「うわぁああああ!!」
 穏やかな聖地の日の曜日。静かな朝は、ひとつの悲鳴によって破られた。


 春の妖精は気まぐれ。優しい風に乗せて、そっと、いたずらを運んでくる──。


   
「ル、ルヴァ様〜!」
 大きな音とともにドアを開け飛び込んできたのは、緑の守護聖マルセルだった。いつも
行儀の良い彼にしては、今の行為は、非常に珍しい。
「あーマルセル、おはようございます。一体どうしたんですか?」
「ルヴァ様どうしましょう!」
「? どうかしたんですか?」
 情けないを通り越して蒼白になっているマルセルに、ルヴァは普段と変わりないのんび
りした声を返す。寝起きだろうがなんだろうが、ルヴァの応対はいつもこんなものだ。マ
ルセルは泣きそうになった。今はそれどころじゃないのに!
「大変なんですよぉ! ランディが……!」
「ランディが?」
「──お、女の子になっちゃったんですっ…………!!!」
「────────────────えええっ!?」


                    ☆                  ☆                  ☆


「──えーと、では、どうしてこうなったかは、まったく心当たりはないんですか……?」
「は、はい……。すいませんルヴァ様、ご迷惑をおかけして…………」
 叱られた子犬のようにうなだれているのは、事件の主役、ランディである。
 栗色の髪は背の中ほどまで伸び、柔らかくカーブを描いている。風に吹かれてなびく様
を思わず想像したくなるほどだ。晴れやかな空の色をした大きな瞳は、恥ずかしいのと情
けないのと困ったのとで、どうにも複雑な光を浮かべている。
 そして、なぜか守護聖の正装が、オンナノコナイズされていた。
 上半身を見る分にはさほど変わりはない。襟ぐりの広い服からのぞく胸の谷間が、かわ
いらしい顔からすると、意外と大きいと思うくらいだ(え? 十分だって?)。そして、
視線を下におろすと、白い細身のスラックスに隠されているはずの太股は露わになってい
て、女の子らしい、柔らかい腰からのラインが窺える。ロングブーツは変わりないのだが、
その、肌が見える部分のバランスが、非常に、色っぽいと思うのは自分だけだろうか……?
 ルヴァは微妙に視線をさまよわせながら、ランディに問診を続けた。
 その後ろで、マルセルとゼフェルが、こそこそと囁きあっている。
「ねぇゼフェル。──ランディってさ、かわいいよね…………?」
「ああ? 何言ってンだおめぇ!? あいつのどこがかわいいって……」
 そう言いつつランディに目をやったゼフェルは、頬のあたりがあつくなったのを感じた。
「ねぇ……」
「う。…………ああ、そうだな」
「昨夜は、何もおかしなところはなかったんですよねー?」
「え、ええ。」
「……今朝起きたら、そうなっていたんですか?」
「…………はい」
「なんでパジャマじゃなかったんでしょうねぇ?」
 ルヴァの疑問はイマイチ的を射ていない。そーゆー問題じゃねぇだろ、ゼフェルが額を
押さえた。
「ああっ! そうだルヴァ様!」
 いきなりマルセルが大声を上げた。
「ぅわぁ!? ──な、なんですかマルセル?」
「オリヴィエ様ですよ! きっとオリヴィエ様の呪いにかかちゃったんだ〜〜!!」
「はぁ?」
 呆気にとられるルヴァにマルセルが説明するのを聞きながら、ランディとゼフェルは先
週の日の曜日のことを思い出していた。


「うっふっふ〜〜ん♪ じゃあランディの負けってことだね!」
「うっ…………」
 じりじりと後ずさるランディの腕を、両側からゼフェルとマルセルが押さえつけた。
「観念しろよランディ!」
「そうだよランディ! 男の約束だよ!」
 マルセルにそうとまで言われては仕方ない。ランディは腹をくくって椅子に腰掛け目を
つぶった。気分は死刑囚だ。
 その日、“お子様組”3人とオリヴィエは、オリヴィエの館でゲームをしていた。負け
た者がオリヴィエの餌食になる、つまりオリヴィエの言い方を借りるなら「と〜っても綺
麗にしてア・ゲ・ル♪」という約束だ。ちなみに、オリヴィエが負けた場合、3人に一週
間好きなだけお菓子や飲み物を振る舞うという約束だが、これの平等・不平等については
言及を控えさせていただく。
 そしてつまり、ランディが負けたということだった。
「けっこうねぇ、かわいくなると思うのよね〜♪」
 鼻歌まで歌いながら、オリヴィエはめちゃくちゃ上機嫌だ。このメンツでは、負けるの
はランディかマルセルだろうとの目星はつけていたから、普段やり慣れている(?)マル
セルよりは、新鮮な獲物に食指が動くというのは当然の心理ではある。
 ぱふぱふと頬を撫でられる感触に、ランディはおびえたように硬直していた。壁際のソ
ファで見学する二人は同じ感想を抱いている。すなわち、オレ(ぼく)じゃなくて良かっ
た。男の子の友情も結構信用ならないものかも知れない。
「ちょっと、そんなにぎゅって目ぇつぶっちゃダメじゃない」
「そ、そんなこと言われても……」
 た〜っぷり時間をかけたメイクがやっと終了した。二人は待ちくたびれてあくびをかみ
殺している。
「はい。このウィッグをつけて、でっきあがり〜☆」
 オリヴィエの声に視線を向けると、そこには栗色の髪を肩に流した少女がいた。
「うっそぉ…………」
「マジかよ……」
「ほ〜らね! 言ったとーりでしょう。このオリヴィエ様の見立てに間違いはないのさ!」
 ランディはまさしく、穴があったら入りたい心境だった。
「ランディかわいい〜!」
 マルセルが声を上げ駆け寄ってくる。すっごいかわいいよ! みんなにも見せに行こう
よ! ……自分がオリヴィエに化粧させられた時どんなに恥ずかしかったかは忘れ去って
いるようだ。
「オリヴィエ、オリヴィエはいるか!」
 そのとき、威厳あふれる低い声が響いた。
「え!?」
「げぇ!」
 扉を開けて入ってきたのは、光の守護聖ジュリアスだった。
「何をしているのだ、騒々しいぞ」
 そう言いつつ、騒ぎの発生地点に目をやり、ジュリアスが固まった。
「………………(冷汗)」
 沈黙が流れる。まばたきの音すらはばかられるほどに、誰もが息を詰めていた。
 万事休す。
 涙液がすべて蒸発するかと思われた頃、やっとジュリアスが視線を動かし、オリヴィエ、
ゼフェル、マルセルを見、残る人物をじっと見つめた。そしてまた事態は膠着する。
「…………ランディか」
「はい! ……すいませんジュリアス様!!」
 何も言われてないのになぜかランディは謝っている。
 なんでもいいから早く行ってくれ! 思いはみな一緒だった。
「ランディ」
「はっはい!」
「……そなたの母上は、美しい方だったのだろうな」
 そう言うと、ジュリアスはそのまま去っていってしまった。
「………………」
「はあぁぁぁ…………」
「こ、こわかった…………」
 緊張の糸がぷつりと途切れ、ゼフェルとマルセルが床にへたり込んだ。
 ランディは何が起こったのか分からないままに硬直している。
 さすがのオリヴィエも言葉をなくして立ち尽くしていたが、やがて目を輝かせた。
「ほ〜らランディ! ジュリアスにも誉められたじゃな〜い! よかったね♪」
「へ?」
「……ねぇ、そーいう問題なのかな?」
「いや違うだろう……」


「────はぁ。話は分かりましたがそれだけでオリヴィエの仕業と決めてしまうのはど
うかと……」
 ルヴァはひどく複雑な顔をしていた。それもそうだ。いくらオリヴィエでも、寝ている
間にメイクをするならともかく(ルヴァも昔やられたことがある)、男性の身体を女性の
身体に変えてしまうとは……。
「だって他にないですよ!」
「でもおめーよぉ、」
「きっとオリヴィエ様がランディに変な薬を飲ませたんだぁ〜〜!」
「ちょーっとマルセル! 人聞きの悪いこと言うんじゃないよ!」
「でたー!!」
 なんていいタイミングだろう。半開きの扉に手をかけこちらを睨んでいるのは、夢の守
護聖オリヴィエ、まさしくその人だった。
「オリヴィエ様! ランディを元に戻してくださいよ!」
「ちょっと何なのよマルセル。ランディがどうしたって?」
 ぱこぱこと胸を叩くマルセルの訴えに、オリヴィエは美しい曲線を描く眉を歪めてラン
ディに目をやり、──その美しい眉が、緊張を中途半端に挫かれた様子で固まった。
「────ランディ? うっそ……」
 ランディはもう涙ぐまんばかりだ。
「きゃはははっ☆ や〜っだランディ、どうしちゃったのさ?」
 はじけるように、オリヴィエが笑い出した。涙を浮かべてひーひー笑っている。やがて
発作がおさまると、涙を拭いながらオリヴィエはランディに言ったのだった。
「それじゃあうちにいらっしゃいな。服とか用意してあげる。」
 え? オリヴィエ様ってもしかして実はいい人? ──と思ったら続きがあった。
「か〜わいくしてあげるからね、ランランちゃん♪」


 
NEXT PANIC☆



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