恋までの1cm


「ルヴァ様! おはようございます!」
 それは、いつもの朝の光景。
「あー、おはようございます、ランディ、今日も元気そうですねぇ」
「はいっ!」
 彼の元気な挨拶は、まるで朝一番の陽光のようだ。そんなことを思いながら、ルヴァは
うんうんと一人頷いた。
「ルヴァ様、今日の勉強会は何の話ですか?」
 母親に夕食のメニューを尋ねるときの無邪気さで、ランディが首を傾げる。穏やかな笑
顔でルヴァが返した。
「あー、今日はですねー、ある辺境惑星の伝承をもとに、私たちの力が民にどのように受
け止められているかということについて、お話しようと思っているんですよー」
「伝承、ですか? 楽しみです!」
 目を輝かせて告げ、まさしく風のように去っていく後ろ姿を眺め、ルヴァは細い目をさ
らに細めた。
「やはり彼の元気な挨拶がないと一日が始まりませんねぇ」
 彼がもう少し成長して、惑星の視察に出かけるようになったら……と思いを馳せ、ルヴァ
はわずかな違和感を覚えた。
「はて。何でしょうねぇ……?」


「それでは、今日はこれくらいにしましょうか」
 お茶にしましょうね、と立ち上がると、手伝いますと言ってランディがついてきた。
 茶菓子の用意をランディに頼み、自分は棚から茶器を取り出す。と、茶葉が残り少ない
ことに気がついた。隣の部屋に取りに行く旨を伝えようと振り向いて、あ、とルヴァが小
さく声をあげた。
「ランディ、ちょっとこっちにきてもらえますか〜?」
 はい、と返事をして、ランディがやってくる。
「なんですか?」
「あー、やっぱり」
 一人納得するルヴァに、栗色の濃いめの眉がひそめられた。
「ルヴァ様?」
「もう少し、近くに来てもらえますか? そうすれば、あなたもわかると思いますよ」
言われるままに近づいて、首を傾げ、ん?と何かに気づいたように空色の瞳が瞬いた。
「ふふ。──ランディ、背が伸びましたねぇ」
 空色の瞳が見開かれ、血色の良い唇が、あ、と開いた。
「ほら。前は目線が眉の上辺りだったのに」
 今は、向かいあってまっすぐ前を見ると、褐色の睫に縁取られた瞼が見える。
「まだ伸びてたんだ……」
「あなたはきっとまだまだ伸びますよ」
 微笑むと、ランディはなぜか不服そうな顔をする。
「ルヴァ様まで、俺のこと子供扱いするんですか?」
「え? あ、あー、そんなつもりじゃなかったんですよ〜。ただ、そんな気がしただけで
……」
 しどろもどろのルヴァに、ランディも悪気のないことを悟ったのだろう、小さく笑みを
こぼし、ルヴァのグレイの瞳をまっすぐに見つめた。
「はい。そうですよね、ルヴァ様はそんな方じゃありませんよね。すいません、失礼なこ
と言って」
「いえいえ。では私はお茶の葉を取ってきますから、あなたはお茶菓子の用意が出来たら
先に行っていてくださいね。3人で食べていてもいいですよ」
「あ、はい。──じゃあ俺、先に行きます」
 部屋を出て、扉を閉じると、ランディは扉にもたれてため息をついた。
 そして、くすり、ひとり微笑む。
 もしかして、とは思っていた。少し背が伸びたかもしれないと。だけどそんなことを言っ
ても気のせいだと言われたりからかわれたりするのが落ちだと思って言わずにいたのだ。
それを、ルヴァは気づいてくれた。自分のことをちゃんと見てくれている人がいるという
のはなんとも言えず嬉しいものだ。いつもぼーっとしているかのような彼が、というのが
余計に嬉しい。さらに彼の背丈に追いつくという具体的な目安ができたのも嬉かった。
「よし、がんばるぞ!」
 何を頑張るやら、掛け声をかけて、ランディは盆を持ち直し歩き始めた。


「ルヴァ様! こんにちは! ──どうですか?」
 部屋に駆け込んでくるなり、ランディはくるりと身を返すと肩越しにルヴァを見やった。
得意げな背中で緋色のマントが翻る。
「ええ、とても良く似合っていますよ」
 微笑むと、しかしルヴァは首を傾げた。
「ですが、ランディ、あなた、先日「もう赤マントは卒業だ」って言ってませんでしたか
……?」
 すでに何人かに言われているのだろう、ランディがうっと言葉につまる。
「ルヴァ様まで……。だって、今回オスカー様みたいな鎧ふうの服にしたいなって思って、
そしたらやっぱマントははずせないじゃないですか。オスカー様はきっとまた青だから、
俺は……やっぱり赤かなって」
 言い訳がましいと自覚しているのだろう、眉を寄せるランディに、ルヴァが目を細めた。
「ええ。いいではありませんか。冒険譚の中の勇者のように格好良いですよ」
 途端に表情が明るくなる。
「ほんとですか!? ありがとうございます!! ルヴァ様も、よく似合ってます、すて
きですよ!」
 ランディはそう言って改めてルヴァの全身を眺め渡し、ん?という顔をした。
「あれ? ルヴァ様?」
 どうしたのかと訊く前に腕を引きよせられる。
「あ、やっぱり」
 呟いて、浮かべた笑みに、はっとする。
「ルヴァ様、追いつきましたよ」
 嬉しそうな、自信に満ちた笑みが、ルヴァを捉えた。
「ほら」
 朝一番の陽光、鮮やかなまなざしが目を射る。驚くほど近くにある空色の瞳に、ルヴァ
は息を飲んだ。
「目標、ひとつ達成です。──なんか俺、やる気出てきたな。背も伸びたし、髪も切って
衣換えもして。変わったのは外見だけなんて言われないように、俺、がんばります!」
 目の前のグレイの瞳を見つめ、ランディが宣言した。その後に浮かべた微笑みさえ、見
慣れた元気な少年のものではなく。
「これからもいろいろ教えてください。よろしくお願いします」
 一歩下がり、改まって頭を下げると、いつもの人懐っこい笑みを浮かべてランディは去っ
ていった。扉の閉まる音を聞いて、ルヴァが執務机に寄りかかる。
「はあー。びっくりしましたよ…………」
 呟くルヴァの頬は、わずかに赤くなっていた。
「もうすぐ、私のほうがあなたを見上げるようになってしまいますねぇ」
 見上げる彼は、今までよりもっと眩しいだろう。
 けれど、もう少しだけ、無邪気な子供の彼を、導く存在でありたい。
「さて、次の勉強会は、何の話をしましょうか」
 独りごちて書棚へと歩き出すルヴァの頬には、抑えきれない微笑みが浮かんでいた。


                                        fin.


こめんと(by ひろな)          2001.4.7

はい。間欠泉のように急遽(?)モエてしまったランルヴァ話、ようやく自分のをUPする事が出来ました。トロワでランディくん背が伸びて、ルヴァ様と同じ背丈なのです。っていうトコから話(と書いてモウソウと読む)スタート。
あと、トロワでルヴァ様にランディのこと聞くと、マントの話をしてくれるんですよ。他の方が「全くあの子は……(微笑ましいヤツめ)」って感じなのに対し、ルヴァ様はなんだか純粋に「ランディのマント姿はカッコイイですね〜v」って言ってるようなのですよ(私の思い込みか?)
実は他にもネタがあったりするんですが、書いてもいいかなぁ……? てか、だめとか言われても、うお〜書きてぇ〜!ってなったら問答無用で書いちゃいますがね(苦笑)。


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