*          *         *


 食事の後は、ランディの部屋でカードゲームをすることになった。無論、やる前から結
果は見えている。徹底的にポーカーフェイスのできないランディが、オリヴィエに敵うわ
けはないのだ。
「ねぇ、次のゲームさ、何か賭けない?」
「ええっ!? ダメですよそんなの!」
「お金じゃなくってぇ──そうだ! 書類を1件肩代わりってのはどぉ?」
 びしっと指差し告げられたとんでもない条件に、ランディは目をむいて叫んだ。
「もっとダメですよ、何考えてんですか!?」
「きゃははっ☆ うっそ、冗談だってば」
「目が本気でしたよ……」
 咎めるような視線を笑って受け止めて、オリヴィエはすっと真顔になった。同じように
真剣な、でも少し沈んだ顔でランディがこちらを見つめていた。
「オリヴィエ様、俺、今日のこと、ホントに忘れてて……、すいませんでした」
「ランディ」
「忙しかったのなんて言い訳にならないって分かってます。他でもないあなたの誕生日な
のに……」
「ランディ」
 もう一度名を呼んで、ランディへと歩み寄る。額をこつんと合わせて囁いた。
「いいんだよ。あんたがこうして私の誕生日を祝ってくれる。それだけで嬉しいんだから」
「でも……」
 俺、あなたにあげたいものがあったのに。残念そうに呟くランディの頬を両手で挟み、
にっこりと、オリヴィエは極上の笑みを浮かべた。
「じゃあそれは次の時にちょうだいよ。ね?」
 ランディはそれでもまだ納得いかないらしく眉を寄せていたが、やがて何かを思いつい
たらしい。曇天から光が射すような見事さで、ぱぁっと表情が明るくなる。
「そうだ! オリヴィエ様、何か欲しいものありませんか? それか、俺にして欲しいこ
と! 今日……はもうすぐ終わっちゃうから、今日・明日で、俺にできることがあったら
なんでも言ってください!!」
 これぞ世界一の名案!とばかりに提示されたプレゼントの内容に、オリヴィエは思わず
吹き出した。くすくす笑いながら、そうねぇ、欲しいモノして欲しいコト……と呟いて、
口元ににやりと笑みを浮かべる。
「じゃあねぇ、」
「はい、何ですか?」
 無邪気に見上げてくるランディに、含み笑いを浮かべて意味深な眼差しを送る。首を傾
げた彼の前、テーブルの上に手をつき身をかがめて、ことさら声をひそめて耳打ちした。
「じゃあね、そしたら、……あんたが欲しいな」
「へ? 俺?って────、えええっ!!?」
 ランディは一瞬きょとんとして、意味を解した途端に真っ赤になった。思わず後ずさろ
うとして、椅子ごと背中から落っこちる。
「わあっ!? ──っ、痛……」
「ちょっと、大丈夫?」
「だ、いじょうぶ、じゃないです……」
 背中じゃなくて、胸が。というか頭が。
 頭が心臓にでもなってしまったようだ。目の前が真っ赤、いや真っ白で、何を言いたい
のか自分でも分からない。
「そ、それって、俺を? え、俺のこと……?」
 椅子の背の上で尻餅をついたままパニックになっているランディを助け起こし、オリヴィ
エは今まで何度となく思ってきたことを今また思う。──まったく、分かってて言ったコ
トだけどさ、かわいいもんだよねぇ。私が18のトキとは大違いだよ。
 ランディはつまり、それはオスカーがよく使う意味合いで使っているのか、というよう
なことを聞きたいらしい。──たぶん。
 しょーがないなァ、苦笑いしたまま呟いて、オリヴィエはランディの前にひざまずいた。
「ラーンディ、ほら、しっかりなさいな」
 軽く口づけて、ね?と視線を合わせる。少しだけ落ち着きを取り戻したランディが、今
度は別の意味で赤くなりながら、恨みがましく口を開いた。
「だってあなたが……。────よく言えますね、そんなこと。言われた方は恥ずかしい
です……」
「ふふっ。──あんただって結構恥ずかしいコトどかーんと言ってくれちゃってるじゃな
い」
 抗議の声をあげたランディの眼差しが、ちらっと、窺うものになる。
「それで、あの……、オリヴィエ様、お、俺に、そういうこと……したいんですか?」
「したいって言ったらどうする?」
「う……」
 ランディは言葉に詰まって赤くなった。さっきから、顔中どころか身体中熱くて、目眩
がしそうだ。オリヴィエが本当にそうしたいと望むなら、自分はきっとそれに応えるだろ
う。けれどそれには、尋常でない勇気がいるのだ。
 真剣に考えてくれているランディに少々悪いとは思いつつ、オリヴィエはその様子をじっ
と見つめていた。それくらい真剣に、自分のことを思ってくれている証だ。今までその気
持ちを疑っていたわけでは決してないけれど。こんな風に、用意された言葉でなくそれが
分かる瞬間というのは、どうしてこんなにも心満たされるものなのだろう。
「ランディ、──ウ・ソ、冗談だよ」
 ふわりと包み込まれて、ランディがきょとんと顔を上げる。その額に口づけて、にんま
りといつもの笑みを浮かべた。
「だからウ・ソ☆ 別にあんたを取って食う話じゃなくてさ」
 その言い様にまたもランディが赤面する。
 ランディを取って食うのもいいだろう。けれど、彼になら取って食われてみたいのだ。
    オトナ
まだ成獣になりきっていない彼の、その時々の魅力をもっとずっと、見ていたいのだ。
 ──あなたを守れるような、頼ってもらえるような男になります。
          ツヨ
 そう言った毅い眼差しの、その先を、見たいのだ。
「あんたの時間をちょうだいよ。今日これからの、眠りにつくまでもその後も……、私に
ちょうだい。あんたと一緒に過ごしたいんだ」
「オリヴィエ様……」
 優しく降りてくる唇を受け止めて。ついばむキスをくり返す。目の前のオリヴィエはと
ても幸せそうな表情をしていて──それなら良いかと思ってしまう。夕食後のひとときと、
星々に包まれた夢と、朝のわずかな時間を共有する。それで彼が幸せになるのなら。
 手を握って、少しだけ舌を触れあわせる。オリヴィエの身体を抱き寄せて、ランディは
ふっとため息をついた。
「俺からのプレゼント、あなたがそれでいいんでしたら。──でもちょっと残念だな、何
か思い出に残るようなものをあげたかったのに」
「思い出……?」
「はい、俺とオリヴィエ様の、思い出」
 思い出ねぇ……。呟きながら部屋を見回し、自分を包む腕の主に視線を戻す。ふとひら
めいたその考えに、オリヴィエは美しく塗られた唇の端を引き上げた。
「んふふっ、イイコト思いついちゃった♪」
「何ですか?」
「ランディ、私の名前呼んで?」
「え? ……オ、オリヴィエ様。……?」
「ダァ〜ッメ! 私の名前は“オリヴィエ様”じゃないよん」
「ええっ、できませんよそんなの!」
「それも気に入らないねぇ……。わかった! じゃあね、プレゼント、これにしてよ。─
─私に敬語を使わない!」
 びしっ! チェックメイト! どうだ参ったかと言わんばかりだ。そんなぁ……、ラン
ディが情けない声を出す。
「何よ、いつもマルちゃんやゼフェルと話してるみたいにすればいいんじゃない」
「オリヴィエ様とマルセル達とじゃ全然違うじゃないですか! できませんよ!」
「だーっめ、やりなおし!」
「うっ……。オ、オリヴィエ(様)とマルセル達とじゃ、全然、違うじゃない(です)か。
──できないよぉ……」
「キャハハッ、できてんじゃない☆」
 勘弁してくださいよ……。真剣に弱り切っているランディを見るたびにオリヴィエは笑
いが止まらない。そのうち涙まで出てきそうになって、目尻を押さえながらやっとの事で
口を開いた。
「……やっだ、もう、死にそ……っ。ランディ、あんた、そんな真ッ剣に悩まなくてもい
いじゃない」
「だって……っ」
 ランディにとっては大問題だ。いくら恋人とは言え、守護聖になった時期は比較的近い
とは言え先輩の、4つも年上の人を呼び捨てにするなんて。
「私なんか、ジュリアスもディアも、み〜んな呼び捨てだよ?」
 それとこれとは話が別だ。それが彼の個性なのだから。──というよりも、敬語を使う
オリヴィエというのは、どうにも想像しがたいものがある。
「別にジュリアスに敬語使うなって言ってんじゃないんだから……」
 言いながらその場を想像したのか、オリヴィエがまた吹き出した。ランディにすがって
くすくす笑いながら、しょうがないなぁと妥協案を提示する。
「じゃあ敬語の方はカンベンしてあげるよ。だからさ、……ね、オリヴィエって呼んで?」
 そんな風に“お願い”されたら、ランディには抗いようがない。首まで赤くしながら、
おそるおそる口を開く。
「オ、オリヴィエ……」
「もっとちゃんと言ってよ」
「オリヴィエ」
「もっと」
 オリヴィエ、オリヴィエ……。促されるまま名前を呼ぶうちに、身体の内側がだんだん
熱を持ちはじめる。くり返し呪文のように名を唱えながら、抱く腕に入る力が強くなり、
もう一方の手はオリヴィエの手を探り当てて。指が絡まる。唇が触れ、オリヴィエの身体
がより近くへと引き寄せられた。
「オリヴィエ……」
「もっと呼んで、ランディ」
 キスの合間に交わされる言葉。名前。もっと。
 身じろぎしたオリヴィエの、ジャケットの肩が落ちた。首から肩、そして腕へ続く美し
いラインが露わになる。
 吸い寄せられるように唇が触れ、また名を呼ばれた。と同時にジャケットの腕を抜かれ
る。──それとも自分で抜いたのか。
「オリヴィエ」
「んっ……」
 肌の近くで囁かれる。再び腰に回った腕が素肌に触れる。
「オリヴィエ」
        タメラ
 もはや躊躇いなく名前を呼ぶ声。少しだけ眉を寄せた真剣な表情。眼差しが熱い。
「ランディ」
 背中に手を回し、唇を触れ合わせる。角度を変え、舌を深く絡めて。
 息を継いで名前を呼ぶ。二人同時の、それはもう囁きだった。
 ──あなたが欲しい……。


                    *          *         *


「ん……」
 ベッドの中でもぞもぞと身じろぎしたランディは、腕の中の温もりに気づいてふと動き
を止めた。目を開くと、視界に飛び込んできたのは朝日に輝く金の髪。そして、愛しい人
の安らかな寝顔。
 まだ少し慣れない。朝、こうして目を覚ますたびに驚いて、──そして思い至った事実
に恥ずかしいような嬉しいような、そんな気持ちを覚える。そうしながらオリヴィエの寝
顔を見つめているのが、ランディは好きだった。
 お化粧なんかしなくても、充分キレイなのにな……。
 整った顔の造作とは裏腹に表情が豊かすぎる恋人の、様々な顔を思い浮かべ、目の前の
無防備な寝顔と見比べる。メイクをしたオリヴィエは、その美貌に磨きがかかって、何と
いうか……すごい迫力のある美人なのだ。素顔の彼は思いのほかやわらかい笑顔が似合っ
て、でも実はけっこう精悍な表情をする。かっこいい美青年、そう言ってなんら差し支え
ない。キレイでかっこいい、まさにそんな感じだ。
 素顔の方が色っぽいと思う……のは、ランディが“そう思うとき”に彼が素顔でいるこ
との方が多いからなのだが、ランディ自身はそれには気づいていない。
 そっと上体を起こして、髪の生え際に口づける。
「ぅん……、ん?」
 手を伸ばした先に思ったものがないのに気づいて、オリヴィエが薄目を開けた。
「ランディ……?」
「おはようございます、オリヴィエ様」
 額への口づけを黙って受けていたオリヴィエは、ようやく目が覚めてきたのか目をしば
たたかせ、器用に片眉を上げた。
「なんだ、戻っちゃったのか」
「え? ────あ」
 軽く笑って腕を引き寄せる。身体の上に半ば覆い被さるように手をついたランディを見
上げて名前を呼んだ。
「ランディ」
「──おはよう、オリヴィエ」
 そして唇が降りてくる。ゆっくりと唇を重ね合わせ、顔を離すとランディが照れて笑っ
た。ベッドに手をついていなかったら、きっと髪に手をやっていたことだろう。
「なんか、……くすぐったいな」
「ふふっ」
 もう一度口づけて身体を起こす。両手をあげて思いっきり伸びをして、ランディは窓の
外に目をやった。
「今日もいい天気になりそうですよ。一緒にロードワーク……はなんだから、散歩でもし
ませんか?」
「ん、いいね」
 ベッドを抜け出し、シャワーを軽く浴びて服を身につける。鏡を見ながら髪をとかし、
メイク……は、まぁいっか。鏡の中の自分にウインクを投げて、ランディを振り返る。
「じゃあ行きましょうか。──行こうか」
 言い直したランディに微笑みとウインクを送り、手をつなぐ。ランディは軽く目を瞠っ
て、照れくさそうにしながらも握った手に力を込めた。
                プレゼント
「ランディ。素敵な思い出、ありがとう」
「どういたしまして。──でも次はちゃんとしたものをあげますからね」
「ホ〜ントかなぁ?」
「ホントですよ!」
「ふふっ、じゃあ楽しみにしてよっかな♪」
 弾んだ口調と同じ足どりで、二人は朝靄の残る澄んだ空気の中に足を踏み出した。

                                             fin.



こめんと(byひろな)    2000.10.20

オリヴィエ様お誕生日企画話第1弾!!&風夢推奨話(ホントか?)第2弾!
いかがでしたでしょうか?
書いててちょっと思ったこと。「これ、ホントに“風夢”か?」(苦笑)
夢風でそのまま行けちゃいそうですよねぇ(笑)? いやいや、でも風夢なのです。
『Initiative』でランディくんがオリヴィエ様のことを呼び捨てにしているのは、こういうやりとりがあったからなのでした。
でもアレね、よく考えたらランディとマルセルも4歳離れてるわけでしょ。4歳下に呼び捨てされるのはいいけど4歳上を呼び捨てするのには抵抗があるってのは、なんかちょっと……ランディっぽいな(笑)。
最近立て続けに成長した(?)ランディ書いてたので、こういう、まだまだだな(フッ)って感じのランディくんが懐かしいですね。どっちも好きなんですが。あ、でもこの話も最後の方、ちょっと後の成長の片鱗が見えるかな?
そのうちオスカーもいなくなっちゃって、ランディが9人を束ねる立場になったときの話なんかも、ちらっと考えてたりします。ふふふ♪
しかしランディくん、いったい“どんなとき”に、オリヴィエ様を“色っぽい”と思うんでしょうね〜?(ニヤニヤ)



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