Special Day「はー、いったい何なんやろなー、“大事な用事”って」 ウズウズと体を揺らしながら、ウォン財閥の若き総帥チャールズ・ウォンは呟いた。 3日前、突然届いた女王陛下からの書状に書かれていたのは端的な指示のみ。すなわち、 『主星時間5月29日午前9時、聖地の入り口の門にて待つように』と。正装の必要はな いがあまり軽薄な服装は慎むこと、と付け加えられていた。──これだけでは、何のこと やらさっぱりわからない。 その日の予定を秘書に確認すると、呆れた顔をされた。そういえば、チャーリー自身は すっかり忘れていたが、その日はチャーリーの誕生日である。グループ内外での誕生パー ティーは急遽中止ということになり、ほっとする反面、内部からの反発を考えると少々頭 が痛い。だが。 「それもこれも、すべては女王陛下のため、そしてあの方のためや!」 「──相変わらず、朝から元気ですわね」 「──え゛っ!?」 くすりと笑って投げかけられた声に、チャーリーはがばっと振り向いた。 「ごきげんよう、チャーリー」 笑いを含みながらも凛とした声。まっすぐ背筋を伸ばして立ち、紫紺の長い髪を美しく 巻いて背に垂らしたその姿は。 「ロッ……、ロザリア様っ!?」 そこに立っていたのは、そう、チャーリーが敬愛してやまない天上の白百合、気高き白 薔薇の君、──美しき女王補佐官ロザリアであった。 目を剥いて驚くチャーリーに、ロザリアは大きなサファイアの瞳を瞬かせた。 「あら。陛下から書状が届いているのではなくて?」 「え、あ、いや……もろたはもろたけど……今日の9時にここへくるようにとしか書いて あらへんかったから」 「まあ、あの子……、──陛下ったら」 まったく仕方がないわね。ロザリアが小さくため息をついて、ヘイゼルの瞳を見上げる。 「お忙しいところお呼び立てしてごめんなさいね。実は、今日の用事というのは……。─ ─今日一日、私の買い物につきあっていただけるかしら?」 にっこり笑って告げられた台詞に、チャーリーは一瞬真顔になった。 「へ? お買い物、……でっか?」 怪訝な顔で、問い返す。 「ええ。私と陛下の、衣装と装身具を、いくつか見てもらいたいの」 今回新しいものをあつらえるにあたって、あの陛下は、オーダーメイドではなく、ショ ウウィンドウに並ぶものから選びたい、と言いだしたのだ。女王陛下を“お買い物”に連 れ出すわけにいくわけもなく、いろいろなだめすかした結果、ロザリアが買いに行くとい うことになったらしい。 そんな馬鹿な話があるかとは、──相手が、すなわち陛下があの少女である限り、少な くともチャーリーには言えないし思えもしない。彼女ならば、そんなこともあるかと思っ てしまうのだ。 「事情はまあわかったけど……、何で俺を? そういうことならオリヴィエ様が適任やあ りませんか」 素直な疑問を口にすると、女王補佐官が一日聖地を離れるのに、その上守護聖まで連れ て行くわけにはいかないとの返事が返った。それはもっともな言い分なのだが……、先ほ どから、話の展開にどうも作為的なものを感じる。 もしかしてこれ、まさか陛下から俺へのプレゼントやったりせぇへんかな……。 まあ、ことの真相がどうであれ、まさに天から降って湧いた、この千載一遇のチャンス を逃すようなチャーリーではない。 「ま、そーゆーコトやったらこのチャーリーにお任せあれ! ど〜んと豪華客船に乗った つもりで構えてくれてもええで!」 「まあ、頼もしいこと。──ではお任せいたしますわ」 * * * それにしても……。 はぁ〜。やっぱり、めっっちゃキレイなお人やなぁ〜。 隣を歩くロザリアをちらりと見やって、チャーリーはうっとりため息をつく。 お忍びで(?)の買い物ということもあって、普段に比べたらずいぶんとシンプルな、 年相応の少女らしい装いではあるが、それでも十分すぎるほどの威厳と気品である。どこ からどう見ても、良家のお嬢様にしか見えない。主星の大貴族の出身だと聞いたことがあ るが、それならば納得がいく、とその時チャーリーは思ったのだ。 仕事柄、各界の要人に会う機会は多く、身分ある人にも何度もあったことがあるが、こ れほどまでに気品ある美人というのは初めてだ。美・優・賢すべてを兼ね備えた女性とい うのは、まさに彼女のことを言うのだろう。 「──リー、チャーリー?」 「あっ、はっはいな」 「それで、私たちは今どちらに向かっているんですの? そろそろ教えてくださってもよ ろしいのではなくて?」 どんと任せろと大口を叩いた(もちろん勝算はある)チャーリーが選んだのは、主星か ら少し離れた惑星フローにあるプレナという街だった。主星出身の若き女王補佐官は、そ の任に就いてからまだ日が浅い。その出自を考えれば街中で元学友と鉢合わせる可能性は 少ないものの、万が一を考えて主星は避けた。その上で、自分の顔もあまり割れていなく、 けれど治安が良くて彼女を連れていける場所……というのは、あまり多くない。 「心配せんでも、妙なトコに連れてったりはせえへんから安心しいな」 「そんなことを言っているのではありませんわ!」 「あははっ! ──ほら、そろそろ着く頃や。惑星フロー、綺麗やろ?」 スクリーンに映し出される、水の色をした惑星。 「プレナっていう、ショッピングにはまさにうってつけの街や」 「プレナ……、名前は聞いたことがありますわ。たしか有名なデザイナーのお店がたくさ んあったのではなくて?」 「そや。ところでロザリア様、治安の良いところとは言え、一応高貴なるご身分を隠して のお忍びなんや。あんまし丁寧な言葉は使わんとってくださいな」 「──友人に対するような言葉で、ということね?」 「そ、女王候補時代の陛下に対するような言葉でお願いしますわ」 声をひそめ、いたずらっぽくウインクすると、なぜかロザリアはかすかに頬を赤らめた。 「それならチャーリー、あなたも私に敬語や様づけは要らなくてよ」 思っても見なかった切り返しに、チャーリーがぴしっと音を立てて固まる。 「ロ、ロザリア様……」 「ロザリア、」 「ロッ、……ロザリアっ……うわあああダメや〜っ! しんぞーが保たんっ!」 ──結局、ロザリアが言葉遣いを少々改めることによって身分の高さを少しでも隠す、 ということで落ち着いたのだが……。 「──おっ、ほらロザリア様、これなんかどうや?」 「そんな服、恥ずかしくて着られませんっ」 「なんでや、あんたの普段の服だって、ごっつう色っぽいやんか。これかてそんな変わら んて」 「私はそんな、布地の半分以上が透けているようなものを着たりはしませんっ!」 改まっているのかどうかは、神のみぞ知る。 「──お、ええモン発見☆ ちぃと待っててな。あ、いや、一緒に行こか」 数軒のブランドショップをはしごした後、今度は有名どころではないが個性が光る店を ということで、二人はプラナの大通りを歩いていた。 足を止めずに呟いて、途端にチャーリーはロザリアの腕を掴んで方向を変える。そして 連れていった先は、路肩に止まる、小さな屋台。聖地にも、庭園の隅に子供たちが喜びそ うなクレープやアイスクリーム、それからファストフードを扱う店が出ている。ロザリア はそれらを利用したことはなかったが、彼女と年の近い守護聖たちは、良く利用している ようである。 「おっちゃん、ソフトクリーム2コ! ──味、何がええ?」 「え、えっと……バニラで」 「ほなバニラとそのスペシャルフルーツミックス、1コずつ」 くるくると綺麗ならせんを描くソフトクリームを受け取り、再び歩き出す。 「バニラってロザリア様らしいな」 「そうかしら? ──私、こういうの初めてだからどれにしたらいいかわからなくて」 「そーゆートキはいっちゃんおもろいモンを頼む! これが俺のポリシーや!」 「ふふっ、それで、そのスペシャルフルーツミックスなのね?」 「そや。──そやけどこれ、マジでスペシャルフルーツミックスって感じやな」 味はまだ食べていないからわからないが。外見は、確かにその名に恥じないものである。 「いろんな色があちこちに散らばっとって……、オリヴィエ様みたいや」 「まあっ!」 そう言われてみれば、バニラ地に色とりどりのフレーバー入りソフトクリームが散って いる様は、確かに夢の守護聖のきらびやかな衣装のようである。 くすりと笑って、ところで、とロザリアが真面目な顔でチャーリーを見上げた。 「チャーリー、今ここでこれを買って……、このあたりには落ち着ける場所はなさそうだ けれど、どこで食べればいいのかしら?」 「そらもちろん、歩きながらや」 「歩きながら!?」 そんなはしたない。口を開こうとしたロザリアをチャーリーが遮る。 「郷に入っては郷に従え、や。それに、俺以外は誰も見とらんのやし」 「──そ、そうね、」 ぱくっとてっぺんから食いついたチャーリーを見習って、ロザリアも小さな口をソフト クリームに近づける。思わずじぃ〜っと見入ってしまいそうになって、あかんあかん、と チャーリーは慌てて目を逸らした。最初の一口を味わった頃を見計らって、視線を戻す。 「どや? けっこうイケルやろ?」 「ええ」 微笑んだロザリアは、年相応の顔をしていた。 * * * 楽しい時は過ぎるのが早い。いつの間にか空は色を変え、浮かぶ雲も少女の頬のような 薔薇色に染まっている。 「お。もうこんな時間なんか。そろそろ戻らんと、シャトルに間に合わなくなってまうな」 名残惜しげにチャーリーが呟く。そうね、と呟くロザリアの声が寂しそうに聞こえたの は、チャーリーがそうであればいいと思ったからだろうか。 スペースポートに向かう途中、ロザリアの願いではじめに立ち寄ったブランドショップ の一つに戻ることになった。チャーリーを入り口で待たせて一人で奥に入り、店員と短く 言葉を交わして何かを受け取る。やがて戻ってきたロザリアは、手に紙袋を持っていた。 「ロザリア様、その袋、何なん?」 「……まだ、内緒ですわ」 にっこりと、有無を言わせぬ微笑みを向けられ追求を諦めたチャーリーだったが、それ を知る機会は意外に早く訪れた。 主星に向かうシャトルの中で。 「──チャーリー、今日はありがとう。素敵なドレスも選べたし、素敵な経験ができて楽 しかったわ」 そう言って、ロザリアが件の袋をチャーリーに差し出したのだ。 「これは、ほんのお礼の気持ち、──それと、ごめんなさいね、私、今日があなたの誕生 日だって、本当は知っていたの。だけど陛下に用事が済むまでその事には触れないよう言 われていて……。──チャーリー、お誕生日おめでとう」 「えっ……。────うっわあ、めっちゃ嬉しいわ。今まで生きてきた中で一番嬉しい誕 生日や」 「まあ、大げさね」 「大げさなんかやないで。ほんまにそんくらい嬉しんや。──これ、今開けて見てもええ か?」 「ええ、どうぞ」 紙袋に入っていた箱を取り出し包装を解いて見えた中身に、チャーリーは思わず固まっ た。 「ロ、ザリア様、これ……」 気に入っていただけたかしら、と首を傾げるロザリアの様子からして、この誕生日プレ ゼントに他意はなさそうである。そもそもこのお嬢様が俗な風習を知っているとも思えな い。 「普段のお仕事の時にでも使っていただけたら嬉しいわ」 気を取り直してチャーリーは、気合い2割り増しの笑顔を浮かべた。 「ああ、もちろん、喜んで使わせてもらうで。──と言いたいトコやけど、使うのもった いない気ぃもするな。ずっと飾ってとっときたいくらいや」 「まあっ、」 「なんてな。そや、今度お会いするときにはこれに合わせて新調したスーツでってのはど うや?」 「ふふっ、楽しみにしているわ」 ロザリアのくれたプレゼントとは。 腕時計とネクタイ。 ──ちょっと、複雑な心境のチャーリーである。 主星のポートに着くと、やはり聖地から迎えがすでにやってきていた。 出迎えの青年たちに労いの言葉をかけるロザリアは、すっかり女王補佐官の顔に戻って いる。 「チャーリー、今日はご苦労様でした。また何かあったらよろしくお願いしますね」 「ええ、もちろん。何でも心おきなくお申し付けください」 二人の挨拶の終わりを見計らって、青年の一人がチャーリーに声をかけた。 「ミスタ・ウォン。陛下からの書状をお預かりしております。──今ここではご覧になら ないようにとのことです」 「そらまたけったいな……。あ、いや、──そんじゃ家に帰ってから見させてもらいます ゆうて伝えといてくれるか」 かしこまりました、と礼儀正しく一礼して青年が踵を返す。 「ロザリア様、お待たせいたしました」 「いえ、構わなくてよ。──では、チャーリー、ごきげんよう」 優雅な背中が見えなくなるまで見送って、チャーリーも自らの帰途へと足を向ける。 と、先ほど手渡された陛下からの書状を思い出した。 「そや、コレ何やろな」 ここでは見ないように、とわざわざ付け足されたあの言葉がどうも怪しい。 早速指で封を切って、中からカードを取り出す。 そこには、少女らしい愛らしい文字で、こう書かれていた。 チャーリー、お誕生日おめでとう! 私からのプレゼント、気に入ってもらえたかしら? あなたの心に素敵な思い出を作るお手伝いができてたらいいんだけど。 あ、ロザリアはこのことは知らないから、 今後会っても絶対に言わないようにね☆ やっぱりこの女王にはかなわない、と思った、チャーリーなのであった。fin. こめんと(by ひろな) 2001.5.29 チャーリーさん、お誕生日おめでとう♪ あこがれのろざりんとのでぇとはいかがでしたかん?(笑) なんて☆ 書き始めたら楽しくなって長くなったこの話、一番のお気に入りはソフトクリーム食べるシーンです。しかしスペシャルミックスフルーツって……なんやそれ(^^;) ところで。 ロザリアのあげたプレゼント。どんな意味があるかってぇと。 まず時計。これは、私をいつも身につけててねv、っていう意味と、あと逆に相手を遠ざけたいときに渡すって説(と言うかジンクスというか)もあったり。 ネクタイは、あなたにくびったけvと言う、ベタな意味が込められております(笑)。 あ。あと、今回のこの壁紙、無理を言ってりっひーに作ってもらっちゃいました♪ えへv りっひー、ありがちゅv |