Initiative

「オリヴィエ!!」
 ばんッ!と勢いよく扉を開けて、突風の如く飛び込んできたのは、風の守護聖ランディ
だった。
 日の曜日の夕刻、黄昏が夜闇に取って代わられようとしていた時である。
「どうしたのさ、──ランディ」
 少年、と言いそうになって、一瞬口をつぐんだ。きらきらした満面の笑顔──それはま
さしく少年らしいものだった──をわざわざ曇らせることはない。
「やったんだ! オスカー様に勝ったんだ!! 俺、もう嬉しくて、あなたに」
 一番に伝えたくて飛んできてくれたらしい。よく見るとその身体も満身創痍、オスカー
がつい真剣になってやりあったことがうかがえる。しかし、──勝った? 一本取ったと
喜んでいたのはいつのことだったかと思いを馳せる。
「オリヴィエ?」
 濃紺の瞳を見開いたまま動かないオリヴィエに、怪訝そうに空色の瞳が瞬いた。は、と
我に返り、間近に歩んできていたランディを見上げる。そう、今ではもう彼の方が背が高
い。聖地に来た頃の、やる気だけは溢れてる熱血少年の精神はそのままに、外見も内面も、
大きく成長していた。
 それまで9人の守護聖をまとめていたジュリアスが聖地を去り、片腕だったオスカーが
後を任された。そんなオスカーを支えるのは、今目の前にいるランディだ。もう、難しい
ことは苦手だなどと言って逃げてもいられない。彼自身がまとめ役となる日もいずれやっ
                サキ
てくるのだ、まだ将来のこととはいえ。
「びっくりしたよ。──なかなかやるじゃない」
 ふふっと笑って正直な感想を告げると、ぱぁっと笑顔の光が射した。褒められて嬉しい、
子供の反応だ。オリヴィエの頬に今度は微苦笑が浮かんだ。
「ところでランディ。あんたもボロボロのドロドロじゃない。シャワー浴びておいでよ。
夕食用意させとくからさ」
 軽く触れるだけのキスをする。頬を赤らめながら栗色の髪をくしゃりとかきあげると、
ランディは小さくうなずいた。


         *         *         *


 濡れた舌と柔らかい髪とが胸をくすぐる。身体の力を抜き、全身の感覚を全て相手に委
ねるのは気持ちいい。オリヴィエは栗色の髪を指に絡め、頭を軽く身体に押しつけた。少
し、ねだるように腰を揺らす。すぐに右手が応えて腰骨のあたりに添えられた。
 ランディは覚えが早い。頭で考えずに、身体で覚えるのだろう。まるっきり“手ほどき
してあげる”形でこの身体に抱かれたのは、そう遠くない過去のことだ。彼はその本能で
               イ
オリヴィエの体の好いところを察知し、それを決して忘れない。いつだったかオスカーが、
剣の稽古をつけてやることになった新入りを評してこう言った。あいつは一度教えたこと
は二度と忘れない。──教え甲斐のある生徒だぜ。
 剣もセックスも同じことか。──なんとなく彼らしい気がして小さく笑った。ランディ
が気づいて顔を上げる。
「ふふっ、なんでもないよ☆」
 先回りして答えてやると、「むっ」と顔に書いて、右手が反撃に出た。左足が素直な反
応を返す。
「集中してくださいよ」
 拗ねたように呟いて、ランディは身体を起こすと、膝が浮いた左脚を抱えてくるぶしに
口づけた。つま先、かかと、ひざ、……と脚の内側を少しずつ唇が近づいてくる。そんな
横顔を眺めるのがオリヴィエは好きだった。全身どこもかしこもキレイに磨いているのは
当然として、オリヴィエは自分の脚を気に入っている。その脚をランディもまた気に入っ
てくれているのだと分かる表情を、眺めているのが好きだった。
                                                       カオ
 彼のことはいつまでも少年と呼んでいたい──その顔に時折男の貌がひらめく。ドキリ
とさせられる、その一瞬が好きだ。
 そんなことを考えていられるくらいには、オリヴィエにはまだ余裕がある。けれどこの
分では、他の何も考えられなくなるくらいに骨抜きにされてしまうのも遠くないことかも
知れない、──オスカーが剣で負けを喫したように。
「──何を考えてるんですか?」
「ん……、剣でオスカーに勝っちゃうとはねぇ、と思ってさ、」
「なんでオスカー様の話なんか」
 こんな時に、といったニュアンスとその表情から、オリヴィエはある予感を感じて片眉
を上げた。
「? え、まさか。オスカーと? 冗談じゃないよ」
「わかってますよ! そんなんじゃないって。わかってるけど、でも嫌なんだ」
 オリヴィエの両眉が上がり、濃紺の瞳が大きく見開かれた。
「あんたがそんなヤキモチ焼くなんて……。ちょっと意外だね」
「なんでですか。俺、そんなにいつもへらへら笑ってるように見えます?」
 またゼフェルあたりに言われたのか。軽く眉根を寄せて、唇をとがらせて。……頬まで
膨れているように見える。
「そんなことはないけど……でもさ、もうちょっと、おおらかっていうか、許容量が広い
タイプかと思ってたよ。ま、あんたが私とオスカーの仲を勘ぐるなら、私だってあんたと
マルちゃんの仲を勘ぐらなきゃいけなくなっちゃうねぇ」
「そんなっ」
「ふふっ、わかってるよ」
 肘をついて身体を起こし、太ももの上に乗せられていた手にそっと触れた。
「ちょっと嬉しいね。あんたがオスカーにまでヤキモチ焼いてくれるなんてさ」
「……もういいですその話は!」
                                                             マタガ
 ぐいっと腕を掴まれて、ランディの胸の中へと引き込まれた。脚の上に跨るように乗る
形で抱きしめられる。長めの襟足から覗く、赤く染まった首から肩へのラインに惹かれる
ままに指を滑らせると、首をすくめる動作とともに、腕に入る力が強くなった。
「今は俺のことだけ考えていてください」
 そして、腰に触れていた右手にふいに力が入った。腰骨のあたりを強く掴まれるような
刺激に身体が跳ねる。声をあげのけぞった背を支えて、露わになった胸の飾りを熱い舌が
濡らした。
「んっ……」
 今は俺のことだけ考えて──実力行使に出たランディの肩に手をかけて、倒れかけた身
体を引き戻す。栗色のくせ毛から垣間見える空色の瞳は、拗ねてるを通り越して据わって
きている。腰を攻める手に手を重ねて動きを止めると、オリヴィエは背を丸めて反撃とば
かりにランディの鎖骨に軽く噛みついた。ランディは右の鎖骨の下がてきめんに弱い。案
の定、全身をびくりと震わせたランディの口から、呻きに似た声が漏れた。
「おかえし☆」
 お返しにお返しをされてしまってランディは、一瞬言葉を失った。毒気を抜かれたよう
な、ぽかんとした表情にオリヴィエは苦笑を漏らす。栗色の髪を分けて、形の良い額に口
づけた。我に返ったように顔を上げた無邪気なまなじりにもキスを落とす。
「……オリヴィエ様」
「ま〜た「様」つけてる。……なんて、ふふ、久しぶりだね、あんたにそう呼ばれるのは」
「うそですよ、普段はオリヴィエ様って呼んでます」
「だ・か・ら、「普段」じゃないトキ☆」
                                                                  ウブ
 音がしそうなウインクに、ランディの頬が染まる。いつまで経ってもそんな初心な反応
されちゃうと、もっとからかいたくなっちゃうじゃないか。けれども、そんなランディが
見せる、ドキリとするほどに男らしい顔をオリヴィエは知っている。きっと誰も、彼に剣
                                                      ハシ
の稽古をつけているオスカーでさえ知らないだろう表情。荒野を疾走る野生の獣のように、
                                            カオ
逞しく、力強く、美しい──。自分だけが知っている貌。独占欲が強いのは自分の方だ、
そう思いながらオリヴィエは、ランディの頬に手をあてて顔を上向かせた。
「今は二人だけなんだから、様付けも敬語も要らないよ。──あんたのことしか考えらん
ないように、してくれるんでしょう?」
 しっとりと唇を重ね合わせ、舌を絡ませる。背に腰に触れていた手が、ゆっくりと動き
始める。座らされた脚の付け根に触れる情熱が少しずつ力を得ていくのを感じながら、オ
リヴィエは促されるままにその背をシーツの海に沈めていった。


         *         *         *


 まだ熱く息づく繋がりを解かないまま、うつぶせになる姿勢に身体を回された。従いな
がらも少し怪訝に思わずにいられない。ランディはこの形をあまり好まない。あなたの顔
が見えないと、以前言われたことがある。身体への負担を考えるとこれが一番良いと知っ
てはいるが、オリヴィエも彼の意見に賛成だった。
 繋がりを深くする形に引き寄せられる。背骨を辿るように指が滑り、ランディのため息
が聞こえた。
「綺麗だ……」
 素直な感嘆。熱い息遣いを感じると同時に、唇が触れた。先刻指が辿った軌跡を、今度
は下から上へ、濡れた舌が辿る。重ねた肌から熱い鼓動が感じられるようになると、手で
支える身体とシーツの間に腕が入り込んで胸に触れ、そのまま抱きすくめられた。
「オリヴィエ、────あなたが好きだ……!!」
 耳元で強く囁かれた瞬間、全身の力が抜けた。
 痺れたように気怠く、思うようにならない。そのくせ感覚だけは鋭敏で。揺さぶられる
ままに身体が震える。
 今のは、効いた。オリヴィエが愛する彼の真っ直ぐな気性そのままに身体を突き抜けた。
 彼には「愛してる」よりも「好き」という言葉が似合う。余計なニュアンスを含まない、
ストレートな言葉が。
 そんな思考も、夢の中にとろけそう。
「──アッ」
 声を抑えることもままならずに、顔をシーツに押しつける。すぐに顎を捉えられ、横を
向かされた。
「顔、見せて。あなたをもっと見たい」
                    ツヨ      カオ
 横目で見やると、彼は毅い男の貌をしていた。空色の瞳は、容赦なく照りつける真夏の
太陽のような烈しさで。
 オリヴィエは為すすべもなく嵐に翻弄されるしかない。
「あ、……はっ、ん、ぁ、──ラ、ランディ……!」
 喘ぎの合間にかろうじて恋人の名を呼ぶと、オリヴィエは身体を大きく震わせた。背中
にのしかかる身体が低く呻いてオリヴィエの腰を掴む。身体の奥を突き抜ける感覚に身を
震わせ、力を抜いてベッドに沈み込んだ。
 軽いため息をついて、名残惜しげにランディが身体を離し、隣に横たわった。息を整え
身体ごと横を向くと、待っていたかのように唇が降りてくる。軽い口づけをくれた恋人は、
まだ男の貌をしていた。
「────まいったなァ……」
 ため息とともに肩口に顔を寄せて呟く。
「? なにが?」
 頭上からは、憎たらしいほどに邪気のない声が返ってきた。
「んっふふ、ナ・イ・ショ♪」
 努めて余裕の笑みを作ったオリヴィエに、ランディの男の貌が揺らぐ。
 そう簡単に主導権を握られっぱなしでいるわけにはいかない。まだ、ね。
「もっとキレイになりたいな☆」
 仰向けになって手を天井にかざす。美しく塗られた爪を眺め、楽しそうに呟いて、隣を
流し見る。その眼差しにどんな効果があるかなんて、もちろん百も承知の上だ。
「え、それ以上キレイになられたら……」
 ランディがあからさまな動揺を示す。片肘をついて起きあがり、オリヴィエを見るなり
頬を染めて視線を泳がせた。
「キレイになったら?」
 あっさりと引っかかる単純さも愛しいと思いつつ、意地悪かつ魅力的な笑みとともに問
い返してやる。何かを言いたげに口が動いて、けれどそのまま閉じられた。困惑の眼差し
に降参の色が混じる。
 はぁ──────と長いため息をついて、ランディがベッドに沈み込んだ。耳までもが
赤い。長い前髪をくしゃりとかきあげた手の間から声が漏れた。
「……まいったなぁ」
 奇しくも先刻のオリヴィエと同じ言葉を口にしたランディに、オリヴィエの頬に勝利の
笑みがひらめく。
 台詞の意味にようやく気づいて、ランディがあっと声をあげた。
「おやすみっ♪」
 先手必勝。ちゅっ、と音のするキスをして、オリヴィエはくるりと背を向けた。
「なっ、──ずるいぞそんなの!」
 出遅れたランディががばっと起きあがって肩を掴むと、オリヴィエは必死に笑いをこら
えていた。
「オリヴィエ!」
「くっ、────きゃははっ☆」
 おっかっしーい、オリヴィエはなおもお腹を押さえて笑い転げている。ランディの声が
さらに追い打ちをかけた。
「からかわないでくださいよ!」
 やがて、ひとしきり笑って満足したのか、オリヴィエがため息をついた。涙の滲む目尻
を押さえている。笑いすぎだよ、とランディが憮然とした声を返した。
「ごめんごめん。だってあんたかわいいんだもん。──好きだよ」
 おわびのキスに頬を赤らめつつも、まだランディの機嫌は直らない。かわいいなんて言
われたって嬉しくないですよ。拗ねてとがらせた唇と眉間のしわにキスの雨を降らせて、
オリヴィエは言うつもりのなかった台詞を口にしていた。
「好きだよ。本気だよ。──あんたはどうか知らないけど、私は、あんたが聖地に来た頃
から、あんたのことが気になってた」
 え、と空色の瞳が見開かれる。肩を流れ落ちるパッションブロンドの長い髪が、二人の
顔を覆い隠した。
「機嫌直してくれたかな?」
「────かなわないな、やっぱり」
「そーカンタンに勝てると思ったら大マチガイだよ、少・年☆」
「そんなこと思ってませんよ」
 とりあえず口で勝てないのはわかってますからね。
 ランディは、オリヴィエの両腕を掴むと、器用に体勢を入れかえた。頬にかかる金の絹
糸をよけて、唇を重ねる。
 俺があなたに勝てるものを、地道に探します。
 何事にも前向きに取り組む恋人は、そう言って再び身体の脇に手を伸ばしてきた。両腕
をシーツに落とし、オリヴィエは身体の力を抜く。軽く首をのけぞらせると、すぐに唇が
追ってきた。薄く微笑んでオリヴィエは感覚の全てをランディに預け、ゆっくりと与えら
れる柔らかな感触に酔う。身体を辿る手のひらがだんだんと熱を帯びてくるのを感じなが
ら、さらなる快感を追って目を閉じた。
                                             fin.



こめんと(byひろな)    2000.10.6

はい、おそらくアンジェ史上初の風夢です(笑)。
ランディくん、愛されキャラなので皆に受けだ受けだと言われているんで、ちゃんと攻めてる(笑)彼を書いてみたんですが、いかがでしょうか?
なんと、ジュリ様引退しちゃって、今はオスカーが仕切ってます。で、その補佐をランディがしている、と。2年後くらいの話かな?
なんでビジュアル的にはトロワ?その後?ってとこで。でもランディくん、背がさらに伸びています(笑)。だって成長遅そうじゃん? 18にもなって伸びるなら(でもまだ177cm、64kg。ジャニ体型・笑)、もう少し伸びても良いでしょう。オリヴィエ様が、180cmの63kgなんで(細すぎ……。でも、いって65kgだろう)、ランディくんは182・3cm、68・9kgってとこかな?
オリヴィエ様、今はまだヨユーで(?)ランディくんあしらってますが(まだまだ敵わないでしょう、ねぇ。ときどき勝てるくらい)、そのうちもっとかっこよくなっちゃう彼にドキドキさ☆(ばか)
あんま長くなるのもなんなので、「惑わせないで〜」で風夢をアツク語りたいと思います。



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