present

 コンコン、と重い執務室の扉が落ち着いた音を立てた。間を置かずに、入るぞ、と簡潔
な声がかかり扉が開く。薄暗い室内に光が射し込み、それ以上に眩い光を身に纏って一人
の青年が姿を現した。その光は、まるで彼の身の内から発されているかのようだ。輝かし
い栄光に包まれ、誰よりも誇り貴き魂を持つもの。
 幼少5才の時から守護聖の座に着き、今や誰もが認める守護聖の長となった、光の守護
聖ジュリアスである。
 宇宙全土の黄金を集めても敵わぬ金髪はやわらかく波打ち背に流れ、紺碧の瑠璃の色の
瞳は雷光のように波濤のように見る者の心を射抜く。思わず畏怖の念すら覚えるほどの、
それは神々しい美しさだ。
 その容姿からも窺えるように、ジュリアスは自己へはもちろん他人にも容赦がない。時
に行きすぎを指摘されることもあるその厳しさは、けれど相手のことを、宇宙と女王陛下
のことを思っての優しさであることを皆が知っている。そして、いつも敢然と前を見据え
るその瞳が優しい笑みに彩られるときの感動も、今や多くの者が知るようになった。優し
くなった、と皆が口を揃えているその原因は、20年の長きにわたり共に宇宙と女王を支
えてきた、闇の守護聖クラヴィス、この薄暗い執務室の主だ。
「クラヴィス、いるか」
 厳然とした声が響く。こういうところは20年前から変わりがない。室内にいても応え
を返さないクラヴィスを知っているから、ノックをしてすぐに扉を開ける。そして少し緊
張を孕んだ声音がクラヴィスを呼ぶ。
「……ああ、ここだ」
 物憂げに返事をして、クラヴィスは執務室の端に置かれた長椅子から起きあがった。夜
闇を紡いだ長い黒髪が流れ落ちる。月光の下では蒼白にさえ見えるだろう肌はどこまでも
白く、この青年が外出を苦手としているだろうことが察せられた。長い睫毛に縁取られた
瞼は重そうに半ば伏せられていて、その奥にある紫水晶の輝きを隠している。
 そなたまた寝ていたのか、とジュリアスが咎める声をあげる。見なくてもわかる、眉間
にしわを寄せ、すっと伸びた眉が険しくつり上がっていることだろう。
「寝ていたのではない、横たわっていただけだ」
 子供じみた反論をしてみると案の定、そんな言い訳がこの私に通用すると思っているの
か、と説教が始まった。
「何か用があって来たのではないのか? 見たところ火急のものではないようだが──私
の顔を見に来ただけでもあるまい」
 やんわりと促してやると、色白の頬がうっすらと朱に染まる。手に持っている書類がそ
の用件だとばかり思っていたクラヴィスは、思わぬ反応に“恋人”の顔を見つめ直した。
「……ジュリアス?」
 珍しく、躊躇うように視線を揺らしてジュリアスが近づいてくる。執務机を素通りして
真っ直ぐソファまで歩いてくるその様子に、やはり手に持つ書類がこの部屋を訪れた目的
ではないことが知れた。間近に歩み寄ったジュリアスを怪訝に見上げる。手に持っている
ものが書類だけではないことも知れたがその意味はわからないままだ。
 寝起きのような、少しとろんとした目を向けられて、ジュリアスは紺碧の瞳を揺らめか
せた。その無防備な視線は二人で迎える朝を思い起こさせて、ジュリアスの心を落ち着か
なくさせるのだ。
「クラヴィス、そなた今日が誕生日であろう」
「……?」
「──これを、お前にと思って」
 ジュリアスの口調が変わる。厳格な光の守護聖から、ようやっと互いの思いに気づいた
ばかりの、初々しい恋人のそれに。そして差し出された天鵞絨の小箱に、クラヴィスの紫
水晶の瞳が見開かれた。
「……クラヴィス?」
 いつまでも何の反応も返さないクラヴィスに、ジュリアスが不安と苛立ちの混ざった声
をかけた。我に返ったように顔を上げ、紺碧の瞳を見つめ返す。
「……ああ、すまぬ。──驚いただけだ」
 ありがたくもらっておこう。呟いて、微かに笑みを浮かべる。密やかな月の光にも似た
あたたかさがジュリアスを包んだ。
「開けても良いか」
「ああ、もちろんだ」
 白い指が濃紺の天鵞絨に映える。大きいけれど細いその指は、カードを操るときのよう
な繊細な動きで箱の中の真実を暴き出した。
 それを目にして、一瞬クラヴィスの動きが止まる。
「つけてやろう」
 ジュリアスは箱の中のそれを手に取った。
 銀の細糸を編むようにして作られた腕輪。華美でなく地味でもない存在感は、闇の守護
聖のそれのように穏やかな安らぎを見る者に与える。ところどころに填められた濃い色合
いの紫水晶が、灯りを映して揺らめいている。
 そっと白い手を取って、手の甲まで覆う服の上から腕輪をはめた。黒い布地に銀と紫の
彩りが美しい。
 クラヴィスは、無言で左腕を持ち上げ角度を変えて、腕の輝きを楽しんだ。その瞳には、
森の生き物たちを見つめるときにも似た、穏やかな愛しさが込められている。
 その手がすっとジュリアスの頬に触れた。
「お前から誕生日の贈り物をもらう日が来るとはな……」
 揶揄するようなその響きに、かあっと頬を朱に染めてジュリアスが顔を背ける。頬から
離れた手が、今度は髪を撫でた。
「私とて、お前のために何かを選ぶ日が来るなど考えたことはなかったぞ。──だが、何
かを身につけていて欲しかったのだ。自己満足に過ぎないとは思ったが、それでも」
 紺碧の瞳がクラヴィスを見返した。
「私は、お前に何かを贈りたかったのだ」
「ああ、わかっている。────ありがとう」
 そう言ってクラヴィスは少し微笑んだ。かそけき月の光を思わせる美しさ。少し前まで
は、こんな彼の笑顔を見られる日が来るとは思いもよらなかった。
 そういえば……、クラヴィスの「ありがとう」という言葉を、以前に聞いたことがあっ
ただろうか? 礼を言う、という言葉は聞いた気がしなくもないが、それにはいつも皮肉
が含まれていたし、こういった素直な飾らない言葉は、……初めてかも知れない。
「……どうした?」
「──あ、いや。……お前に見とれていた」
 表情を変えず呟くように応えたジュリアスに、クラヴィスは小さく笑いを漏らす。見と
れるほどのものではないだろう。そう言ってジュリアスの陽光の髪を梳く手が動くたびに、
腕にはめられた輝きがきらめいた。
「見とれるのなら、私がお前にだ。お前がこの部屋に入ってくる瞬間は、何度見ても見飽
きることがない」
 満足げな笑みを浮かべるクラヴィスに、言葉の意味を計りかねてジュリアスが首を傾げ
た。
「朝日が昇る姿を見飽きることがないのと同じだ」
 その神々しい輝きを、たとえ目を射抜かれてでも見つめていたい。
「……お前はどうしても私を太陽に例えたいらしいな」
「フッ、……人のことを言えるのか?」
「言えぬな。良いだろう、私は月が好きなのだ」
「そうか。──私も月は好きだ。月の光の中は、心が落ち着く。だが……、そうだな、お
前の姿を眺めるためになら、真昼の庭園に出かけてみるのも良いかも知れぬ」
 形の良い唇に、うっすらと甘く笑みを掃いて。クラヴィスは意外なことを口にした。
「お前が、真昼の庭園に?」
「ああ」
「…………皆に何事かと思われるぞ」
 身も蓋もない台詞を返され、珍しくクラヴィスが声を立てて笑った。
「構わぬ。勝手に心配させておけばいい」
 それではあまりにリュミエールが哀れだ、ジュリアスは日頃からクラヴィスを支える優
しい微笑みの似合う青年を思い浮かべた。人との深い関わりを苦手とするクラヴィスの数
少ない理解者であると、ジュリアスもその存在を認めている。それからきっと慌てふため
いて飛んで来るであろうルヴァの姿を想像した。オリヴィエも、軽口を叩きながらもその
様子を見に来るのだろう。──クラヴィス自身がどう思っているのかは分からないが、彼
はこんなにも、皆に愛されている。
「……ジュリアス?」
 ひとりで表情を変えるジュリアスを、クラヴィスが不思議そうに見つめていた。ジュリ
アスは一瞬真顔に戻って、けれどまた微笑みを浮かべる。クラヴィスの肩を包むように抱
きしめた。
「お前は皆に愛されているのだな」
 視線で問いかけるクラヴィスを見返して、ジュリアスはその頬に触れ、手のひらで包み
込む。
「だが私ほどにお前を愛し、必要としている者はいない。──クラヴィス、お前を愛して
いる」
 敬虔な、誓いの言葉。ずっと気づかずにいた、けれどずっと傍にいた己の半身。
「ああ、──そうだな」
 やわらかい声が返り、蒼く透ける瞼がゆっくり瞬きをした。視線が重なり、どちらから
ともなく、そっと唇を触れ合わせる。
「──……思った以上によく似合う」
 思い出したように、ジュリアスが呟いた。クラヴィスの左腕を引き寄せ、控えめな輝き
を満足そうに見つめる。その表情を、クラヴィスもまた満たされた心持ちで見つめていた。

                                           fin.



こめんと(byひろな)     2000.11.11

クラヴィス様お誕生日企画のジュリクラでございます。
え?逆だって?──いいの! うちはジュリクラなのです。
完全に対となる関係、というものをあまり好まないワタクシ相川HIRONAですが、 この二人には、なんか、すごい思い入れがありますね。
反発し合っていても本当は分かり合ってるのね〜と、コミックスなどを読んでいても思います。この話ではカケラも反発していませんが(笑)。
えーっと、うちのジュリクラストーリーの時間軸で行くと、実はアンジェ&ロザリアの女王試験中のお話“ECLIPSE”というのがコレの前に来ます。……まだ書いてないけど(^^;)。


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