自分の館へと向かう道を走っていて、マルセルは誰かに呼ばれたような気がして足を止
めた。きょろきょろと辺りを見回すと、水色の人影が目に入った。
「リュミエールさま。こんにちは」
「どうしたのですか、そんなに急いで」
 やわらかい声で問いかけてきたのは、流れる水のような髪を背中に垂らした<水>の守護
聖・リュミエールである。
「壊れた時計をゼフェルが直してくれるって言うんで、それを取りに行くんです」
「そうですか。それは良かったですね。・・・ところでマルセル、顔がずいぶんと赤いよ
うですが、熱でもあるのではないですか?」
 言葉と同時に頬へ触れた手が冷たくて心地よい。だが逆にマルセルの顔はその言葉を聞
いてさらに赤みを増した。
「リュミエールさま、どうしよう。ぼく、ランディの腕が、ドキドキしちゃって」
 支離滅裂な言葉から、しかしリュミエールは事実を悟り、マルセルの髪を撫でた。
「・・・マルセル、前にも言いましたが人を好きになることは恥ずかしいことではありま
せんよ」
 そう、オスカーも言っていたように、マルセルは以前に自分の気持ちがよくわからなく
なってリュミエールに相談していた。そのときリュミエールは、今朝のオリヴィエと同じ
事を言ったのだ。ランディもきっと、マルセルのことを思っている、と。
 そしてリュミエールはにっこりと微笑んでくれたのだった。
 彼の穏やかな微笑みは、心のさざ波をなだめてくれる。あのときも、そして今も。
「──リュミエールさま、どうしよう。ぼく、ランディのこと突きとばして逃げてきちゃっ
た・・・」
 だがマルセルは、少し落ち着いたと思いきや、今度は別のことで悩みはじめている。
「ランディ、つまずいたぼくを助けてくれたのに、ぼく、やなやつと思われたかも・・・」
 リュミエールは思わず苦笑をもらした。
「大丈夫、彼はあなたの良いところをたくさん知っていますから、あなたを嫌いになった
りはしませんよ。それでももし心配なら、おいしいお菓子を持って謝りに行きなさい。す
ぐに許してくれますよ」
「はい、ありがとうございます。リュミエールさま」
 ぴょこんとおじぎをして、マルセルは今度こそ元気に駆けていった。
「ランディも今ごろあなたと同じようにドキドキしていると思いますよ」
 呟いたリュミエールは、そのすぐ後で今度は必死に走っていくランディの姿を目にする
ことになる。


 館に着いたとき、マルセルの頭にはもう時計のことは残っていなかった。おいしいお菓
子を持ってランディのところへ行こうということでいっぱいなのだ。
 お菓子の棚(彼の館の居間には、こういうものがある)からクッキーやらこんぺいとう
やらを選んでいると、来客を知らせるベルが鳴った。
「ランディ!!」
 玄関にいたのは、なんとランディそのひとだった。走ってきたらしく、荒い息をついて
いる。
「ランディ、どうしたの? ・・・ちょうどぼく、ランディのところへ行こうと思ってた
んだよ」
「へ? なんで?」
 マルセルは、ちょっと赤くなった。
「さっき、ちゃんとお礼言わないで逃げて来ちゃったから・・・」
「あ、ああ」
 やっぱりあれは逃げられたのかとランディは少なからずショックを受けている。
「だから謝りに行こうと思って、──あ、そうだ、上がってよ。ランディにあげるお菓子
を選んでたんだ。何がいい?」
 言いながらぱたぱたと奥に行ってしまうマルセルのペースに巻き込まれて、ランディは
居間でお茶をいただくことになってしまった。
「──ランディ、あのさ、さっきはありがとう。それと・・・、ごめんね、逃げたりして」
「マルセル」
「やだったんじゃないんだ。ただ・・・びっくりしちゃっただけなんだ。だって、ランディ
が、・・・ランディが、なんだか、とてもかっこ良くって・・・」
「マルセル」
「ランディ。ぼく、ぼく・・・」
 言いたいのに勇気がでない。あと少しだけ勇気があれば。
 ランディはマルセルが言おうとしている言葉がわかった気がした。頬を赤く染めて、一
生懸命言おうとして、でも少しの勇気が足りなくて言えない言葉が。
 ふっと力が抜けた。自然に言葉が出ていた。
「マルセル、好きだよ」
 マルセルのすみれ色の瞳が大きく見開かれる。
「ランディ・・・?」
「好きだよ。いちばん。誰よりも」
 次の瞬間、マルセルはランディに抱きついていた。さすがにランディが慌てる。
「ランディ、好きだよ。ぼくも・・・、ぼくもランディが好きだよ」
 そのまま泣き始めてしまったマルセルに、ランディは困って、でもそっと背中を抱きし
めた。心臓が壊れてしまいそうなくらい、ドキドキしている。なのになぜか頬が緩んでし
まって、とっても幸せな気分だ。
「マルセル」
 そっと声をかけると、まだ少ししゃくり上げながらもマルセルが顔を上げた。目の縁が
真っ赤になっていて、・・・とっても可愛い。
「ランディ?」
「あ、・・・か、顔赤いぞ、マルセル」
「ランディだって赤いよ」
 二人はちょっとだけ見つめあって、くすりと微笑んだ。


 もう一回マルセルを抱きしめ直して、髪に顔を寄せる。
「──花の香りがする。気持ちいい」
 本当に気持ち良さそうにうっとりと呟かれて、マルセルはちょっと赤くなった。
「なんか、それってオスカーさまみたい・・・」
「えっ、そ、そうかな?」
「んー、なんか、はずかしい、けど、ちょっとうれしいかも・・・」
 そう言うマルセルの上目遣いにどきっとしながら、ランディはオスカーに教わることが
ひとつ増えたなーと思った。


 翌日、ランディとマルセルは、大量のお菓子と壊れた時計を持って、ゼフェルの館へ足
を運ぶことになる。

                                         Fin.

こめんと(byひろな)

初のアンジェ本ですね。書いたのはずいぶん前・・・、2年前だそうです(昔の本の奥付によると)。
ちなみにひろなのお気に入りはは風の守護聖ランディ君♪
熱血バカだろ〜がなんだろ〜が、あーいうひたむきクンは好きなのよ。
そして、天真爛漫、一部に小悪魔説アリ(笑)のマルちゃんこと、緑の守護聖マルセルくん。
今回はただの女の子みたいになっちゃってますが、や〜、彼は、かわいいですよ、
なんたって声が結城比呂さんですし〜♪
今回でてこなかったジュリアスとクラヴィスは、ちょっと書きにくいんですよね〜。うん。
そのうち、他のハナシでは登場することでしょう。主役になることもあるでしょう。たぶん。
そしてビミョ〜にほのめかしたあの人とあの人の話とか、さらに気づかれないくらいのあの人の話とか(笑)、心の中ではいろいろあるんで、そのうちに。ね♪


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