ビリヤードはもともとオスカーの趣味である。オリヴィエはたまに楽しむ程度だった のが、自分の屋敷にカジノルームを作るほどの男が頻繁に出入りするようになったせい で、いつからかこの夢の館にもビリヤード台が置かれるようになったのだった。 爪の長い指で器用にキューを操るオリヴィエの姿を、腕組みをして眺めるオスカーの カグワ 頬には満足げな笑みが浮かんでいる。ローブの合わせから芳しい肌が垣間見える、それ ソ だけが理由ではない。少しずつヘイズの効果が出てきたのか、ときどき気を殺がれて失 敗するたびに悔しそうな表情をする、それが楽しいのだ。何かとオリヴィエに振り回さ れている自覚のあるオスカーの、ささやかな復讐である。 だがただ翻弄されているだけではオリヴィエではない。オスカーが自分に注視してい るのを知り、さりげなく挑発してくる。それはちょっとした仕草や、視線の揺らめきの ようなごく些細なものだ。そして、そんな意図か無意識かも分からないような、小さく 息をつく仕草にまで心惹かれるオスカーがいた。 結局踊らされてるのは俺の方かも知れないな。だが、おまえにならそれでも構わない と、俺は本気で思ってるんだぜ? 僅かに鈍い音を立ててポケットの縁に玉がぶつかった。オリヴィエが舌打ちをする。 得たりと笑って台に近づくと、オスカーはキューを構え、快音とともに玉をポケットへ 沈めた。 「俺の勝ちだな」 言いざまオリヴィエを抱き寄せて、口の奥まで喰らい尽くすようなキスをする。手の ひらを押しつけるようにして身体の線を辿ると、腕の中の身体がびくりと跳ねて、オス カーの口の中に吐息がとけた。 「ちょうど良い頃合いだな。美味そうな匂いがするぜ」 「ヘンな例えしないでよね」 まるで肉か何かの焼き加減を見るような言い草に、オリヴィエが思いっきり顔をしか める。 「思ったことを言ったまでだ」 鼻で笑ってオスカーは、オリヴィエをビリヤード台の上に押し倒した。そのままロー ブの合わせから手を入れ、なめらかな肌の感触を楽しむ。 「ここですんの……?」 「あぁ、たまにはいいだろう? ──まぁ、おまえとなら毎日でもいいけどな」 間髪入れずに返事が返る。その嬉々とした調子にオリヴィエは諦めて力を抜いた。 「毎日は……ちょっとヤダなぁ」 「ハハ、冗談だ。──わかってるさ」 胸を開いてその頂に口づける。唇で何度か摘むようにしてから、固くした舌で周りを 辿る。筋肉の震えを感じながらゆっくりと手が下に向かい、腰骨のあたりでさまよった。 「んっ……」 微かに鼻にかかった声が漏れる。身体を起こしてオスカーは、ローブの裾から伸びる 脚を撫で、片脚を抱え上げた。 「──いい眺めだな」 タカ うっとりと呟いて、その奥に手を伸ばす。熱く昂ぶった情熱は、オスカーの手に触れ られるとねだるようにその身を揺らした。 オリヴィエは、熱い手の愛撫にいつもより早く昂まる自分を感じていた。それがヘイ ズによるものなのか、いつもと違う場所でする事でするからなのか、それとも、今日と いう日に感じるのかは分からない。ただ一つ確かなのは、いつもより早く、いつもより イ 高い場所に達こうとしている自分。 「んっ……、ぁ、はっ」 「オリヴィエ、もっと声出していいぜ」 熱い身体が触れる。舌が、指が、身体中をかきまわす。うなじを噛むようにキスをし たその口が耳元で囁いて、指がオリヴィエの中へと侵入を果たした。 「アッ……!」 のけぞる身体を抱きしめて、オスカーの濃い愛撫は続く。オリヴィエだけを先に達か せるつもりなのだ。身を捩って逃げを打つ身体の抵抗さえ楽しむように、オスカーはオ リヴィエの身体を追いつめていく。 「んっ、あ……っ、オスカー……っ!」 黒いシャツを掴む手にひときわ強い力が入り、金の髪がばさりと揺れた。脱力した身 体は、しかしオスカーの指が出ていく動きに敏感に震える。 汗ばむ身体をそっと抱えるように抱きしめると、肩に回された手が上がり、赤い髪に 触れた。 「オスカー、…………」 「フッ、……いいぜ」 囁きに答えてオスカーは、オリヴィエの身体を抱いたまま、寝室へと向かって歩いて いった。 * * * 「だ・る──」 目を覚ましたオリヴィエの第一声は、色気も素っ気もないそんな台詞だった。けれど 昨夜の行為の激しさを思えば無理もない。 今日が日の曜日なら良かったのに。そう思うと隣で満足そうに眠るオスカーが恨めし い。よっこらしょ、とかけ声をかける気分で上体を起こす。それだけのことがひどく難 儀に感じられるほど体が重い。今日は一日中寝ていたい気分だ。 「シャワー浴びてこよ」 口に出せば少しは動く気になる、そう思って呟き立ち上がろうとしたオリヴィエの腕 を、ふいにオスカーが引っ張った。勢いでそのまま腕の中に飛び込む羽目になる。 「びっ、……くりするじゃないのさ!」 「おはよう、ヴィーナスにおかれましては今日もご機嫌麗しゅう、ってトコか?」 「どこが。できることなら一日寝てたいくらいだよ」 「それは俺も同感だ。──誰かさんが盛大にひっかいてくれたから背中が痛いぜ」 「そんなの自業自得でしょ」 わざと顔をしかめてみせるオスカーを冷たく突き放すと、オリヴィエはバスルームに 向かおうとした。けれどその腕をまたもオスカーが引っ張る。 「ちょっ、──なによ?」 オスカーは無言のままテーブルに歩み寄ると、上に置かれた小箱を手に取った。昨夜 は風呂上がりからずっとオスカーのペースで行動していたから、そんなものが置かれて いたことには気づかなかったのだ。 「これだ。──改めて、誕生日おめでとう」 「え?」 差し出された小箱とオスカーの顔とを見比べて、オリヴィエは数度まばたきをする。 「これが、誕生日プレゼント?」 「ああ。──まさか本当にあの香水がそうだと思ってたのか?」 「あんたならやりかねないでしょうが」 渋い顔で呟きながら、小箱を手に取り、包みをほどく。中からでてきたのは、──雫 の形をした赤い宝石のイヤリングだった。 「これ……」 「おまえの持ってるのは青いのが多いからな。──たまには赤いのをするのもいいだろ う? きっと似合うぜ」 「あんたの髪の色?」 オスカーの頭の高さに掲げて笑うオリヴィエに、しらっとしてオスカーが答える。 「まぁな」 「目の色にしなかったんだ?」 オリヴィエの持つ装飾品についている宝石は、彼の目の色に近い、濃い青色のものが 多い。オスカーの目のような薄い色のものは、ちょうど良い色とデザインがなかなか折 り合わなくて持っていないのだ。 「──それも良いかと思ったんだがな、実を言うと、おまえに似合いそうなものが見つ からなかったんだ」 あっさり白状したオスカーに、再びオリヴィエが笑う。胸の中の炎を凝縮させたよう なこのイヤリング、これが私に似合うと思ったんだ? 「ふふっ、──ありがと」 手の中のイヤリングを揺らして赤い輝きを楽んでから、オリヴィエはすっとオスカー に近づいて唇を触れ合わせた。用意されていたかの如くオスカーの腕が迎え入れて腰を 抱く。戯れるように何度かキスを繰り返した後、オスカーは名残惜しそうにオリヴィエ を解放した。 「さて。いつまでもこうしていたいのはやまやまだが、そろそろ支度をしないと遅刻し ちまう」 「そーだねぇ。──ふう、しょうがないね」 肩をすくめてオリヴィエは、一歩後ずさるとシャワールームへ向かった。私先にシャ ワー使うからね。歩きながら後ろに声をかける。 誕生日なんて、勝手に感慨にを抱くだけで大したことはないと思っていたけれど。こ うして自分の生まれた意味を実感できるなら、けっこういいかも知れない。 そんなこと、オスカーには絶対言わないけどね。 水滴を身体に浴びながら、オリヴィエはそんなことを考えていた。fin. ![]() こめんと(byひろな) 2000.10.20 オリヴィエ様お誕生日企画話第2弾!! 炎夢編です。 と同時に、HIRONAを炎夢にはめてくださった【QUEEN ANGE】のちーやんさん に捧げるバースデイプレゼントでもあります(10月18日がお誕生日)。 うちのオスカー様、ヴィーナスにいつも振り回されっぱなしなので、たまには……ね♪ ベッドルームへ行く前のオリヴィエの台詞、そしてその後何があったのかは、 みなさんの心の中で……って、ゲームのラストのようだ(笑) 媚薬効果のある、1個で2度美味しい香水「ヘイズ・イン・ヘヴン」(笑)、 英語の綴りはサブタイトルにあるとおり“HAZE in HEAVEN”です。 “HAZE”とは、もや・霞とか、もうろうとした状態という意味。 そして、いじめる・しごく、な〜んて意味のある、動詞もあったりします。 実在する合法ドラッグに、“PURPLE HAZE”っていうのがあるんですが、 それを参考に名前を付けさせていただきました。キーワード、いくつかあってさ。 ヘヴンとか、ナイトとか、エクス(エクスタシー)とか(笑)。 あと使いたかったけどけっきょく入らなかった言葉に、“Birthday Suit”というのがあります。 生まれた時の格好、ってヤツ。いつかこの言葉も使いたい。……使うなら炎夢で、だよねぇ? |