聖地に新しい守護聖がやってきた。
 相次ぐ守護聖交代がようやく落ち着き、聖地が永久の平和に戻ろうとしていた頃、そん
な聖地に新しい風を連れてやってきたのは、まさにその“風”に象徴される力を司る少年
だった。





 新しい風の守護聖は、名前をランディという。年は16歳、現在の守護聖9人の中では
最年少だ。人懐っこい性格も相まって、早くも聖地に馴染み皆に親しまれている。
 守護聖の職務に関して言えば、初めから完璧にできるはずもないので仕方がないとして、
真面目に取り組む姿勢は先輩のオスカーや首座の守護聖であるジュリアスには受けが良い
ようである。オリヴィエあたりに言わせるとちょっと真面目すぎるということになるよう
だが。
 風の守護聖交代に関して、宇宙への影響は皆無に近く、宇宙も聖地も、滞りなく時を紡
いでいた。
「──ランディの様子はどうだ?」
 自らの名を記した書類を手渡しながら、ついでのことのように、ジュリアスは尋ねた。
「は。──書類の方はまだまだですが、守護聖としての自覚もきちんとあるようですし、
剣や乗馬の稽古も、一生懸命にやっています」
 惑星探査の報告と同じような口調で答え、オスカーは頬に笑みを浮かべた。
「ええ、それはもう夢中になってやっていますよ」
「そうか。──あまり無理はさせぬようにな」


 ある日、ランディがジュリアスの執務室を訪れると、ジュリアスはリュミエールと話を
しているところだった。リュミエールがランディに気づいて目を逸らすように伏せる。そ
れでは、と退出しようとしたリュミエールが扉に手をかけたところに、オスカーと王立研
究院の制服を着た男たちが入ってきた。
「ジュリアス様、失礼いたします」
「オスカー、──何かあったのか」
「は。実は……」
 オスカーに促され、研究員の一人が硬い表情で告げたのは、前々から内乱の続いていた
惑星スィヴァでついに惑星規模の戦争が起きたという報告だった。
 驚きに目を見張るランディとリュミエールの傍らで、ジュリアスはただ静かに瞑目して
いた。そして、やがて目を開けると、威厳に満ちた声で、こう告げたのだった。
「惑星スィヴァを、異空間に隔離する」
「──! ジュリアス様!」
「オスカー、私は急ぎ陛下の許可を得るためにディアの元へ向かう。そなたはランディた
ちを」
「はっ」
「ジュリアス様、お待ちください!」
 咄嗟にリュミエールが追いすがる。
「ジュリアス様、なぜ戦乱を収めようとなさらないのですか。異空間に隔離してしまって
は、惑星スィヴァの民は、」
「リュミエール」
 立ち止まったジュリアスに低く名を呼ばれ、リュミエールはびくりと立ちすくんだ。
「収められるものなら収めている。我々も、陛下でさえも、万能ではあり得ない。──最
終判断を下すのは私ではない。陛下だ」
 重々しく告げ、身を翻すとジュリアスはそのまま執務室を出ていった。研究員たちがそ
のあとに続く。
「──オスカー様、」
 リュミエールと3人取り残されて、ランディはリュミエールとオスカーの顔を見比べた。
見るからに沈痛な面持ちのリュミエールに対し、オスカーは、硬い表情をしてはいるもの
の、いつもとさほど変わりないように見える。
「オスカー様、惑星スィヴァを異空間に隔離するって…………」
 その星の民はどうなるのか。
 目で問いかけると、オスカーは小さくため息をついて視線を落とした。
「さあな。運が良ければ、自分たちで戦争を収め、復活できるかも知れんが、──難しい
だろうな」
「そんな……っ、それじゃあスィヴァの民を見殺しにするってことですか!?」
 はっきりとランディの口から出されたその結論に、いたたまれなくなったリュミエール
がオスカーに懇願する。
「オスカーお願いです、ジュリアス様にもう一度考え直していただけるよう頼んでいただ
けませんか。スィヴァの民を救う方法を、」
「あるならやっている、と、ジュリアス様もおっしゃっていただろう」
「ですが」
「早くしないと手遅れになるんだ」
 鋭い視線をリュミエールに向け、オスカーは、厳しい表情のままランディを見下ろした。
「ランディ、ひとりの人を救うために100人を見殺しにするのと、100人を救うため
にひとりを見殺しにするのと、おまえならどっちを選ぶ」
「えっ……」
「惑星スィヴァの戦乱は、ものすごい勢いで惑星全土に広がっている。近隣の惑星への影
響もすでに出始めているんだ。このままでは、スィヴァの民だけでなく、周りの惑星まで
巻き込んだ大きな争いになってしまう。それを止めるには、根元を絶つ──惑星スィヴァ
を、隔離するしかないんだ」
 瞬きもせずに見上げてくるランディから目を逸らして、オスカーは今度はリュミエール
に視線を向けた。
「隔離する、とだけおっしゃったのは、ジュリアス様の御慈悲だ。俺だったら、すぐにで
も隔離して消滅させると言うだろう。惑星一つをまるまる隔離した異空間を維持するのは、
陛下のお力を多分に消耗させる。自業自得で滅びても仕方のない星のために、陛下のお力
を無駄に割くわけにはいかんからな」
「オスカー!」
「──まあ、いずれにせよ、ジュリアス様もおっしゃっていたように、結局のところどう
いった処置を取るかは陛下のお決めになることだ」
 痛みをこらえるように面を伏せたリュミエールの向こう、先ほどまでジュリアスのいた
執務机をランディは見た。常に守護聖としての誇りと威厳を失なわず、的確な判断で皆を
導く守護聖の長。守護聖の中の守護聖。
「──俺っ、ジュリアス様のところに行って来ますっ!」
「おい、ランディ!?」
 驚く二人にかまわず、ランディは廊下へと飛び出した。


                    *                  *                  *


 庭園の片隅、人気のない一角を、ジュリアスはひとり歩いていた。常と変わらず毅然と
した足取りに見えるが、その実ジュリアスの足は鉛のように重い。いや、足だけでなく、
全身がジュリアスの心を写したかのように重かった。
 かすかなため息をついて、地面に直接腰を下ろす。手をつくと、土と下草の感触が指先
を撫でた。土とそこに根付くもの──この惑星の、生命の証。
 空を見上げる。その色は、呆然と自分を見送ったランディの瞳の色にも、非難と祈りを
込めたリュミエールの瞳の色にも思えた。──あの惑星の民には、空はどのように見えて
いるのだろうか。思いを馳せ、静かに瞳を閉じる。
 どんな局面においても、常に熟考を重ね、また長年の守護聖としての経験によって、最
善の道を取ってきたはずだった。今回もそうだ。そうなはずだ。だが、こんなとき、ふと
思ってしまう。本当に、自分は最善の道を選ぶことができたかと。あれがベストだと思う
一方で、もしかするとあの星の民をも共に救う方法があったのではないかと思ってしまう
のだ。
 下草を玩びながら出口のない思考にとらわれていると、ふいにかさりと葉擦れの音が聞
こえた。はっとして顔を上げると、目を向けた先にランディが立っていた。軽く肩を喘が
せている。走ってきたのだろうか。自分を探して?
「──ランディか。どうした?」
「ジュリアス様こそ……、どうしたんですか、こんなところで」
 地べたに直接座り込む光の守護聖の姿に、ランディは空色の瞳を大きく見開いた。
「土に、触れていたくてな」
 そう返して再び地面を撫でる。間近に歩み寄ってその様子を見下ろしていたランディが、
ふいにぺたりとその場に座り込んだ。振り向いたジュリアスの瞳を、きょとんとしたよう
にも見える空色の瞳がじっと見つめ返す。
 困ったように名を呼ばれ、ランディは我に返ったように目を逸らした。軽く眉を寄せ、
くせのある髪をかいて、再びジュリアスに視線を戻す。
「ジュリアス様。さっきのことですけど、俺、ジュリアス様は間違ってないと思います」
 突然切り出された話題に、ジュリアスは静かに目を見開いた。
「あ。えっと……、すいません急に。──俺も最初はあの星を、惑星スィヴァの民を見捨
てるなんてって思いましたけど……、オスカー様がおっしゃったんです。あの星をあのま
まおいておいたら、近隣の惑星にまで病気や戦乱が広まって取り返しのつかないことにな
るって。俺、そこまで考えてなくて、あの星のことしか考えてなくて……」
「構わぬ。そなたやリュミエールの言うこともわかるのだ。私とて、あの星の民をすべて
救う策があるのなら迷わずそれを選ぶだろう。だが、それはないのだ。少なくとも今の私
には思いつかぬ。私の判断が最良の道だった。──と、信じたい」
 最後にぽつりと本音が漏れた。大きく目を瞠るランディを、自嘲を浮かべた紺碧の瞳が
見つめ返す。
「私とてひとりの人間だ。間違いが決してないとは言い切れないのだ」
「ジュリアス様……」
「────私は、そなたの期待を裏切ってしまったか?」
「!? そんな……っ、そんなことありません!!」
 拳を握り、ジュリアスを見上げて、ランディは断言した。
「俺、ジュリアス様は間違ってないと思います」
 先刻と同じ言葉を繰り返す。毅い眼差しがジュリアスを射抜く。
「俺が出した結論なら間違いもあるかも知れないけど、あの星をずっと見てきて守護聖と
しての経験もものすごくあるジュリアス様が、考えに考えて出された結論なら、それが一
番の方法です」
 驚きに瞠られた紺碧の瞳が、ふっと和らいだ。
「そうか……」
「はい!」
 自分の決断を後押ししてくれる言葉の何と嬉しいことか。今までの弱気が嘘のように、
自信がよみがえってくる。
「私ともあろうものが、少々弱気になっていたようだ。──ランディ、そなたに礼を言わ
ねばなるまいな」
「えっ、そんな! 俺は何にも……っ」
「いや、そなたの励ましのおかげだ」
 ジュリアスが礼を言って微笑むと、ランディは顔を赤くしてうつむき、くせのあるやわ
らかな髪に手を差し入れた。ランディの手が動くのに合わせて、栗色の髪が、風に揺れる
下草のように揺れ動く。
 その様子を微笑ましく眺めていると、やがてランディが顔を上げた。
「ジュリアス様、」
 呼びかけて、きゅっと口元を結ぶ。
「ジュリアス様、俺、少しでも早く立派な守護聖になれるようにがんばります。陛下の、
──ジュリアス様のお役に立てるように」
 空色の瞳が、強い意志を宿してジュリアスを見上げる。
「ああ。──期待しているぞ」
「はい!」
 首肯したジュリアスに目を輝かせて答え、ランディは勢いよく立ち上がった。ジュリア
スに向かって手をさしのべる。
「はい。ジュリアス様、どうぞ」
 差し出された手の先から腕を辿ってランディを見上げると、斜め後ろから射し込む光が、
鮮やかな空と共に力強い笑顔を際だたせていた。

                                        fin.


こめんと(by ひろな)          2001.7.26

はい、ラン誕企画、ジュリ様編、『LittleKnight』をお届けいたします。
──ランディの誕生日って、いつだったっけ?(乾笑)
なんか、ちょっと、自分的に消化不良で不満足です。くそう、もっとランジュリはイイ感じなのに! 思うところのイイ感じ加減を、うまく書けませんでした。悔しい。構成力のなさが悔やまれます。
このお話、最初はランディ一人称で、ランディが聖地に来たその日にジュリ様を見て恋に落ちる(笑)というお話だったはずなんですが…………、いろいろあって、大幅カット。前・風の守護聖リュンクス様も登場してたんですが、それもカット(T_T)。お茶会の面々の会話もカット、──何度も書き直したのに(T_T)。だって、オリヴィエがいろいろかき回してくれちゃうから、収集つかなくなっちゃうのよ(苦笑)。からかわれるランディの図だけでお話一つできちゃうんじゃないかってくらいに。「お、来たね。元気をまき散らす風の守護聖!」とか(爆)。
ランジュリの基本スタンスは、ランディがジュリ様のお役に立つぞ!と張り切ることからスタートです(笑)。ジュリ様は、最初はそんなランディを微笑ましく思いつつ、時々ランディの天然どかーんな台詞にびっくりさせられたり励まされたり。そうこうしているうちに、あらあら、なんだか大切な人になって来ちゃったぞ、な感じです(なんだその説明)。この話はまだランディが張り切ってる状態(笑)。これからのランディの成長に期待しましょう♪
まから様リクエストのランジュリ+クラ様なお話@トロワは、もっとかっこよくかわいく、そしてちょっとおまぬけvになる予定(笑)。──て、まだこれから書くんですけど〜(^^;)


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