PinkyRing


「陛下……?」
 陛下……?と自分の声が反射して聞こえた。
「陛下……? ロザリア様……?」
 自分の声が少しこもったこだまになって返る以外にはなんの音も聞こえない。常ならば、
ぱたぱたと足音をさせて女王陛下御自らの出迎えがあるというのに、陛下やロザリアはお
ろか、女官たちすら姿を現さないとは。
「陛下、どこにいらっしゃるんですか……?」
 何度となく呼びかけながら、メルは宮殿の奥へと進んでいった。
 宮殿と言っても、急ごしらえのものだ、迷うほどに広いわけではない。まっすぐ謁見の
間まで進み、メルはもう一度辺りを見回した。
 奥の聖像に目をやって、その下に置かれた一輪の花に気づく。歩み寄り、しゃがみ込ん
で見ると、それはとても馴染みのある、そして思い出深い花だった。
「だ〜れだっ?」
 突然、視界をふさがれた。やわらかな小さい手、鈴をふるわせたかのような声、背中に
触れる布地の感触と優しい香り、そして身を包む何よりも清澄な空気。
「陛下……」
 驚いて振り向くと、その人はすっと両手をはずして後ろ手に組み、首を傾げてにっこり
と微笑んだ。
「ふふっ、驚いた?」
 そこにいたのは、金の髪に翡翠色の瞳の、女王陛下アンジェリークその人だった。
 目を丸くしてメルが立ち上がると、小さなティアラがちょうど目の前に来る。
「陛下……。呼んでも誰も出てきてくれないから、心配しちゃいましたよ」
「今誰もいないのよ。ロザリアも出かけてるの」
「えっ?」
「ごめんなさいね、急にお呼び立てして。──実はね、メル、あなたにとっても大切なお
話があるの」
 改まった物言いに、メルがふと神妙な顔になる。
「あのね、──メル、お誕生日おめでとう」
「──────────え?」
 しばしの間を置いて、小さな呟きが漏れた。
「うふふっ、メル、お誕生日おめでとう、って言ったのよ」
「誕生日……? 僕の……?」
「そう」
 にっこり笑って、アンジェリークは首を傾げ、緋色の瞳を覗き込んだ。
「エルンストに調べてもらったの。この土地の暦でね、今日はあなたのお誕生日に当たる
のよ。だから、どうしてもあなたに会っておめでとうって言いたかったの」
「陛下…………」
「今は、陛下じゃなくて、アンジェリーク」
 一言一言、区切るように言って、ね?と人差し指を立てる。ぽかんとしていた顔に少し
ずつ笑顔が広がり、ぱっと両手を広げて小柄な身体に抱きついた。
「陛下……、アンジェリーク、ありがとう。すごい嬉しい。あなたに誕生日のお祝いをし
てもらえるなんて、夢みたいだ」
 見違えるほどに逞しくなった胸に額を押しつけ、アンジェリークがくすりと笑う。
「良かった、喜んでもらえて。──メル、ほんとに大きくなったわね。最初見たときびっ
くりしたわ」
「うん。あのね、僕、いつかまたあなたに会えたときのためにって、体を鍛えたり、占い
の腕を磨いたり、いっぱいがんばったんだよ。──あのときは、僕、体力なくてみんなの
足引っ張っちゃったから……」
 女王試験終了直後の、思いもかけない事件と戦いの日々が思い出される。
「そんなことないわ。占いだけじゃなくって、魔法も、ルヴァやクラヴィスよりも強い魔
法をたくさん覚えてみんなを──私を救けてくれたじゃない」
「だって……、あなたが捕らえられてるって聞いて……。夢中だったんだあなたを助けな
きゃって。──だってね、アンジェリーク、あなたは僕の一番大切な人だもの。僕、あな
たがいたから、初めての聖地でも占いのお仕事ちゃんとやれたんだよ。あなたが声をかけ
てくれたから……」
 初めにその話を聞いたとき、前回の女王試験で占い師を勤めたサラの従兄弟だから任を
与えられたのだと思った。占いの腕はサラにも認めてもらっていたけれど、あの頃の自分
はひどく恥ずかしがり屋で自信がなくて、人見知りをすることが多くて、知らない人たち
ばかりの聖地でちゃんとやっていけるか不安だった。
 女王試験が始まって間もない頃、庭園を歩いていて、一人の少女に声をかけられた。人
懐っこい笑顔につられて話をするうちに、緊張がほぐれ、ある仕事のためにここにやって
きたこと、その仕事を上手くやることができるか不安に思っていることを話すと、少女は
にっこり笑ってこう言ったのだ。
『うまくやらなきゃ、がんばらなきゃ、って思っていると、肩によけいな力が入って逆に
失敗しちゃったりするものよ。自分らしく、自分のペースでやればいいんだ、って思えば
気持ちが楽になるわ』
 そして足元に咲いていた小さな花を一輪手折り、はい、とメルに差し出した。
『このお花たちも、きれいに咲かなきゃって思って咲いてるわけじゃないと思うの。でも、
ほら、こんなにきれいでしょう? 無理して背伸びしたりしないで、自分のできる範囲の
精一杯で生きているからきれいなんだわ』
 少女の言葉は、メルの肩に重くのしかかっていた責任を取り払ってくれた。次の日の占
いは驚くほどスムーズに進み、女王候補たちとも話が弾んで、メルは少し自信を持てるよ
うになった。
 その少女が女王陛下その人だと知ったときは驚いたが、その後も何度かお忍びで占いの
館を訪ねてきてくれたり、一緒に森へ散歩に行ったりするうちに、アンジェリークの存在
はメルの中でどんどん大きくなっていった。宇宙を支える女王であるという以上に、大切
な人になっていったのだ。
 女王試験が終わり聖地を去るとき、メルは誓った。もう二度と聖地に足を踏み入れるこ
とはないかも知れない。けれど、いつかまた会える日のために、たとえ会えなくとも、強
くなろうと。泣いてばかりの弱虫な自分と決別して、陛下のため、陛下の守る宇宙のため
に。
 一大決心して贈った小さな首飾りを、アンジェリークはずっと大切にすると、いつも身
につけると言ってくれた。たった今も、彼女の胸元、ドレスの下に、その存在を感じるこ
とができる。
「また、会えて良かった……」
 ため息交じりに呟いて、緋色の瞳に想いを込め、この世で唯一無二の存在を見つめる。
「私も、また会えて嬉しいわ。それも、こんなにかっこよく頼もしくなっちゃって。──
おかげでせっかく用意していたプレゼントが合わなくなっちゃったわ」
「えっ?」
 肩をすくめて笑い、アンジェリークは後ろに隠していた手をメルに差し出した。小さな
手のひらには、その手に見合った小さな箱が乗せられている。
「あのね、メル、聖地を出るとき、私に首飾りをくれたでしょう? だから私も、いつか
またあなたに会えたときのためにって思って、指輪を作ったの。でも、まさかあなたがそ
んなに大きくなってるとは思わなくて……」
 ぱくっと音を立てて蓋が開かれた。
「えっ、……これ、もしかして、──アンジェリーク、あなたが作ったの?」
「ええ、そうよ。私、あんまり器用じゃないから、うまく作れなかったんだけど」
「ううん、そんなことない! 素敵だよ! してみてもいい?」
「いいけど、きっと入らないわ。鎖を通して首にかけた方が……」
 取り出した指輪と自分の手とを見比べて、メルが笑った。
「ねぇアンジェリーク、見てて。──ほら!」
 その指輪は、メルの右手の小指にぴったりと収まった。まるで最初からそのためにあつ
らえたかのように。
「あのね、アンジェリーク。この指は、指切りをする指、大切な約束をする指でしょ? 
だから、僕は今この指に、あなたのくれた指輪に、もう一度誓うよ。──僕、強くなるか
ら。いつもずっとあなたのそばにいることはできなくても、僕の心はあなたを思ってる。
この指輪と、あなたにあげた首飾りを通して、あなたに想いを届けるよ。女王陛下でも、
時々不安になったりさみしくなったりすることあるでしょう? そしたら僕の首飾りに触
れて僕を想って。僕が励ましてあげるから。綺麗な未来の姿を、あなたに届けてあげる」
 右手の小指を絡め合わせて、アンジェリークの胸元に寄せる。二つの誓いが共鳴してか
すかに震え、音にならない音が二人の鼓膜を揺らした。
 指を離して、八重歯をのぞかせてメルが笑う。
「まずは、早くここを脱出して主星に帰らないとね! 大丈夫、アンジェもがんばってる
し、イヤな感じは今のところしないし、──あなたの負担がどのくらいかわからないのが、
ちょっと心配だけど」
「私なら大丈夫よ。優秀な補佐官もついてるし、あなたがいるもの」
「うん。……えへへ、なんか照れちゃうな」
 照れ笑いを浮かべて、メルは身体の前で指を組んだ。落ち着きなく何度も組み直される
指の間で、小さな指輪が時折光る。
「ねぇ、アンジェリーク。もし良かったら、今度デートしよう?」
 突然、メルが顔を上げた。
「またあなたと一緒に散歩したいな。ここにもね、綺麗な景色がいっぱいあるんだよ! 
日向の丘なんか、あなたもきっと気に入ると思うんだ。それからね、」
「ふふっ、──ねぇメル、どうして「今度」なの?」
「え?」
「今日じゃダメ?」
「えっ…………、いいの?」
「えぇ、もちろん。だって私、そのためにロザリアに頼み込んで、今日は一日お休みにし
てもらったんだもの」
 いたずらっぽくウインクしたアンジェリークに、メルは顔を輝かせた。
「ほんとうっ!? うわあ……っ、嬉しい! じゃあ、僕がアルカディア中を案内してあ
げるよ!」
 言うなりアンジェリークの手を掴んで走り出す。
「きゃあっ! ちょ、ちょっと待ってメル……っ」
「早く早くっ!」
 ぱたぱたと足音を響かせて、二人は宮殿を飛び出していった。


                                    fin.
  



こめんと(byひろな)     2001.7.3

はっぴぃば〜すでい、メルメル♪
──ってことで、メルメルのバースデイ記念創作は、メル×リモージュ陛下@トロワ、です。
「はぁ〜っ!? メルリモ〜っ!??」ッて声が聞こえてきそうですが(^^;)、私、けっこうマジなんですけど。──いや、私、男女カップリングでも男男(or女女)カップリングでも、興味本位でお話書いたりしませんわよ! いつでも本気です。本気なんです。
リモちゃんが女王陛下してるトコって、初めて書いたわ私。ロザリア補佐官は何度か書いたけど。女王候補のリモージュじゃなくて、女王としての、アンジェリーク・リモージュ。とっぴょーしもないことしでかしてくれたりもするけど(笑)、頼りになる優しいおねぇさんというイメージです。
今回、ちょっと残念なのは、二人のなれそめをきっちり書けなかったこと。回想的説明じゃなくって、リアルタイムで、小メルとリモちゃんのデートを書きたかった……っ! でもそんなんかいてたら終わらん、長くなってまう、ってことでカット。くそう。

メルちゃん、Sp2キャラの中では一番好きです。Sp2当時はティムカが一番だったんですが(メルが恋愛対象だとは知らんかった)。トロワでかっこよくなったメルメルにメロメロ(笑)。てゆーかあの髪型がツボです。めさめさツボ。春風のランランとか、南野秀一(蔵馬)とか、セラムンのまこちゃんとか、あーゆう系の髪型が好きなのです。
──とと、髪型談義はおいといて、うん、メルメル、いいですねぇ。純真で素直で。ああ、弟に欲しい。ランディはお兄ちゃんに欲しいです。……(想像中)……きゃあっ、幸せすぎてめまいがしそうだわっ!
ところで。ピンキーリングとは、もちろん小指にするちっさい指輪のことです。指切りをする指♪ マルセルとかメルとか、指切りげんまん♪って似合いそうですよねv ああ、ランディも似合うか(笑)。しかし昨日初めて知ったのですが、英語で“指切り”って“ピンキープロミス”って言うんですね。リヒトに借りたゼーマルマンガのタイトルに使われてました。ああ、ネタかぶっちゃった!と思って悔しかったです。
何はともあれ、メルちゃん、お誕生日おめでとう! その綺麗な心、いつまでも大切にしてね!


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