たまにはこんな誕生日

1

「オスカー様っ、おめでとうございます!」
 ばんッ!と扉を派手に開けて、栗色の風が部屋に飛び込んできた──ように、オスカー
には見えた。
「どうしたんだ、ぼうや。こんな朝早くに」
 今度は何をしでかすつもりかと、不安と期待が渦巻く心中を押し隠して、あくまで冷静
に、オスカーは問いかけた。
「オスカー様、今日お誕生日ですよね! マルセル達と、みんなでオスカー様のお誕生会
しようって決めたんです」
 これ招待状です、とランディは、オスカーの目に似たうすい水色の封筒を差し出した。
勢いに押されてオスカーが受け取ると、ランディはにっこり満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ俺、これで失礼します!」
 そしてまた疾風のごとく去っていく背中を呆れつつ見送り、オスカーは手元の封筒に視
線を落とす。ふう、とため息をついて中のカードを開くと、少女めいた、かわいらしい文
字が並んでいた。マルセルの筆跡だ。
   ── 午後2時 宮殿中庭にて ──
「2時、か……」
 呟いて、ため息混じりの苦笑を浮かべる。せっかくのオスカーのためのお茶会に、オス
カー本人が出席しないとあっては、子供たちの不興を買うのは目に見えている。マルセル
のふくれっ面とランディのしゅんとした顔と、ゼフェルの「けっ、これだからオトナって
ヤツは」と言わんばかりの眼差しが交互に浮かんだ。
「俺も、お子様のお守りが上手くなったもんだぜ……」


「そうか、それならば仕方がないな」
「申し訳ありません、ジュリアス様」
「そなたが謝ることではないであろう」
 言ってジュリアスは、ふっと視線を和らげた。
「あの者たちの元気の良さには誰も敵うまい。──聖地もずいぶんと賑やかになったもの
だ」
「ええ、本当に」
 苦笑を浮かべたオスカーは、次のジュリアスの申し出に頬をひきつらせた。
「ところで今日の昼食会だが、そなたさえよければ夕食会に変更してはどうだろうか」
「──え」
「何か予定があるのか?」
「い、いえ。──わざわざ俺のためにありがとうございます」
「常日頃からそなたには世話になっているからな。気の利いたものでも贈れればいいのだ
が、私はそういったことは不得手なのだ。一度の食事でそなたへの感謝をどれほど伝えら
れるか分からぬが、せめて楽しんでくれ。酒も用意させておこう」
「ありがとうございます」
 深く礼をしつつ、オスカーは頭の片隅で、本日2度目になる、今日の予定の練り直しを
余儀なくされていた。


                    *          *         *


「あっ、来た来た! オスカー様──!!」
 ぶんぶん手を振るマルセル達に片手を挙げて返事をし、オスカーは歩調を変えずに白い
クロスのかけられたテーブルへと歩み寄った。
「あー、オスカー、お誕生日おめでとうございます」
「オスカー、こちらへどうぞ」
 ルヴァに視線で返事をし、リュミエールにすすめられた席に腰を下ろすと、向かいに座っ
ていたゼフェルがフンと鼻を鳴らした。
「どうした風の吹き回しだよ。──てっきりおめーは来ないもんだと思ってたぜ」
「せっかくの誘いを断るわけには行かないだろう。──これが麗しいレディからの招待な
らなお良かったんだがな」
「フン。……ちっとは見直してやってもいいぜ」
「そうか、なら俺も少しはおまえを見直せるよう努力するとしよう」
 頬をぴくりとひきつらせたゼフェルを余裕の笑みであしらって視線をはずすと、今度は
その隣のマルセルと目が合った。
「オスカー様、もしかして今日どなたかとご予定があったんじゃ……?」
「レディとの約束があったなら、ぼうやたちには悪いが俺はそっちに行っていたさ」
 片眉を上げて、素知らぬ振りで返事をする。マルセルとランディがそろって安堵の息を
つき、ゼフェルが横を向いて、けっと小さく吐き捨てた。
「はっあ〜い、お・ま・た・せ☆ ──っと、なに……コレ、オスカー?」
「コレとは何だコレとは!」
 ぴらぴらと振った指で赤毛の男を指差し、ルヴァたちに確認する。見間違えようのない
赤毛の男──もちろんオスカーだ──は、あまりの言い様に思わず声をあげた。
「ふぅ〜ん……。大変だねぇ、中間管理職は」
「誰が中間管理職だ」
「あんたとリュミちゃん。あ、ルヴァもそーかな?」
「オリヴィエ、あなたは?」
「私ぃ〜? 私は一人気ままにふらふらしてるだけさ。──気楽でいいよん♪」
「さすがは極楽トンボだな」
「だぁ〜れが極楽トンボだってぇ!?」
「まーまー、二人とも」
 ルヴァの仲裁(?)で静まった二人を見て、マルセルがぽつり呟いた。
「ねぇ、ぼくらも将来あんなふうになるのかなぁ……?」
 子供たちの間に、なんとも言えない沈黙が広がる。
 困った顔のランディとイヤそーな顔のゼフェルは無言のまま偶然同じ方向を向き、そし
て必然的に同じものを捉えた。
「あ、」
「お」
「────にぎやかなことだな」
 光溢れる中庭に、突如現れた黒い物体──もとい、長身の影。
「クラヴィス様、何かご用がおありでしたら私が伺いましたのに」
「……いや、いい」
 それだけ言って背を向けるクラヴィスの服を、オリヴィエががっしと掴んだ。
「ちょーっと待ったクラヴィス! せっかくだからさ、あんたもどう? 今オスカーの誕
生記念お茶会やってんだ」
「そうか……」
 そしてクラヴィスはオスカーの隣に腰を下ろした。反射的に、オスカーが一瞬身を引く。
それを見て、オリヴィエが吹き出した。
「やあっだオスカー、そんなおびえることないじゃないのさ」
「誰もおびえてなんかいないだろう」
「あー。今のは確かにおびえているようにも見えましたねー」
「オスカー、あなたはクラヴィス様のことを嫌っていたのではなく、怖がっていたのです
ね……」
「だから何でそうなるんだ!!」
「フッ……、そうか、オスカーは誕生日か。──大きくなったものだな」
「!!?」
 クラヴィスの呟きに、オスカーはもちろんのこと、一同ぎょっとしてクラヴィスに目を
向けた。当のクラヴィスは、素知らぬ顔でコーヒーをすすっている。
「……おい、オスカーって聖地に来たとき何才だったんだ?」
「え、確か18だったと思ったけど」
「オスカー様って、昔は背が低かったのかなぁ……」
「いいえ、マルセル、オスカーは聖地に来たときから、ほとんど背は伸びていませんよ」
「あー、そうですねー。18ですから、そろそろ成長が止まる頃ですしねー」
「え、俺こないだ測ったらちょっと伸びてましたよ」
「そうなの?」
「うん」
 こそこそ囁く人々を尻目に、オリヴィエははたと手を打った。
「そっかあ! オスカーって何でクラヴィスのこと苦手なのかと思ったら……。クラヴィ
スの方が背が高いから気にくわなかったんだね!」
「……はぁ?」
「ええっ!?」
「そ、そうだったんですか?」
「まぁ……」
「それは知りませんでしたねー」
「〜〜オリヴィエッ!!」


「──まったく、参りましたよ」
「ふっ、それはご苦労だったな」
 そう言いつつどこか楽しんでいる様子で、ジュリアスは薔薇色のワインを口に運んだ。
「ジュリアス様……、面白がっていませんか?」
「いや、──いや、そうだな。そなたは皆に好かれているのだな」
 紺碧の瞳の一瞬の翳りを、オスカーは見逃さない。
「ジュリアス様、」
「ああ。私は首座の守護聖として、常に厳しくあらねばならぬ。それがまた私の望む私の
姿でもある。──だが、時々そなたが羨ましくなるな」
 ジュリアスはまたワインを飲み、ふと気づいてオスカーにもすすめた。
「そなたの誕生日だというのに、私がこのように愚痴めいたことを言ってしまうとは、…
…すまぬな。──気を取り直して乾杯といこう」
 二人はグラスを掲げ、視線を合わせた。
「炎の守護聖オスカーの誕生日に」
「女王陛下の御世に」
「「乾杯!」」


                    *          *         *


 夜遅く帰宅したオスカーが自室へ入ると、どこからか、良く知った香りが漂ってきた。
まさかと思って部屋を見渡すが、見当たらない。一瞬どこかに隠れているのではと思った
が、自分じゃああるまいし、と思い直した。
 ふと、ベッドサイドを見たアイスブルーの瞳が、テーブルの上のワインレッドの小箱を
捉えた。シンプルな白いリボンが結ばれている。
 歩み寄り、その下に置かれたカードを手に取る。香りは、そこからしていた。手に取る
と思ったよりしっかり香りがしみこんでいる。そういえば、直接コロンをつけると染みに
なるものを入れるんだと言って、香り箱を作っていた。その中にカードを入れて香りを移
したのだろう、なんともまめなことだ。
 こだわるとこにはとことんこだわる、美麗な金髪の主を思い浮かべる。そしてカードに
並ぶ、美麗というか派手というか豪快というか──とにかく“らしい”文字を目で追った。

   はぁい、
   お誕生日おめでとう!
   モテる男は大変だねぇ。
   今日はもう疲れてるだろうから、ゆっくり寝なさいな。
   明日にでも、また改めてお祝いしてあげるからさ。
   じゃあね、お・や・す・み☆
                              Olivie

「フッ、──まったく、物わかりが良すぎるのも困りものだな」
 呟いてオスカーは、白いリボンをしゅっとほどいた。
 中から現れたブローチの、澄んだ夜空のような濃い深いブルーと、その周りを飾る金の
鮮やかさは、オスカーに二人の人物を同時に思い起こさせる。
 一人は、オスカーの敬愛する、光の守護聖ジュリアス。そしてもう一人は──。
 誰よりも近くにいる親友。そして、それを一歩超えたところで深い繋がりを持つ、半身
とも呼べる存在。
「あいにく俺はおまえほど物わかりが良くないんでな」
 会ったら真っ先に言ってやろう。そう決めて、オスカーは身を翻した。



                                    fin.



こめんと(by ひろな)          2000.12.21

オスカー様お誕生日企画話、第1弾です!
──そう、『第1弾』ってコトは、第2弾もあるのです。……フッ、やってくれるぜオスカー様(なにがだ)。
しかし、他のサイトでやらないようなオスカーBD創作を、と思ったら……なんか、CDドラマみたい? オスカー様、みんなにいぢめられてます(笑)。いやいや、オスカー様ってばみんなに愛されてるのねってコトで。
おかしいなぁ、かっこいいオスカー様は一体どこへ……。
第2弾のほうでリベンジなるか!?

さて、この話、一応炎夢なんですが……、めちゃめちゃ「一応」ですね(^^;)
この二人はかなりいろいろと割り切ってると思うので、聞き分け良すぎなオリヴィエ様。親友+αな感じの二人です。
そして、オスカーといえば、思い浮かぶのはジュリ様とランディと、オリヴィエ、ってことで、それぞれ一瞬「ン?」と思わすシーンを。っつーかそれすなわち、書き出しがオスランチックということに……。実際に私がオスランを書くことは、とりあえずしばらくはないと思うので、まあ、良い経験をしたと思ってくださいな(良くワカラン)。



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