Suddenly「──あー、ゼフェル、ちょっといいですかぁ〜?」 常と変わらぬ口調の、しかしどこか緊張をはらんだその声に、ゼフェルは常と変わらぬ 言葉を返した。 「あぁ? 何だよ」 不機嫌そうな言葉と裏腹に、すっと立ち上がるとすぐにルヴァのもとへと歩み寄る。 呼びつけておいて、ルヴァはそのゼフェルが近づいてくると少し後ずさるような仕草を 見せた。 「あー、ええとですねー、ゼフェル、明日の土の曜日はお暇ですか〜?」 「は……? ああ、空いてっけどよォ……」 土の曜日は、そもそもルヴァの屋敷で勉強会──もとい読書会と称し二人で過ごすこと の多い曜日ではなかったか。何をいきなり改まって、と唖然とするゼフェルを後目に、ル ヴァはほうっとため息をついた。 「ああ〜、良かった。断られてしまったらどうしようかと思ってました。──ああ、良かっ た」 まさに胸をなで下ろしているその様子に思わずプッと吹きだしてしまう。 「ああ、笑わないでくださいよ〜」 「だってあんた……、くっ」 スゲー顔してたぜ。ルヴァの肩に手をかけてくつくつと笑う。ようやく笑いを収めて顔 を上げると、そこには驚いたようなグレイの瞳があった。 「──え?」 「あっああ、じゃあ私はこれで失礼しますね」 そそくさと挨拶をして去っていくルヴァを見送って、ゼフェルは紅い瞳を瞬かせた。 * * * 「ああ、こんにちは。よく来てくださいました」 常よりも歓迎の色濃い出迎え方に、紅い瞳が瞠られる。 「お、おう」 いつになく眩しい笑顔にどぎまぎしつつも、それを隠すようにぶっきらぼうに返事をす る。無意識に短い白金髪を掻き上げて、日に焼けた頬がわずかに赤くなった。 「──んで? 何だよ改まって予定聞いてきたりして」 「え? あ、ああ。別にこれといったことはないんですが……、ええと、何となく、です」 「ふぅん……? まあいーけどよ」 納得しきっていない顔で、とりあえず話題を終わりにする。いつものように奥の書斎へ 向かい、いつものように思い思いの本を手に取る。本の匂い──ルヴァの匂い。どこか懐 かしさを感じさせるその匂いに包まれている時間が、ゼフェルはとても好きだった。 「あーゼフェル、きちんと机に向かって読まないと目が悪くなりますよー」 「いーんだよ。この方が落ち着くんだ」 書棚の間、床に直に座りこんで、棚に背を凭れさせる。あぐらをかいた脚の間に本を置 いて読み進めるうちに、いつの間にか、時間を忘れていた。 「──ゼフェル? 少し休憩しませんか?」 優しい声と微かな芳りに我に返る。淡い緑の茶と硬い焼き菓子の乗った盆を持って、ル ヴァが歩いてくるのが見えた。 「あ、ああ……。もうこんな時間なのか……」 呆然と呟くゼフェルに、ルヴァが愛おしそうな視線を向ける。 「ずいぶん熱心に読んでいましたねー」 「ん……」 近未来ファンタジー、と分類されるであろう物語。とは言っても、それが執筆された時 点での近未来であって、とりわけ機械文明の発達した地域に生まれ育ったゼフェルには当 たり前になっていたものも多い。故郷に似た舞台設定の街での、しかし故郷には絶対にな かった伝説、それを巡る冒険。主人公の少年の心情もどこか自分と通ずるものがあって、 思いの外夢中になっていたようだった。 「人間て、スゲーな」 「え?」 ふいに呟いたゼフェルに、盆を置いたルヴァが近づいてくる。棚に背を預けたまま顔を 上げて、ゼフェルは穏やかな顔を見上げた。 「人間の想像力ってスゲーなと思って。こーゆーのも……、あんたの力のおかげなのか?」 「ああ、そうですねぇ……、夢のサクリアも影響しているでしょうが、曖昧な願望を人に 伝わるような形に変えるためには、やはり地のサクリアが必要でしょうね」 「ふーん……、そっか」 素直に頷いて、ゼフェルはふと微笑んだ。腕の中の本を軽く抱きしめるようにして。 と、目の前が翳り、顔を上げると、膝をついたルヴァの真剣な眼差しがすぐ近くにあっ た。 「ルヴァ……?」 「──ゼフェル、あなたが好きです」 突然の告白の言葉に、紅い瞳がゆっくりと見開かれる。頬を微かに朱く染めて、しどろ もどろになりながらルヴァは言葉を継いだ。 「いきなりこんなこと言われて驚いているかも知れませんが、あの……、その、私は、あ なたのことが好きなんです。──あ、だからと言ってあなたを今すぐどうこうしたいとい うのではなくて、えっと、あの……っ」 哀れなまでに取り乱している様子に耐えかねて、ついにゼフェルが吹き出した。その反 応にルヴァがさらに慌てる。 「ええとですね、だからその……っ」 「ぷっ……、もういいって。何言ってんだよ今更」 「今更ではありませんよ、私は……って、──ええっ!?」 さらに言い募ろうとして、ルヴァは突然素っ頓狂な声を上げた。 「今更……と言うことは、ゼフェル、あなたはその……私の想いに前から気づいていたん ですか……?」 改まってそんなことを聞かれても困る。顔を赤くしつつも頷くと、そんな……と悲壮感 漂うため息が漏れた。 「……? 何でだよ……?」 直接言葉にして言うことはなかったが、互いに互いを一番必要としているからこそ、こ うして毎週二人で過ごす時間を設けたりしているのではなかったのだろうか。怪訝な眼差 しに気づき、ルヴァはひどく申し訳なさそうに口を開いた。 「あのぅ……、つかぬ事を伺いますが、あなたが私の気持ちに気づいたというのは、── 一体いつ頃のことなのでしょうか……」 「はぁ……っ? いつって……、──そんなん覚えてねぇよ……」 とりあえずけっこう前のことなのは確かだ。そう答えると、ルヴァはさらにショックを 受けたようだった。 「一体何なんだよ……?」 「──ええと、あの……、怒らないで聞いてくださいね……? 私があなたのことを好き だと自覚したのは、その……つい最近のことなんです……」 「はぁ……っ??」 じゃあ今までの時間は何だったんだとゼフェルが絶句していると、祈るように手を組ん でルヴァがおそるおそる声をかけてきた。 「あ、あのう、ゼフェル……? やっぱり……怒ってます……?」 「怒っちゃいねーけど……。────あっきれた……」 「あああ……」 気が抜けてため息をついたら身体の力も抜けた。狼狽えた声を上げるルヴァの肩に額を 押しつける。──これであの突然の誘いも納得がいくというものだ。 「なんだよ……。じゃあオレ今までずっと一人芝居やってたってワケかよ……?」 「え、え……?」 「だぁからぁ……、──オレはあんたを好きで、あんたもオレを好きで、だからこーして 一緒にいるんだと思ってた、ってコトだよっ」 そんなん言わせんなバカ。照れ隠しに乱暴な口調で付けたして、目の前の身体に腕を回 す。 「え……? つまり、その……あなたも私のことを……?」 それも気づいていなかったのか。もうため息も出ない。 「──まあ、そんなトコもあんたらしいよな」 頭イイくせに思っきしトボケてっからなー。 脱力して体をもたせかけていると、そっと背中を抱かれ、頬にターバンの端が触れた。 「ゼフェル……。あなたにとっては今更ですが……、好きです。あなたのことが、誰より も大切です。あなたも私のことを同じように思ってくれていたなんて……ああ、幸せです」 耳元で囁かれる言葉に体温が上がる。言葉がなくても構わないと思っていたはずなのに、 言われて初めて、その言葉をどれだけ心待ちにしていたかを思い知らされた。 「ルヴァ……」 囁きを返す自分の声も、切ないような甘さを含んでいる。 ゼフェルの身体をそっと遠ざけると、ルヴァはすっと手を挙げてターバンの結び目を解 いた。無言で見守るゼフェルの前で、優しい森のような、深緑色の髪が露わになる。 「ゼフェル……。これは、たった一人の大切な人の前でのみ、はずすことのできるものな のです。あなたは、私のたった一人の大切な人ですから……」 言葉を同じ優しさで、手が頬に触れる。ゆっくりと肌の上を往復した後、想いに耐えか ねた様子でルヴァはゼフェルの身体を引き寄せた。 突然のことに目を瞠り、しかしゼフェルはすぐに身体の力を抜くと、ルヴァの背中に腕 を回した。 fin. こめんと(byひろな) 2001.7.12 ルヴァ様BD企画話第2弾。こちらはルヴァゼフェ、地鋼です。──地鋼なんです(一応)。 鋼地派のHIRONAが、リヒトの地鋼本の押さえの切り札として書いておいたもの(嘘)。いや、まじでもしかすると地鋼本に載るかも知れなかったんですが。載らなくて良かったのか悪かったのか。ま、ここでのお祝いの品が増えて良かったと思えばいいですかね。 ルヴァ様は攻めでもキッチーはいやなので、うちのルヴァ様はのんびりやさんです。──てゆーかのんびりしすぎ?(笑)気づけよおまえ!ってかんじ? 奥手通り越して、これってどうよ?な感じになってしまいました〜。 こちらもひどくプラトニックな感じ。いや、でもきっとfin.マークの後にちゅーくらいはいたしているでしょうね(笑)。いつまでも純情にラブラブでいて欲しいものです。 ちょいと鋼地『木陰で昼寝』と対っぽく、同じトコの壁紙使ってみました♪ |