portrait
「ランディ様、おはようございます」
景気よく開け放たれたドアを形式ばかりにノックして、俺は部屋の真ん中に佇む人に声をかけた。
「ああ、エディ、おはよう。──ごめんな、休みの日なのに、わざわざ来てもらって」
ありがとう、と笑うランディ様は、いつもと変わりない。
俺の名前はエドワード。宇宙を統べる女王陛下にお仕えする9人の守護聖のひとり、光の守護聖だ。前任のジュリアス様のことをランディ様はとても尊敬していらして、そんなジュリアス様に後見を任されたこともあって、ランディ様は俺の面倒を見てくれている。守護聖見習いのようだった頃から、今まで、ずっと。
守護聖として、陛下に仕える騎士として、立派な人間になるための様々なことを、俺はランディ様から教わった。
そのランディ様が、もうすぐ、退任を迎える。
「もうすぐ新しい風の守護聖が来るからさ、その前にここ、少し整理しておいたほうがいいかと思って」
俺が守護聖になってから、すでに何度かの交代を見てきた。
ランディ様は、今までで一番、普通に見える。──俺はこんなに、今までで一番さみしいのに。
「俺、あんまり物に執着ないから、片づけるものもそんなにないと思ってたんだけど、……思ってたより、あるもんだな」
「そうなんですか? 俺、ランディ様って、人にもらったものとか大切にとっておくタイプだと思ってました」
「ああ、うん、それはとっといてあるよ。でも自分であまり買わないから。──そうか、これほとんど皆にもらったものなんだよな……」
途端に捨てにくくなってしまったらしく、ランディ様は眉を寄せてう〜んと唸った。
「でも、全部持っていくわけにもいかないし、置いていっても迷惑になるよな。──やっぱり、覚悟を決めるしかないか」
えい、とかけ声をかけて、ランディ様は棚に手を伸ばした。真剣な横顔を眺めて、俺も手伝いを開始した。
並んだ写真立ての中に不審な物を発見して、俺は思わず声を上げていた。
「ん? 何かあったのかい?」
「ランディ様。──これ」
それを手に取り、ランディ様に向ける。ああ、と頷いて、ランディ様は仕方がないというような笑顔を浮かべた。
その写真立ての中には、写真が入っていなかった。白い紙だけ。他の写真立ての後ろに隠れるようにあるのも、どこかおかしい。何度もこの部屋に入ったことのある俺が気づかなかったくらいだし。
「その写真立ては、全部持ってくから、まだそこに置いといていいよ」
「ランディ様、これ……」
なんで、写真ないんですか?
尋ねると、ランディ様はまたあの笑みを浮かべた。
「それさ、……中身、破られちゃったんだよね。────その、写真の人に」
目を見開いた俺に肩をすくめて返して、ランディ様が続ける。
「こんな写真飾って、『過去の思い出』なんかにされたくないって。すごくその人らしくてさ。でもやっぱり身近に置いておきたくて、そのまま」
懐かしむように、ランディ様は目を細める。
「……好きだった人ですか?」
思わず尋ねた俺に、ランディ様は、首を横に振った。
「ううん、──好きな人だよ」
いまでも。
「写真、破られたときは俺すごく怒って、ケンカしてさ。──でも、今は、写真なくてよかったと思う。写真があったら、だんだん色褪せていくそれを見て、月日の流れがわかってしまうけど、ない写真は、色褪せようがないだろ? 俺の心の中にだけ、今でもあの笑顔があって──それでいいと思うんだ」
胸のあたりに手を当てて、ランディ様はその笑顔を抱きしめているようだった。
「──さあ、早く片づけてしまおう、そしたらお昼を食べて、……そうだ、久しぶりに散歩でもしようか」
「さん、ぽ、……ですか?」
やがて顔を上げて、ランディ様がぽんと手を打つ。聞き返した俺に、太陽みたいな笑顔が返った。
「そう、聖地をゆっくり歩いて回るんだ。エディに聖地を案内したときみたいに」
「──はい!」
再び棚のものに手を伸ばしながら、俺は、今日の出来事を、これからの日々を、心に焼き付けておこうと思った。
ずっと、ずっと、色褪せないように。
fin.
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