山上樹実雄作品集 (句集より抄出)

               真 竹

                          昭和49年刊

    揺れやすきところより花咲きそめし    枯れ果てて川の真中は流れをり

    紀の海の轟々と蜻蛉枝に居り        鰯雲未知がひかりの二十代

    九月はや何失ひて幹たかし         子を叱る冬純白の父として

    身のうちに水のひびきの種下ろし      糸のごときつながり旱七つ星

              

               白 蔵

                          昭和57年刊

    翔つものの影のすばやき斑雪村      雁ゆきて身にしばらくの風卍

   雲水が過ぎ雪の香か黴の香か        血を喀きしただよひのいま落葉の香

   竹勁き節々をもて冴えかへる        万緑のどこに置きてもさびしき手

   ころろろと河鹿が鳴くよきつね雨      十薬の一閃の白日雷

            

               山 麓

                          昭和61年刊

   秋色や仮寝のあとの百日紅         金のこと滅法くらし椿の実

   ひぐらしのこゑの昨日の遠さかな       紅梅をはなれ来しこの墨の香は

   くちびるをうどんがすべる春の山      雨十粒ほどが一気に青山椒

   翔つ音にこたへしは空烏瓜         綿虫を追ふ目この世をはなれたる

               

               翠 

                          平成7年刊

   鉄斎の真贋は真この淑気          じだらくにゐて秋風がみゆるとは

   ひとの目のまたたきに会ふ寒牡丹      生きもののにほひこぼすや鳳蝶

   花びらを散らすかに吹き葛湯かな      枕辺にあつまる露のこゑ聴かむ

   はなれゆく人をつつめり秋の暮       残り生は忘らるるため龍の玉

 

 

               四時抄

                          平成14年刊

   よこたへて妖花と言はむ明石鯛       とろろ汁霞千里を啜らむか

   少年老いて花どきの胸さわぎ        湖はつと仰向けざまや冬の雁

   今日は今日の春を惜しまむ命あり      「福は内」とは照れくさきせりふかな

   風ここが一番うまし籠枕          咳をして死のかうばしさわが身より