木陰で昼寝


「ねぇゼフェル、ルヴァ様のお誕生日、どうする?」
 テーブルの上に頬杖をついて、マルセルが口を開いた。
「そうか、そういえばもうすぐだよな。えっと……、ああ、平日なのか」
 指折り数えてランディが呟き、う〜んと唸って眉間にしわを寄せる。
「平日にみんなで押しかけたらジャマになっちゃうよな。次の土の曜日か日の曜日はどう
だい?」
「そうだね、当日はゼフェルと二人でお祝いして、僕らは日を改めてってしたほうがいい
よね」
「────おい、おめーら、さっきから聞いてりゃ……」
「なに?」
 げんなり呟いたゼフェルに、マルセルが首を傾げる。
「……おまえら、ルヴァの誕生会やるつもりなワケ?」
「え。うんもちろん」
「え、俺もそのつもりでいたけど」
 さも当たり前のことのように答えた二人に、ゼフェルは盛大にため息をついた。


「──おやおや、それはそれは」
 ソファに寝っ転がっての愚痴めいた報告を聞き終えて、ルヴァの第一声はそんな彼らし
いものであった。にこにこと目を細め、湯気の立つカップに口を付ける。
「ったく、何で当事者そっちのけであいつらが盛り上がってんだよ」
「まあまあ、いいではありませんか。そうやって気にかけてもらえるのは嬉しいですよ」
 そりゃそうだけどさ……。呟きながら、ゼフェルはどこか不機嫌そうである。
「ゼフェル?」
「──いや、なんでもねー。じゃあそーゆーコトで、悪いけど土の曜日空けといてやって
くれよな」
 ルヴァが頷いて返事をしたのを見届けて、ゼフェルが真顔になった。穏やかな微笑みを
浮かべたグレイの瞳、手にした緑茶と同じ色の髪をじっと見つめる。
「なぁ。あんた、何か欲しいモンあるか?」
「はい?」
 突然の質問に、ルヴァはルビィ色の瞳を見つめ返し、ああ、と大きく頷いた。
「もしかして、私の誕生日プレゼントですか〜?」
「…………ああ」
 まともに問い返されて、ゼフェルが視線を逸らす。
「う〜ん、そうですねぇ…………」
 呟いたきり、後に言葉が続く気配がない。ちらりと視線を戻すと、ルヴァはなにやら真
剣に考え込んでいるようだった。
「おい、ルヴァ? 別に今すぐ答えなきゃいけないってモンでもないんだぜ?」
 手作りのものなら設計図を作るのに少々時間がかかるが、聖地では材料は取り寄せれば
すぐだし、実際に作業に入ってしまえば数日でできてしまう。何か既製のものなら、それ
こそよっぽどのものでもない限り、注文してすぐだ。
「ああ! これにしましょう!」
 ゼフェルの声が聞こえていなかったのか、ルヴァは突然ぽんと手を打った。ぽかんと紅
い瞳が見開かれる。
 きっとルヴァのことだから、プレゼントなどなくともその気持ちだけで良い、というよ
うな返事が返ってくるだろうとゼフェルは予想を立てていた。欲しいものを聞いてはみた
が、それはあくまで一応で、自分で何かルヴァの部屋に置くにふさわしいものを作って贈
ることになるだろうと思っていたのだ。
「……何だよ?」
「それはですね、まだ秘密です」
「──────はぁっ!?」
 人差し指を立ててお茶目に告げられた言葉は、ゼフェルの頭に届くまでに少々時間がか
かった。
「ヒミツって、何だよそれ。何が欲しいのかわかんなきゃやれないだろ……」
「物、ではないんですよ」
「まさか……オレがいればいい、とか言い出すんじゃねーだろーな」
「ああ……! う〜ん、少し違いますねぇ」
 納得したように大きく頷いて、しかしルヴァの口から出たのは否定の言葉。ますますわ
からない。
「とりあえず、今言えるのは、私は確かにあなたからのプレゼント──あなたとしたいこ
とがあるということ、それと、あなたはそのために何かを用意する必要はないということ
ですかね」
 楽しみにしていますよ、と微笑みを向けられて、ゼフェルはそれ以上の追求を諦めた。


                    *                  *                  *


 ルヴァの誕生日当日は、朝からとても良い天気だった。前日に少し雨が降ったせいで、
緑の匂いがいつもより濃い。
 こんな日には、むせるような匂いに包まれながら歩いて宮殿に向かうのがゼフェルの習
慣になっていた。木々の匂い、木漏れ日の匂い、──ルヴァの匂い。そういえば、ゼフェ
ルが聖地に来たばかりの頃は、ルヴァはいつも蒼白い顔をしていた。部屋の中(というよ
り書庫)にいることが多かったのもあり、当時自分と前任の鋼の守護聖との間の亀裂を修
復するため奔走していたせいもあるだろう。それがいつの間にか、ランディやマルセルと
一緒に出かける機会が増え、不健康そうな肌は程良く日に焼けて、ルヴァの身体からは森
の匂いがするようになった。
「森……か。あいつらしいな」
 森の木々の濃緑は、ルヴァの好きな色だ。彼の髪の色でもある。緑の少ない砂漠の惑星
出身ということも理由の一つかも知れない。──自分と同じに、緑の森を知らずに育った
人。彼も今、このむせるような匂いを感じているのだろうか。


 控えめなノックに顔を上げ返事をすると、やや間を置いて扉が開いた。入ってきたルヴァ
は、いつものように手に本を持っている。
「こんにちは、ゼフェル」
 はにかむ笑みを浮かべて、ひどく大切なもののように、その言葉を口にする。特に好き
でも嫌いでもない自分の名前を大切に思えるようになったのも、ルヴァのおかげだ。
「よう、ルヴァ。…………誕生日、オメデト」
 ルヴァほど丁寧に大切に言葉を紡ぐことはできなくとも、せめて自分なりに、今日とい
う日に感謝していることを伝えようと思っていたのに、結局直前で恥ずかしくなってしまっ
て、口から出たのはいつも以上にぶっきらぼうな声だった。
「はい、ありがとうございます」
 対するルヴァは、そんなゼフェルの心もわかっているのだろう。丁寧に心を込めた言葉
を返してくれる。進歩のない自分に苛立ちを感じながらも、ゼフェルはそれを押し隠して
ルヴァを見上げた。
「で……、オレにして欲しいコトってなんだよ?」
「ああ、そうですね。じゃあさっそく行きましょうか。──あなたと一緒に、行きたいと
ころがあるんです」
 ルヴァの望みがわからぬまま、行き先も知らぬままにルヴァの隣をゼフェルは歩いてい
た。時折ちらりと横顔を盗み見ても、何を考えているやらさっぱりわからない。
「なあ、ルヴァ、どこ行くんだ」
「まだ秘密です。でもすぐにつきますよ。──ああ、ほら、見えてきました」
「え? ────森?」
 自分たちの向かう先、そしてルヴァの指差す先には、静かな森がある。目をつぶっても
歩けるくらいに馴染みの場所だ。そんなところに改まって何の用なのだろうか。ゼフェル
にはまだわからない。
 森の入り口、まだ木々がまばらに生えているところで、ルヴァは辺りを見回し1本の木
に近づいた。木を見上げ、足元を見下ろし、ひとつ頷いてゼフェルを振り向く。歩み寄る
と、幹に背を預けて腰を下ろしたルヴァが、ゼフェルを見上げてこう呼びかけた。
「ゼフェル、今日はここで、お昼寝をしませんか?」
「────は?」
 思いっきり、疑問を露わに聞き返したゼフェルに、ルヴァはにっこりと常と変わらぬ微
笑みを返す。
「私の欲しいプレゼントです。ゼフェル、あなたと一緒に、ここで本を読んだりお話をし
たり、お昼寝をしたいんです」
「な……っ、何だよそれ……」
 それでは「あなたがいればそれだけでいい」と変わらない。そう訴えると、ルヴァは静
かに首を振った。
「いいえ、違いますよゼフェル。──あなたもご存じの通り、私は大陸のほとんどを砂漠
に覆われた砂の惑星の出身です。聖地に来るまで、こんな緑のある景色は見たことがあり
ませんでした。本の中でしか知らなかった森をこの目で見たときの感動は、今でも覚えて
います。この気持ちは、あなたにもわかってもらえるのではないでしょうか……」
「ああ……」
「砂漠というのはね、ゼフェル、とても暑いんです。本当に。今でこそ技術が発達して、
家の中に涼しい空気を送り込むシステムなどが開発されていますが、その昔は、昼間はた
だひたすら太陽を避け、水分を体力を奪われないようにじっとしているしかなかったそう
です。小さな木陰に、張りつくように隠れて。木陰に安心して居眠りでもしようものなら、
あっという間にひからびてしまうような、そんなところだったんですよ」
 言葉を切り、ゼフェルの顔を照らす木漏れ日の影を愛おしそうに見つめる。
「ですからね、ゼフェル、私は故郷の星を愛していましたし、今でも愛していますけど、
一度こんな風に、木陰でのんびりと過ごしてみたいと、幼い頃から思っていました。大切
な人との大切な時間を、木陰でゆっくり本を読んだり、一緒に昼寝をして過ごしたりした
いと。それが、幼い頃からの夢だったんです」
「ルヴァ……」
 呟いて、ゼフェルは肩の力を抜いて笑った。
「バカだな、そんなんいつでもしてるじゃねーか。──でも、そっか……。いいぜ、あん
たがそうしたいなら、そんなプレゼントでいいなら、今日はもちろん、この後もずっと、
何度でもつきあってやるよ」
「ありがとうございます」
 微笑みをたたえたグレイの瞳がゼフェルを見つめる。
「私はね、本を読みながら時々あなたの寝顔を見つめるときが、一番幸せを感じるときな
んですよ」
「……ばっ、……んな恥ずいコト真顔で言ってんじゃねーよ…………」
 赤くなった顔を背け、小声で呟く。
「ああ、ここは本当に気持ちがいいですねー」
 幹に背を預けて天を見上げ、ルヴァが深呼吸とともに言葉を吐き出す。ちらりと見やっ
た頬が薄く染まっているのに気づいて、ゼフェルは口元にわずかな笑みをのぞかせた。
「そーだな」
 同じように隣に寄りかかり天を仰ぐと、膝から落ちた手がルヴァのそれに触れた。
「森の匂い……、あんたの匂いだな」
「え……? あー、それは奇遇と言うべきでしょうかねぇ。私はあなたの匂いだと思って
いましたが」
「え、オレ? ──なんだよ、いつも宮殿の裏で寝てるからとでも言いたいのかよ?」
「おや、まだそんなことばかりしているんですか?」
「んなことねーよ! オレだって、ちっとは守護聖らしく……、っつーか、あんたにメー
ワクいかねーよーに……」
「ええ、わかっていますよ。──嬉しいです」
「ちぇっ……」
 軽く触れる手はそのままに。並んで木に凭れ、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
 やがて穏やかな会話は静かな寝息に姿を変える。午後の木漏れ日が、時折二人の上に優
しく光を散らしていた。



                                    fin.
  



こめんと(byひろな)     2001.7.12

ぬはははは〜(妖笑)。やっと書けたぜ鋼地〜v
ひろにゃん、喜びの舞q(^-^q)(p^-^)p q(^-^q)(p^-^)p q(^-^q)(p^-^)p ♪
ひろなの頭に最初に浮かんだアンジェBLカップリング、それはランマル&ゼフェルヴァ、そしてジュリクラだったのです。いまだにランマルといえばゼフェルヴァ、ゼフェルヴァといえばランマル、と切り離しては考えられないくらいに、このカップリングには愛着を持っています。なのに、サイトオープンして1年が経とうというこの時期になって、ようやっとの第一作(^^;)
ゼフェルヴァ本編としてはですね、ランマル『一言の勇気』のあとに、第1弾があって、ランマル第2弾があって、ゼフェルヴァ第2弾、という感じになっています。今回のこのお話は……、第1弾と2弾の間、かな? ホントは第1弾書いてからこれ書きたかったんですが〜(^^;)
ひろなの鋼地、──これ、鋼地なんですが、えっと、……かなりプラトニック度高いです。だってこれ、キスすらしてないじゃんかさ。ランマルとセットで、ひどく進みは遅いので(笑)、まあ、彼らのペースでゆっくりのんびりって感じです。


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