかにすることなく一方的に貸金の返還を請求し,仮差押え等の法的手段を執ることは,社会的相当性を欠き,信義則に反する権利の行使に当たるというべきである。しかし,貸金業者が債務者等の求めに応じて全取引経過を開示すべき法的義務を負うとは認められないことは前示のとおりであり,したがって,全取引経過を開示しないことが直ちに信義則に反すると評価することはできない。前記事実経過によれば,被告は,本件訴訟の手続の中で当事者照会に対する回答という形で原告との全取引経過を明らかにし,原告に対する不当利得返還債務を認めて弁済しているのであり,右事実関係の下においては,被告が本件訴訟提起前に全取引経過の開示を求める原告の要求に応じなかったことは,信義則に反するとはいえない。」



21(2) 文書(業務帳簿)提出命令
 1 札幌簡裁決平成10.12.4判例タイムズ1039号267頁
(決定要旨)
 利息制限法の定めを超える利息を支払った債務者による過払金の不当利得返還請求事件において,貸金業者に対して貸金業法19条等所定の業務帳簿の提出が命じられた事例
(決定理由抜粋)  「理由
 一 貸金業者は,「その業務に関する帳簿」に,「債務者ごとに貸付けの契約について契約年月日,貸付けの金額,受領金額」等を記載しなければならない(貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)19条)。この記載内容から,右業務帳簿が貸金業者と債務者の間の金銭消費貸借契約という「法律関係について作成された」(民訴法220条3号後段)文書であることは明らかである。
 したがって,貸金業者である被告は,債務者である原告に対する貸付けについて作成した右業務帳簿を当裁判所に提出する義務がある。
 二 被告は,貸金業法施行規則(昭和58年大蔵省令40号)17条は右業務帳簿の保存期間につき,「当該契約に基づく債権が弁済その他の事由により消滅したときにあっては,当該債権の消滅した日)から少なくとも三年間保存しなければならない。」と規定されていることを理由に,右業務帳簿のうち,本件文書提出命令申立時に既に同条所定の日から3年が経過している分については,提出義務がないと主張する。
 しかし,文書の保存義務と裁判所に対する提出義務は別個の義務であるから,保存期間が経過したから,提出義務がなくなるものではない(商法35条による商業帳簿の提出義務について,同法36条の保存期間経過後も提出義務を認めたものとして大審院昭和6年12月5日判決・裁判例5巻民271頁)。よって,被告の右主張は理由がない。
 三 なお,念のため付言すると,貸金業法施行規則17条は,単に同条所定の日から3年間経過後は,貸金業者が業務帳簿を保存していなくても,帳簿保存義務違反として罰則(貸金業法49条4号)に問われなくなることを定めたにすぎない。
 貸金業法19条によって,貸金業者が作成・保存すべき業務帳簿は,「債務者ごとに貸付けの契約について契約年月日,貸付けの金額,受領金額」(同法同条)当を記載したものであるから,当然「取引其ノ他営業上ノ財産ニ影響ヲ及ボスベキ事項」(商法33条1項2号)を記載した帳簿に含まれ,商法上の「会計帳簿」(同法32条1項)に該当する。すなわち,右業務帳簿は商業帳簿に該当するから,帳簿閉鎖の時から10年間保存義務がある(同法36条)。
 実質的にも,債務者が利息制限法所定の利息を超過する利息を支払った場合の不当利得返還請求権の消滅時効期間は,権利行使ができる時から10年間である(最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決・民集34竄P号61頁)から,超過利息の支払後10年間は,債務者が不当利得返還請求権を行使する可能性がある。したがって,貸金業者は貸金業法43条1項のみなし弁済の適用を受けたいのであれば,その要件の立証のために業務帳簿を保管するべきである。
 以上のとおり,貸金業法19条所定の業務帳簿は,商法の規定上も,実質的な権利確定の必要上も,帳簿閉鎖あるいは超過利息の支払から10年間は保存すべきなのであって,貸金業者が保管場所の確保が困難であるなどという理由で,これを3年で廃棄したのであれば,その不利益は貸金業者において甘受すべきである。 」


 2 名古屋高裁決(民事4部)平成15.5.23金融・商事判例1188号52頁
(決定要旨)  貸金業者が備えつけるべき貸付け金額,受領金額等を記載した業務帳簿は,民事訴訟法220条3号後段の法律関係文書に該当し,借主は,商業帳簿について文書提出命令の申立てをすることができる。
(決定理由抜粋)
 「2 抗告理由に対する判断
(1) 抗告人は,貸金業者の作成する業務帳簿は,開示することを前提とするものではなく,内部文書であるから,民事訴訟法220条3号後段の「法律関係文書」には該当しないと主張する。しかし,貸金業者の作成する業務帳簿は,貸金業者が,債務者ごとに貸付契約について契約年月日,貸付金,受領額等を記載したものであって,貸金業者と債務者との法律関係に基づいて作成されるものであるから,上記「法律関係文書」に該当することは明らかであるというべきであり,抗告人の上記主張は採用できない。
(2) 抗告人は,10年以上前の文書は処分し,現に存在しないと主張し,この点について抗告人が提出している資料としては,乙第2号証(山積みにされた段ボール箱の写された写真),乙第3号証(検量表)がある。
 しかし,乙第2号証に写されている段ボール箱の内容物が何かは不明であって,業務帳簿等がその中に梱包されているのかどうかは明らかでないし,乙第3号証によれば,抗告人は,平成14年4月25日に,掛川市清掃センターに廃棄物を搬入したことが窺われるものの,これによって保存期間経過後の業務帳簿が廃棄されたものと認めるには足りない。かえって,甲第2号証によれば,相手方は,同年2月18日ころ,抗告人に対し,取引経過の明らかになる書面等の提出を要請してたことが認められるのであって,そうであるとすれば,抗告人がその後あえて関連する資料を廃棄するとは考えにくい。また,抗告人は,電磁的記録については何ら言及しておらず,その内容である情報を現在提出できないものとは認められない。そうすると,抗告人が,現在原決定別紙文書目録1記載の文書を所持していないと認めることはできない。(以下,略)」


 3 名古屋高裁決(民事3部)平成15.6.6金融・商事判例1188号52頁
(決定要旨)  貸金業者が備えつけるべき貸付け金額,受領金額等を記載した業務帳簿は,民事訴訟法220条3号後段の法律関係文書に該当し,借主は,商業帳簿について文書提出命令の申立てをすることができる。
(決定理由抜粋)
 「2 抗告人の主張について
(1) 抗告人は,業務帳簿は民事訴訟法220条3号後段の法律関係文書に該当しない旨主張する。
 しかしながら,貸金業者は,その業務に関する帳簿を備え,債務者ごとに貸付けの契約について契約年月日,貸付の金額,受領金額等を記載しなければならないとされており(貸金業法19条),この帳簿の記載内容によれば,業務帳簿またはこれに代わる書面(電磁的記録も含む。以下「業務帳簿等」という。)は貸金業者と債務者の間の金銭消費貸借契約という法律関係について作成された文書(民事訴訟法220条3号後段,231条)に該当すると認められる。
 したがって,抗告人の主張は理由がない。
(2) 抗告人は,10年以上前の文書は処分し,現に存在しない旨主張する。
 抗告人提出の証拠(乙3,4)によれば,段ボール箱を山積にしていたことと,平成14年4月25日に掛川市清掃センターに6130キログラムの廃棄物を振り込んだことが認められる。
 しかし,貸金業法施行規則17条1項は,業務帳簿等の保存期間につき「貸付の契約ごとに,当該契約に定められた最終の返済期日(当該契約に基づく債権が弁済その他の事由により消滅したときにあっては,当該債権の消滅した日)から少なくとも3年間保存しなければならない。」と定めているところ,証拠(乙2)によれば,抗告人と相手方との間には平成元年2月20日締結の金銭消費貸借契約があったこと,相手方は同契約については遅くとも平成12年2月18日まで返済していたこと(抗告人の契約証書(乙1)によれば,契約満了日に残債務があり,双方から何らの申出がない場合にはさらに契約を2年間自動継続ができるものとし,以後も同様とされている。)が認められるから,平成元年2月20日締結の金銭消費貸借契約の業務帳簿は平成14年4月25日にはなお保存期間が経過しておらず,上記廃棄物の中に本件文書が含まれていたと認めることはできない。そして,他に上記廃棄物の中に本件文書が含まれていたことを具体的に裏付ける証拠はない。
 また,電磁的記録についてはこれを消去したことについては,具体的な裏付けがない。
 したがって,抗告人の主張は理由がない。(以下,略)」