華の都で楽器三昧
隠密トーキョーレポート


<4月16日・水>


「明日、休みの人なんていないよねぇ」


インターネットで見つけたビンテージ・サックスを買いに行きたいセンセイのこの一言が、そもそもの始まりだった。


お目当てのビンテージ・サックスを扱っている店は東京にあった。他にもゲットしたいマウスピースやリガチャー(←リードを止めるための器具)があったため、たまたま次の日がお休みだったセンセイは、東京へ行く事を計画したのだと言う。


「でもね、急に決めちゃったから連れが見つからなくて。ぼ〜ずさんもAmandaちゃんも、やっぱりお仕事やんね?」


「お仕事やんね?」と言いつつ、センセイの言葉には、わずかに
「期待」と思われる声音が含まれていた。


「うーん、仕事だけど、でも3人で行ったら楽しそう....」
「なんかエライ事になりそうですよねー」
「遠足気分(笑)」
「おやつ持ってったりして」
「おやつって、やっぱ300円まで?」
「バナナはおやつ?」
「違うやろ」


もちろん、この三人の基本ベースは「先生と生徒」という関係なのだが、三人が一同に集まると、常にこういうノリなのである(←面白い・笑) 


最初は冗談交じりの会話だったが、そのうち、その会話は次第に真剣味を帯び始めた。その日のレッスンが終わり、まだ返事を渋っていたぼ〜ずさんと私。帰り際、「休めるかもしれないので、ちょっと考えさせてください」と言った私達に、センセイは「あんまり期待しないで(笑)返事待ってる」と言い残して去っていった。



「Amandaちゃん、仕事休めそう?」
「うーん、たぶん大丈夫だと思うけど....って、ぼ〜ずさんは?」
「ボク、休める」
「え、マジで? それって行く気マンマン?」
「うん、かなり」


既に先輩は、9割5分の割合で東京行きを決意していたのだ。


「一日休むぐらいだったら、なんとかなると思うし」
「えー、でも私、会社に何て言えばいいんやろ?」
「体調不良とか」
「仕事は問題ないけど、これって結局ズル休みでしょ?なんか良心の呵責が....」


その後考える事、約30分


私の気持ちは99%東京に飛んでいたが、突然会社を休むという行為がとてもイケない事のように思えて仕方がない。本当に体調不良なら仕方ないが、こういった理由で「今日休みます」などと言うのは、やはりなんとなく抵抗がある。そんな私を一気に突き動かしたのは、先輩のひとことだった。


「でもね、Amandaちゃん、センセイと東京に行けるなんて、滅多にない機会だよ」


その数分後、センセイの元に一通のメールが届いた。


「しもべ二匹は決断しました。明日は何時にどこで待ち構えておけばいいでしょうか?」



*********


<4月17日・木>


朝9時の新幹線に乗って上京した3人は、始めに、お目当てのビンテージ・サックスが置いてある池袋の某楽器店を訪れた。狭い店内に、中古のサックスやマウスピース、雑誌のバックナンバーなどがたくさん置かれてある。コレクターや、サックスをたしなむ者にとってはたまらない聖域だろう。超多弁な店員・Yさんが、「あー、あのサックスね」と言いながら出してきたのは、ビンテージとは言え、キレイに手入れされた一本のサックスだった。


「これはねぇ、なかなかいいサックスですよ」


Yさんがケースからサックスを取り出すやいなや、サックス1年生の私にとっては半分暗号のようなYさんとセンセイのやり取りが始まった。「GP(ゴールドプレート)がなんだ、オットーリンクがどうだ、ラッカーがああだこうだ、寿限無寿限無五却のすり切れ....
カツ丼の音もいいですし



は、カツ丼??????
サックス界には「カツ丼」なんつー隠語があるのか!?!?




既にやり取りが白熱した状態だったので、話の腰を折るワケにもいかず、私はぼ〜ずさんにコソッと耳打ちした。


「ねえ、『カツ丼』ってなんですか?」


彼は突然腹を抱えて笑い始め、ヒーヒー言いながら声にならない声で答えてくれた。


「Amandaちゃん.....
カツ丼じゃなくて.......
『ファズトーン』!!(笑倒) もしかして、お腹空いてるの?」


ファズトーンとは、どうやら高音部を出す時のサックス技らしい。低音技に「サブトーン」というのがあるが、それの反意語みたいなもんか? ああ、無知ってコワイ(苦笑)



その後、サックスの試奏、ネットで目をつけていたアルト用のマウスピースの試用と続き、今度はソプラノのマウスピースのお試しを....と思ったら、なんと既に売れてしまっていた(爆)


「えー、ネットで見た時はまだ売り切れじゃなかったよ」
「申し訳ありません、最近データ更新を怠っていたもので....」


結局、アルトのマウスピースだけを買う事にしたセンセイ。現金引出しのために、ぼ〜ずさんがボディガード役として銀行へ同行するというので、私はお店で2人の荷物監視係を引き受けた。


「Amandaちゃん、ホンマに大丈夫?一人で遊んでられる?」
「えー、大丈夫ですよぉ。心配ないですって」


少々不安げな表情で店を出るセンセイにヒラヒラと手を振った後、私は店員のYさんと、7〜8年ほど前の音楽雑誌に載っていたキャンディ・ダルファーのインタビュー記事を眺めながら、ミーハーな時間を過ごしていた。


「きゃー!! この写真、若ーい!!」
「キャンディ、いいですよねぇ」
「そうっすよねー、Yさんもキャンディ好き?」
「うん、美人だし」


.....ああ、音楽は世界を一つにする(笑)



妙な所で意気投合したミーハー約2匹がキャンディ談義に花を咲かせていた頃....



「だから言ったじゃないですか、そういうのは取り置きしてもらっとくべきなんですよ。昨日売れ残ってても、今日の午前中に売れちゃう可能性だってあるんですから!!」



と、銀行へ行く道すがら、ぼ〜ずさんは、ソプラノのマウスピースが売れてしまった事を悔やむセンセイに向かって
懇々とお説教をしていたそうな(笑)



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ところ変わって、今度はJR山手線・新大久保駅。ここにはたくさんの楽器屋が立ち並んでいる。サックスの雑誌にもよく「新大久保駅から徒歩10分」などと書かれてある事が多く、個人的にも一度は行ってみたいと思っていた場所だった。


ここには「石森管楽器」という楽器屋がある。管楽器を操る世界のトップアーティスト達の多くがここを立ち寄り、中には楽器の調整まで任せてしまうアーティストもいるというほど、その筋では有名な店だ。


時間もあるし、せっかくだから行ってみようかというノリで石森を訪ねる事になった一行。駅から歩く事、約10分。細い道を通り抜け、「ここどこ?」と思わず言ってしまいたくなるような小さな所に、石森管楽器は建っていた。想像していたよりも小さく、濃茶色をしたレンガ張りの建物の中に入ると、まるで図ったかのようにキャンディのCDがかかっていた。おおっ、
やるぢゃん石森!!(笑)


「ねえねえ、ここって、キャンディもサンボーンも来た事あるんですよねぇ?この中をウロウロしてたんですよねぇ?....むふふふふ(謎笑)」


不気味なほどニンマリする私を見て、なにか複雑な表情を浮かべるぼ〜ずさんだった(笑)


「ゲット〜〜〜♪」な石森管楽器の画像です(笑)この楽器店では、オリジナルのリード(木のような素材を薄く削ったもので、これをマウスピースに固定する。吹き込む息によってリードが振動し、音が出るという仕組みです)が売られている。当然、オリジナルと言うからにはここでしか買えない代物なのだろうと、まだ持っていなかったリードケースと一緒に、記念に5枚購入してきた。店を出た後は、携帯電話のカメラで看板を撮影。
「きゃーっ、石森の画像ゲット〜〜〜♪」と、満面の笑みを浮かべる私。このようにして、私の果てしなくミーハーな性格は、花の都・トーキョーでも如何なく発揮されたのだった(←アホ)



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その後、同じく新大久保駅付近にある数店の楽器屋を見て回った。エレベーターの扉が開くやいなや、
「わっっっっ!!!!」とセンセイを驚かすという、どう考えても先生に向かってする事ではないだろうと思われる行動までやらかし、すっかり童心モード(単なるイタズラなガキとも言うが)な私。「子供やなあ」と、思いっきり呆れたような表情を浮かべる保護者2名の後ろをチョロチョロしながら、なんとか無事に大阪へ戻ってきた。



ずっと楽器ばかりを見て一日を過ごしたワケだが、簡単にサックスと言っても、人間ひとりひとりの顔が違うように、サックスも、一つ一つがそれぞれの顔や性格を持っているんだなという事を感じたような気がする。同じモデルでも、サックス一つ一つが持つ音は微妙に違う。そして、更に吹き手によっても全く異なる反応を示す。そういう意味では、楽器もある種の生き物なんだと、改めて感じる。遠足気分で出かけた東京ツアーだったが、それなりの収穫を得る事ができたんじゃないかと、ちょっぴりマジメに思ったりもしている。


実を言うと、今回の東京ツアーは、同居している親さえも知らない
隠密の旅(爆) 朝は通常どおりに自宅を出て、帰宅時間も普通どおり。知っているのは「明日トーキョー行くから休むし。一応、表向きには体調不良ってコトで」と、密かに告知しておいた会社の同期だけだ。彼女達には次の日、「体調不良で休んだ」私から、バナナクリーム、抹茶クリーム、キャラメルクリームという珍しい味の『キティちゃん人形焼き』がたんまりと振る舞われた。おそらく、これを世間一般では「賄賂」だとか「口止め料」と言うのだろうなぁ。