晴れやかに集い喜び ー蛇笏賞贈呈式に出席してー
                          2005 6/20 

 平成十七年六月二十日(月)、晴れ。皇居に近い東京會舘に於いて午後五時より、第三十九回蛇笏賞・
迢空賞贈呈式が行われた。鷲谷先生の句集「晨鐘」、小池光氏の歌集「時のめぐりに」が、受賞作であ
った。「師である山口草堂先生と同じ蛇笏賞を受賞されたのは、大変なことで、心からお祝いを申し上
げる。蛇笏賞・迢空賞について新聞などでは、俳壇歌壇最高の賞だと書かれていて、喜ばしいことだが、
このような評価に甘えずに、今後も優れた方が受賞されるよう、これらの賞を育てていく努力をしてい
きたい。」と、まず有馬朗人氏(角川文化振興財団理事)の挨拶があった。

 続いて、角川文化振興財団理事長、角川歴彦氏より蛇笏賞が鷲谷七菜子先生に、迢空賞が小池光氏に
贈呈された。このあと、選考委員を代表して鷹羽狩行氏が祝辞を述べられた。

 「『絢爛たる沈潜』、この言葉は「晨鐘」に対する評価でもあり、氏の六十数年間の歩みのことでも
ある。甘美な抒情の世界から、次第に生きている証の俳句へと変化してきたが、その間さまざまなご苦
労があったようだ。上方舞の家元に生まれながら、その跡を継ぐことができず、ある時期にはとうとう
そのことを断念して、必死に俳句にしがみついてきた。
 
その点、松本たかしが能楽の家に生まれながら、体が弱いために俳句一筋になったということと、大
変似ているけれども、どちらにも作品に気品がある。これは伝統芸能の家に生まれた血筋というか、家
庭の雰囲気がそうさせているのでないかと思う。また、松本たかしと同じく、氏の評論エッセイも、非
常に鋭い。
 
  また、松本たかしは俳壇の貴公子といわれたが、その点は対照的で、鷲谷氏の場合は、悪女的なとこ
ろがあり、骨太でふてぶてしいところがある。それに、松本たかしは能楽を諦め切れなかった。しかし、
氏は上方舞をさっぱりと諦め、割り切ってしまう。たかしの「チチポポと鼓打たうよ花月夜」「夢に舞ふ
能美しや冬籠」といった作品の中に、諦め切れない伝統芸能への想いを寄せているが、鷲谷氏の場合は、
第一句集にわずかにあるだけで、以後全く出てこない。潔いとはこのことである。
 
  飯田龍太先生が、「鷲谷七菜子の俳句には毒がある」と言われた。この出典がわからず、ついに昨日
鷲谷さんに電話して聞いたら「私もわかりませんが、そのようなことを聞いた覚えはあります」という
ことで、これはものに書かれたものではなく、ひょっとすると伝説ではないかと思えてくるが、初期の
作品を見事に捉えた言葉であると思う。これに関連して、以前高橋治氏と対談したときに、山口波津女の
「香水の一滴づつにかくも減る」という句を話題に出したところ、高橋氏が言うには「ある種の香水の
原料は悪臭である。その悪臭を薄めていくうちに、あるところで芳香に変わる」ということで、鷲谷氏の
俳句には、まさに花を咲かせるための毒がある。今回の蛇笏賞が、鷲谷氏の俳人としてのピーク、最も
充実した作品に与えられたことを喜びたい。」

 続いて、岡井隆氏より迢空賞受賞小池光氏へのお祝いの言葉があり、鷲谷先生の受賞の挨拶となった。
「このたび蛇笏賞という立派な賞を頂き、これで良いのか懸念のようなものが付きまとっていた。ここへ
来るまで、信じきれないというのが本音であった。選考委員の先生方が、よく推してくださったと思った。
心よりお礼を申し上げたい。今まで六十年俳句を作ってきて、山口草堂先生に付いて勉強してきたが、
自分自身の句風、持って生まれたものが、草堂先生の句風とは全く違ったものではないかと思うが、先生
は私に力を入れてくださり、いろいろなことを教えてくださった。そのたびにがんばろうという気持ちで
やってきたが、草堂先生とは持ち味が違うのではと思うのによく認めてくださったなと不思議に思う。
  自分の句を発表して、その反響を確かめるのも楽しみだが、自分自身が自分の句をこれで良かったと
言い切れる日がいつまで続くのかと思う。作ったときは自信を持っていても、年月がたつと経つとそれ
ほどでもないのではないか、という気がすることがある。もし今、会心の作が出来たとしても、むやみに
喜ばないことにしている。なぜなら、その句が良いかどうかは年月が教えてくれることだと思うからで
ある。自作を自分から引き離して見る、年月を置いて自作を省みることは大事だと思う。
 これから自分の句がどんな風になるのか、皆さんの期待に応える句ができるかどうか、なんとも言いかね
るけれども、今日一日一日を、これならいけるという句を作っていきたい。ありがとうございました。」

 日頃身体の衰えを口にされる先生だが、授賞式の始まる前、控え室でお目にかかった時は、小柄な体に
エネルギーが満ちているようで、いつも通り穏やかな中にも凛とした威厳があった。壇上でもゆったりと
堂々と話され、ひとつの事を成し遂げた人の、美しい顔を見たと思った。

 それから迢空賞受賞の小池光氏の挨拶があり、記念撮影の後、授賞式は終了した。式場がばたばたと
片付けられ、まるで舞台が回るように、祝賀パーティ会場に変わっていた。
 祝賀パーティでは、花束贈呈があり、東京支部の団藤みよ子氏から鷲谷先生へ大きな花束が手渡された。
その後乾杯の挨拶、歓談の時間となった。遠方から駆けつけた南風の方々とお話することが出来、とても
楽しかった。残念ながら授賞式に来られなかった多くの方々と、十月に大阪で開かれる蛇笏賞受賞祝賀会で
お目にかかることができるのを楽しみに散会した。               (津川絵理子)