こいぬのまぁちどうしよう、どうしよう……。 森の中で、メルは一人途方に暮れていた。 女王試験の協力者として、聖地にやってきたのは良いけれど。人見知りの激しいメルは、 初めて会う人ばかり、大人ばかりのこの生活に、緊張した日々を送っていた。見た目はコ ワイ人もいるけどみんな優しいよ、とはマルセルの言葉だが、年上の人に話しかけるのは なかなかに勇気が要って、今のところメルが気負わず声をかけられるのはティムカとマル セル、そして例外的にエルンスト、それだけである。 「え、えっとぉ……、どっちから来たんだったっけ……」 故郷にはなかった綺麗な花や小さな石を集めているうちに、森の奥深くまで入り込んで しまったのだ。夢中になっていたから、どっちの方向に進んでいたのか、どれくらい歩い たのかすらわからない。 「どうしよう……」 呟いて涙ぐんだところで、前方で茂みの揺れる音がした。どんどん近づいてくるその音 にメルの恐怖がピークに達したとき、ひときわ大きな音を立てて目の前に現れたのは……。 「えっ、──メ、メル!?」 「ら……っ、らんでぃさまぁ────……っ」 知っている人に会えて緊張の糸がぷっつりと切れたのか、メルは泣きじゃくりながらラ ンディにしがみついていた。 驚いたのはランディだ。ちょうど茂みを抜けたところに人がいただけでも十分なのに、 その上泣きつかれてしまっては……対応に困ってしまう。助けを求めるように周囲を見渡 しても誰もいるはずもなく、とりあえず、えぐえぐ泣きじゃくる背中を抱いて頭を撫でた。 そういえば、昔妹にもよくこうしたなぁ、などと感慨に耽っているうちに、肩の上下する 幅が少しずつ小さくなっていく。 「──メル? 大丈夫かい?」 泣き疲れ、落ち着いたメルが小さく息をついたのを見て、ランディはようやく声をかけ た。 「ぁっ……、ご、ごめんなさい……。と、ありがとう……ございます……」 ぱっと手を離し、もじもじしながらお礼を言うメルの頭を撫でて、ランディはにっこり 笑顔を返す。 「大丈夫、気にしなくていいよ。──それより、どうしたんだい? もしかして、道に迷っ ちゃった?」 「う、うん……。あのね、メルね、キレイな石やお花を集めてたの。そしたら……どっち から来たかわかんなくなっちゃって……」 言いながら、忘れていた不安な気持ちを思い出したのだろう、メルの瞳がまた潤み出し たのを見て、ランディは慌てて肩を掴んだ。 「わっ、メ、メルっ。泣かないでくれよ……。もう、大丈夫だからさ。一緒に帰ろう?」 こくん、と頷くと、ランディは手を差し出し微笑んだ。 「──え?」 「手をつないで帰ろう。そうすればもう恐くないだろ?」 そしてもう一度、力強い笑みを浮かべる。 『メルって言うのかい? 俺はランディ、よろしくな!』 初めて会ったとき、そう言って差し出された手をメルはおずおずと握り返した。 そして今も、あの時ほどではないにしろ、どきどきと緊張に胸を高鳴らせて手を伸ばす。 触れたランディの手のひらはあたたかく、ぐっと握られた力強さと共に、メルの心に勇気 を与えた。 ほっと息をついたメルに、ランディも内心ほっと胸を撫で下ろしていた。メルとはあま り話をしたことがない。マルセルが言うには人見知りが激しいから、とのことだったが、 故郷でも聖地に来てからも、子供たちには懐かれることの多いランディにとって、メルの 態度は実はちょっとショックだったりしたのだ。 助けて欲しいと眼で訴えるのに、いざ気づいて手を伸ばすと逃げてしまう、捨てられた 子犬か子猫のようだ。だから、一か八かの勝負で差し出した手を取ってもらえたことは、 ランディに力を与えた。 「よし! じゃあ行こう!」 握った手を引いて歩き出す。しばらく歩いたところで、少し緊張の残る声でメルが問い かけた。 「あの……ランディ様は、ここで何をしてたの?」 「え、俺? 俺はね、──ああっ!!」 突然叫んだランディに、メルがびくりと身をすくめる。 「あっごめん。──そうだ、忘れてた。ボール探しに来たんだよ」 「ボール?」 「うん、──あ、メル。君、犬は好きかい?」 「犬? うんと……、あんまり、大きいのはちょっと……」 「そうか。う〜ん、どうだろうな……。あ、でも、絶対悪ささせないから、安心してくれ よな」 そう言うと、ランディは指を唇に当てて、口笛を吹いた。 「オリバー!」 しばらくすると、がさがさっと茂みが揺れ、茶色い物体が目の前に飛び出してくる。 「ぅわぁ……っ」 メルが悲鳴を上げてランディの背中にしがみついた。 「オリバー、ストップ! ──メル、大丈夫だよ。こいつは身体は大きいけどおとなしい し、言うことも良く聞くから。オリバーって言うんだ。一緒にボールで遊んでたら、森の 中に入っちゃってさ、探してたんだよ」 「こ、恐くない……?」 「ああ、恐くないよ」 促され、おそるおそる顔を覗かせる。おとなしく“座れ”の姿勢で待つオリバーは、し かし興味津々の目でメルを見つめていた。 「メル、そっと手を出してごらん。──オリバー、ほら、メルだよ。仲良くな」 おずおずと差し出された手の匂いをくんくんと嗅いで、ぺろんっ!とオリバーが手のひ らを舐めた。うひゃっ、と叫んででメルが手を引っ込める。 「あははっ! メル、オリバーがよろしくってさ」 「う、うん。──オ、オリバー、よろしくね」 もう一度手を伸ばすと、オリバーが湿った鼻を押しつけぺろぺろと舐める。 「くふふっ、くすぐったぁい」 「はは、メル、ここに来る前、何かお菓子食べた?」 「えっ、なんでわかるの? ──うん、あのね、マルセル様が、パイをくれたの」 「じゃあそのにおいだな。こいつもマルセルのパイ好きなんだよ」 すっかり打ち解けたらしい様子にランディが頬を緩ませた。 「さぁ、今度こそほんとに帰ろう!」 「うん!」 わふん!と鳴いて、オリバーが先に駆けだした。 「良かった。メルと仲良くなれて。マルセルやティムカと遊んでるのは見かけるけど、俺 とはあまり話したことがなかっただろう? なかなかきっかけが掴めなくてさ、ちょっと 気になってたんだ」 「え? ──あ、ごめんなさい。メルもね、ランディ様とお話ししたいって、ずっと思っ てたの。でも……」 「でも?」 「ランディ様、ゼフェル様やオスカー様と一緒にいることが多いから……」 「え……」 どうやらメルは、ランディが苦手だったのではなく、その隣にいるゼフェルやオスカー に臆していたらしい。 「まあ、あの二人は……口が悪いからな…………」 咄嗟のフォローの言葉が思いつかず、ランディは困ったように頭を掻いた。乱暴な言動 のゼフェルや、お子様をからかって楽しんでいる節のあるオスカーをメルが苦手とするの は、無理もないことのように思える。 「でも、二人とも、ああ見えて結構優しいとこもあるんだよ。俺がゼフェルやオスカー様 と一緒にいても、ためらわずに声をかけてくれよな。俺はメルとももっと話をしたいし、 それに、ほら、少しでも二人のことを知るきっかけにもなるだろう?」 「うん」 「ゼフェルのメカチュピなんか、メルもきっと気に入ると思うんだ。──あっそうだ!」 何かを思いついたらしく叫んだランディを、メルとオリバーが何事かと見上げた。 「今度の休みにみんなでピクニックに行かないか? ゼフェルとマルセルと、ティムカも 誘って。あ、アンジェリークとレイチェルも誘おうか」 「わぁ……っ!」 途端にメルが瞳を輝かせる。その反応に励まされて、ランディも目を見開き手をぐっと 握りしめた。 「ゼフェルにメカチュピ持ってきてくれるように頼んでおくよ。俺はフリスビー持ってい こうかな」 「フリスビーっ!?」 「ああ、メルもやるかい?」 「うんっっ!」 フリスビー、の言葉に反応してランディとメルを見比べていたオリバーが、耐えきれず にランディの服の裾を銜えて引っ張った。 「ははっ、オリバー、おまえも来るかい?」 「わん!」 「ふふっ、オリバー、一緒に遊ぼうね!」 「わんっ!」 よく晴れた日の曜日、みんなで出かけた原っぱで、一番元気に走り回っていたのは、オ リバーとメルと、ランディだった。 「ランディ様たち、元気だねー」 「メルさんも楽しそう、良かった」 「おーおー、イートシして犬ッコロみてーに走り回ってんぜ……。しかしよー、あいつら いつの間にあんな仲良くなったんだよ?」 「なんでも、メルさんが森の中で迷子になっていたのを、ランディ様が助けてくださった んだそうですよ」 「はぁっ!? 迷子だぁ?」 「そ。──ふふっ、ランディだって、良く迷子になるのにね」 くすくすと楽しそうに笑う皆に気づいて、二人と一匹が駆け寄ってくる。 「ねぇねぇ、みんなで何話してたの?」 「あ、メルさん、お帰りなさい。──メルさんが、ランディ様と仲良くなって良かったっ て話してたんですよ」 「おいメル、騙されンなよ。コイツはな、ココに来て2年も経つクセに、未だに道に迷う よーなヤツなんだぜ」 「ゼフェル! そんなこと言わなくてもいいだろ!?」 「ヘッ、オレサマは親切で教えてやってんだぜ? オメーみてーな方向音痴を信じて迷子 になったら、コイツがかわいそーだろーがよ」 「なんだとっ!?」 「ふふっ、ゼフェル様、大丈夫だよ。もし迷子になっちゃっても、メルはランディ様がい れば平気だもん!」 「え……っ。──と、う゛……、がんばるよ」 「キャハハッ! だーいじょうぶ、もし迷子になっても、ワタシが探してあげるからサ☆」 「ちょっと、レイチェル! 失礼だよ……」 「いいよ、アンジェリーク。──でも、う〜ん、これはちょっと信用回復しないとなぁ… …」 「ふふっ、ランディがんばって! ぼく、応援してあげるよ!」 「メルもーっ!」 「僕も、応援させていただきます」 「──だとよ」 皆に焚き付けられ、ランディが困ったように髪をくしゃりと掴む。助けを求めるように 足元を見ると、じっとランディを見上げていたオリバーが、がんばれと言わんばかりにわ んと鳴いた。 「ほら、オリバーも応援してるってさ」 「そんなぁ……」 情けない声に、皆がくすくすと笑いをもらす。やがて重なり合い大きくなった笑い声が、 明るい空に吸い込まれていった。fin. こめんと(by ひろな) 2001.4.24 はい。ランディ&メル、です。しかし例によって(?)&というか、×というか。 さわやか素直ちゃんsです(笑)。 いや、この二人って、イメージが“こいぬ”だよな、と(笑)。おいで!って呼ぶと、喜んでシッポ振ってついてくる感じ(笑)。なのでこんなお話に。 メルちゃん、ほんとはそんなに人見知りな子じゃぁないとは思うんですが、ちょっとデフォルメ。なんかインプリンティング?ってな話ですな(苦笑)。 ところで。 トロワベースで、ちゃんとしっかりした(?)“×”のお話があったりするんですが(しかもH有り)…………、皆さん、読んでみたいですか? |