* * * ある土の曜日、オスカーはランディたちと遊びに出かけようとしていたマルセルを呼び とめた。 「マルセル。明日の朝、俺の邸に花を届けてくれないか」 「お花……ですか?」 「ああ、できれば淡い紫色の花が良いんだが、何かあるか?」 「ええと、……ラ、ライラックなら」 「ライラック……リラ、か。いいな。じゃあ明日の朝、花束にして持ってきてくれ。── ランディ、悪いが明日は剣の稽古はナシだ。じゃあな」 オスカーの背を見送って、マルセルは視線を落とし呟いた。 「リラに……、あげるのかな」 「マルセル……」 名を呼んではみたものの、どんな声をかければよいかわからず、ランディはそのまま口 をつぐんだ。ゼフェルもまた、言葉を探して苛立ったように親指を噛む。 「ランディ、ゼフェル、──ごめん。ぼく、今日はやっぱりやめるよ」 「マルセル、」 「ちょっと一人で考えたいんだ。……ごめんね」 そのまま2人に背を向けて、マルセルは自分の邸へ帰る道を歩き始めた。 帰る途中、オリヴィエに会った。オリヴィエはすぐにマルセルの異変に気づく。 「マルちゃん、──何かあったの?」 泣き笑いを浮かべて、マルセルはもうオリヴィエの手助けはいらなくなったと告げた。 オリヴィエは睫毛を伏せて考える顔をして、──マルセルの頭を撫でて低く呟く。 「マルちゃん。リラの花言葉って、知ってる?」 「え……?」 「帰ったら、調べてみてごらん」 自室に戻ると、マルセルは花言葉の書かれた書物を引っぱり出した。以前、ルヴァがマ ルセルにくれたものだ。 紫色の、ライラック。 「初恋。──って、叶わないって、言うよね……」 小さく呟いて、マルセルは分厚い事典を抱きしめため息をついた。 翌朝。マルセルは重い脚を引きずりながら、言われた通りオスカーの邸を訪ねた。 「オスカー様、おはようございます」 努めて元気良く、けれど無意識のうちに低めの声を出そうとする。 「ああ、マルセルか。わざわざすまなかったな、中に持ってきてくれるか」 初めて入るオスカーの私邸。緊張に、マルセルの胸が高鳴る。 「失礼します……。あの、オスカー様、お花こんな感じで良かったですか?」 「ああ、上等だ」 花束を見つめ、オスカーは満足げに目を細めた。マルセルの胸がちくりと痛む。自分に 嫉妬するなんてばからしい、そう思いながらも、やはり止められない。 「それじゃあ、ここに置いて……」 「いや、こっちに持ってきてくれ」 そう言われ手を伸ばされては、手渡さざるを得ない。マルセルは仕方なくオスカーに近 づいた。オスカーの手が、花束をつかむ。──と思いきや、オスカーはマルセルの腕ごと 引き寄せて胸の中へと抱きしめた。あまりのことに、マルセルは動揺して身動きがとれな い。同時にオスカーはマルセルの髪を結ぶリボンを解いた。長い髪がぱさりと揺れる。 「あっ……!」 「やはり、おまえだったんだな」 至近距離で、低い声が囁いた。マルセルがびくりと身をすくめる。 「あ、ご、ごめんなさいオスカー様! ぼくっ……」 「謝らなくていい」 オスカーの手がマルセルの頬に触れる。 「え……?」 「いや、謝るのは俺の方だな。──リラ、いやマルセル、リラの正体がおまえだと気づい ていながら、それを隠しておまえを苦しめていた俺を、どうか許して欲しい」 マルセルの瞳が静かに見開かれた。 「え……っ? ──まさかオスカー様、最初から」 「いや、最初は全く気づかなかった。気づいたのはごく最近だ。だが気づいてからも、俺 はリラに会いに行くことをやめなかった。なぜだかわかるか……?」 間近に見えるアイスブルーの瞳に浮かぶのは、いつものマルセルに向けられるものでは ない。かといって、リラに向けられる、優しい眼差しでもなく。 冷たい色の瞳を通しても伝わる熱さに、マルセルは目をそらせないまま息を飲んだ。 「それでもリラに、──おまえに会いたかったからだ。平日は、極力俺と顔を会わさない ようにしていたな。正体がばれないようにか? だが避けられればより確信は強くなるし、 おまえに会いたいと思う気持ちも、どんどん大きくなっていくんだぜ」 硬直したままのマルセルを見て、オスカーは自嘲気味に頬を歪めて笑った。 「信じられないって顔をしているな。俺だって、信じられないさ。この俺が、こんな年端 もいかないぼうやに心を奪われてしまうなんてな。──だが、自覚してしまった以上、俺 は自分の気持ちをごまかすことはできない」 「オ、スカー、さま……」 「マルセル、おまえはもはや俺にとってかけがえのない、なくてはならない大切な人なん だ。──俺の想いを、受け取ってくれるな……?」 「────っ、」 ぱたぱたと、マルセルの目から涙がこぼれた。2人の間に挟まれた花束に、しずくが落 ちる。 頬をそっと指で拭って、オスカーが優しく声をかけた。 「マルセル、おまえの涙も美しいが、俺は、おまえの口から答えが聞きたい」 涙に濡れた睫毛を震わせて、すみれ色の瞳がオスカーを見つめる。 「オスカー様……っ、ぼく、オスカー様が、好き、ですっ……」 いい子だ。ため息のように囁いて、オスカーはマルセルを胸に抱きしめ髪を撫でた。 マルセルとして初めてオスカーの温もりに包まれて、マルセルは胸が痛くなるような幸 せを感じながらオスカーにしがみついていた。 「──どこかに出かけるか? それとも俺の邸の中を案内しようか。“マルセル”との初 デートだ、何でもおまえの要望に応えるぜ」 「えっと……、じゃあ、あの川辺に行きませんか?」 「ああ、いいぜ。──そうだ、アグネシカに乗っていくか?」 「はいっ!」 厩舎に行くと、アグネシカは待ちかねていたかのように鳴いた。 「アグネシカ……。ふふっ、こんにちは」 「やはりこいつにはわかるんだな。──俺にリラの正体を教えてくれたのもこいつなんだ ぜ」 「え?」 「少し前から疑ってはいたんだが、決め手はこいつがおまえの姿を見つけて側に行きたがっ たことだった。それで確信を持てたんだ。言うなれば、こいつは俺たちの恋のキューピッドっ てヤツだな」 「そうだったんだ……。ふふっ、アグネシカ、ありがとう」 「ああ。──ほら、ちゃんと掴まってろよ」 言うなりオスカーはマルセルを抱え上げ、馬の背に乗せた。 「わ……っ」 アブミ 慌ててたてがみにしがみついたマルセルに小さく笑みをこぼすと、オスカーも鐙に足を かけ馬上の人となる。 流れるような一連の動きに目を奪われていたマルセルに気づいて、オスカーがからかう ように片眉を持ち上げた。 「どうした、そんなに見つめて。──ああ、惚れ直したか?」 かあっと赤くなったマルセルの頭をぽんと叩いて、余裕の笑みのオスカーが手綱を握る。 「さあ、行こうか」 そして2人は、始まりの場となった川原に馬首を向けて、ゆっくりと歩き出した。fin. こめんと(byひろな) 2001.2.5 はい。もう何年も前から温めていて、そろそろ腐りそーになっていたオスマルです。 “1”の頃のお話ですね。だって、当時は1しか出てなかったし。 きっかけは、ただ、マルちゃんを女装させたかっただけなんですが(笑)、それがいつの間にやらこんな長〜いお話に。 そしてこの話はマルちゃんお誕生日記念にUPする予定の話に続きます(笑)。そしてさらに、トロワのキレ〜イvなマルちゃんを見た瞬間に思いついたアダルト〜vなオスマルに続きます(爆笑)。 ところで恒例の(?)裏カップリング、当時は考えてなかったんですが(そんな高等技術は持ち合わせてなかった)、今回書くにあたり、ランディとゼフェルかなーとか思ってたんですが、書いてみたら、この会話は……ゼフェラン!?( ̄□ ̄;)!!ガーン(笑) ああそうだ。花言葉ですが、紫色のライラックは、作中にもあるように『初恋』という花言葉ですが、白いのは、『青春の天真爛漫さ』だそうです。で、マルちゃん的にはどっちも当てはまるなーと思って、偽名をリラにしてみました。最初はもっと安易に、ヴィオラとかヴァイオラとか考えてたんですがね。 |