一緒に「エルンスト!、エルンストはいる?」 聞き慣れた声を耳にして、王立研究院の主任は目まぐるしくデータの流れる画面から顔 を上げた。 ちょうど同じタイミングで扉が開き、金色の長い髪をなびかせた少女が入ってくる。 「あっ、いた! ──ねぇ、ちょっとつきあってよ。行きたいトコがあるんだ」 断られることは考えてもいなさそうな口調で告げて、レイチェルはエルンストの前に立っ た。 「申し訳ありませんが、今あなたがたの育成データを」 むっ、と顔に書いて、レイチェルの手がキーボードに伸びるエルンストの腕を掴む。 「そんなのアナタじゃなくてもできるでしょ! こっちはアナタじゃないとダメなんだか ら!」 「レイチェル、ですが」 「いいから! 早く早くッ!」 腕を引っ張って急き立て、エルンストが立ち上がると、そのままレイチェルは腕を掴ん だ状態で歩き出してしまう。ミニスカートから伸びる長い脚は、せっかちな持ち主の性質 そのままに、かなり早いペースで動く。 「ちょっと待ってくださいレイチェル、そんなにひっぱらなくても」 「ダメ! 研究院の外に出るまで安心なんかできないんだから」 レイチェルに引きずられる形で出ていくエルンストを見送って、残された研究員たちは 顔を見合わせくすりと笑った。 「主任ったら、すっかり尻に敷かれてるわね」 「まあ、相手があのレイチェルだからな」 エルンストも、天才少年として各地で名を馳せたクチだが、今回の女王試験の候補の一 人であるレイチェルも、彼に負けず劣らず、いやもしかしてそれ以上の実績を、各地であ げている。 少々(?)強引で自信家な彼女は、その性格ゆえ時には人々の反感を買うこともあった が、その性格が数々の業績を生み出す要因のひとつでもあり、またどこか憎めない、さば さばした言動もあいまって、レイチェルだから、と容認されているフシがある。 「あんなはねっかえり相手じゃ主任も苦労するよな」 「でも主任、実はけっこう嬉しそうよ?」 「そーそ、なんだかんだ言って、お似合いの二人なのよね」 「──レイチェル、一体どちらへ」 「庭園のカフェテラスがあるでしょ、あそこ」 「カフェテラス……?」 呟いて、エルンストはたしなめる口調になった。 「レイチェル、あなたも私もやるべきことが」 「ストップ! いいんだってば。今はコレが一番大事なことなんだから」 意味ありげに告げて、レイチェルは足を止めエルンストを振り返った。 「それに、1・2時間アナタがいなくなったって、データ解析は進められるでしょ。少し は他の人のこと信用してあげなよ」 「レイチェル……、あなたがそのようなことを言うとは、少々驚きました」 周囲との決定的な能力の差、それゆえに周りを信じられず全てを一人でやっていたのは むしろ彼女のほうだったのに。 切れ長の瞳を見開いて、何度か瞬きをしたエルンストにレイチェルは笑った。 「ワタシも少しは成長したってコト!」 そしてふっと、大人びた顔をする。濃いすみれ色の瞳が、真剣な、けれど穏やかな光を たたえて宙を見据えた。 「あのコ見てると、いろいろ考えさせられるんだよね。トロくて全然頼りないけどさ、時 時すごいコト言うんだ。人を惹きつける力があるって、ああいうのを言うのかな。──な んて! 女王になるのはワタシだけどネッ!」 手を握り親指を立てて、レイチェルはその手をエルンストに向けた。誰かを励ます時 に見せる彼女の仕草だ。 「あなたは……、どんどん女王候補らしくなっていくのですね。会うたびに、あなたの纏 う光の輝きが強さを増していくようだ」 今や二人のうちどちらが女王に選ばれたとしても何の不安も不満もない。それだけ彼女 たちはこの短期間に成長していた。 本人たちもそれは感じているらしく、けれど自分の成長より相手の成長のほうが目立つ ようで、相手のいないところで互いに褒め合っている状態になっている。 レイチェルを励ます意味も込めて、素直な感想をもらすと、レイチェルは一瞬真顔にな り、今度は少女らしい、いたずらっぽい笑みを浮かべた。 「アリガト。……でも今は女王候補じゃないよ。天才少女でもない、ただのレイチェルだ からネ!」 「ええ……」 頷いて、エルンストは微かに俯き、微笑を浮かべた。 明るい陽差しの中、アップルパイをつつきながらレイチェルが上目にエルンストを見や り、口を開いた。 「エルンストってば、まだ気づかないのぉ〜?」 「? なにがですか」 小さくため息をついて、ま、そこがエルンストなんだけどね、とレイチェルは呟いた。 王立研究員には様々な数値がそこかしこに散りばめられている。デジタルカレンダーの 示す数字など、考慮の必要のない誤差と同等の扱いなのだろう。──そういう生活でなく ともエルンストがスケジュール管理以外に日付を重視するとは思えないし、他の研究員に ついても同様である。 レイチェルも、いつもならそんなことを気にかけたりはしない。他の人に言われて気が つき、「そっか、オメデト♪」と言うくらいだ。けれど今日は特別。今日だけは、この日 が来るのを指折り数えて心待ちにし、念入りに予定を立てていたのだ。イベント好きの守 護聖たちに邪魔されないよう、スケジュール調整もバッチリだ。 「しょーがないなァ。──今日はアナタの誕生日でしょ!」 ぴっと指差し宣告されて、一瞬の間の後にエルンストは、ああ……と頷いた。 「ああ、そういえば……」 「や〜っぱり忘れてた。ま、ワタシもアナタの誕生日くらいしか覚えてないけどね」 心持ち上目遣いで微笑むと、エルンストの頬がうすく染まったのがわかった。 「そ、それは……」 「……ナニ?」 「──い、いいえ。なんでもありません」 動揺を鎮めようとコーヒーを飲もうとして、気管に入ってしまって思わず咳き込む。 「──ッ、ゴホッ、」 「ちょっと、ダイジョーブ?」 「ッ、だ、大丈夫、ゴホッ、──です」 咳の合間から何とか返事をすると、こらえきれずレイチェルが笑いだした。 「きゃははっ! そんなに動揺することないじゃない。カワイイなぁ」 「か、かわいいと言われても喜べないのですが……」 「そんなコト言ってもカワイイものはカワイイんだからしょーがないでしょ」 納得のいかない顔をしていたエルンストだったが、やがてゆっくりとおだやかな表情に なり、襟を正してレイチェルを見やった。冷徹な印象を受ける細い縁の眼鏡の奥、うすい エメラルドの瞳が優しい光を浮かべている。 「レイチェル、ありがとうございます」 今度はレイチェルが頬を染める番だった。大きな瞳がさらに見開かれ、健康的に焼けた 肌にうっすらと赤みが差す。陽差しを受けてきらめく濃いすみれ色の瞳を、エルンストは 愛しいと思った。 「な、なによ、いきなり改まって……」 「……何と言われても……お礼を言ったのですが、なにかおかしかったでしょうか……?」 「おかしくはないけど……」 もう、やんなっちゃうなぁ。 小さく呟いて、レイチェルが赤い顔を背けた。 今日はエルンストをびっくりさせて、ドキドキさせてやろうと思ってたのに。結局自分 のほうがドキドキして振り回されている気がする。いつもはしっかりしているように見え てどっか抜けてて、ほっとけない!ってカンジなのに……、って、──あれ? 「そっか……、アナタって、あのコと似てんだね」 「は……?」 「ううん、なんでもない! ──あ、そろそろ時間だ。行こっ、マルセル様たちがね、ア ナタのお誕生会の準備して待っててくださってるんだ☆」 席を立って先に歩き出したレイチェルを、エルンストが呼び止めた。 「待ってください! あの……、よろしければ、一緒に、手を、つないで行きませんか。 ──その、マルセル様のお屋敷が見えるまで、ですが……」 レイチェルは目をまん丸に開いて、次にぎゅっと目を細めて笑った。 「うんっ♪」 その勢いのまま、エルンストの腕に抱きつく。 「レッ、レイチェルッ!!?」 「どうせならこうして行こ? ネッ?」 「────ええ……」 顔を見合わせ微笑んで、二人は明るい陽差しの中を腕を組んで歩いていった。fin. こめんと(byひろな) 2000.12.30 はい、何とか間に合いました。エルンストさんのお誕生日記念創作です。 予告通り、エルンスト×レイチェル。そしてらぶらぶ♪ しかも私の話には珍しく(?)登場人物が少ないです(笑) 最近オールキャラづいてたからねぇ……。 しかし思ったのですが、私ほとんどエルンストさんとデーとしたことないんですよ。 っつーか実はsp2の中ではデートしてないよ(^^;)いいのかそんなんで!? なので口調が良くわからん。こんな感じで良かったでしょうか……? ──年明けのヴィクトールさんも同様の理由で不安だなぁ。 |