(1) 署名代理の責任
1 東京高裁判平成12.11.29金融商事判例1116号27頁
(判決要旨)
妻が夫の署名押印をするいわゆる「署名代理」の方法により行われた連帯保証の効力
(判決理由抜粋)
「控訴人は妹に頼まれて一郎の名前を書類に記載したにすぎない等と主張して無権代理人としての責任を否定する。しかし,「保証」という言葉は日常的にも耳目に触れる用語であって特に難解ではなく,通常の知識,能力を有する成人であればその意味内容を理解することができるし,書類に実印を押捺することが重大な結果を伴うことも通常容易に理解することができる事柄に属するから,連帯保証の意味を理解していなかった旨の控訴人本人の供述は容易に採用することができず,ほかにそのように認めるに足りる証拠はない。そして控訴人と一郎との身分関係や控訴人が一郎の署名押印をするに至った動機その他原判決認定の諸事実を総合すると,控訴人は本件連帯保証契約(一)(二)の連帯保証人欄に一郎の氏名を記載し,いわゆる「署名代理」の方法により一郎の代理人として意思表示をしたものと推認するのが相当であり,このようないわゆる「署名代理」の方法により代理行為が行われた場合であっても権限なく代理行為をした者が無権代理人としての責任を問われることは代理人であることを表示して代理行為をした場合と異なることはない。」
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(2) 名義貸しの責任
1 東京高裁判昭和27.5.24判例タイムズ27号57頁
(判決要旨)
自己の名において取引の当事者となることを承諾した者の責任
(判決理由抜粋)
「およそ取引社会で,一定の資格のある者でないため取引ができず,又は或る者に信用がないため,その名においては取引ができないというような場合に,法律上特段の定めのある場合は別として,一定の資格又は信用ある者がその者に代わって当該取引の当事者たる地位に立ち,所期の取引を成立させる事例は極めて多く見るところであって,このような関係で自己の名において当事者となることを承諾する者は,自ら相手方その他第三者に対する関係においては,あくまで自己がその取引の主体として法律上の権利義務を取得する地位につくことを承認するものであって,ただ,その取引の結果の経済上の利害を自己が代ってやったその者に帰属させるに過ぎず,この相手方においても,他に経済上の利害の主体の存することを知っていると否とにかかわらず,いやしくも自己の名において取引の主体となる者は右のような法律上の地位に立つものであることを承認してその取引を成立せしめるものであるから,契約は常にその名において当事者となった者と相手方との間に有効に成立するのである。もしこのような場合,名義人の外に経済上の主体があって,名義人は契約上の責任を負わないとするならば,相手方は常にその関係を調査しなければならず,善意の場合はともかく,いやしくもその関係を知るにおいては取引に応ずる筈がなく,そもそもこのような名義人となること自体が無く無意義とならなければならない。(このことは自ら資力ある者がその法律上の責任を回避するため無資力の名義人を立て若しくは仮設人の名義をもってする場合とは同日に論ずることを得ない。)。右認定の本件の事情のもとにおいては,控訴人としてはここに説明したような意味において契約の当事者となったものと解すべきであるから,これをもって通謀虚偽表示であるとか心裡留保であるとか主張するのは失当であって,右売買契約は被控訴人と控訴人間に有効に成立し,控訴人はその法律上の責任を否定することはできないといわなければならない。」
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2 東京地裁判昭和57.3.16判例時報1061号53頁
(判決要旨)
契約の当事者として自己名義を第三者に貸すことを承諾した場合の法律関係
(判決理由抜粋)
「一般に,契約の当事者としての名義を第三者に貸すことを承諾した者は,当該契約の相手方との関係では自己が当事者としてその法律効果の帰属主体になるが,その実質上の経済的効果は名義を借り受けた者に帰属させるとの意思を有するものと推認すべきである。そして,この場合,名義を貸した者が当事者としてする意思表示は虚偽のものではないから,相手方との間においては所期の契約が何らの障害なく成立するものと解すべきである。
本件においても,右(一)の争いのない事実によれば,被告は,要するに,代金の支払に当てるべき資金が出品者から提供され,自己が経済的負担を受けることはないと信じ,三越との関係で自己が買主として取り扱われてもよいという趣旨で本件承諾をしたものと推認され,このような被告の意思は,売買契約の買主の意思として何ら欠けるところはないと認むべきである。もっとも,被告本人は,自分自身が買い受ける意思はなかった旨供述するが,その言わんとするところは,最終的に代金を負担する意思はなかったという趣旨に尽きると解され,仮にそうであったからといって右認定を妨げるものではなく,その他右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) 更に,右(一)の争いのない事実によれば,被告は,本件承諾をするに際し,乙山に対して代金額その他の契約内容及び代金の支払方法等の決定について何ら限定をしていない。このような場合,被告は右承諾と同時に,包括的に売買契約締結の代理権及び代金の支払方法を選択し決定する代理権を乙山に授与したものと認めるのが相当である(被告としては,代金の支払資金が事前に出品者から提供され,自己が経済的負担を受けることはないと信じていたのであるから,代金額その他の契約内容及び代金支払方法の決定について特に関心をもたず,乙山に一任することも決して不自然ではない。)。
(四) これを要するに,被告は乙山に対し,本件売買契約の買主名義を貸すことを承諾し,かつ,本件売買契約締結の代理権を与えたものと認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
(略) 右の事実によれば,原,被告間の本件立替払契約は,有効に成立したものと認められる。」
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3 東京高裁判決昭和61.2.25金融法務事情1136号41頁
(判決要旨)
「信用保証協会の保証付きで銀行融資を受けるために作成された契約書類の連帯保証人欄に連帯保証人として署名している者の住所,氏名の記載や名下の実印の押捺が,同居の家族によってなされたものであっても,数回にわたり保証債務の履行を求められた際に連帯保証をしていない旨の申出はいっさいしなかったこと,別口の信用保証協会の保証付きの融資についての支払命令は異議の申立てもなく確定していること,その他判示の事実があるときは,同人は連帯保証についてこれを承諾していたものと認めざるを得ない。」
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4 長崎地裁判決平成元.6.30判例時報1325号128頁
(判決要旨)
売買契約の虚偽表示による無効をもって信販会社に対抗できるとした事例
(判決理由抜粋)
「控訴人は,本件立替払契約締結にあたり,割賦金は全て訴外乙山が支払うものと考えていたのであって,控訴人には割賦金支払の内心的効果意思がないと主張する。前記認定の事実によれば,控訴人は,訴外井上及び訴外乙山から,控訴人名義で立替払契約を締結しても,被控訴人に対する支払いは右訴外乙山が行い,同人が支払いを遅滞させた時は,右訴外井上において責任をもって支払いをさせる旨を告げられた結果,これを信用し,本件立替払契約に自己の名義を使用することを承諾したものともいえるけれども,前記甲第1号証及び控訴人の被控訴人からの電話確認に対する回答からは,控訴人が,控訴人の名義で本件立替払契約の申込みをし,その旨確認の電話にも答えたと認められるのであるから,控訴人には,控訴人自身が契約の当事者になり,本件立替払契約を被控訴人と締結する意思があったと推認すべきであって,民法93条本文により,控訴人に内心的効果意思がなかったとしても,それだけで控訴人と,被控訴人間の本件立替払契約の有効性を否定できない。また,控訴人は,立替払契約は売買契約と不可分一体で,売買契約が存在しない以上立替払契約も不成立と解すべきであると主張するが,両契約は経済的には密接な関係を有するけれども法的には別個独立の契約であるから,控訴人の右主張も採用しない。
四 そこで,抗弁1(立替払契約の錯誤による無効)について判断する。
前述のとおり,控訴人と被控訴人間に本件立替払契約が有効に成立しているというべきであり,訴外乙山において割賦金の支払をなすと考えていたことは,現実の支払を訴外乙山がなすものと考えていたとの趣旨と解され,右は単なる動機の錯誤であって,法律行為の要素の錯誤にはあたらないというべきである。
五 次に,抗弁2(売買契約の虚偽表示による無効)について判断する。
前記二の認定のとおり,訴外販売会社は,訴外乙山に13万円の下着を売渡したが,訴外乙山については被控訴人から立替払を承諾されなかったことから,控訴人に,控訴人名義を使用して立替払契約を締結することの承諾を求めて承諾を得,控訴人に13万円の下着を売ったことにして控訴人の名義で立替払契約を成立させた者で,真実は本件立替払契約に対応する下着13万円の売買契約は,訴外販売会社と訴外乙山との間に締結されたものであり,控訴人と訴外販売会社との間には右のような売買契約が成立しているものではない。しかるに,訴外販売会社及び控訴人とも,それを承知のうえで,控訴人と訴外販売会社との間に右売買契約が締結されたように仮装したものということができるから,本件立替払契約に対応する売買契約は虚偽表示により無効であるということができる。
六 ところで,控訴人は,売買契約の虚偽表示による無効を抗弁事由として主張するのに対し,被控訴人は,売買契約の虚偽表示による無効をもって立替払契約の抗弁とすることはできないと主張するので,この点について判断する。
1 割賦販売法30条の4第1項は,割賦購入あっせん業者が,あっせん行為を通じて,販売業者と購入者間の売買契約の成立に関し販売業者と密接な経済関係を有することから,購入者に売買契約上の抗弁事由が存する場合には自社割賦と同様にあっせん業者に対しても抗弁が主張できるようにし,契約取引に不慣れな購入者を保護するという趣旨から,販売業者に対して主張し得る抗弁事由をもってあっせん業者に対抗し得ることを規定したものであると解される。そうすると,購入者が販売業者に対して有する抗弁をもって,割賦購入あっせん業者に対抗することが,抗弁権の接続を認める趣旨に反し,信義則上許されない場合を除き,同条は抗弁事由について特にこれを限定していないから,原則として,購入者が販売業者に対抗できる事由は,同条の抗弁事由となるというべきである。虚偽表示の場合について,より具体的にいえば,購入者の作出した一方的な又は積極的な関与に基づく事由は,抗弁事由に該当しないが,販売業者が,詐欺的言動によって購入者をして名義貸しをなさしめた場合などは,その名義貸しをなすに至った事情いかんによっては,虚偽表示を割賦購入あっせん業者に対抗することが,抗弁権の接続を認めた立法の趣旨に反し信義則上許されないものではないというべく,虚偽表示であれば一律に抗弁事由足り得ないと解すべきではないと思料される。
(略)要するに,本件においては,訴外販売会社が虚偽の売買契約を積極的に作出したのであり,控訴人の関与の程度は詐欺的言動によって控訴人名義の使用を余儀なく承諾し,電話確認に応答したものであり,消極的なものということができ,被控訴人が訴外販売会社からの連絡で連帯保証人欄の母親には意図的に連帯保証の意思確認はしないなどの事情に照らせば,控訴人が,虚偽表示の主張を被控訴人に対して主張することが信義則に反するとはいえない。
以上によれば,控訴人は売買契約の虚偽表示による無効,すなわち代金債務の不存在をもって被控訴人に対抗でき,被控訴人の請求に対し支払拒絶できるというべきである。」
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5 福岡高裁判決平成元.11.9判例時報1347号55頁
(判決要旨)
立替払契約における真実の申込者は甲であるのに,乙が契約申込者としての名義の使用を許諾した場合に,右契約の承諾者丙の被用者が右申込及び契約締結を慫慂したものであるとして,民法93条但書の規定の類推適用により右契約は乙と丙との間において効力を生じないとされた事例
(判決理由抜粋)
「(略) 右のような本件立替払契約の効力を判断するにあたって,その立替払の前提となる債務の成否,態様をどの程度考慮すべきかは一の問題ではあるが,自ら負担しない請負代金支払債務についてなされた立替払契約において自己の名義使用を許諾した名義貸与者は,仮に右立替金の爾後の返済は他の者の責任においてなされ,自らはその支払をする必要がないと考えていたとしても,右の点は単に立替払契約を締結するに至る一つの動機にすぎないものであり,立替払契約を締結する意思そのものがあったことについてはこれを否定することができないものといわざるを得ない。したがって,右認定の本件の場合にも,被控訴人において本件立替払契約を締結する意思があったものというべきであるから,意思の欠けつに関する民法93条を本件にそのまま適用することはできないというほかはない。
(三) しかしながら,本件立替払契約のようなその本来の目的を全く逸脱した立替払契約が,名義貸与者の協力のもとに,信販会社の加盟店等によって金融を得るなどの目的で不正利用される事例は当裁判所のときに経験するところである。
(略)右不正利用の発生について信販会社にもその原因の全部又は一部がある場合には,信販会社もその責任の全部又は一部を負担すべきであると解するのが相当である。この理は,立替払契約において契約当事者としての名義使用を許諾した名義貸与者が,右契約上の債務を負担する場合にも妥当するものであって,この場合,信販会社の右契約の勧誘,締結の態様如何によっては,例外的に名義貸与者が契約上の債務を免れることもあり得ると解すべきである。そして,信販会社において立替払契約を締結するにあたりその当事者が右のような名義退所者である事実を知り,あるいは知り得べきであった場合には,信販会社を当該立替払契約上保護すべき根拠は失われているのであって,名義貸与者にその契約上の債務を負担させておくことは著しく公平を欠くものであるというべきであるから,民法93条但書の規定を類推して,右立替払契約はその限りで効力を生じないと解するのが相当である。
これを本件についてみると,前認定のように,控訴人において本件立替払契約の締結事務を担当した福江営業所長代理小川は,井川からの前記内装工事請負残代金についての立替払契約の申込みを信用がないことを理由に一旦拒否しながら,井川に対する右残代金を回収できなくなった平山から相談を受けるや,被控訴人と平山家具との間に何ら請負契約が存在せず,被控訴人において右残代金支払義務を負担すべき理由が何ら存在しないことを知悉していたにもかかわらず,平山に対し,被控訴人を立替払契約の申込名義人にすれば立替払が実行できる旨を教示し,被控訴人の名義貸しによる本件立替払契約の申込み,締結を慫慂したものであるから,控訴人は,被控訴人の名義貸しの事実を知りながら,自ら立替払契約の本来の目的に反して本件立替払契約を締結したものというべきであり,本件立替払契約は,民法93条但書の規定を類推して,控訴人と被控訴人との間においてはその効力を生じないものといわなければならない。」
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