実務の友   労働契約に関する判例集
2005.09.10-2006.08.10
 文章内容を検索する場合は,[Ctrl]+[F]キー(同時押し)で,現れた検索画面に検索用語を入力して検索します。
索  引

【労働者】
 1 最高裁二小判昭和37.05.18 民集16巻5号1108頁
 会社のいわゆる嘱託が労働者と認められた事例

【平均賃金】
 2 大阪高裁昭和29.05.31 裁判集7-5-735K
 労働基準法12条(平均賃金)2項6項の解釈

【賃金債権の相殺】
 3 最高裁二小判昭和31.11.02 民集10.11.1413
 賃金債権に対する相殺の許否
 4 最高裁大判昭和36.05.31 民集15巻5号1482頁
 労働者の賃金債権に対し不法行為を原因とする債権をもつてする相殺の許否
 5 最高裁一小判昭和44.12.18 民集23巻12号2495頁
 賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし,その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺と労働基準法24条1項
 公立中学校の教員につき、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とし,その後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が労働基準法24条1項の規定に違反しないとされた事例
 6 最高裁二小判昭和45.10.30 民集24巻11号1693頁
 賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし,その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺と労働基準法24条1項本文
 公立学校の教員につき給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とし,その後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が労働基準法24条1項本文の規定に違反し許されないとされた事例

【解雇】
 7 最高裁二小判昭和35.03.11 民集14巻3号403頁
 労働基準法20条(解雇予告)に違反してなされた解雇の効力
 労働基準法114条の附加金支払義務の性質
 8 最高裁二小判昭和36.05.25 民集15巻5号1322頁
 証券業者の外務員につき労働基準法第20条(解雇予告)の適用がないとされた事例

【付加金請求】
 9 最高裁一小判昭和43.12.19 裁判集民93号713頁
 付加金を請求する場合の遅延損害金の起算日
10 最高裁一小判昭和50.7.17判例時報783号128頁
 付加金に対する遅延損害金の起算日



 1 大阪高裁昭和29.5.31 裁判集7-5-735K 昭和28う18 労働者災害補償保険法違反被告事件  (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
 雇入後3箇月に満たない者の平均賃金の算定については、賃金締切日の有無にかかわらず、労働基準法第12条第6項により雇入後の全期間を基準とすべきで、同条第2項は適用しない。
(参照・法条)
  労働基準法12条2項6項
(判決理由抜粋)
 「 原判決は第三事実に於て判示Iの平均賃金を百八十三円三十三銭と認定している。しかし原判決引用の証拠によれば、同人は昭和二十五年四月二十二日よりG株式会社に雇われ、同月中に六日労働して賃金千六百五十円を、五月一日より同月二十日迄に十七日労働して賃金四千七百四十八円を受けていたが、同月二十一日負傷したものであること、右会社の就業規則には賃金締切日は毎月末日となつていろことが認められる。それで原判決は本件には賃金締切日があるものとし労働者災害補償保険法第十二条第五項労働基準法第十二条第二項により、本件負傷直前の賃金締切日は同年四月三十日であるからその以前なる四月中の賃金千六百五十円を、四月二十二日より同月三十日までの総日数九で除した百八十三円三十三銭を平均賃金と認定したものと思はれる。
 しかし労働基準法第十二条第一項は「この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払はれた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。但……」と規定している。その趣旨は一時的な給与の伸縮や労働日数の多寡等による賃金の高低のあるものにつき妥当な平均値を求めんとしたもので、そのためには労働の全期間を平均するが最も望ましいかも知れぬが、それでは計算その他に於て複雑であり、又甚しく短期間では時により妥当を欠く場合のあることを考慮し、先ず事由発生の過去三箇月分の実績を基準にして平均値を求むるのが平衡を得たものとする規定であつて、この基準期間を三箇月とすることを原則としているのである。しかし賃金締切日があるとき事由の発生が締切期間の中途にあつた場合には、その期間の賃金は未整理等のこともあるから、これを除外し直前の締切日以前三箇月の賃金総額を基準にすることにしたのが同条第二項で、この第二項は中途にある締切期間の部分を除外するもその前三箇月の期間のある場合の規定である。これ平均賃金は三箇月間の賃金を基準とする第一項の原則よりして当然<要旨第三>の結果である。若しそれ雇入後三箇月の期間のない場合には、三箇月分を平均することが不可能であるから、三箇月に最も近い雇入後の全期間の総賃金を基準にすることにしたのが同条第六項の規定である。そこで第六項の規定の適用ある場合は第二項の適用を排除するものといはなければならない。
 判示Iは前示の通り雇入後負傷までの期間が三箇月に満たないものであるから、同条第六項を適用すべきもので、同条第二項を適用すべきものではない。
 そこで同条第六項に基き雇入後負傷前日までの総賃金六千三百九十八円をその間の総日数二十九で除すときは二百二十円六十二銭となり、この金額は同条第一項但書第一号により右総賃金をその労働日数二十三で除した金額の百分の六十より多額であるから、この二百二十円六十二銭を以て、Iの平均賃金と認定すべきである。被告人Bはこの計算方法によりて、平均賃金を算出しその旨証明告知したのであるから、何等虚偽の報告をしたものとはいえない。よつて本公訴事案は罪とならないものといはなければならない。然るに原判決は前記法条の解釈を誤り事実を誤認した違法があつて本論旨は理由あり。 」


 2 最高裁二小判昭和31.11.02 民集10巻11号1413頁  判例解説民事篇昭和31年度197頁 (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  使用者は、労働者の賃金債権に対しては、損害賠償債権をもつて相殺をすることも許されない。
(参照・法条)
  労働基準法24条,民法505条
(判決理由抜粋)
 「 労働基準法二四条一項は、賃金は原則としてその全額を支払わなければならない旨を規定し、これによれば、賃金債権に対しては損害賠償債権をもつて相殺をすることも許されないと解するのが相当である。」


 3 最高裁二小判昭和35.03.11 民集14巻3号403頁,判例タイムズ103号27頁 (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
 使用者が労働基準法第20条所定の予告期間をおかず、また予告手当の支払をしないで労働者に解雇の通知をした場合、その通知は、即時解雇としては効力を生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でないかぎり、通知後同条所定の30日の期間を経過するか、または予告手当の支払をしたときに解雇の効力を生ずるものと解すべきである。
 労働基準法第114条の附加金支払義務は、使用者が予告手当等を支払わない場合に当然に発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払を命ずることによつて、初めて発生するものであるから、使用者に労働基準法第20条の違反があつても、すでに予告手当に相当する金額の支払を完了し、使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、労働者は、附加金請求の申立をすることができないものと解すべきである。
(参照・法条)
  労働基準法20条,労働基準法114条
(判決理由抜粋)
 「 使用者が労働基準法二〇条所定の予告期間をおかず、または予告手当の支払をしないで労働者に解雇の通知をした場合、その通知は即時解雇としては効力を生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り、通知后同条所定の三〇日の期間を経過するか、または通知の後に同条所定の予告手当の支払をしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解すべきであつて、本件解雇の通知は三〇日の期間経過と共に解雇の効力を生じたものとする原判決の判断は正当である。
(略)
 労働基準法一一四条の附加金支払義務は、使用者が予告手当等を支払わない場合に、当然に発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払を命ずることによつて、初めて発生するものと解すべきであるから、使用者に労働基準法二〇条の違反があつても、既に予告手当に相当する金額の支払を完了し使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、労働者は同条による附加金請求の申立をすることができないものと解すべきである。これと同旨に出た原判決は正当であつて論旨は理由がない。 」


 4 最高裁一小判昭和36.05.25民集15巻5号1322頁 (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  証券業者と外務員間の契約により、外務員は右業者の顧客から株式その他の有価証券の売買又はその委託の媒介、取次又はその代理の注文を受けた場合これを業者に通じて売買その他の有価証券取引を成立させるいわゆる外務行為に従事すべき義務を負担し、業者はこれに対する報酬として出来高に応じ賃金を支払うと共に外務員のした有価証券の売買委託を受理すべき義務を負担しておるときは、業者の右契約解除につき労働基準法第20条の適用はない。
(参照・法条)
  労働基準法20条(解雇の予告),証券取引法56条,民法627条,民法651条
(判決理由抜粋)
 「 原判示によれば、有価証券の売買取引を業とする水谷証券株式会社と上告人との間に成立した外務員契約において、上告人は外務員として、右会社の顧客から株式その他の有価証券の売買又はその委託の媒介、取次又はその代理の注文を受けた場合、これを右会社に通じて売買その他の証券取引を成立させるいわゆる外務行為に従事すべき義務を負担し、右会社はこれに対する報酬として出来高に応じて賃銀を支払う義務あると同時に上告人がなした有価証券の売買委託を受理すべき義務を負担していたものであり、右契約には期間の定めがなかつたというのであるから、右契約は内容上雇傭契約ではなく、委任若しくは委任類似の契約であり、少くとも労働基準法の適用さるべき性質のものではないと解するを相当とする(原判決はこれを雇傭契約と言つているが、右は単にその法律見解を述べたに過ぎないものと解すべきである)。果してそうだとすれば、右契約が労働基準法二〇条の適用下にありとしその前提に立つて種々論議する所論は採用の余地なきものと言わざるを得ない 」


 5 最高裁大判昭和36.05.31民集15巻5号1482頁 判例解説民事篇昭和36年度214頁 (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  労働者の賃金債権に対しては、使用者は、労働者に対して有する不法行為を原因とする債権をもつても相殺することは許されない。
(参照・法条)
  労働基準法24条,労働基準法17条,民法505条,民法509条
(判決理由抜粋)
 「 労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策の上から極めて必要なことであり、労働基準法二四条一項が、賃金は同項但書の場合を除きその全額を直接労働者に支払わねばならない旨を規定しているのも、右にのべた趣旨を、その法意とするものというべきである。しからば同条項は、労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもつて相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであつても変りはない。(論旨引用の当裁判所第二小法廷判決は、使用者が、債務不履行を原因とする損害賠償債権をもつて、労働者の賃金債権に対し相殺することを得るや否やに関するものであるが、これを許さない旨を判示した同判決の判断は正当である。)
 なお、論旨は労働基準法一七条と二四条との関係をいうが、同法一七条は、従前屡々行われた前借金と賃金債権との相殺が、著しく労働者の基本的人権を侵害するものであるから、これを特に明示的に禁止したものと解するを相当とし、同法二四条の規定があるからといつて同法一七条の規定が無用の規定となるものではなく、また同法一七条の規定があるからといつて、同法二四条の趣旨を前述のように解することに何ら妨げとなるものではない。また所論のように使用者が反対債権をもつて賃金債権を差押え、転付命令を得る途があるからといつて、その一事をもつて同法二四条を前述のように解することを妨げるものでもない。されば、所論はすべて採るを得ない。 」


 6 最高裁二小判昭和37.05.18民集16巻5号1108頁 (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
  会社において塗料製法の指導、研究に従事することを職務内容とするいわゆる嘱託であつて、直接上司の指揮命令に服することなく、また遅刻、早退等によつて資金が減額されることはない等一般従業員と異なる待遇を受けているいわゆる嘱託であつても、毎日ほぼ一定の時間会社に勤務し、これに対し所定の賃金が支払われている場合には、労働法の適用を受ける労働者と認めるべきである。
(参照・法条)
  労働基準法9条
(判決理由抜粋)
 「原判決(その引用する第一審判決)の確定した事実によれば、被上告人の職務内容は、上告人会社において「ドクター塗装機械」用の塗料製法の指導、塗料の研究であり、一般従業員とは異なり、直接加工部長の指揮命令に服することなくむしろ同部長の相談役ともいうべき立場にあり、また遅刻、早退等によつて給与の減額を受けることがなかつたとはいえ、週六日間朝九時から夕方四時まで勤務し、毎月一定の本給のほか時給の二割五分増の割合で計算した残業手当の支払を受けていたというのであるから、本件嘱託契約が雇用契約(厳密にいえば、労働契約)であつて、被上告人は労働法の適用を受くべき労働者であるとした原審の判断は、正当であつて、所論の違法はない。 」


 7 最高裁一小判昭和43.12.19裁判集民93号713頁
(判決要旨)
  付加金を請求する場合の遅延損害金の起算日は,当該判決確定の日の翌日になる。
(参照・法条)
  労働基準法114条
(判決理由抜粋)
 「 所論付加金の支払義務は、裁判所がその支払を命ずることによって、初めて発生するものと解すべきである(当裁判所昭和三〇年(オ)第九三号同三五年三月一一日第二小法廷判決、民集一四巻三号四〇三頁参照)から、所論付加金に対する遅延損害金の起算日を判決確定の日の翌日とした原審の判断は、相当である。 」

(注) 付加金請求権は,裁判所が判決でこの給付を命じ,それが確定することによって初めて生じるものである。したがって,この判決には,仮執行宣言を付すことはできない扱いとなる。


 8 最高裁一小判昭和44.12.18民集23巻12号2495頁 (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
 賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、かつ、あらかじめ労働者に予告されるとかその額が多額にわたらない等労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものであるときは、労働基準法24条1項の規定に違反しない。
 公立中学校の教員に対して昭和33年12月15日に支給された勤勉手当中に940円の過払があつた場合において、昭和34年1月20日頃右教員に対し過払金の返納を求め、この求めに応じないときは翌月分の給与から過払額を減額する旨通知したうえ、過払金の返還請求権を自働債権とし、同年3月21日に支給される同月分の給料および暫定手当合計2万2960円の支払請求権を受働債権としてした原判示の相殺(原判決理由参照)は、労働基準法24条1項の規定に違反しない。
(参照・法条)
  労働基準法24条1項,民法505条1項,地方公務員法25条1項
(判決理由抜粋)
 「 おもうに、右事実に徴すれば、被上告人の行つた所論給与減額は、被上告人が上告人らに対して有する過払勤勉手当の不当利得返還請求権を自働債権とし、上告人らの被上告人に対して有する昭和三四年二月分または三月分の給与請求権を受働債権としてその対当額においてされた相殺であると解せられる。しかるところ、本件につき適用さるべきものであつた労働基準法二四条一項では、賃金は、同項但書の場合を除き、その全額を直接労働者に支払わなければならない旨定めており、その法意は、労働者の賃金はその生活を支える重要な財源で日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることが労働政策上から極めて必要であるとするにあると認められ、従つて、右規定は、一般的には、労働者の賃金債権に対しては、使用者は使用者が労働者に対して有する債権をもつて相殺することは許されないとの趣旨をも包含すると解せられる。
 しかし、賃金支払事務においては、一定期間の賃金がその期間の満了前に支払われることとされている場合には、支払日後、期間満了前に減額事由が生じたときまたは、減額事由が賃金の支払日に接着して生じたこと等によるやむをえない減額不能または計算未了となることがあり、あるいは賃金計算における過誤、違算等により、賃金の過払が生ずることのあることは避けがたいところであり、このような場合、これを精算ないし調整するため、後に支払わるべき賃金から控除できるとすることは、右のような賃金支払事務における実情に徴し合理的理由があるといいうるのみならず、労働者にとつても、このような控除をしても、賃金と関係のない他の債権を自働債権とする相殺の場合とは趣を異にし、実質的にみれば、本来支払わるべき賃金は、その全額の支払を受けた結果となるのである。このような事情と前記二四条一項の法意とを併せ考えれば、適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺は、同項但書によつて除外される場合にあたらなくても、その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定との関係上不当と認められないものであれば、同項の禁止するところではないと解するのが相当である。この見地からすれば、許さるべき相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならないものと解せられる。そして、所論引用の最高裁判所判決(昭和三四年(オ)第九五号、同三六年五月三一日大法廷判決、民集一五巻五号一四八二頁)が判示する前記二四条一項の解釈は、当該事件に即し、労働者の債務不履行または不法行為によつて生じた使用者の労働者に対する損害賠償債権と労働者の使用者に対する賃金債権との相殺に関連してされたものであるから、本件のような賃金過払の場合の相殺についての叙上の解釈は、右最高裁判所判決の趣旨と牴触するものではない。また、このような相殺は、所論民法五〇五条一項但書にいう債務の性質が相殺を許さないときにはあたらないと解すべきである。  そこで、本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係に徴すれば、被上告人のした所論相殺は、前記説示するところに適い、許さるべきものと認められ、従つてこれと同旨の原判決の判断は正当として首肯することができる。 」


 9 最高裁二小判昭和45.10.30 民集24巻11号1693頁 (最高裁判例HP該当判例)
(判決要旨)
 賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、しかも、その金額、方法等においても労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものである場合にかぎり、労働基準法24条1項本文による制限の例外として許される。
 公立学校の教員らに対して昭和33年10月および12月に支給された給与中に最高1か月分給与の約27・3パーセント、最低同じく約3・8パーセントに相当する金額の過払があり、右過払金の返還請求権を自働債権とし、同34年3月20日に支給されるべき同月分の給与の支払請求権を受働債権として相殺がなされた場合、右相殺の遅れた主な原因が、その事務を担当していた県教育委員会事務局において、相殺をするかどうかまたはその法律上の可否、根拠等の調査研究等に相当の日時を費し、あるいは他の所管事務の処理に忙殺されていた点にあつたなど判示の事情があるにとどまるときは、右相殺は、いまだ労働基準法24条1項本文の規定による制限の例外として許される場合にあたらない。
(参照・法条)
  労働基準法24条1項本文,民法505条1項,地方公務員法25条1項
(判決理由抜粋)
 「 右事実に徴すれば、上告人による給与の右減額は、上告人が被上告人らに対して有する過払給与金額相当の不当利得返還請求権を自働債権とし、被上告人らの上告人に対して有する昭和三四年三月分の給与請求権を受働債権とする相殺にほかならない。
 ところで、賃金支払に関する労働基準法二四条一項本文の規定は、賃金全額が確実に労働者の手に渡ることを保障しようとするものであるから、その内容のひとつであるいわゆる賃金全額払の原則は、使用者をして賃金全額につき現実の履行をなさしめる趣旨であると解すべく、したがつて、使用者が自己の労働者に対する反対債権にもとずき、ほしいままに相殺を主張して賃金の一部又は全部を控除することは許されないものといわなければならない(当裁判所昭和三四年(オ)第九五号同三六年五月三一日大法廷判決、民集一五巻五号一四八二頁)。しかしながら、賃金支払の実際においては、計算の困難等のため、時として過払を生ずることは、避けがたいところであり、その場合における過払額相当額をその後支払うべき賃金と清算することは、形式的には、不当利得返還請求権を自働債権とする相殺である点において、一般の相殺と異なるところはないとしても、事の実質に即してこれをみれば、適正な賃金額を支払うための調整であり、結果においては、本来、支払われるべき賃金を正当に支払つたことになるのであつて、賃金と全く関係のない債権による相殺と同一視すべきではない。もつとも、前記二四条一項本文の法意にかんがみるときは、過払を原因とする相殺であつても、もとより無制限であるべきではないのであつて、結局、このような相殺は、過払のあつた時期から見て、これと賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされる場合であり、しかも、その金額、方法等においても、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合に限つて許されるものと解するのが相当である(当裁判所昭和四〇年(行ツ)第九二号同四四年一二月一八日第一小法廷判決、民集二三巻一二号二四九五頁参照)。そうして、このような相殺を許容すべき例外的な場合に当たるか否かの判断にあたつては、前記二四条一項本文の法意を害することのないよう、慎重な配慮と厳格な態度をもつて臨むべきものであり、みだりに右例外の範囲を拡張するおことは、厳につつしまなければならない。
 本件についてこれを見るに、過払、減額の時期、金額は前記のとおりであり、また、原判決が適法に確定したところによれば、本件減額措置が前記のように遅れたのは、給与過払の原因となつた被上告人らの無断欠勤が、群馬県教職員組合の勤務評定反対闘争という異常な事態のもとに行なわれ、欠勤した者の範囲も広範かつ多数におよんだため、減額について明らかにすべき事項の調査が困難であつたことにもよるけれども、その主たる原因は、むしろその事務を担当していた群馬県教育委員会事務局が、減額自体をなすか否かあるいはその法律上の可否、根拠等の調査研究等に相当の日時を費し、あるいは他の所管事務の処理に忙殺されていた点にあつた、というのである。
 上述の事実関係に徴し、前記説示するところからすれば、上告人のした本件相殺は、未だ例外的に許容される場合に該当するものとは認め難い。したがつて、本件減額措置を許されないものとした原判決の判断は、結局、正当である。 」


10 最高裁一小判昭和50.7.17判例時報783号128頁
(判決要旨)
  付加金を請求する場合の遅延損害金の起算日は,当該判決確定の日の翌日になる。
(参照・法条)
  労働基準法114条
(判決理由抜粋)
 「(三) 所論は,更に,労働基準法114条の附加金の支払義務は,その支払いを命ずる判決があれば,その判決確定前に発生し,かつ,それと同時に右附加金に対する遅延損害金も発生すると解すべきであるとし,およそ附加金に対する遅延損害金は発生する余地がないとした原判決には,法律の解釈を誤った違法がある,という。
 思うに,同法114条の附加金の支払義務は,その支払いを命ずる裁判所の判決の確定によって初めて発生するものであるから,右判決確定前においては,右附加金支払義務は存在せず,したがって,これに対する遅延損害金も発生する余地はないが,右判決の確定後において,使用者が右附加金の支払いをしないときは,使用者は履行遅滞の責を免れず,労働者は使用者に対し右附加金に対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを請求しうるものと解するのが相当である(当裁判所昭和43年(オ)第1060号,第1061号同年12月19日第一小法廷判決・裁判集民事93号713頁参照)。
 ところで,上告人は,本件において,附加金5万5770円に対する右附加金の支払を命じた本件第一審判決の正本が被上告人に送達された日の翌日である昭和48年2月1日から支払済みに至るまで1日409円の割合による遅延損害金の支払いを求めるものであるところ,さきに説示したところに照らせば,上告人の右請求中右附加金の支払いを命じた判決の確定の日までの遅延損害金の支払いを求める部分及び右判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合をこえる遅延損害金の支払いを求める部分は,失当として排斥を免れないが,右請求中のその余の部分,すなわち,右判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は,被上告人が上告人に対し本件解雇予告手当を支払わず,そのため本件附加金の支払いを命ぜられるに至った本件訴訟の経緯に徴すれば,上告人においてあらかじめ右遅延損害金の支払いを訴求する必要のあることも肯認できるから,正当として認容すべきである。
 したがって,原審が,労働基準法114条の附加金の支払いに遅滞があっても遅延損害金は発生しないとの理由で,上告人の右部分の遅延損害金請求を棄却したのは違法というべきであり,原判決の違法をいう論旨は,右の限度において理由があるものといわなければならない。 」




[ Top Menu ]