Rose Princess「あれ? ロザリアじゃないか、どうしたんだい?」 珍しく直に草むらに座り込んでいるロザリアを発見して、ランディが身軽に駆け寄って くる。慌てて立とうとしたロザリアを制し、ランディは少し緊張した面持ちで、隣に座っ ていいかと聞いた。 「あ。──はい」 ありがとう、礼を言って腰を下ろす。緑の草の上、赤いマントとのコントラストが鮮や かだ。 「何を見ていたの?」 「え?」 「あれ? 俺の気のせいだったのかな、何かをじっと見てるように見えたんだけど。だか ら、邪魔しちゃ悪いかとも思ったんだけど、君が何を見てるのか気になって、声をかけて しまったんだ」 その言葉から、彼が自分を見つけてすぐに声をかけたのではなく、しばらく様子を伺っ ていたことが知れる。視線に全く気づかなかった自分に驚き、ロザリアは白い頬を薄く染 めた。 「な、なんでもありませんわ」 「……そうか、俺、この花のこと見てるのかと思った」 指差した先には、淡い青紫の小さな花。そう言えば、最初は確かにその名もない野の花 を見ていたのだと、言われてから思い出す。 「どうして……、そうお思いになりましたの?」 なんでわかったのか、と聞くのはためらわれ、一瞬迷ってそういう問い方をした。 「え、なんでだろ……。──う〜ん、やっぱりきれいだからかな?」 逆に問われるとは思ってもみなかったらしく、ランディは面食らった顔をして、首を傾 げつつ答えを返す。 「……理由にならないかな、これ」 「ふふっ、良いと思いますわ」 今日初めてのロザリアの笑顔に、良かったぁ、とランディが笑った。 「え?」 「やっと笑ってくれたね」 向けられた笑顔の眩しさに、ロザリアが頬を赤らめ視線をそらす。そんな彼女を愛おし そうに見つめて、ランディはふと話題を変えた。 「あのさ、ロザリア。──試験の方は、調子はどうだい?」 「何の問題もなく、順調ですわ」 当然のことのように答えながら、わずかに表情が硬くなる。 「そう? ならいいんだけど……。ほら、君とアンジェリークとじゃ、やっぱり彼女の方 がちょっと危なっかしいからさ、皆ついつい面倒を見てあげちゃったりするけど、君は何 か悩んでたり、不安に思ったりすることはないかなって」 「──────別に、何も」 「そうか、良かった。──あのさ、誰にでも悩みはあると思うんだ。それって当たり前の ことだし、何も恥じなくていいことだと思う。だから、えっと……、もし、君が何かに悩 んだり迷ったりしたら、──その、俺にできることは少ないかも知れないけど、誰かに話 すだけで楽になったりすることあるだろ? だからそういうときは、俺に声をかけてくれ たら嬉しいな」 「ランディ様……」 青い瞳が大きく見開かれた。ロザリアの視線の先で、照れて赤くなったランディがわず かに俯き、やわらかそうな髪を何度も握り込んでいる。 「そっ、それだけ! ただ言いたかっただけなんだ。──じゃっ」 がばっと立ち上がり、あっと言う間に遠く小さくなる背中を見送って。 ロザリアは、ほころびそうになる口元を引き締めようと頬に力を入れた。しばらくそう して唇をきつく結んで、けれどやがて、頬に手を添えると泉から水が溢れるように微笑み をこぼしたのだった。 「はぁ────っ、緊張した…………」 ひとしきり走ったランディは、手近にあった木に手をつき大きく深呼吸した。ジュリア ス様のところにお叱りを受けに行くより緊張したかも、とまで考える。 言いたかったことはたくさんあったのに、ひとつしか言えなかった。そのたったひとつ ですら、うまく伝えられたかわからない。なにせ、会話の内容なんてほとんど記憶に残っ ていないのだ。覚えているのは、驚きに瞠られた瞳に影を落としていたまつげの長さや、 普段の大人びた顔からは想像がつかないくらいに愛らしい笑顔とか、そんなことばかりだ。 「──あの花、きれいだったな」 彼女が見るともなく見ていた、小さな花。名もない野の花だけど、彼女に似ていると思っ ケダカ た。どうしてだろう、彼女に重ねるのはいつも、美しく気貴い大輪の薔薇のイメージだっ たのに。 「やっぱり少し元気なさそうだったかも……」 憂いを帯びた、けぶる湖面のような瞳も美しいけれど、声をかけるのすらためらうよう な、鮮烈なまでに気貴い眼差しの方が彼女には似合う。彼女の自信が揺らぎかけているの なら、それを支える手助けをしてあげたかった。 「ロザリア……。俺は君に、何をしてあげられるだろう……」 呟きが、流れる雲に乗って、風の向こうに消えていった。 * * * 包むような空色の視線を感じつつも素直になれず、ランディとの仲は相変わらずのロザ リアである。先日オリヴィエに「ロザリア、あんた最近少し雰囲気が変わったね。キレイ になったよ☆」などと言われてしまったのが、この場合は裏目に出ていた。 自分の弱さを自分で認めるのだって嫌なのに、他人にさらけ出せるわけがない。まして やそれを……。そう、ロザリアは、その想いを認めることすらできずにいた。大切な女王 試験中に、しかも最初『年上のくせに守護聖のくせに子供っぽく頼りなさそうな人』だと 思った人に惹かれているなんて。子供っぽいという印象は相変わらずだが、頼れる人物だ ということはもう十分にわかっている。子供っぽさも、微笑ましい無邪気さ、とまで感じ るようになった。けれど。 ああ、もう! 今はこんなことを考えている場合ではないのに! 女王試験に専念せね ば、近頃見違える発展を遂げ始めたアンジェリークに、もしかすると負けてしまうかも知 れない。 「落ち着きなさい、ロザリア。──私はロザリア・デ・カタルヘナよ。落ち着いてやれば、 出来ないことなどないのだわ」 声に出して、自らに言い聞かせる。目を瞑り深呼吸をして、立ち上がったとき、がさり と茂みを揺らしてランディが現れた。 「ロザリア! 良かった、やっぱりここにいたんだね」 「ランディ様……!? どうして……」 まるで自分を探していたかのような口振りに動揺する。口元に手を当て揺れる視線と震 える声で問うと、ランディは照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。 「うん……。君に、渡したいものがあって」 言ってランディは、肩にかけていたアーチェリーの矢を入れた筒を下ろした。何事かと 見つめるロザリアの前に、差し出されたのは一輪の白い薔薇。 「これを、君に渡したくて。────その、ほんとはもっとたくさん花束にしてあげたかっ たんだけど、やっぱりちょっと恥ずかしくてさ。カムフラージュに、弓まで持って来ちゃっ たよ」 「ランディ様……」 「俺にこういうことされるの、迷惑じゃなかったら……」 「そんなっ! 迷惑だなんてとんでもありませんわ!」 思わず勢い込んで否定すると、ランディは目を瞠り、次いで安堵の笑みをもらした。 「良かった……。じゃあ、受け取ってくれるかい?」 「ええ、喜んで」 受け取って顔に近づけると、しつこくない程度の薔薇の香りが鼻をくすぐる。ロザリア は、自然と頬が緩み、体が心が軽くなるのを感じた。 「うん、やっぱり似合うね」 満足げな声に顔を上げると、微笑みを浮かべたランディと目が合った。 「ランディ様、どうして白い薔薇を選ばれたんですの?」 「うん、ほんとは赤い薔薇の方がいいのかなとは思ったんだけど……たとえばオスカー様 ならきっと赤い薔薇を贈るだろうし、君も赤いほうが好きかとも思ったんだけど。──俺 にとっては、君は、気貴くて清楚な……白薔薇のイメージなんだ」 真っ直ぐに見つめられ、微笑まれて、ロザリアは頬を染め薔薇を握る手に力を込めた。 「ロザリア、俺は君の支えになりたい。君がいつでも気貴く強く前を向いて進めるように、 そのための勇気をあげられる存在になりたいんだ」 ランディの言葉が、ひとつひとつ、心に染み込んでいく。不安と焦燥に掻き乱されてい た胸の奥が、あたたかいもので満たされ癒されていくのを感じる。 「え……っ、ロ、ロザリア!?」 慌てたランディの声と、下草を踏む音がする。ためらいがちに頬に触れた指に、ロザリ アは自分が泣いていることを知った。 「ロザリア、俺、何か……」 うろたえた問いかけに首を振り、肩口に顔を寄せる。緊張に固くなった身体の胸元を掴 んで、身体を預けた。 「ありがとうございます……」 囁きに応えるように、そっと背に腕がまわる。 「ロザリア……。いつでも自分に自信を持って強くあろうとすることは大切だけど、いつ もそうできるわけじゃない。そんなときは、俺を頼ってくれよな」 小さく頷いたロザリアの髪を、ランディの手がそっと撫でた。 やがてロザリアが落ち着きを取り戻すと、ランディは身体を離し、にっこり力強い笑み を浮かべた。 「ロザリア、元気の出るおまじないを教えてあげるよ。──目を閉じて、手を広げて」 そういって、ランディは手本を示すように自ら目を閉じ両腕を広げた。ロザリアも、言 われるままに同じ姿勢をとる。 「ほら、風を感じるだろう? もし落ち込んだり自信がなくなったり、悲しいことがあっ たりしたら、こうして手を広げて心を開いてごらん。風が嫌な気分を吹き飛ばして、元気 を運んでくれるよ。──忘れないで、風がいつでも君の側にあるように、俺の心もいつも 君にあるから。いつでも君を見ているから」 風と共に胸を駆け抜けた言葉に、ロザリアは笑み浮かべて頷き、目を開けた。 矢車草のような深い青の瞳には、自信と気品と、そして慈愛にも似た輝きがたたえられ ていた。fin. こめんと(by ひろな) 2001.4.11 はい、そしてランディと女王候補のらぶv第2弾は、予告通りランロザでございます。 お約束ではあるのですが、ロザリアお嬢様を薔薇に例えさせていただきました。やっぱり、ねぇ? でも私の場合、彼女は白薔薇なのです。高貴、純潔。それが彼女のキーワード。コミックスでは青い薔薇でしたけどね。 ランロザはですね、基本的にラン→ロザな構図が好きだったりします。そんでもって、ロザリア、だんだんほだされちゃうの(笑)。 あと、ランディの台詞、「目を閉じて、腕を広げてごらん。──ほら、風を感じるだろう?……」っていうの。これが、今回のお話を書くモトになったものでありました。 |