LUMEN LUNAE

 
 リュミエールの水色の髪は、闇夜に透ける月光のようだ。噴水のほとりにたたずむリュ
                           タメラ
ミエールを前に、オスカーはしばらくの間、声をかけるのを躊躇った。
 リュミエールがふと顔を上げて、海の色の双眼でオスカーの姿を捉え、名を呼んだ。
 歩み寄って、そっと頬へ手を伸ばす。冷たい肌触り。オスカーはしばらく頬や髪を撫で
てから、そうっと、まるで壊れ物を扱うかのようにリュミエールを抱きしめた。
「月の光に溶けて消えてしまうかと思った……」
 アイスブルーの瞳に切なげな影が浮かぶ。
「リュミエール」
 ささやいて、触れるだけのキスをする。
「ジュリアス様のところへ、行かなくてもよいのですか、オスカー」
 静かなリュミエールの口調からは、心情が読みとれない。
「リュミエール、おまえこそが俺の“光”だ」
「敬愛するジュリアス様より、ですか」
「リュミエール」
「私は月光。昼間は太陽の光にかき消されて見えない、夜の闇の中にしか生きられない月」
「それは……、クラヴィス様のことを言っているのか?」
「……ええ」
 口元に浮かべた微笑みには凄惨なものさえ感じられる。苛立ちと悔しさとに促されるま
まに、オスカーは細い手首をつかみ取った。
「リュミエール!」
「……はなしてください、オスカー」
「嫌なら本気で振り切れ。出来ないとは言わせない」
「できません……」
「リュミエール」
 なおも問いつめようとして、目尻に光るものを見、オスカーは思わず手をゆるめた。
「どうして、私があなたを振り切ることができるでしょう……。私は、私は」
「リュミエール!」
 叫んでオスカーはリュミエールを抱きしめた。深く口づける。情熱的な口づけを、リュ
ミエールは拒みはしなかったが、自ら応じようともしなかった。
「リュミエール、そんな顔をしないでくれ。俺のほうが悲しくなってしまう……。リュミ
エール、俺の想いは迷惑か?」
 しばらくの逡巡の後、リュミエールは小さく首を横に振った。だが憂い顔はそのままだ。
「リュミエール」
「……オスカー、助けてください。私は、こわいのです。このままではあなたに焦がれて
死んでしまう、そうわかっているのに」
「リュミエール、おまえが自分で動けないと言うなら俺が奪う。身も心も、すべてを」
 言いざまオスカーはリュミエールの唇を塞いだ。反論を許さないために。言葉どおり奪
うようなやり方に、リュミエールはただオスカーの広い背にすがることしかできない。口
づけたまま、オスカーは頼りない身体を噴水の縁へと押し倒した。と同時に衣に手をかけ
胸をはだけてしまう。闇夜に白い肌が浮かび上がった。首すじ、肩、胸と、オスカーの刻
印が増えていく。
「オスカー、やめ、……、やめてください。ここでは……」
 力ない制止の声に、オスカーは身を起こした。顔を背けているリュミエールをしばらく
見つめて、
「俺の部屋に来るか?」
 問いかけた。リュミエールの返事はない。分かりきったことだ、心の中で呟いて、有無
を言わせず身体を抱き上げた。抗う腕はあまりにも無力だ。
「奪うと言ったはずだ。──覚悟を決めろよ」
 斬りつける冷たい台詞。優しくない言葉だ。リュミエールの身体がびくりと震える。
 無言のまま、オスカーは歩いていく。誰にも渡さない、譲れないものがあった。


 淡い水色をしたリュミエールの髪は、窓辺から差し込む月光に透けて銀色にきらめいて
見える。露わになった肩に長い髪が散る様は、手折られた花を連想させて、オスカーは言
い知れぬ躊躇いと焦りにも似た衝動に駆られた。
 リュミエール。もう何度この名を口にしただろう。そのたびにオスカーの心の炎は熱く
燃えさかり、今にもこの身を破って噴き出しそうになるのだ。
 腕の中のリュミエールの表情には、迷いの色が消えていない。彼の中にも自分と同じ炎
が灯っていることを知っているから尚更その迷いがもどかしくて、オスカーの愛撫はより
激しいものになっていく。
 痛みにも似た快感を、リュミエールは懸命に耐えていた。炎の奔流に巻き込まれて、流
されていってしまいそうになる心と身体を必死に押さえ込む。いつもは穏やかな微笑みを
浮かべている涼しげな目元は、今はきつく閉じられている。噛みしめて白くなった唇から、
時折呻きにも似た声が上がった。
 一度は自分を求めるような台詞を口にしておきながらもなかなか愛撫を受け入れようと
しないリュミエールに、オスカーは苛立ちを募らせる。意を決して身を起こすと、オスカー
は自らの衣服をぐいと脱ぎ捨てた。鍛えられた、逞しい胸や腕が月光の下に照らされた。
さらに下衣もすべて脱ぎ捨ててから、今度はリュミエールの衣に手をかける。抵抗する間
も与えず剥ぎ取るようにして全身を晒して、再びその胸に唇を落とした。
 重ねられた素肌の感触に、リュミエールの身体が一瞬震える。おびえも逡巡も、何もか
もを封じ込めるように、リュミエールの手首を掴み腰を押さえつけて、オスカーの愛撫は
続けられた。リュミエールの口から漏れる呻きが悲鳴に近くなっても、いやいやをするよ
うに首を振りもがいても、それは止まる気配がない。
 ついに耐えられなくなって、リュミエールが叫んだ。
「あ……っ、オスカー、やめ、────!!」
 身体を押さえ込んだまま、顔を覗き込むようにして氷蒼の瞳がたずねる。
「じゃあどうして欲しいんだ、」
 鋭い眼差しは重なる身体以上に熱すぎて、リュミエールはたまらずに視線を逸らした。
「やめて──はなして、ください……」
「それはできないな」
 即答して、オスカーはリュミエールの顎を掴んで向き直らせる。
「それに……、おまえだって、本当はそんなことを望んでいないだろう」
 鋭い眼差し、強い口調。そして……、熱い身体。それらはすべて、リュミエールの身体
をおののかせる。恐怖や嫌悪からではない。歓喜して、今以上の快感を求めようとして身
体が震えるのだ。
 リュミエールは祈るように目を閉じた。銀色の雫が、ひとすじ、こぼれる。
「オスカー、……助けてください…………」
 吐息のようなリュミエールの嘆願に、オスカーは応えるように口づけた。それまでずっ
と強張っていたリュミエールの身体から、ふっと力が抜けた。


 深く心地よい疲労感に包まれて、オスカーはベッドに横たわっていた。隣にはリュミエー
ルがいる。顔を背けているので表情は見えないが、髪の合間からのぞく紅い口づけの跡は、
手のひらに残る吸いつくような肌の感触とともに先刻の奇跡のような瞬間が確かに現実の
ものであることを実感させる。
「リュミエール……」
 愛しい人の名を小さく呼んで、長い髪を撫で指に絡めた。と、リュミエールの呟きが耳
を掠める。
「どうした?」
「やはり、私はあなたに抱かれるべきではありませんでした……」
「リュミエール!? なんだってそんな……、そんなつらそうな顔をしないでくれ。俺は
おまえを苦しめたいわけじゃないんだ。いや、むしろ……、すべての苦しみや悲しみから、
おまえを守りたい」
 思わず身を起こしてのぞいた表情はあまりにもつらく哀しげで、見ているこっちの方が
つらくなってしまう。その上呟かれた台詞が台詞なので、オスカーはらしくもなく言葉を
選ぶのに途惑う自分を感じた。
「ええ、オスカー。あなたの気持ちはわかっています。けれどあなたの存在が……あなた
こそが私の幾多の苦しみや悲しみの源であり、また喜びでもあるのです。今まではまだ、
ただの友人として接することによって耐えられていたけれど……もう、この熱を──あな
たの肌の熱さを知ってしまったら、私はもうこの熱なくしては生きられない。あなたを、
なくしたら、もう…………」
「リュミエール!」
 言葉を遮って唇を塞いだ。言いたいことは絡めた舌から伝わる。重ねた肌から伝わる。
 長く激しい口づけの後、オスカーはリュミエールの目尻を拭って囁いた。
「リュミエール、愛している。身も心も、俺のすべてはおまえのものだ。────嫌だと
言っても受け取ってもらうぜ。でないとおまえへの想いに身体が燃え尽きちまうからな」
 冗談交じりの口説き文句のように、ウインクと共につけ足された言葉。けれどアイス・
ブルーの瞳の奥にある真剣な輝きは変わらない。変わらない、強い想い──熱い、眼差し。
 それはリュミエールの身体を貫いて、耐え難い快感と苦痛をもたらす。再び盛り上がっ
てきた涙が長い睫毛を濡らした。
「オスカー……」
 かすかに震える指先が、オスカーの手に触れた。
 呟く唇も、囁きも、同じように震えている。
「オスカー……、愛しています……────」
 長い時間の後にやっと告げられた言葉ごと、オスカーはリュミエールを抱きしめた。

                                             fin.



こめんと(byひろな)

大方の予想を裏切りアンジェパロ第2弾はオス×リュミです。
……なんかいやだな、この表記。『オス』がいかんのか。オスカー的に。
炎×水、です。てゆうかその一部分?
この話のベースには、オスジュリと、クラリュミがあったりします。
どこまでの関係かは皆さんにお任せします。だってもう書く気ないの……。
だってすごい暗いのよ。愛憎渦巻く耽美小説になっちゃうわっ!
ところで、漢字にすりゃ同じだと分かっていてもリュミちゃんの一人称を「わたくし」と打ってしまう私。ふっ。
実はこの話にはイメージソングが。オスカーの「愛としか呼べない」←語りが“ひえ〜〜!”だよね。
書いてからずいぶん時が経っていたのですっかり忘れてたのですが、
今回、キーボード打ちをする際(ひろなは元原稿は手で書いてます)BGMに『LoveCollection』を
かけてたら流れてきて、思い出したのでした。なんていいタイミングなんだ。
マルちゃんの「星と月のブーケ」と、ランディくんの「EverGreen〜さめない愛がここにある〜」がお気に入り♪
てゆうかヒロさん、かわいいぞぉ〜〜!!
……は、これって「惑わせないで守護聖サマ」コーナーに書くことかしら?
さてさて。
昔の話って未熟だわ、とはいつも思うのですが、これは特にそう思います。でもそのまま載せちゃう☆
これからがんばればいいのさ。「失敗したらやり直せばいい」ランディもそう言ってることだしね♪

あ、タイトル、「月光」です。フランス語(確か)。そして妖しげな羽根(笑)
妖しげな月光のイメージの壁紙があったらよかったんだけど……。


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