* * *
「オリヴィエ。──誕生日おめでとう」
「ん……ありがと」
日付が変わってすぐ、朝目覚めてから、カフェテラスでの食事の時、──今日何度も告
げた言葉をまた口にして、腕の中の人に口づけを贈る。そのたび笑みを交えてオリヴィエ
が同じ言葉を返し、人目がなければキスをした。
宵闇の中、オリヴィエの私室でふたりきりくつろいでいる今は、キスを遠慮する必要は
どこにもない。
「今日のうちに、あと何回おめでとうって言えるかな」
並んで腰を下ろしたソファの背に身体を預けたランディに、さらにオリヴィエが寄りか
かる。ランディは片手にオリヴィエを抱き、もう一方の手に持ったグラスをオリヴィエの
それに触れ合わせた。
「キスするたびに言えば? そうしたらたくさん言えるでしょ」
「いい案だけど、しゃべってる時間が惜しいです」
真面目に答えるランディに、オリヴィエが笑みを零す。
「なにそれ。じゃあ言う代わりにキスは?」
「ああ、そのほうがいいですね」
賛同の声を追って唇が頬に触れ、首すじへと滑り落ちた。
「何事もなく終わってよかった。実はずっとひやひやしてたんです」
「知ってるよ。──まだ今日の日は終わってないから何があるかわかんないけどね〜」
「ちょっと。縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「ふふっ、冗談だってば」
「そんなのわかってますよ……」
あの日、ロザリア達と別れたランディは、オリヴィエがいると思われるリュミエールの
部屋に向かった。案の定ティータイムに興じるいつもの面子が集まっている。いずれ知ら
れることだからと週末は聖地の中で過ごすことになったことを告げるとゼフェルの爆笑を
かった。
『よぉランディ! おまえ、よっぽど日頃の行い悪ぃんじゃねぇの!?』
『ちょっとゼフェルッ!? なんてこと言うの!』
『だってよ、こいつこの時期いっつも視察やら何やらでドタバタしてねぇか?』
マルセルに窘められてもゼフェルの言葉は止まらない。カチンとは来たが事実なのでラ
ンディが言い返せずにいると、紅茶のカップから口を話したオリヴィエが小さく呟いた。
『う〜ん、これも試練かねぇ……』
気遣わしげに見つめるルヴァとリュミエールににっこりと笑みを向けて、オリヴィエの
視線がランディを捉える。
『いっぱい試練を乗り越えて、大きくなるんだよ、青少年!』
『オリヴィエ様……』
ごめんなさいと謝るランディに、オリヴィエは苦笑交じりにため息をついた。
『あんたが謝ることじゃないでしょ。それに、まだ視察に行かなきゃいけないって決まっ
たワケじゃないんだから。そ〜んなしゅんとしたカオしてたら、運も何も逃げてっちゃう
ぞ』
『はい、そうですよね。あっ、それにオリヴィエ様、いい報せもあるんですよ。休暇の代
わりにって、陛下がこれをくださったんです』
『これって……。──それこそ陛下のせいじゃないのにねぇ。それじゃ、陛下のためにも
週末は楽しく過ごさなくちゃね☆』
向けられたウインクとオリヴィエの優しさに、ランディは返事の代わりに笑みを返した。
「──陛下やロザリアも、今頃きっとホッとしているでしょうね」
「そうだね……。あの人たちもなんだかんだで苦労性だよねぇ」
「苦労性って……」
「優しいからね、いろんな人のいろんなことに気がついて、気にかけてあげてるからね」
「あなただってそうでしょう?」
「ん〜? 私のは違うよ。ただ自分の前で辛気くさいカオされてんのがイヤなだけ」
「それが優しいって言うんですよ」
「そ? ……じゃあそういうことにしておいてあげるよ」
オリヴィエがゆったり笑うと、ランディは眉を寄せてどこか不満そうにしつつも少し照
れた顔をした。腕の中の身体を抱き締め直す。
「聖地はいつも穏やかで平和だから忘れそうになるけど、こうして好きな人とゆっくり時
を過ごせるって、とても幸せなことなんですよね」
「そうだね……。飢えもなく、寒さに凍えることもない。病気もない。ケガ……は、まあ、
人によってはアレだけど?」
「う゛……」
「まあ、聖地の中でなら死ぬほどのケガはすることないからね」
「ええ。──そういう、自分が恵まれているってことを、幸せだってことを、忘れちゃい
けないなって、思うんです。もたらされる日々の恵みに、日々感謝の心を……って、小さ
い頃は毎日お祈りしてたんですけど、ここに来てからしてないなって思って」
聖地は宇宙の各地から人が集まっている。むろん、場所によりその文化や習慣は様々だ。
広い宇宙の様々な場所から、様々な時間から偉大なる宇宙の意志によって選ばれた者たち
が、この地で幾時かの間、心を同じくして宇宙を導いていく。
「あなたと出会えてよかった。──あなたを、好きになってよかった」
「ランディ……」
「秋は実りの季節。もたらされる幸せに、感謝を捧げる季節ですよ。──あなたと出会え
て幸せに、感謝する季節なんです」
抱きしめた腕に力がこもる。向けられた真摯な眼差しに、オリヴィエは目を細めた。
「うん……そうだね……」
微かな音をさせてグラスをテーブルに戻す。振り向いて、ランディのグラスも同じよう
にテーブルに置いた。向かい合い、視線を交わして笑みを浮かべる。
互いの名を呼んで、今日何度目になるかわからないキスを交わした。
fin.
|