IN MY DREAM


「──オリヴィエ、」
「ん……」
「オリヴィエ。──何か、悲しい夢でも見たんですか?」
「え?」
 何を言われているのかわからずに瞬きをすると、あたたかい唇が目尻に触れた。そっと
ついばむようなやわらかさに吸い取られ、オリヴィエはそれで初めて自分が涙を流してい
たことを知る。
「オリヴィエ」
 軽く眉を寄せて、真摯な眼差しでランディが見つめている。その空色の瞳には寝起きの
濁りはもうなく、いつもと同じに彼が目覚めてからかなりの時間が経過していることが窺
われた。
「なんでもないよ」
 安心させるために笑みを浮かべ、オリヴィエは首すじにかかる髪を払おうと手を動かす。
と、その手を掴まれ頭の上に縫い止められた。
 のしかかるように、ランディが見下ろしてくる。
「何かあったら話してください。俺、少しでもあなたの役に立ちたい、あなたの支えにな
りたいんだ。──俺、まだそんなに頼りないですか?」
 思いつめた声で問われ、オリヴィエはかすかに眉を持ち上げた。
 初めて彼に会ったのは、彼が16の時だった。未知の場所への不安や、重大な使命への
責任感と期待とをない交ぜにした瞳は、けれど力強く輝いていた。いつにも増して美しく
透き通っていた聖地の空、その青よりも彼の瞳のきらめきを美しいと感じたことを、良く
覚えている。
 4才年下の、元気溢れるかわいい弟。
 それが、いつの間にか愛おしい恋人になり、頼りがいのある男に成長していくのを、ずっ
と側で見守ってきた。ランディはもう、あの時のオリヴィエの年を追い越してしまってい
る。頼もしくもなったはずだ、改めて思う。しかしあの時の瞳の輝きは一度も衰えること
はなく、──むしろ日に日にその強さを増していくようで。
「ふふっ」
 ふいに声を立ててオリヴィエが笑った。戸惑うように表情を変えたランディの頬を、空
いている方の手がそっと撫でる。
「ランディ、あんたイイ男になったねぇ……」
「なっ……」
 脈絡のない台詞に、ランディの頬が赤く染まった。たじろいで力が緩んだ隙に手を取り
返し、首すじの髪を払って再びランディを見つめる。オリヴィエの顔に、満足げな笑みが
浮かんだ。
「ん、イイ男♪」
「っ……、なんですかいきなり。そんなとってつけたように言われても喜べないよ」
 顔を赤らめたまま、ランディが抗議する。
「なんでそこで拗ねるかなぁこの子は」
「──あなたに頼りにしてもらえないようじゃ、全然、まだまだだ」
「頼りにしてるってば」
 それでもまだ疑いの目を向けるランディに、オリヴィエは軽く笑って起きあがり、窓の
外に顔を向けたままランディを横目に流し見た。
「頼りにならない男に、私は自分を預けたりしないよ」
 オリヴィエの動きを追って身を起こしたランディは、朝陽の中に光る起き抜けのヴィー
ナスの艶めいた眼差しにうっすらと頬を赤らめる。
 けれどその手は惹かれるままにオリヴィエの頬に伸ばされて。
「俺は、あなたのことを守りたい、幸せにしたい。──誰かに守られる必要なんかないっ
てわかってても、それでも俺は、せめてあなたが俺になら守られてもいいと思ってくれる
くらいには強くなりたいんだ。あなたは皆の心を慰めてくれるけど、あなたが悲しい思い
をしているときにはどうするんですか。──俺は、あなたを一人で泣かせたりなんかした
くない」
 真っ直ぐな眼差し。真っ直ぐな想い。
 それだけで、どんなに救われていることか。
 自分にはこの手がある。彼の手が、いつでも自分を包んでくれている。それだけで、そ
う思うだけで強い心を持っていられる。
 願わくば、世界中の人が幸せでありますように。いい夢を見られますように。
 そう思えるのも、彼の存在があるから──自分が満たされているからこそだ。
「うん……」
 頬に触れた手に手を重ね、オリヴィエがそっと目を閉じる。わずかに微笑みを形どる唇
に、あたたかな吐息が触れた。
 そっと押し当てられる唇。優しく、あやすように。舌先が宥めるように唇を舐める。
「オリヴィエ……」
 唇をわずかに触れたまま、吐息でランディが名を呼んだ。
 ゆっくり目を開けると、真っ直ぐ見つめてくる空色の瞳がある。
「頼りにしてるよ」
 微笑むと、目の前の瞳がきょとんとしたように丸くなり、やがて輝く笑顔になった。
「はい」
 ふと思いついて、オリヴィエはランディの肩に手をかけた。体重をかけてのしかかる。
突然のことに対応しきれず、ランディが慌てて後ろ手をついた。
「わっ……!? ちょ、オリヴィエッ?」
 驚いて見上げるランディの唇に音を立ててキスをすると、オリヴィエはふっと身体を起
こした。そのまま立ち上がってベッドから降りようとしたオリヴィエの腕を、ランディが
掴んで押しとどめる。
「待って! ──オリヴィエ。さっきの、夢……」
 大丈夫なのかと目で問いかける。
 オリヴィエは、いつものように自信に満ちな艶やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。──ちょっとね、昔の夢を見ただけなんだ」
「昔の、夢……?」
「そ。──今はあんたがいるからね、大丈夫だよ」
 シャワー浴びてくる、と言って、オリヴィエはやわらかな髪をかき上げ額にキスをした。
俺も行きます、とランディもベッドを降りる。
「珍しいじゃない」
「何となく、そういう気分なんです」
 そう言って、ランディはオリヴィエを後ろから抱きしめた。
「いいですか?」
「ダメって言ったらどうすんの?」
「いいって言ってもらえるまで離しません」
 肩を揺らしてオリヴィエが笑った。
「いいよ。──そうだ、頼りになるダーリンに連れていってもらっちゃおうかな」
「いいですよ」
「えっ、──ちょ、マジ?」
「俺の力をなめちゃいけませんよ」
 言うなりランディはオリヴィエを抱え上げた。もちろん、いわゆる“お姫様だっこ”と
いうやつだ。突然の体勢の変化にオリヴィエが色気のない悲鳴を上げる。
「ほら。──どうです、頼りになるでしょう?」
 呆然とするオリヴィエに、ランディが得意気な笑みを浮かべた。
「うっそ……。──びっくりした。あんた、そんなに力あったんだ」
「ええ、毎日鍛えてますからね」
 ホントにこのまま連れてっちゃいますよ?とランディが尋ねる。気を取り直してオリヴィ
エは、改めてランディの首に腕を回した。
「いいよ。ふふっ、たまにはこういうのも新鮮でイイかもね☆」
「俺も、なんかすごいカッコイイことしてる気分です」
 ランディらしい感想に、オリヴィエが声を立てて笑った。
「カッコイイダーリン、バスルームまで連れてって♪」
「──悪のりしすぎですよ」
「いーからいーから」
 たまにはこういうのもイイね。自分を支えてくれる腕の力強さを、心や言葉ではなく、
実際に身体で感じるのも。
 明日には永遠の別れが待っているかも知れないけど、こんな日もあったことを思い出す
だけで、強くあれる気がするよ。
 ランディに身体を預けて揺られながら、オリヴィエは、夢の中の自分に微笑みかけた。


                                        fin.


こめんと(by ひろな)          2001.3.1(笑)

うっふっふ〜ん♪ 3月です! ランディ様のお生まれになった月です!!
──っつっても、28日だからまだまだ先だけどさ。ランディ様フェア、第1弾は今イチオシの風夢!ランオリ!ランヴィエ!名前はなんでもよろしくてよ!(爆)
オトナラン、いいなぁ……。かっこいい。自分で書いといてなんですが(笑)。
私もランディにお姫様だっこされてみたいよ……。
そしてヴィエ様の見た夢の内容は謎のまま……(苦笑)


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