風翔ける夢

written by 薪原あすみsama


「ねえランディ、お酒付き合わない?」 

ロードワーク中だったランディは、その途中でばったり出くわしたオリヴィエにそう誘われ…

断る理由も見つからないまま屋敷に迎えられた。

「あ、シャワー借りていいですか? 汗だくなんで…」

「いいわよ。じゃ、その間に着替えとあんたの好きそうなおつまみ用意しとくわね」

休日という所為もあってか、今日のオリヴィエは一段ときらびやかな格好をしていた。

金糸を編み込んだ黒のレースは透けた肌を一層白く見せ…一瞬凝視してしまった後ラン

ディは、慌てて目をそらす。

『何考えてるんだ…俺』

決して露出しすぎてはいないのだが、胸元はもちろん肩や背中など広範囲にわたってレー

スが用いられていた。

つまりその部分は肌が見えている、ということである。

「じゃ、じゃあ…シャワー借ります」

ランディはそう言って逃げるようにシャワールームへ向かった。

実は以前、ルヴァやオリヴィエの酒盛りに付き合ってこの邸に来たことがあり…その時に

ゼフェルと馬鹿騒ぎをして浴室を借りる羽目になったのである。

互いに振り回したシャンパンを浴びてしまった結果なのだが…。

その後、顔は笑いながらも目が怒っていたオリヴィエに指示され後片付けをしたのを覚え

ている。

ランディは苦笑を浮かべながらシャワーのコックをひねり、頭から降ってくる湯の雨に打た

れてべたつく汗を洗い流した…。






シャワーでさっぱりしたランディを最初に出迎えたのは、いつの間にやら脱衣室に置かれ

ていた…タオル地のやわらかそうなバスローブだった。

ランディはそれを羽織り、きゅっと紐を結ぶと…真昼間の酒宴が始まろうとしている居間

へと向かう。

そこでは、既に準備が整い…あとはゲストを向かえるだけの状態になっていた。

「はぁ〜い、ランディ」

「あ…美味そうですね」

短時間の間に、良くこれだけ準備できたものだと思う。

「とにかく座って座って。始めましょ」

オリヴィエに促されるままソファに腰掛け、ランディは酒盃を手にした。

「ふふっ、カンパイ!」

オリヴィエは水割りを、ランディはコークハイをその掛け声と共に口に運ぶ。

ランディは決して酒に弱くないものの、辛口のものはまだ飲めなかった。

「それにしてもこんな昼間からお酒って…何かあったんですか? オリヴィエ様」

「…………」

ランディの問いかけに、オリヴィエは薄く苦笑いを浮かべてからグラスの中身をぐっと

呷った。

不味いことを聞いたのだろうかと思いつつランディはオリヴィエを心配げに見つめる。

「ん〜、別に?」

そうは言うが、どう見ても何もなかったようには思えなかった。

「話だったら聞きますから、あんまり無茶飲みしないで下さい」

ランディの言葉に、オリヴィエは空になったグラスを片手で持て余しながら…自嘲気

味に呟いた。

「あはは…失恋しちゃったのよ。ワタシ」

「え…?」

「ま、そういうワケだからさ…お酒付き合ってって言ったのよ」

ランディは、自分がオリヴィエに辛いことを言わせてしまったのだと気付く。

「…わかりました」

「じゃ、も一回あらためて、カンパイしよ」

オリヴィエは飲み干したグラスに氷を追加し、今度は水割りではなく蒸留酒をそのま

ま入れた。

ランディもそれにつき合おうと、グラスのコークハイを飲み干す。

「あ、二杯目作ろっか?」

「はい、お願いします」

運動の後だからだろう、アルコールが心地よく全身にまわるのを自覚しながら…ラン

ディは手際のいいオリヴィエの手元を見つめた。

守護聖になって間もないころ、オリヴィエの悪戯に騙された所為でしばらく打ち解け

ることができなかったのだが今となってはそれも笑い話である。

個人的に交流するようになって、オリヴィエの道化師のような仮面の下に隠された

深い優しさを知り…人間的にも尊敬するようになった。

だが、そんなオリヴィエが失恋するなど…きっと相手に見る目がないのだろう。

そんなことを考えながら…ランディは胸の奥に、ちくりとする痛みを感じた。

「はい、二杯目」

「あ…ありがとうございます」

オリヴィエからグラスを受け取り、二度目の乾杯をする。

それから杯を重ね、オリヴィエの愚痴を聞いたりしたのだが…ランディはどうしてもあ

ることが頭を離れなかった。

それはやはり、オリヴィエが一体誰に失恋したのかということである。

女性なのか、はたまた…。

以前、オスカーとの関係を疑った時思いっきり否定されたが…それでも二人の仲の

良さはかなりなものだと思っていた。

それでもオスカーは本当に女性にしか興味がないようで、見る限りいつも違う女性と

通りを歩いている。

オリヴィエはもしかしたら、真正面からオスカーにぶつかって…そして玉砕したのかも

知れなかった。

「どうしたのよ、さっきから深刻な顔して」

オリヴィエに急に問い掛けられ、ランディはハッと我に帰る。

「あ…いえ」

そのことを確かめる勇気など、なかった。

「ま、もっと飲もうよ」

だが、オリヴィエを無神経に傷付けるよりも自分にも出来ることがあるような気がした。

「…オリヴィエ様」

「ん…?」

ランディは空になったグラスを握り締めて、オリヴィエに問い返す。

「…酒に付き合うよりもっと、俺に出来ることありませんか?」

ランディの言葉に、オリヴィエが驚いたように目を丸くした。

「…そりゃ、ないコトもないけどさ」

「俺に出来ることがあるなら、言ってください」

真剣な眼差しに、一瞬気圧されるオリヴィエ。

「…アンタ、酔ってる?」

オリヴィエの問いにランディは少し考えてから答えた。

「…酔ってるかもしれません。でも、俺本当に…オリヴィエ様を励ましたいんです」

このボーヤは、出会った頃と何も変わっていないらしい。

オリヴィエは嬉しいやら何やらで、目を細めてランディを見つめた。

「アンタってばもう…」

その先の言葉は、声にはしない。

否、出来なかった。

「オリヴィエ様、俺に出来ることはありませんか?」

なおも詰め寄るランディに、湧き上がる悪戯心を抑えられなくなるオリヴィエ。

「…じゃ、慰めて」

思わず口をついて出た言葉に、言われたランディよりもオリヴィエ自身が驚いていた。

「え、そんなことくらいで…いいんですか?」

「…そんなコトって」

ランディはきっと、オリヴィエの真意を察することが出来なかったのだろう。

オリヴィエは呆れながら、自分が要求していることを告げた。

「鈍いわねえ。要するに慰めてっていうのは抱いてってコトよ」

「……ええっ!?」

案の定、ランディは素っ頓狂な声をあげてオリヴィエを見つめた。

「ワタシ、ココロの真ん中にすっぽり大きな穴が空いちゃったのよ。それをアンタで埋めて」

ランディは一気に酔いが覚めたような顔をしたが、それでも何故か逃げ出そうとは

しなかったのである。

「…………」

「それが出来ないんなら、黙ってお酒飲んでなさい」

オリヴィエは照れ隠しにランディからグラスを奪うと、少し濃い目の甘いカクテルを作った。

そしてグラスを戻そうとしたオリヴィエの耳に、信じられない言葉が届く。

「…俺なんかで、いいんですか?」

オリヴィエはゆっくりと、ランディに視線を移した。

「アンタにしか頼めないわよ…こんなコト」

視線が絡み合い、ランディの心拍数が一気に増加する。

「あ…あの」

「…寝室に行くから、ついてきて」

オリヴィエはそう言って立ち上がった。

ランディはその言葉に導かれるように、ソファから腰を上げる。

そしてそのまま、フラフラとオリヴィエの後をついて行った。






「あ、あの。俺…こういうの経験殆どないんですけどどうすればいいんですか?」

寝室にたどりつくなり、ランディはそんなことを問い掛ける。

ムードもへったくれもない武骨な青少年を、オリヴィエはため息を吐き出して振り返った。

「……とりあえずはキスして」

「は、はい! じゃあ…」

ぎこちない腕が、オリヴィエを抱き締める。

真正面から向き合う形になり、ランディの顔が火を吹きそうなほど赤く染まった。

オリヴィエは吹き出したいのを堪えながら、目を閉じる。

やがて軽く閉じた唇に…経験不足が明らかなボーヤの、ただ押しつけるだけのような

それが重ねられた。

「…………」

そのやわらかい温もりに触れた瞬間から、理性を失くすランディ。

深く、オリヴィエの唇を貪り…舌を挿し入れた。

オリヴィエも、それを待っていたかのように応える。

軽い酔いも手伝って、二人は勢いに任せて天蓋つきの寝台に倒れ込んだ。






「オリヴィエ様…」

着衣のレース部分から、透けて覗くオリヴィエの肌を弄るランディ。

オリヴィエはレースに擦られる度、肌を震わせ…甘い息を漏らした。

「ん…っ」

聞き慣れたはずの声なのに、いつもと違うトーン。

ランディはオリヴィエの声と吐息が耳に届く毎、上昇して行く体温に眩暈を覚えていた。

たまらなくなり、空いた手でオリヴィエを抱き寄せ首筋に口付ける。

少し低い体温に触れると、落ちつくような気がした。

…もっとも、沈着になどなれるはずはなかったが。

ランディはシーツとオリヴィエの間に手を潜らせ、ドレスのファスナーを探した。

オリヴィエの耳にキスをしながら抱き締めるようにしてファスナーを下ろし、黒いドレスを

脱がせていく。

オリヴィエは着衣を剥がされながら、露になっていく肌に触れられ…耐え切れずランディ

の背中に手を回した。

「な…によ、慣れてないとかいいながら…上手いじゃないアンタ」

オリヴィエの言葉に、ランディは言葉を途切れせながら答える。

「…あなたが、そう…させてるんです」

背中をすっと撫で下ろされ、オリヴィエの腰がひくんと揺れた。

「ランディ…」

絡み合っている時点で理性も何もないのだが、オリヴィエはもうそれ以上何も考えられな

くなっていき…自分を攻める男の名前を呼んだ。

声をかけたのは、偶然ではない。

誰でも良かったわけではない…。

ランディでなければ、駄目だったのだ。

オリヴィエの心に空いた穴を埋めるには…。

そして望み通り、ランディがオリヴィエの中を満たすまで…そう時間はかからなかった。






嬉しかったのは、ランディが途中で我に返ったりせず自分を最後まで抱いてくれたこと

だった。

そしてほんの少しだけ、一緒に眠れたこと…。

目が覚めてからは、ランディはまともにオリヴィエを見てくれなかったけれど。

「アリガト、助かったよ」

もう一度シャワーを浴びて、乾いた服に着替えてオリヴィエの屋敷を去ろうとしたランディに

オリヴィエはそう言って礼を告げた。

「…オリヴィエ様」

ランディはバスローブ姿の、これから浴室で行為の痕跡を洗い流そうとしているオリヴィエを

何か言いたげな表情で呼び止める。

「ん…?」

しかし振り返ったオリヴィエに、ランディは何も言おうとしなかった。

「…………」

視線を泳がせ、口を噤む。

オリヴィエは薄く苦笑を浮かべ、そんなランディを見つめて言った。

「もう、大丈夫だから…ワタシ」

「……はい」

納得したのかしていないのかわからないランディの返答に、オリヴィエはもう構いもせず

シャワールームへと歩き始めた。






自邸に戻ったランディは、肉体的にも精神的にも強い疲労を感じ…ソファに横たわる。

オリヴィエの声、表情、仕草…そのどれもが脳裏から消えず、むしろ何度も甦った。

そしてそのまま引き込まれた眠りの中で…夢の中で、ランディはまた何度もオリヴィエを

抱いたのだった。

角度を変え、態勢を変え…。

そしてもう一度目覚めたとき、ランディの中である決意が芽生えていた。






「……は? 誰がだ?」

「だから、なんでオリヴィエ様を…」

翌日、ランディは一番疑惑の深い人物の執務室へ押しかけていた。

「なんで俺がオリヴィエを振らなきゃならん。というか何故そうなるんだ?」

ところがあっさりと否定されたあげく、逆に問い詰められてしまったのである。

「…………」

「それ以前にオリヴィエが惚れてるのは俺じゃない」

こういうことをかわすのは人一倍得意なオスカーだが、否定したあとに怒るでもなく真顔

になったのを見て…ランディはようやく自分の思い違いを察した。

「…そうだったんですか。すみません」

オスカーはへこんでうなだれたランディの肩に手を置いて、宥めるように問い返す。

「何があったかは知らんが…おまえ本当に知らないのか? オリヴィエが惚れてるのが

誰なのか」

休日の前の夜、自分のところにまで酒持参で泣きに来たオリヴィエが週が明けて急に

上機嫌になっていたのをオスカーは不気味に思っていたのだが…。

「…わかるわけないじゃないですか」

ランディの返答に、オスカーは余所を向いてため息を一つ吐くと…話題を変更した。

「おまえ…この前執務を休んで女性とずっと一緒にいたそうだな」

「……!」

ランディの顔色が変わった…が、真っ赤になるとか青くなるとかいう様子ではなかった。

それは何か不味いことがバレたとでもいいたげな表情だったのである。

「まあ恋愛するなとも、執務をおろそかにするなとも言わん。おまえは今までそんな事は

なかったからな…。少しくらい破目をはずしても構わんとは思う。ただ、目立つ行動は

どうかと思うぞ」

「…はい。でも、アレはそういうことじゃなかったんです」

慌てた様子のないランディに、オスカーは言い訳があるならと耳を傾けた。

「なら、何故その女性と一日中聖地を回っていたんだ?」

「…彼女は、俺の家族の行く末を知ってる人だったんです。たまたま仕事の関係で聖地に

来てて…親族からもらった俺の写真を頼りに俺を探し出して…聖地を去らなきゃ行けない

時間までに伝えようと思っていたって」

本来、守護聖の故郷や境遇は伏せられ公表されないものだが…その家族や子孫まで

口を塞ぐことは出来ない。

事実、オスカーの出身地でも家族の血を引く者たちは『守護聖が輩出された家系』として

羨望の対象になっていた。

「…そうか。その女性から故郷と家族の話を聞かされていたのか」

「はい。父と母が上手く行っていたのかとか、妹はどんな人生を送ったのかとか…今の親

族はどんな様子なのかを」

そして話を聞くだけでは申し訳ないので、ランディは彼女を聖地の眺めのいい場所に案内

していたのである。

自分より少し年上だったけれど、妹に良く似た雰囲気の女性だった。

「なるほどな…」

事情に納得したオスカーに、ランディは急な質問の真意を尋ねた。

「でも、それがどうしたんですか? 誰か噂でも…」

噂が流れるのはいやではないが、それが不本意な内容で伝わるのは好ましくない。

「いや…その、な」

何故かそこで、オスカーは言葉を濁した。

「……?」

首を傾げるランディに、オスカーはしばし言うべきか言わざるべきかを逡巡する。

ランディがオリヴィエのことでここまで拘るのは二度目のことだった。

あの時から、いつかこうなるような気がしていたが…。

「おまえが、女性を親しげに連れ歩いてるのを見て…オリヴィエが騒ぎ出したんだ。『失

恋した』と」

言いにくそうに告げるオスカーの言葉を、ランディはきょとんとした顔で聞いていた。

「…え?」

どこまでも鈍いランディに、オスカーは苛立ちを覚えながら純度一〇〇%の答えを授ける。

「だから、オリヴィエが惚れてるのはおまえだってことだ。…誤解を解きたいなら自分で

解いて来い」

いきなり真実を告げられ、ランディの顔に血が上った。

「…………!」

「もっともおまえにそんな気がないんなら、俺がオリヴィエを『慰めて』もいいんだぞ?」

そう言ったオスカーもそんな意味で慰める気はさらさらなかったが、その言葉を聞いた瞬

間にランディは挨拶もせずオスカーの執務室を飛び出していた。

「…ったく、世話の焼ける…」

苦笑しながら一人ごちるオスカーは、悪友と後輩のこの恋の行方を静かに見守っていこ

うと心に誓ったのである。

もう二度と、自分に火の粉が降りかからないようにするためにも…。
 

<Fin>






COMMENT by 薪原あすみsama
カップリング名がそのままタイトルにしてもおかしくなさげなことに気付いたことから 何かこれで話を書けないかと模索してこんな内容になりました。
元題の「Windream」のままでも良かったんですが(勝者オリヴィエ・笑)
やっぱり使いたかったタイトル、というわけで。



(管理人コメント)

あすみさんの風夢の魅力は、まず何と言ってもヴィエ様が色っぽいことでしょう〜v オ・ト・ナの魅力というヤツですね☆ でも可愛いところもあったりしてv
そしてランディが真っ直ぐオリヴィエを想っています。──いいなぁ、オリヴィエ様(笑)。オスカーさんも毎度オイシイ役所を持っていきますね!

さてこの話。タイトルが「風翔ける夢」=「風×夢」と、と〜ても素敵なことになっております(笑)。最初にこのタイトルで風夢角という話を聞いたときから、どんな話になるんだろ〜vと楽しみにしていましたが、いや〜、待っててよかった♪
win[d]ream(って書くと、夢様ringみたい・笑)というのもまたオイシイタイトルですな。また今度書いてください〜v(←催促・笑)

(02.10.15UP)





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