愛のサンカク 恋にはシカク
「──で、すっごくキレイだったんですよ!」
「はいはい」
「ね、だから今度セイランさんも行きましょうよ!」
「はいはい」
「セイランさん!」
「そんな大きな声じゃなくても聞こえるってば」
そろそろ聖地名物のひとつになりつつあるやりとりが、今日も賑やかに庭園を移動しな
がら繰り広げられている。
「あのっ、よ、良かったら今度、二人で行きませんか? セイランさん、きっと気に入る
と思うんです。──それに、……そこに佇むセイランさんは、い、いつもよりもっとキレ
イだと思うから」
頬を染めて告げられた台詞に、3歩先を歩く白い首すじがさっと色づいた。
「……ッ、ばかっ、」
さらに早足になって歩き去ろうとするセイランを、ランディの腕が引き止める。
「ちょっ……、待ってくださいよセイランさん! なんで逃げるんですか!?」
「あなたが馬鹿なこと言うからでしょう!?」
「なんで馬鹿なんですか! 俺はただ思ったことを言っただけなのに……っ」
「それが馬鹿だって言うんだよ! もうっ、離してってば!」
「──よっ! またフラレてんのかよランディ野郎」
進歩ねーなー、とニヤニヤ笑いを浮かべて近づいてきたのは、ランディの無二の悪友ゼ
フェルである。
「ゼフェル。またって何だよ、それにフラレてなんかいないってば」
「ああゼフェル様ちょうどいいところに。──ちょっとこの人どうにかしてくれませんか」
「〜〜セイランさんっっ!」
無表情に告げたセイランに、ランディが絶望的な声を上げる。
「だとよ。残念だったなランディ」
ニヤリ、勝利の笑みに唇を歪めて、ゼフェルの腕がセイランに伸びる。
と。
「──!!?」
空に似た色合いの二対の瞳が、同時に大きく見開かれた。
「ごっそーさん」
唇を離してゼフェルが笑う。
「な……っ、」
よろめくように後ずさったセイランの身体を、ランディが奪い返して腕の中に収めた。
「ゼフェル!! セイランさんに何てことするんだ!!」
「助けてやった見返り」
しれっと答えたゼフェルに、ランディが拳を震わせた。
「いーじゃねーか、別に。減るモンでもねーし」
「減る! ──気がする、おまえの場合」
「おい……。──ま、しゃーねーやな、力技で押すしか能のねードーテーヤローと、テク
ニシャン(笑)なオレサマとじゃ差は歴然ってヤツだな」
「〜〜〜っそういうこと言うなよ!!」
「へっ、悔しかったらなぁ、ちったぁオレサマを見習って……」
「俺はそんなことしない!! いいかゼフェル、今度セイランさんにこんなことしたら絶
交だからな!!」
烈火のごとく怒り狂って、ランディはセイランを促し──というより引きずるようにず
んずん歩いていく。
取り残されたゼフェルは、ランディの言う『そんなこと』と『こんなこと』が同一のも
のを指すのか、てゆーかそもそも何を指しているのか、あまりに多い選択肢(と書いて前
科と読む)から探し当てるのは困難だと思いつつ、最初の印象のままに唇を歪めた。
「──へっ。おもしれーヤツ♪」
「──ランディ様」
腕を掴まれたまま、セイランはいまだに蒸気機関車のように湯気を噴き上げて進むラン
ディの背中に呼びかけた。
「ランディさま。いたい」
重ねて訴えると、たっぷり3秒の誤差の後、ランディの動きがぴたりと止まる。
「え? ──あっ、ごめん! すいません俺……っ」
我に返ってあわてふためいて、ランディは掴んでいた腕を引き寄せるとごしごしと擦っ
た。──それはそれでまた痛いのだが。
「しないの?」
「え?」
「キス。──しないの?」
見上げたセイランの唇から発せられた台詞が「してくれないの?」に変換されたとして、
誰がランディを責められようか。
「え゛っ……」
濁点つきの「え」を発したきり、ランディは狼狽えるを通り越して硬直した。やがて固
まった身体の中、実は火事場のフル回転で稼働していた頭が、先ほどのゼフェルとのやり
とりを思い出す。
「あ……っ! 違うんですセイランさん! あれはっ、その……っ、──キ、キスしない
ってことじゃなくて、あんな風に無理や……」
「そう、」
ランディの弁明を最後まで聞かず、セイランは無表情のまま呟き、ふわりと微笑んだ。
見とれたランディが惹かれるまま手を伸ばし、しかし頬に触れる前にセイランがくるり
と踵を返す。
「ええ……っ、」
あからさまな落胆の表情をしたランディを肩越しに振り返り、セイランが小さくため息
をついた。
「何してるんですか。早く行きますよ」
「え?」
「連れてってくれるんでしょ。僕が気に入るってトコ」
「──はいっ!」
ぴょこんと耳とシッポを跳ね上げて──セイランの類まれな感性のみが捉えうるもので
はないと思われる──駆け寄ったランディがセイランの腕を掴む。
「セイランさんっ! こっちですよ!」
「そんなにひっぱらなくっても歩けるってば」
「だって一刻も早くセイランさんにも見せてあげたいんです!」
「はいはい、わかったから、」
賑やかなやりとりが、次の目的地に向かって移動を始めた。
fin.
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