希望の雫

written by 相川 ひろな


 書類に署名を記してペンを置く。ふ、と息をついて、オリヴィエは席を立つと、後方の出窓から外を見下ろし顔をほころばせた。
「おやおや、あんなに急いじゃって、どうしたのかな?」
 閉ざされた窓越しにも、軽快な足音が聞こえてきそうだ。オリヴィエの視線の先には、長いマントの裾を風になびかせて走ってくるランディの姿があった。惑星探査の報告を終えて、そのままやってきたのだろうとすぐにわかる。
 と、ふと顔を上げたランディが、窓辺に立つオリヴィエに気づき、目を見開いた。慌てて立ち止まる。ハイ、と挨拶代わりにオリヴィエが手を上げると、ランディは破顔して高く上げた手を大きく振った。吹き出したオリヴィエが再び目を向けたときには、ランディはすでにまた走り出している。
「なんだかステキなおみやげでも期待できそうな雰囲気だねえ……?」
 そのまま壁によりかかりしばし待っていると、ノックの音が響いた。短い応対の後に扉が開かれランディが現れる。くせのある栗色の髪は、まだ毛先に風をはらんで揺れていた。
「オリヴィエ様、ただいま戻りました!」
「おかえり、ランディ。視察お疲れさま。──ジュリアスんトコより先にこっち来ちゃっていいの?」
 からかうように聞いてやると、それなら大丈夫です、と晴れやかな笑顔が返った。
「王立研究院でちょうどジュリアス様とオスカー様にお会いしたんです。だから簡単に報告して、陛下にご挨拶に伺って、それから来ました」
 そうあっさり言われると、返す言葉もない。これは後でオスカーに何か言われることを覚悟しておいた方が良さそうだ、と内心苦笑しながら、オリヴィエは歩み寄るランディの首を引き寄せ、軽く唇を触れ合わせた。息を詰めて、ランディが顔を赤くする。
「オ……リヴィエ様」
「労いのキス。──ほっぺにしても良かったんだけど、ついちゃうと困るでしょ」
 口紅、と笑うとランディの眉が寄る。
「どうせなら、もっとちゃんとしてください」
「おや? 執務中なんじゃなかったの?」
「先にしたのあなたじゃないですか」
「っく、そんなムキになんなくても……」
 くすくす笑いながら再びランディの首を引き寄せ、そっと唇を重ね合わせた。啄むキスだけで離して、おかえり、と改めて口にする。
「ただいま。──そうだ、おみやげがあるんですよ」
「へえ。何?」
 オリヴィエの問いに、ランディはただ笑顔を返した。怪訝そうに見守るオリヴィエの前で、ランディは背負っていたリュックの中から瓶を取りだし、オリヴィエに差し出した。
「はい。──これですよね、以前言ってたの」
「驚いた……」
 そこには、確かに見覚えのある、とても懐かしいラベルの貼られたワインボトルがあった。不毛の土地を長年かけて改良して、やっと育まれた葡萄から作った白ワインだ。土地の人々の努力と願いとの込められたワインは、『希望の雫』と呼ばれ、人々に愛されている。
「俺、視察中にひとりで一本空けちゃいました。このワインを作った人たちや、これを愛する人たち、あなたのことを想いながら、この雫のひとつひとつがこれを飲む人に希望を分け与えてるんだなって思いながら飲んでたらいつの間にかなくなっちゃって。──すごく良い夢が見られた気がします。覚えてないんですけど」
「そう。良かったね」
「はい」
 かすかに微笑んだオリヴィエに、ランディは力強く頷いた。
「今夜、良かったら一緒に飲みませんか? 久しぶりに、いろいろ話したいし」
 一度言葉を切り、オリヴィエ様、と呼びかける。視線を合わせ、ランディは再びオリヴィエの名を呼んだ。
「オリヴィエ様。──とても綺麗な星でしたよ」
 告げられた言葉にオリヴィエは目を瞠り、その表情をゆっくりと微笑みに変えると、ありがとう、と呟いた。



fin.






Happy Birthday to OLIVIE!!
COMMENT by ひろな(03.10.20)

はい、おひさしぶりのPW更新です。だけど再録……(^^;)。
このお話は、先日のアンジェ&遙かオンリーイベント「アンジェ平安」で無料配布された風夢通信に投稿させていただいたお話を、編集長・みずみんさんの許可を得て再録させていただいたものです。特にヴィエ様のお誕生日ネタというわけでもなかったんですが、せっかくの夢誕記念投稿なら“&”より“×”なほうがいいかなと思って……。
相変わらず天然勇者なランディくんです(笑)。オリヴィエさまいいなあ、うらやまし。幸せになってくれ!!
それにしてもこの話、冷静に読み返すとランディの恰好が妙ちきりんです(^^;)。マント着てるのにリュック背負うのかランディよ……(^^;)。イベント当日、完成品読んでるときにようやく気づいたという(^^;)。だけどそのまま載せちゃう!(をい)
ランディはね、やっぱり無意識のうちにオリヴィエさまを励ますような台詞を口にしているっていうのが、いいなぁと(でも本人気づいてない・笑)。





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