[7.ブラックリスト]
これは、あるモンスターの物語・・・(5)
「H」が中学校に入学した時、入学式で代表として抱負を述べたのは、Kという人物だった。
Kの側では密かにHをライバルと考えていたのだが、Hの側では別に争っているつもりはなかった。
なぜなら、Hは自分の能力をよく承知しており、運動能力を必要とする分野では誰よりも劣っている
ことが分かっていたからである。
だから、Kが抱負を述べたのを、Hの側では当然だと思っていた。
しかし・・・実は、この役はHに回ってくるはずだった。なぜなら、この役は学業成績がトップの
者に回ってくるのが慣習だったからであり、トップはHだったからである。
なぜHにこの役が回ってこなかったのか。それは、小学校から送られた書類の中で「要注意人物」
としてHの名が記されていたからだった。
この「要注意人物」を担任として受け持つことになってしまったのは、Tという体育教師だった。
密かにHについて調査した結果から、Hが将棋を得意とすることが分かっていた。
間もなく、Hは将棋に誘われ(彼の側からは「挑戦され」)、Tと一局指すことになった。
結果はHの勝利だったが、実はTの目的は「Hの性格・行動パターンを把握する」ことであり、将棋
の勝敗は二の次であった。
教師として、このアイデアは正解だったといえるだろう。
(後で違うアプローチを試みる教師が現れるので、比較してみるのも面白いかもしれない)
但し、TはこれでHとの「信頼関係をある程度築けた」と考えていた。それを裏付けるように、Hの
側も問題行動を、ここまではほとんど起こしていなかった。
<<うーん、それでも友人の数は少ない・・・というかほとんど皆無のようだな。サークル活動も行って
いないようだし>>
一抹の不安はあったのだが・・
ある日、Hは担任Tに呼び出しを受け、放課後に残ることになった。もう一人、同じ目にあったMという
名の生徒がいた。
<なんだこれは?>
やがてT以外にもう一人、Rという体育教師が現れた。このときHは気付かなかったが、Mは次の展開が
読めていたらしい。
「君たち2人だけがサークル活動を行っていないようだ。その理由は?」
「理由?やりたくないからですが」
「ところで、バレー部で部員を募集していて、君たちにぜひ入部してほしいのだが・・」
<はぁ?何を言っている??>
するとMが答えた。
「はい、バレー部にお世話になります」
<そういうことかい>
このような姑息に思えることに直面した場合、Hはどうするのか?・・当然・・
「僕はお断りします」
これは、RやTにとって予想外の反応だった。
「理由は?」「やりたくないからです。それに、サークル活動への参加は任意ではありませんか?」
「任意といっても、できるだけ入るように言われていないか?」
「言われていません。それに、そういうのを任意とは言いません」
「なんだと、この!」
RはHの袖につかみかかったが、すかさずHが言った。
「こういうことが嫌だから入らないんだよ」
「そういうことなら承知するまで2人とも家に帰さないが」
Rは脅すように言ったが、こんな程度の脅しはHに通用しなかった。
「じゃああなたも今日中に帰れなくなれますよ。覚悟しておいてください」
「・・・」
Hの側では実際に1週間くらい居ても構わないつもりだったが、Rの側にその覚悟はなかった。
形勢不利とみたRは黙った。Tが替わって言った。
「仲間がいると楽しいぞ」
「それはやりたくてやっている場合の話で、僕はバレーをやりたいなどと一度だって思ったことは
ありません」
二人の教師は、HとMにしばらく残るように言って教室を一旦出た。
「とりあえず入部しておけば帰れたのに・・・」
MがさすがにたまりかねてHに苦情を言った。結構勇気がいったことだと思うが・・
「今日だけはね。あとがたまらんだろう」
「すぐに退部すれば済む話だろう」
「そう簡単に退部できると思うかい?」
そのあとMは黙った。
教師たちはまたやってきて、もう一度入部の意志を確認した。
Mは「バレー部に入部します」と言って入部した。簡単に退部できると思ったのだが、結局正式に
退部できたのは次の年に新入部員が入部してきた後だった。
Hは「お断りいたします」と言い、3年間一度もサークル活動をしないまま中学校を卒業すること
になった。
<<さすがは「要注意人物」というべきだろうな。しかし、彼が友達を必要としていると考えたのだが
それは誤りで、彼は自ら孤立を選んでいるのだろうか?>>
Tは頭を悩ませたが、結論が出ないまま1年が過ぎ、Hの担任から外れた。恐らくそれは、Tにと
っては幸いだっただろうと思われる。