*          *         *


 川から吹く風が心地よい。人だかりができた広場から抜け出し、二人は出航する船が見え
る高台に来ていた。なだらかに続く斜面に腰を下ろし、草の感触を楽しむ。
「おれのおふくろさ、おれを産んだせいで死んだんだ。だから、おやじはおれのこと、すげ
え憎んでて。酒飲むたび暴れておれのこと殴ってさ。──子供じゃん、かなうわけねーじゃ
ん。何度も殺されかけた。絶対逃げ出してやるって、ずっと思ってた」
 淡々と呟くウォルターに対し、ランディは何もかける言葉を見つけられなかった。ただ眉
をひそめたまま、どこか遠くを見ているウォルターの横顔を見つめるしかできない。
「そのせいか、いつの間にか、なんかおやじのこと思い出さすよーなこととか、上手くいか
ないこととかあるといつもとちがうふうに、──もう一人のおれが顔を出すって言うの? 
よくわかんねーけど──あいつらが凶暴化って呼んでる状態になっちまうんだ」 
 長い溜め息をついて、ウォルターは草むらに寝っころがった。そっと目を閉じると、もう
それはランディとどこも見分けがつかない──少なくともランディ自身にはそう感じられた。
「おれ、自分でコントロールできねーんだよ。いつなるかわからないし、どうすればもとに
──いつものおれに戻るのかもわからない。さっきとか、この前とかみたいに、力ずくで止
めてもらわないと、止まらないんだ」
 彼と自分はよく似ている。彼の母親が死んでいなければ、父親が彼を虐待しなければ、彼
はきっと人の好さそうな、口は少々悪いが頼りがいのある彼一人でいられただろうに。
 逆に、身分違いの恋に落ちた両親が、もし互いにいがみ合うようになっていたら……、自
分に注がれたあの愛情がなかったら、過去の過ちの結果として自分を憎むようになっていた
ら、──自分も彼のようになっていたかも知れない。風の守護聖としての資質ももちろん開
花しないだろう。
 柔らかな風が、途絶えた錯覚。今も自分を支える家族の微笑みや、今傍にいてくれる仲間
の存在がなかったら……。
 恐ろしい想像に、ランディは身震いした。それは、なんてさみしい、かなしいことだろう。
「レヴィアス様がさ、言ったんだ。ついてこいって。誰もが尊敬する人物になりたくはない
かって。──おれ、あのままあの街にいても、身体ン中がくさってくみたいで」
 それで皇帝についていくことにしたのだと。彼についていけば何かが変わると思って。
「ウォルター、君は、彼らといて楽しい?」
 ぽつりと、ランディは問いかけていた。
「あ? ──ああ、まぁな。ゲルハルトはおれより年上のくせしてバカだし、ショナはちっ
とも笑わねーしルノーはうじうじしてばっかだけどよ。楽しいぜ」
 カインはいちいちうるせーしキーファーはにやにやしてっしユージィンは何考えてんだか
わかんねぇ。カーフェイは、まあいいヤツはいいヤツだがこええしよ、ジョヴァンニはもう
何やってんだかわかんねぇしな。
 なにやら親しいのかそうでないのかよくわからない言い方だ。そう思ったとき、ランディ
はあることに気づいて思わず笑みを漏らした。きっとゼフェルもそんな風に言うのだろう。
ルヴァはとろくせーしマルセルはすぐ泣きやがるしよー、ランディ野郎はいっつも先輩ヅラ
するくせに抜けてるし。ったくしょーがねぇや。
「そうか、楽しいのか。──よかった」
 その言葉にウォルターが噴き出した。何かおかしなことを言ったかと思ってランディが慌
てる。
「おっまえさ、今日、それ言ってばっかしだぜ?」
「え?」
「よかった、ってさ」
「──あ、ああ、言われてみればそうだね。でもホントにそう思ったんだ」
「ああわかってるよ。おまえが思ったことしか言えねーってのは。あと、思ったことがすぐ
カオに出るってのもな」
 にやにやと、楽しそうに笑いながらウォルターがつけたす。まだ2度しか会っていない人
物にそこまで見抜かれてしまうというのは……。
「か、からかわないでくれよ」
「ははっ」
 ウォルターの暗い告白は、いつしか明るい笑い声に取って代わられていた。


「ここ、おれが生まれた街にちょっと似てるぜ。港町だったんだ、海洋惑星の。さすがに風
の匂いは違うけどな」
 大空に腕を伸ばし、ウォルターが大きく告げる。この街に、風に、空に伝えるように。
「おれ、あの街は好きじゃなかったけど、キライだったけど。──ここは好きだぜ」
「ああ、俺も、この街は好きだな。風が気持ちいい」
 ランディも同じように空に手を伸ばす。風を抱くように。
 以前、聖地に来たばかりの頃に、先代の風の守護聖に言われたことを思い出した。おまえ
の目は、まるで草原に吹く風が詰まっているようだと。それなら。それならウォルターの目
には、太陽が詰まっている。情熱を持て余すくらいに。あつく、燃える。それがたとえ己の
身を焦がす劫火と化す危険を秘めているとしても、ランディは彼の心の熱さを愛しいと思っ
た。皇帝の部下だとか、そんなこととは関係なく、ゼフェルやマルセルと同じように。
 けれど彼は長くは生きられない。借り物の身体で、皇帝の魔導によって生かされている彼
は、18才のまま、きっと、その先の生を見ることはないだろう。
 皇帝の野望は阻止しなければならない。そのためには、彼の部下と──ウォルター達と、
直接闘わねばならないときが、必ず来るのだ。
 ──俺と、一緒に来ないか。
 その言葉をランディは飲み込んだ。
 君のことを必要としているから。好きだから。大切だから。
 彼が望むのは、人から与えられる、そういった言葉だ。父親に殴られた傷を今も抱えなが
ら、誰かに愛されるのを待っている。誰かを愛するのを待っている。──愛せる時を待って
いる。
 けれど皇帝のもとを離れたらウォルターは消えてしまうのだ。
「なあ、ランディ。…………また、会ってもいいか?」
「えっ?」
「──いや、なんでもない」
「ちょ、ちょっと待ってよ! お、俺の、聞き間違いじゃないよね? ──俺のほうこそ。
うれしいよ」
「へへっ」
 火色の瞳が太陽の光を受けてきらめく。大きく息を吸い込んで、ウォルターが勢いよく立
ち上がった。
「よっし! ハラへんないか? さっきの広場でなんか買おーぜ!」
「さっきの広場って……。もう行っても大丈夫かなぁ?」
「いーっていーって、誰も気づかねーよ」
「そ、そうかな……」
「よっしじゃあ競争! 負けた方がおごんのな!」
 言うなりもう駆けだしている。
「なっ、ずるいぞウォルター! 待てよ!」
 慌てて飛び起き後を追う。足には自信があったが、いかんせん、向こうも自分の身体だ。
自分と競争をして勝てる保証はない。
 なだらかな草の斜面を駆け下りる二人の頭上には、鮮やかな空が広がっていた。きらきら
と、太陽が光の欠片を投げかける。風が、二人を追い越すように吹き抜けていった。


   
                                             fin.



こめんと(byひろな)    2000.9.2

はい、お待たせいたしました、「OneNight〜」SCENE8ランディ編の続編です。
そしてまだ続きます(苦笑)。
ウォルター、だんだん良い子になってきてますが……。まあこういうのもアリってことで。
そもそも私はオトコノコ達がおしゃべりしてるの見るだけで幸せなんですよ。
それがランディのヴィジュアル×2だったらもう……!!
しかしアレですね、この話書いて思いました。
私、もしかして、ポイントだけ挙げるとウォルターのほうが好きかも知れない。
や、好きになるポイントってのがあるわけですけど、それを、箇条書きかなんかにしていったら、
ウォルターの方がチェックつくの多いんじゃないかと。まあ。
ランディがんばれ!(笑)
……いえいえ、やっぱり一番はランディですよん♪
ゲーム「天空のレクイエム」の中で、偽守護聖の面々はアンジェ達との闘いに敗れて
消えてしまうわけですが、このウォルターは、さて、どうなることでしょうかねぇ
(ラストはもう決まってます。とか言って変わったりして・苦笑)
次は、ラン&ウォルだけでなく、他の人も出てきます。他の偽守護聖も……。
あ、あと勝手に惑星作っちゃったよ。まぁいいよね?


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