その日、穏やかな風に乗せて、かすかなオルゴールの音色が届けられた。 「──直ったんだね、あれ」 背後から聞こえた静かな声に、伏せられていた朱鷺色の睫毛がかすかに震える。ゆっく りと瞼を持ち上げて、女王補佐官ディアは、目の前の窓ガラスに映る男を見つめた。 「ちゃんと聴いたことなかったけど、いい曲だね。────あれを……、あいつは、あん たを想ってつくったんだ」 「──オリヴィエ、」 「あんたが泣いてるような気がしたんだよ。自分のためには泣かないあんただけど、今夜 は、あいつを想って泣く気がした。だから来たんだ。──邪魔なら帰るよ」 ディアの言葉を遮って、オリヴィエは続けた。畳み掛けるような言葉だが、低くやわら かい声がそうは感じさせない。そして、それだけ強引な言葉を口にしておきながら、すべ てを撤回するようにすっと身を引く。そうされて初めて、ディアは彼の言葉を待っていた 自分に気づくのだ。そう、いつも。 小さく首を振ったディアに、オリヴィエはかすかに目を眇めた。窓辺に歩み寄り、春の 花のような淡い色のドレスごと、細い身体を抱きしめる。 「あいつのこと、想い出してたんだろ……」 半ば伏せられた月色の睫毛の下で、夜空のような濃青の瞳が深みを増した。 「ゼフェルは、もう大丈夫でしょう。もとは素直な良い子です。直に皆とうちとけ心の傷 も癒えるはず。──ですが……」 「ディア、」 「ライ様は……」 女王補佐官となった後も、公の場での通達の際を除き、ディアが鋼の守護聖ライのこと だけ敬称をつけて呼んでいたことを知るのは、ルヴァとここにいるオリヴィエだけである。 「ものをつくるのが好きな方でした。大がかりな装置よりも、小さなからくりや硝子細工 のような、──儚い美しさのものを好む方でした。人の技術力の不安定性と危険性を誰よ りもご存じだったのでしょう、人々の暮らしを飛躍的に向上させることも瞬時にして壊滅 させることもできるのだと──そんな、まさしく諸刃の剣のような方でした」 「うん。知ってる」 繊細な、神経質そうな外見にそぐわない、ひどく激しい気性の持ち主だった。そして印 象通りの繊細な、豊かな感情の持ち主だった。 ディアの微笑みを何よりも愛し、全身全霊をかけて、ディアと、彼女のいる世界を守ろ うとする男だった。 その想いはあまりに強く、あまりに鋭く、──人の手を離れて走り始めたシステムのよ うに、ディアも、ライ自身でさえも、日々強くなっていく想いを持て余していた。 そんな折の、突然のサクリアの減退。動揺したライの恐れや怒り、悲しみはすべて、次 代の鋼の守護聖ゼフェルへとぶつけられた──。 「もう、ゼフェルが聖地に来てからかなりの月日が流れました。外界では、その何倍も。 ──あの方はもうこの世の人ではないのかも知れません。けれど、一人で外界に降りたあ の方が、その後の人生をどう歩まれたのかと思うと……」 「──大丈夫だよ」 幼子に言い聞かせるように囁いて、背後からディアを抱く腕に力がこもる。 「大丈夫。手の込んだ細工ってのはね、ちょっとしたことで壊れてしまう脆いものだと思 われがちだけど、実は結構しぶといものなんだよ。ほら、あのオルゴールだって、ゼフェ ルがすぐに直しただろ? あいつも──ライも、大丈夫だよ」 「────ええ……」 「笑って。いつもの聖母様みたいな笑顔を見せてよ。あのオルゴール、あいつがあんたの 笑顔のためにつくったんだ。久しぶりに鳴ったんだから、ちゃんと褒めてやんなきゃ」 「ええ、そうね」 憂いのヴェールを垂らしていた顔に、ようやくかすかな笑みが戻った。 窓越しにそれを認め、オリヴィエが腕を解く。 「ん、その方がいい、何倍も綺麗だよ。──過去の出来事を、忘れないことと引きずるこ とは違うからね。だから私も、あいつに殴られたコトは、忘れはしないけど根に持ったり はしないよ☆」 「え……っ!?」 がらりとトーンを変えた後半の台詞に、ディアが驚いて振り返る。大げさな仕草で肩を すくめたオリヴィエが、腰に手を添え胸を反らした。 「この私の顔をグーで殴るようなヤツが、そうカンタンにくたばるとは思えないね!」 吐き捨てるような台詞の後、音のしそうなウインクが飛ぶ。受け止めるように瞬きをし て、白い手が口元を押さえた。 「まあ……」 「安心した?」 肩をすくめて笑うディアを眩しそうに見つめ、オリヴィエがそっと手を伸ばす。 「──ディア、」 呼びかけられて顔を上げると、美しさと力強さとを兼ね備えた手がそっと触れる。いろ いろな意味で、ライとは正反対の手だ。ふたつの手に共通するのは、美しいものをつくり 出す手であること、そしてディアを愛し慈しむ手であること。 「夢や希望、そういった心の美しさのすべては、あんたの微笑みの中にあるんだよ」 手を重ね、頬に押しつけ目を閉じる。ゆっくりと一呼吸おいて目を開けたディアの表情 は、いつもの落ち着きを取り戻していた。 「オリヴィエ、──ありがとう」 「どういたしまして」 間髪入れずに返った返事にくすりと笑って、ディアは手を離した。 「何か飲みますか?」 「ふふっ、そう来ると思ってね、実は持ってきたんだよ」 じゃん!と効果音つきで指差す先、テーブルの上にロゼワインのボトルがあることに、 ディアは初めて気がついた。 「まあ……。──相変わらず用意がいいのね」 「トーゼン」 自信ありげに唇を歪め、オリヴィエが身を翻す。その背を見つめ、ディアは壁際のチェ ストの上に置かれたオルゴールへと視線を移した。 再び動き始めたオルゴールの音色に乗せて、再びの、そして新しい女王試験の物語が紡 がれようとしていた。fin. |
こめんと(byひろな) 2001.10.29 キラ姫のところの夢誕企画に投稿したお話。宣言通りのオリディアです♪ だ・がー、──なんでライについて語ってるんだ私(^^;)。過去にライ×ディア有りの、オリヴィエ×ディアです。コミックス1巻からネタを拝借。っていうかフツーの人はあそこでルヴァ×ディアを思い浮かべますよね(私も最初はそうだった)。オリヴィエ×ディアをそこからひねり出した私って……?(^^;) さて。オリヴィエ様、なんとライ様にグーで殴られたらしいですな。あはははは(笑い事じゃねぇ)。だっておしゃべりしてたくらいでルヴァ様んトコに殴り込み……じゃなかった、怒鳴り込みに行くような人ですよ?(外伝参照) 明らかにディア狙いなヤロー(もちろんオリヴィエのことっす・笑)に挑発されたりしたら、グーでパンチングのひとつやふたつ(をい)、お見舞いしてしまったりしないかな……と。オリヴィエ様、ごめん、こんな話が誕生日祝いで(^^;)。 ライとディアの恋、オリヴィエとディアの恋を、対照的に描きたかったのですが…………む〜ん、練り切れてないですね。くそう。っていうかみんなの中ではライってどんな人なんでしょう。ディア様のイメージも、みんなの中のそれを壊しちゃったりしてないかな……と、ちょっと不安です。くそう、ディア様、めちゃめちゃ素敵な女性なのに! ──と、未熟さ痛感。っていうかそもそもディアやライを書こうとする方が無謀?(^^;) でも、オリヴィエにはこういう見守る系の愛し方をして欲しいので……こんなお話になりました。しかしキラ姫のサイトで読んでくださった方々の感想を聞いた限りでは、なにやらライ様が非常に評判良いのですが、……ちょっと複雑な心境ですね(笑)。続編、というかグーでパンチングの件は、またいつか書けたらな、と思っているのですが、いつになるやら(^^;)。 そだ。タイトル、ドイツ語です。「アイン ライゼ リーベスリート」、かすかな(しずかな)恋の歌、という意味。ライのつくったオルゴールの音色、そしてオリヴィエとディアの恋をイメージしています。格変化……合ってると思うんだけど、……ちょっと不安(^^;)。 壁紙、付けたくてでも見つからなくて、っていうか見つかったけども字が乗せらんなくて、結局こういうレイアウトになりました。たまにはこんなのもイイかしら? 2001.11.6 タイトル、やっぱり間違っていました(^^;)。leiseじゃなくってleisesなんですね。まからさんどうもありがとうございました〜m(_ _)m |