我が愛しき薔薇の君

 コンコン、と扉を叩く音がした。
 入室を許可する声を返し、けれど扉は開かない。
       ケゲン
 オスカーは、怪訝な顔をして扉に歩み寄ると、慎重にドアノブに手をかけ、扉を押し開
け──。
 ノックの音から推測した人物の顔の位置を見た、はずの視界には、数え切れないほどの
薔薇の花があった。
「…………」
 あまりの出来事に、無言のままひとつ瞬きをする。
「あ、オスカー様、ありがとうございます」
 予想通りの声がして、花束の向こうから少女が顔をのぞかせた。
「お嬢ちゃん、これは……、一体どうしたんだ?」
 呆気にとられつつ少女を部屋に通し、扉を閉めながらオスカーが問いかける。
「オスカー様、今日お誕生日ですよね? だから私……」
 少女の答えに、オスカーは氷蒼の瞳をすっと細めた。
「フッ、その花束は、俺への誕生日プレゼントというわけか。──嬉しいぜ」
 言ってオスカーは花束ごと少女を抱き寄せた。
「オ、オスカー様っ」
 少女の頬が薔薇色に染まる。
「聖地を騒がす花泥棒の正体が、まさかお嬢ちゃんだったとはな」
 ここ数日、聖地中の花屋から赤い薔薇が姿を消すという珍事が起こっていた。
 聖地中の女性がこの俺の誕生日に赤い薔薇を贈ろうとして買い占めているのさ、とかな
んとか、オリヴィエあたりに軽口を叩いた覚えはあるが、オスカー自身、実際にそんなこ
とを思っていたわけではない。
 けれど、目の前には現実に、少女の細腕では抱えるのにも一苦労しそうな、色とりどり
の赤い薔薇の花束がある。朱赤から緋色、黒に近い真紅まで、およそ「赤い薔薇」と呼べ
そうなものが全て集まっているかと思われた。
「俺のために、聖地中の薔薇を買い占めたのか?」
 からかうように尋ねると、少女は赤くなってそっぽを向いた。
「だって、他の女の人がオスカー様に赤い薔薇をあげるなんて……」
「許せない、か」
 こくり、と少女が頷く。
 あふれ出る喜びを隠せずに、オスカーは少女の顎に手をかけ顔を仰向かせた。もう片方
の手は、いつの間にか少女の手から花束を奪い、少女の細い腰をさらに抱き寄せている。
「聖地中の赤い薔薇を一人占めとは、ずいぶん大胆なことをする。──こんな熱烈な求愛
をされて、このオスカーが君をこのまま帰せると思うか……?」
 氷蒼の瞳が熱くきらめいて、徐々に大きさを増していく。
 反射的に目をつぶった少女の唇を、あたたかい柔らかさが包み込んだ。
「ん……っ」
 唇の温かさが熱さへと変わる。深くなるくちづけに、少女の手が力なくオスカーの腕を
掴んだ。
 やがてオスカーのくちづけから解放されると、少女は力が抜けそうな脚を励ましつつ、
上目にオスカーを軽く睨む。
「──もうっ、オスカー様ったら、こんなところで」
「フッ、ならば今から俺の邸に来るか?」
「えっ」
「ハハ、冗談だ」
「もうっ、オスカー様っ!!」
「ハハ、そうこわい顔をするな、せっかくのカワイイ顔が台無しだぜ。──いずれ時が来
たら、お嬢ちゃんを立派なレディに変えてやろう、この俺の手でな」
 少女の頬をゆるく撫で、そのまま手を滑らせて髪を一房つまむ。
 ウヤウヤ
 恭しく髪にくちづけをして、オスカーは少女に微笑んだ。
「今までで一番嬉しい誕生日プレゼントだ。──これは、お嬢ちゃんの誕生日に何を贈る
か、今から悩まないといけないな」
 片眉を持ち上げ、おどけた表情をしてみせるオスカーの身体に、少女の細い腕が回され
る。
「私の欲しいものはもう決まってます。──ちゃんと当ててくださいね」
 くすりと笑っていたずらっぽく告げると、少女に見えないところで目を瞠ったオスカー
が、氷蒼の瞳を和らげた。
「聖地中の薔薇のお返しに、炎の騎士のエスコートはどうだ?」
「え……?」
 少女が手をゆるめ顔を上げた隙に、オスカーは少女を抱き上げた。
「きゃあっっ!」
「おとなしくしてないと落ちるぞ。──さて、どこに行こうか、お姫様?」
「もうオスカー様っ、降ろしてくださいったらっ」
「庭園、森の湖、──それとも他に、どこか行きたいところはあるか?」
 オスカーの問いに、少女は抵抗をやめ、オスカーを見下ろした。
「それなら……、あの丘に連れていってください」
「そうか。 ──では、薔薇の姫君の仰せのままに」
 少女を虜にして離さない、自信にあふれた笑みを浮かべ、オスカーは少女を抱いたまま
部屋を出ていく。
 机の上に置かれた赤い薔薇の香りが、部屋の中を濃く甘く満たしていた。
                                        fin.


こめんと(by ひろな)          2000.12.22

オスカー様お誕生日企画話、第2弾です!
そして初めての試み。──オスカー様と、“ある女の子”のラブラブ話。
そう、この女の子には、あなたのお好みでリモちゃんでもロザりんでもコレちゃんでもレイチェルでも、あなたでも(笑)、お好みの女の子を当てはめてお楽しみくださいませ。
しっかしオスカー様、普段のセリフはいいのだが、お嬢ちゃんを口説くときのこっぱずかし〜セリフは私の語彙にはありませんよ。素材は良いのだが調理法にやや不満、といったところでしょうか。
いつかリベンジ!──って、また自分で自分の首絞めてる……?



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