Surprise!!
さっぱり片付いた部屋の中央、テーブルの上に大きな紙を広げて、こそこそと話し合う
少女が2人。
「ええっ!? そこはこれのほうがいいって!」
「ちょっとレイチェル! あんま大きな声出さないでよ」
「だってアナタがセンスないこと言うからじゃん」
「悪かったわねセンスなくって! ──じゃあ、そこをこれにしちゃったら、こっちはど
うするのよ?」
「こっちは……、うーん、これは?」
「うーん……イマイチだなぁ……」
「やっぱり? ──あっ、じゃあこうしようよ、こっちをこうでね、これをこっち!」
「あっそれいいっ!」
「でしょ!? やーっぱりワタシって天才♪」
2人が満足げに顔を見合わせたとき、コンコンと軽いノックの音がした。2人は同時に
はっとする。
「この音って……」
「アンジェリーク、いる?」
「やっぱりっ、セイラン様だ!!」
「レイチェルそれ隠して! ──はっはい! 今行きまーす!」
慌ただしく扉に駆け寄ると、アンジェリークは後ろをちらりと振り向いた。レイチェル
が親指を立てたのを見て、ドアノブに手をかける。
「やあ。取り込み中だったかな?」
扉の向こうに立っているのは、青紫色の絹糸のような髪を肩口で切り揃えた、少し無機
的な美貌の青年だ。今回の女王試験のために聖地に召された教官の一人、感性の教官・セ
イランである。
「えっとー、──ちょっと、レイチェルが遊びに来てて」
「そう、それなら僕はお邪魔だね。今日のところはおとなしく引き下がろうかな」
「ごめんなさい」
「いいよ。次の機会に、倍にして返してくれればそれで」
じゃあね、とセイランはあっさりきびすを返した。倍って何!?と複雑な顔をしている
アンジェリークにくすりと笑みを浮かべ、そのまま去っていく。廊下の角に背中が消えた
頃、レイチェルが後ろから声をかけた。
「ずいぶんあっさり帰っちゃったねー。ま、踏み込まれたらちょっとヤバかったから良かっ
たけどさ」
「レイチェルー、倍って何だろー?」
「うーん、セイラン様って相変わらず何考えてるか分かんないからねー。──次に会った
時……、ワタシ、思いっきりジャマモノ扱いされるのかな?」
「それくらいで済めばいいんだけど……」
「うーん……。まっ、そんなコト今考えてもわかるワケないんだし! さ、続きやろ!
あと一週間しかないよ!?」
「うん!」
レイチェルにアンジェリークを取られてしまったセイランは、一人で庭園を歩いていた。
あまり騒がしいのは得意ではないが、庭園に集う人々を観察するのは、それなりに好きな
のだ。
ベンチに座って脚を組み、見るともなしに眺めていた人々が景色の一部となってきたこ
ろ、セイランの頭上で何かが鳴いた。
意識を引き戻され、半ば夢の中の瞳で上を見ると、青い小鳥が一羽、ぴちぴちと鳴いて
羽ばたいている。
「チュピ! だめだよジャマしちゃ!」
「──マルセル様」
小鳥を追いかけ走ってきたのは、この小鳥・チュピの飼い主、緑の守護聖マルセルだっ
た。
「セイランさん、こんにちは! ──ごめんなさい、チュピ、考え事のジャマしちゃいま
したよね……?」
「いや、別に。小鳥のさえずりをうるさいと思うほど、無粋な神経は持っていないから安
心していいよ」
「ほんとですか!? よかったぁ……。──あ、そうだ。セイランさん、もうすぐお誕生
日ですよね? ぼくたち、セイランさんのお誕生会開こうと思ってるんです。あとで招待
状お持ちしますから、ぜひ来てくださいね!」
屈託のない笑みを浮かべると、マルセルはチュピと一緒に庭園の奥の方へ駆けていった。
後ろ姿を見送るセイランの瞳がきらりと光る。
「そうか、そういうことか。──君がどんなプレゼントを用意してくれるのか、楽しみに
しているよ、アンジェリーク」
* * *
「セイランさん、お誕生日おめでとうございます!!」
神聖なる存在であるはずなのに妙に人懐っこい守護聖たちが主催したセイランの誕生会
は、マルセルの館で執り行われた。アンジェリークたちは時々お菓子作りなどで訪れてい
るようだが、セイランにとっては初めて訪れる場所だ。色とりどりの花が咲き乱れる庭園
は、それなりにセイランの目を楽しませている。
庭園の花を褒めると、マルセルは嬉しそうに笑った。
「ほんとですか!? よかった〜。──セイランさんは、きっとお花とか綺麗な景色とか
見たら喜んでくれるんじゃないかなって、思ってたんです」
それで今回の誕生会の場所をここにしたのだという。この景色も、プレゼントのひとつ
というわけだ。
セイランがモノとして残るプレゼントをあまり好まないのではと思ったらしく、彼らは
それぞれプレゼント選びに苦労したようだ。高級な料理が良いものとは限らないと豪語す
るセイランに合わせ、メニューも比較的シンプルである。聞けば、緑の館の厨房係と一緒
に女王候補たちも料理作りに参加したという。
「へぇ。──アンジェリーク、君が作ったのはどれなんだい?」
薄切りの魚と和えたサラダがそうだと聞いて、セイランはさっそくそれに手を伸ばした。
ドキドキと言うよりヒヤヒヤ・ハラハラと見守るアンジェリークの横で、一口食べる。
「うん、いいんじゃない? おいしいよ」
「──っよかったああぁ〜」
へたり込みそうな表情で呟いたアンジェリークに、皆が笑った。
やがて、お開きとなってセイランが自室へ戻ろうとすると、マルセルに声をかけられた。
今回の誕生会は、一応彼がホストということになるのだろう。
「マルセル様。──今日は有意義な時間をありがとう。なかなか楽しませていただきまし
たよ。守護聖の皆さんがいろいろと芸達者なのもわかったしね」
言外に、“体を張った”芸を披露してくれた(させられた、とも言う)人がいたことに
触れ、そちらをちらりと見ると、彼らはそれぞれに“らしい”反応をした。
「セ、セイランさん〜、それはもう忘れてくださいよ〜」
「セイランッ! 今度ソレ言ったら、ただじゃおかねーからなっ!!」
「ふふっ、どうしようかな」
しばらく立ち話をして、そろそろ戻ろうかと振り返る。周りをざっと見回してアンジェ
リークの姿がないのに気づき、セイランは少し意外な顔をした。けれどすぐに、何事もな
かったような表情に戻る。
「さて、僕はそろそろ失礼しますよ」
「あ、はい! 今日は来てくれてありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げるマルセルに背を向け、セイランは歩き出した。歩きながら周りに
目をやるが、やはりアンジェの姿を見つけられないまま、セイランはついに学芸館に帰り
着いてしまった。
彼女はきっと、セイランへの誕生日プレゼントを用意しているはずだった。先ほど食べ
た魚のサラダ、あれを作るためだけに、彼女がレイチェルと相談を重ねていたのではない
ことくらい、セイランにはわかる。
「──まさか、部屋で待ち伏せでもするつもりなのかな」
セイランは、執務室に鍵をかけていない。私室にはさすがに鍵をかけているが、作った
作品以外に盗られて困るようなものはないし、ここ聖地でそんな泥棒が出るとも思えない
のと鍵を持ち歩くのが煩わしいのとで、開け放しているのだ。
一抹の期待と不安を抱いて、執務室の扉に手をかける。
かちゃりと音を立てて扉を開くと、目の前には、淡い青色や緑色の布が、海のように広
がっていた。
「──!?」
目を瞠って立ち尽くすセイランの視界の隅で、朱い色が動く。はっとして見ると、やは
りそれは、見慣れたスモルニィの制服──アンジェリークだった。
「アンジェリーク、」
その名を呟いたセイランに、アンジェリークがいたずらっ子のような目を向ける。
「気に入っていただけました?」
まだイマイチ頭が回らない。ゆっくり執務室内を見回して、セイランは呟いた。
「これは、──海?」
「ふふっ、はずれ。──まだ答えは教えてあげません」
セイランがぴくりと眉を動かすと、アンジェリークは勝利を半ば確信した顔で笑った。
「ヒトの部屋に勝手に入り込むなんて、悪趣味だね」
帰ろうとしたセイランにマルセル達が声をかけたのも、計画のうちだったのだろう。そ
の間に、アンジェリークと、おそらくレイチェルとで、この装飾を施したと思われる。
「だってセイラン様、いつも鍵かけていらっしゃらないんだもの」
当然のことのように言われて、セイランは拗ねたように顔を背けた。改めて部屋を見回
す。もともと物のないシンプルな部屋だ。色合いも、基調はブルーで、そういった点はさ
して変わりない。ただ、布地のドレープの優雅さと、やわらかな色合いがマッチして、普
段のセイランの部屋よりも数倍美しく、そして少し儚げに見せていた。ただ、全てが布で
覆われているので、その後ろから何が飛び出してくるかわからない緊張感がある。
ふと、部屋の真ん中に置かれたイーゼルが目に入った。絵が立てかけられているようだ
が、白い布がかけられていて、中身は見えない。なぜ今まで見えていなかったのか不思議
なほどだ。まるで、何もなかったところから不意に現れたように、セイランには感じられ
た。
「これは、……絵?」
「はい。──どうぞ」
布をどけてみろと促され、セイランはイーゼルに歩み寄った。さっと上から下まで目を
走らせ、意を決して布を払う。現れた絵に、今度こそセイランは息を飲んだ。
後ろでアンジェリークが満足げな笑みを浮かべている。
そこに描かれていたのは、セイランだった。
森の湖かどこかだろうか、淡い木漏れ日が射し込む中で、セイランが微かに手を伸ばし、
光のすじを受け止めるように立っている。その瞳には穏やかな愛がたたえられ、夢見るよ
うに、慈しむように、手の中に降り注ぐ光を見つめている。
セイランにもすぐにわかった。それは、森の中で詩を心に綴るセイランの姿だった。
「これ……は、──君が描いたの?」
「ちょっとがんばってみました」
レイチェルにも手伝ってもらっちゃったんですけどね、とアンジェリークは笑った。
「────驚いたな」
本当に驚いているらしい。いつになく言葉少なく、簡潔なセイランの台詞を、アンジェ
リークは楽しんでいた。
「驚いた、これが君からの誕生日プレゼントかい?」
「ええ。どうですか? ──気に入ってもらえました?」
覗き込むように見上げてくるアンジェリークの瞳が、きらきらと絵の中の木漏れ日のよ
うに輝いていた。
降参、僕の負けだ。長いため息をついて、セイランが告げた。アンジェリークの瞳がさ
らに輝きを増す。
「あ、もしかして、──この布は、森の、湖? それとも木漏れ日かな」
「近いけど、どっちもはずれです」
セイランに背を向けて数歩歩き、くるりとアンジェリークが振り返った。
「セイラン様の心の中。──って、こんなカンジかなと思って」
「僕の、心の中……?」
呟いて、さっきこの部屋に足を踏み入れたときの感想を思い出す。僕は何と思った?
美しく、儚げで? ──何が飛び出すかわからないって?
「くっ、──あっははは、アンジェリーク、最高だよ君って子は」
セイランは声を立てて笑い出していた。
僕の心? 違うよアンジェリーク、これは、僕が思う君のイメージさ。強気な天使、で
もその強がりな言動の奥にある繊細な心を僕は知ってる。そしていつも僕を捕らえて放さ
ない、木漏れ日色の強い瞳。
「なんで笑うんですか?」
アンジェリークは、セイランがそんなに笑う理由がわからずに、不満げに唇を尖らせて
いる。良いアイディアだと思ったのに。レイチェルに相談して、セイランの執務室の見取
り図を作って。どこにどの色の布をかけたら一番素敵になるか、そしてセイランの一番彼
らしく魅力的な表情を描くために、構図を一緒に考えてもらったのだ。
笑いをおさめたセイランが、今度はきらりと不敵な笑みをのぞかせた。
「アンジェリーク、ありがとう、嬉しいよ」
すっと細い腕が伸び、気づいたときにはアンジェリークの身体はセイランに引き寄せら
れていた。慌ててもがくが意外と力のある腕は、少女の力ではびくともしない。
「アンジェリーク、答えて。どうして詩を作る僕を描こうと思ったの?」
「えっ、──セイラン様が、一番、セイラン様らしくって綺麗だと思ったから……」
改めて、面と向かって言うのはさすがに恥ずかしい。アンジェリークは頬を染め、でき
る限り背をそらせてセイランから離れようとした。
「ふうん、そう」
呟いて、セイランはあっさりと腕を解いた。後ろによろけかけて危うく踏みとどまる。
「ふうん、そう、って……」
それだけ!? あからさまに不満な顔をしたアンジェリークを見て、セイランがいつも
の人をくった眼差しをする。
「そうなんだ、と思ったからそう言っただけだよ」
そして青い瞳がきらりと光った。何かを企んでいる証拠だ、アンジェリークが身構える。
「それじゃあ、今度は僕が君の絵を描こうかな」
そこでほっと気を抜いたのがいけなかった。
「君の一番綺麗な姿を。──そのためには、まず僕がそれを知る必要があるよね?」
今までに見たことがないくらいの甘い眼差しに一瞬とろけかけ、アンジェリークはその
言葉の意味に気づいた。思わず胸の前で両腕を交差させて叫ぶ。
「ちょっ、セイラン様ッ!?」
必死に毛を逆立てて威嚇する子猫のような反応に、再びセイランが吹き出した。
「冗談だよ。──ま、いずれお礼はさせていただくからね。楽しみにしていてほしいな」
すっと唇が頬に触れる。細い髪が、一瞬頬を掠めた。
「この絵はありがたく頂戴しておくよ。それじゃ、また明日」
絵を片手に抱えると、くすりと笑みを閃かせ、セイランは私室へと消えた。後には呆然
としたアンジェリークだけが残される。
「──っ、どういうことっ!?」
いつもからかわれてばかりだから、今度こそセイランを驚かせてやろうと思ったのに。
途中まで、計画は完璧だったはずだ。こちらが思っていた以上に、セイランは驚いていた
ではないか。僕の負けだとまで言わせたのだ。それなのに。
結局最後はセイランの勝ち。振り回してやるつもりが結局いつものように振り回されて
しまった。
おまけに最後のセイランの言葉。いや、最後ではなくその前か。
──倍返しって、まさか、それっ!?
血の気の引くような、一気に血が頭にのぼるような、正反対の感覚を同時に感じて目眩
がしそうだった。
とりあえずは、自分の部屋に戻って、報告を今か今かと待ち侘びているだろうレイチェ
ルに結果を話さなくては。次の計画を練るのはそれからだと、アンジェリークは思った。
気を取り直して拳を握り、部屋を出ていくアンジェリークを、私室の扉の影からセイラ
ンが見つめていた。
「ふふっ、次は何をしてくれるのかな。──楽しみにしているよ、アンジェリーク」
fin.
こめんと(byひろな) 2001.2.13
セイランさんお誕生日企画の、セイラン×コレット(勝ち気)です。
勝ち気って言うか……う〜ん、勝ち気ってこんなんで良いのか!?
なんか、私の書くセイランさんって手が早いんですよね〜(苦笑)。それと、この男は絶対好きな子いじめるタイプだ!と思っているので(あと、オスカー・オリヴィエ・ゼフェルもそうかな)、こんな話に。がんばれコレット!!(笑)
タイトル『Surprise!!』、「驚かせる」という意味ですが、“amaze”とかね、驚かすにもいろいろ程度があって、サプライズはあんまし大きな驚かせ方じゃないのよ。でも「奇襲をかける」という意味がこの言葉にはあって、ニュアンス的には一番これが近かったので。
しかし、セイランさんに絵を描かせる話は多々あれど、セイランさん‘の’絵を描かせる話はそうそうないだろうなぁとおもった、ひろなでありました。
ああ、あとね、なんかやたらとマルちゃんとの会話が多いのは、きたるマルセル君バースデイの、某人へのエール(プレッシャー?)です♪(くすっ)
Parody Parlor
CONTENTS
TOP
感想、リクエストetc.は こ・ち・ら