Love Berry



 不思議なピンクのラズベリー。
 あの人に、魔法をかけて。
 私の恋を、叶えてちょうだい。


「ねぇランディ様。ラズベリー摘みに行きませんか?」
 庭園の一角に据えられたブランコに揺られながら、アンジェリークが口を開いた。
「ラズベリー? そうか、そろそろそんな季節だね。──うん、いいよ、次の日の曜日に
でも行こうか」
「はいっ!」
 元気よく返事をして、ぴょんっとブランコから飛び降りる。と、着地に失敗して、勢い
余ったアンジェリークが悲鳴を上げて前につんのめった。
「おっ、と。──大丈夫かい?」
「あっ、ありがとうございます……っ」
「ははっ。君って、結構おてんばなんだね?」
 ちょうど腕の中に飛び込んできた身体をぽふっと抱き留めて、ランディはアンジェリー
クの顔を覗き込んだ。アンジェリークの頬が、真っ赤に染まる。
「もうっ、ランディ様!」
 軽快な笑い声を立てて腕を解き、ランディは愛おしそうな視線をアンジェリークに向け
る。睨む翡翠色の瞳が、太陽の光を受けてきらきら輝いているように見えた。
「さ、行こうか、おてんばなアンジェリーク」


 日の曜日。空は綺麗に晴れて、絶好のピクニック日和だ。
「へぇ〜っ、思ったより熟してるな。ちょうど食べ頃なんじゃないか?」
 そう言うと、ランディは手近にあった実をひとつ摘んで、ぽいっと口の中に放り込んだ。
「うん、おいしい。──アンジェリーク、君も食べる?」
 はい、と実を摘んだ指を目の前に差し出される。アンジェリークは、ちょっと迷った後
に、片手を出して受け取った。
「え? あ、そうか。──ごめん、ついいつもの癖で。昔、妹と木の実取りに行ったとき
とかさ、今もマルセル達と野いちごとか摘みに行ったりするんだけど、味見するときって、
取ったらすぐ自分や相手の口の中にぽいって入れちゃうんだよ。──でも、そうだよな、
女の子にそれは、失礼だったよな。ごめん、気づかなくて」
 わずかに顔を赤らめて、栗色の長い襟足を掴んでランディが謝る。いいえ、と返事をし
ながら、アンジェリークは、ちょっと惜しいことをしたと思っていた。その場の勢いで、
食べてしまえば良かった。
 お互いに正反対の方向で後悔する二人の間に、気まずいというのともちょっと違う、微
妙な空気が流れる。話題を探してランディは、深緑の葉の間から見え隠れする赤い実たち
を見つめ、手を伸ばした。
「俺さ、甘いものとか、大好きなわけじゃないけど、アップルパイとか、ラズベリーパイ
とか好きなんだ。よく母さんが作ってくれてさ。妹とはケンカしなかったけど、友達とは、
よく取り合いしてたな」
「どっちの方が大きいか、って?」
「そうそう! 今思うと、なんか、──すごいくだらないことでケンカしてたな。でも懐
かしい。今でも、パイを食べるたびに思い出すんだ」
 そう言って目を細めるランディは、とても優しい顔をしていた。今の半分くらいの年の
ランディは、どんな男の子だったのだろう。きっと、とても元気に走り回っている子だっ
たに違いない。思い浮かべて、アンジェリークは肩をすくめて笑った。気づいてランディ
が声をかける。
「アンジェリーク?」
「ふふっ。子供の頃のランディ様って、どんなだったのかな、って」
「子供の頃? う〜ん……あんまり変わってないかも。ハハッ。──君は?」
「私ですか? ──ふふっ、ナイショです♪」
「ええっ、ずるいよそんな!」
 抗議の声を上げるランディに、アンジェリークはいたずらっぽくウインクをした。
「ふふっ♪ ──あ、そうだ、ランディ様。パイお好きなら、今日摘んだラズベリーで、
パイ作ってあげますね」
「えっ、ほんとかい? 楽しみだなぁ!」
「あ、でも先に言っておきますけど、お母様のと比べたりしないでくださいね」
「そんなことしないよ! 君が作ってくれたっていうだけで、充分嬉しいんだからさ」
「えっ?」
 思わず聞き返したアンジェリークに、ランディもはっと自分の発言に気づく。思わず目
が合ってしまって、2人はぱっと視線を反らした。
「え、えっと……。──────そろそろ、始めようか」
「は、はい」
「いっぱい摘んで帰ろうな!」
 いつもと同じ、元気が出る笑顔を向けたランディに、アンジェリークもほっとして笑み
を返す。深緑の茂みを分けて、2人はそれぞれラズベリー摘みに取りかかった。


「あれ?──アンジェリーク、こっちにおいでよ。おもしろいものがあるよ」
 突然、ランディが声を上げた。顔を上げてみると、ぶんぶんと手を振って手招きをして
いる。近づいていったアンジェリークの視界に入った、ランディの指がまさに触れようと
していたそれは──。
「あーっ! 取っちゃだめっっ!!」
 叫んだアンジェリークに、ランディがびっくりして手を引っ込める。
 そこにあったのは。
 赤く光る実の中に、ひとつだけ、ピンク色のラズベリー。
「どっ、どうしたんだい?」
 わけが分からず目を丸くするランディをそのままに、アンジェリークはピンクのラズベ
リーに駆け寄ってしゃがみ込み、ほうっとため息をついた。
「よかったぁ…………。こんなところにあったなんて……」
 満面の笑みを浮かべるアンジェリークを覗き込んで、ランディはぱちくりと瞬きをした。
「アンジェリーク。そのラズベリーが、どうかしたのかい?」
「えっ。あ、えっとぉ…………」
 ためらうように視線を揺らして、アンジェリークが言葉を濁す。目の前のランディを避
けて動いた翡翠の瞳がピンクの実を捉え、止まった。しばらくその実を見つめ、やがて決
心したようにきらりと表情が変わる。
「ランディ様、口開けてください」
「えっ?」
「はい、あーん」
 思わずつられて口を開けたランディのその口の中に、アンジェリークが何かを放り込ん
だ。ぱくっと食べてしまってから、ランディは視線を動かして、自分が食べたものを知る。
 先ほどまで葉叢で輝いていたピンクのラズベリーが、なくなっていたのだ。
「えっ、これって……?」
 口元を押さえて目を丸くしたランディを、アンジェリークはじぃっと見つめている。
「アンジェリーク?」
「ランディ様、なんともありませんか?」
「えっ? い、いや、別に何ともないけど……え?」
「そうですか……」
 途端にしゅんとしてしまったアンジェリークに、ランディはわけも分からずただただ慌
てた。さっきの、ピンクのラズベリー。彼女が自分の口の中に入れたのは、確かにそれだ
ろう。けれど、どうしてそれで何ともないかと聞くのだろうか。そしてどうして何ともな
いと言われてがっかりしているのだろうか。
 分からないことだらけだ。ただ一つランディに分かっているのは、今自分の目の前で、
アンジェリークが落ち込んでいるということ。
 俯いて目を伏せた横顔、金色の長い睫毛が翡翠の瞳に影を落としている。アンジェリー
クのしゅんとしている顔は、見ていてつらい。何でもいいから、励ましてあげたくなって
しまう。
「アンジェリーク」
 気がつくとランディは、アンジェリークの身体を後ろから抱きしめていた。
「ラ、ランディ様……?」
 驚いて顔を上げたアンジェリークの頬に頬をつけて、ランディはそっと囁いた。
「アンジェリーク、何があったか知らないけど、そんなに落ち込まないで。君のそんな顔
を見るのはつらいよ。それが俺のせいだっていうなら、なおさらだ。──お願いだから、
いつもみたいに笑ってくれないか? 俺、君の笑顔が大好きなんだ」
 ランディの腕の中、アンジェリークは一気に真っ赤になった。
「好きだ、アンジェリーク」
「あのっ、ラ、ランディ様……っ、」
 上擦った声に我に返って、ランディはぱっと手をはなして後ずさった。
「わっ、あ、ごめん俺……っ」
 わたわたと手を動かして、ランディの顔も真っ赤になる。
 火照る頬を押さえて息をひそめているアンジェリークの前で、ランディは落ち着きなく
視線をさまよわせる。やがてその目が同じ色をした空に向けられ、ランディはふうっとた
め息をついた。
「えっと……、────まいったな……」
 弱り切って眉を寄せて、右手でくしゃりと髪を梳くように掴む。ため息とも深呼吸とも
つかない息をくり返し、意を決した空色の瞳がアンジェリークに向けられた。
「アンジェリーク、俺、君のことが好きだよ。女王候補としてよく頑張ってるって思うし、
えらいとも思う。でもそれだけじゃなくて、ひとりの女の子である君が、好きなんだ」
「ランディ様……」
「──はは、言っちゃった。まいったな、こんなとこで言うつもりなかったのに」
 照れを隠しきれずに、ランディが俯く。アンジェリークは迷って、でもそっと手を伸ば
し、頭を押さえているランディの手に触れた。
「アンジェリーク?」
「ランディ様、ありがとうございます。──わ、私も……っ、ランディ様のことが、好き
です」
 空色の瞳が大きさを増し、輝きを増していく様を、アンジェリークは花が開く瞬間を見
るような思いで見守った。
「ほんとかいっ!? ──すごいや、ありがとうアンジェリーク!!」
 途端に抱きすくめられ、小さく悲鳴を上げる。慌てて手をはなして、ランディが謝り、
今度はやわらかく抱きしめられた。
「よかった……。────ほんとはさ、俺、今日こそはちゃんと言うぞって思ってきたん
だ。でも君からの返事を聞くのが恐かったから、最後に言おうって思ってたんだけど……。
言ってよかったな」
 わずかに腕に力がこもる。身体を包む温もりの心地よさに目を閉じて、アンジェリーク
は唇を微笑みの形にほころばせた。
 と、あっとランディが声を上げた。目を開くと同時に肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「あ、そうだ、アンジェリーク。さっきさ、どうして落ち込んだ顔してたんだい? それ
と、あのピンク色のラズベリーって、何か……あ、もしかして何か関係あるのかな?」
 真正面から顔を覗き込んで、首を傾げてランディが尋ねる。頬を染めてわずかに俯くと、
アンジェリークは小さな声でぼそっと答えを返した。
「え? なに?」
「えっと……っ。お、おまじないで、ピンクのラズベリーを好きな人に食べさせると、─
───その人が告白してくれるって……っ」
「え……っ」
 さらに真っ赤になって俯いてしまったアンジェリークを見おろして、ランディは先日か
らの一連の出来事をつなぎ合わせる。
「それって、ええっと……。──俺に、その、おまじないを……?」
 こくん、無言で小さく頷いたアンジェリークの頬を、ランディの両手がそっと包んだ。
「ありがとう、アンジェリーク。そんなに俺のことを想ってくれていたなんて……今まで
気づかなくて、ごめんな。あ、気づいてなかったって言うか、もしかして俺の勝手な思い
込みなんじゃないかって思って……、なかなか言い出せなかったんだ」
 わずかに潤んだ翡翠の瞳が、戸惑いながらも見つめ返してくれる。なんて幸せなんだろ
う、自然とこぼれる笑みに頬を緩ませながら、ランディはアンジェリークにそっと顔を寄
せた。
「アンジェリーク。ありがとう、好きだよ……」
 そっと唇が重ねられた。


「──たくさん取れたな。パイやジャムや、あ、凍らせてシャーベットにしてもおいしい
んじゃないのかな?」
 赤い実のたくさん入ったバスケットを揺すって、2人は満足げに顔を見合わせる。
「ふふっ、ランディ様、結構いろいろご存じなんですね」
「母さんがお菓子作り好きだったし、マルセルや、あとディア様やリュミエール様も時々
作ってくださるんだよ。今は君やロザリアもいるしな。知ってるかい、君たち2人が来て
から、お茶会の回数が倍くらいに増えたんだぜ?」
「ええっ、そうなんですか?」
「ああ。──俺、お茶会って好きだな。ゆっくりお茶を飲みながら、たわいもない話をす
る。そういう時間って、大切だと思うんだ。今度、君と2人でお茶会したいな」
 さらっと言っておいて、そのあとで少し赤くなる。そんなランディにアンジェリークは
くすりと笑って、隣でバスケットを抱える腕にこつんと額を押しつけた。
「はい、ランディ様」
 かすかにランディが笑った気配がした。同じような時間を、今までにも2人で過ごした
と思うのに、今日はなんだか、より特別に大切な時間のように思える。ランディも同じよ
うに感じているのだろうか、と思った時、ちょうどランディの声が聞こえてきた。
「そういえば、さっきの、あのピンクのラズベリー、あれって効き目はあったのかな?」
「──ランディ様は、どう思われますか?」
「う〜ん、どうだろう……。ピンクのラズベリーがあってもなくても、俺はもともと今日
こそ君に想いを伝えるつもりで来てたわけだから、ラズベリーは関係ないような気もする
けど、落ち込んでる君を見てたら急にどうしても今言わなきゃって思ったのは、やっぱり
あのラズベリーのせいなのかなって気もするし……」
 う〜ん、何度も唸って、ランディは真剣に考えているようだ。眉をひそめたランディの
横顔を盗み見て密かに喜んでいると、ふいにランディの顔がこっちを向いた。
「でも、あのラズベリーのおかげって思った方が素敵だよね? ──て、アンジェリーク?」
「えっ、あ。──そ、そうですねっ」
「? まあ、いいや。──ところでさ、アンジェリーク。そのおまじない、どこで知った
んだい?」
「え、学校でみんな言ってたやつですけど……、ランディ様、ご存じありません?」
「学校で? 主星で──、う〜ん、どうだろう。女の子たちがよくそんな話してたけど、
俺はそういうの全然知らないからなぁ……。でもそうか、主星のおまじないなんだ。他の
みんなは知ってるのかな? ちょうどこれから良い時期だし、みんなにも教えてあげたく
なっちゃうよな!」
「ふふっ、ランディ様ったら!」
「だって、こんなに幸せな気持ちになれるんだよ。他の人にも、幸せになって欲しいじゃ
ないか。それにもし告白のおまじないが叶わなくても、好きな人とこうやってラズベリー
を摘みながらおしゃべりするだけでも充分幸せな時間が過ごせると思うな」
 真っ直ぐな言葉に、アンジェリークがまた頬を染める。ランディが照れていないところ
を見ると、今の台詞は天然、もとい、無意識のものらしい。
「アンジェリーク? どうしたんだい、俺の顔に何かついてる?」
「えっ……。あ、いいえ。──ふふっ、ランディ様ってかっこいいなって思って♪」
 ふと湧いたいたずら心にそそのかされるままに口を開くと、ランディは予想通り、真っ
赤になった。
「な……っっ」
 くすっと笑って、ついでに腕に抱きついてしまう。
「さっきのお返しです」
「えっ??」
 わけの分からぬまま赤くなって慌てる彼も、飾らない気持ちを真っ直ぐに伝えてくれる
彼も、目を輝かせて夢を語る彼も、それぞれが愛おしい。魔法のラズベリーの効果のほど
は定かではないけれど、彼の言うとおり、こうして過ごすなんでもないような時間こそが
大切なのだ。
「ランディ様、そろそろ帰りましょ? ──とりあえず、バニラアイスの上に散らして食
べるっていうのは、いかがですか?」
「あ、ああ。────なんか、今日のアンジェリーク……」
「え?」
「い、いや、なんでもないよ」
「え〜っ、なんですか〜? 教えてくださいよ〜っ」
「え、えっと…………、ま、また今度な。──さ、行こうっ」
 早足で歩き出したランディに引きずられるように、アンジェリークも足を踏み出す。気
づいて少し脚をゆるめ、隣を見てはすぐに視線をそらす、というのをくり返し、何度目か、
ようやくランディはアンジェリークをまともに見た。
「あのさ、アンジェリーク、────っ、やっぱいいや、ごめん」
「ええ〜っ?」
 今日の君は、いつもより一段と綺麗だ、なんて……、言えないよ。
 心の中で思うだけで、こんなにも頬が火照ってしまうのに。
 それでも、せめてこの想いだけでも伝わるように。ランディは、腕に触れている小さな
手を取ると、自分の手の中に握りしめた。
「アンジェリーク、──手をつないでいこう?」
「はい、ランディ様」


 ラズベリー。魔法のラズベリー。
 私の想いを届けてちょうだい。
 みんなの恋を、叶えてちょうだい。


                                        fin.


こめんと(by ひろな)          2001.3.28

じゃ〜んっ! お待たせいたしましたぁ〜っ! 待ちに待った待たせたランリモです! ──て、え? 待ってない? そんなぁ……。
私はこの話、書きたくて書きたくて、ずぅう〜〜〜っと前からうずうずしてたのよ。そう、最初に浮かんだランリモネタが、実はこれだったりします。恋を叶える魔法のラズベリー。しかもなぜかピンク(笑)。おまじないって、おんなのこちっくで、かわいいでしょ?
だけど“ラズベリー”っていってるのに壁紙はめちゃめちゃイチゴです(爆)。だって、かわいいラズベリーな壁紙がなかったんだもの。でもこのお話には壁紙つけたかったんだもの。ってことで、でもきっとランディと女王候補のお話には、基本的に壁紙つくと思います。ヤローとの話にはつかない(笑)。
ところで、つい数分前間でこのお話書いていたので、今は「やった〜、おわった〜!」という開放感でいっぱいですが、あとで読み返したら、こっぱずかし〜っ!部分とか、至らない部分とか出て来るんだろうな。
男女カップリングネタ、次は、ロザリアです♪ ランロザ♪


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