やわらかな傷跡


「──こんな大切なことを教えてくれる大人が、あなたの周りにいなかったのは、残念な
ことですね……」
 レヴィアス様が、おれのことを必要としている……?
 偽善の綺麗事ばかりを並べる気の弱い男だとばかり思っていたリュミエールの言葉に、
ウォルターは頭を殴られたような衝撃を受けた。
 “発作”が起きた後はいつも、この世の全てが無意味なものに思えるほどの、くらくす
さんだ破滅的思考にとらわれる。ちょうどその時も、鋼の守護聖の言葉が原因で発作を起
こし、ようやく少し落ち着いてきたばかりだった。
 結局ここで終わるんじゃねぇか。諦めの言葉を投げたウォルターにリュミエールは言っ
た。自分がいなくなったら悲しむ人がいると。信じるもののために、私は最後まで諦めな
いと。
 訴えるように組んだ手の中に、小さな光が宿っているのかと思った。

 後でカインが教えてくれた。
 リュミエールという名は、おそらく彼の故郷の言葉でだろう、“光”という意味を持つ
のだと。

「リュミエール……、あんたが、おれの光になるのか……?」


         *         *         *


 <彷徨える鏡の惑星>を去った守護聖達一行が<白き極光の惑星>に戻ったと聞いて、
ウォルターは一人で細雪の街へ渡った。あちこちの店でさんざん暴れ回ったから、顔を見
られるとまずい。寒い地なのをいいことに、深くフードを被り、マフラーを巻いて顔を隠
す。彼らにとってもここはもう馴染みの街なのだろう、リュミエール他、ほとんどの者が
一人部屋だった。
 忍び込むのは簡単だった。そして、リュミエールの部屋を探すのも。


 一瞬だけ中に聞き耳を立てて、すぐに扉を開けた。魔導を使うと他の者に気取られるお
それがある。音を立てずに扉を開け中に入ると、部屋の片隅にある机で何かをしたためて
いたリュミエールがゆっくりと振り返った。
「ランディ? どうし──、!! ……ウォルター!?」
 穏やかな海色の瞳は、侵入者の正体にまず驚愕し、続いて警戒の色を浮かべた。
「ウォルター、なぜここに……」
 カタンと小さな音を立てて立ち上がり、一歩後ずさったのを見た途端、ウォルターはリュ
ミエールに飛びかかっていた。
「ぅっ……」
 自分より大柄な身体を床に押さえ込み、片手で口を塞ぐ。
「声を出すな! 静かにしろ」
 押し殺した声で脅しをかける。リュミエールの眼差しが、どうして、と問いかけていた。
 どうしてこんなところにいるのか。わざわざ危険を冒して。たったひとりで。
 そんなのは知らない。
「リュミエール様、何か物音が──、あっ!」
 その時、素早いノックの音とともにウォルターと同じ姿をした者が入ってきた。ウォル
ターの元となった、風の守護聖ランディだ。
「おまえ……っ! リュミエール様から離れろ!!」
 叫んで摩擦音を立てて剣を抜く。ウォルターもばっと身体を起こし、ランディに向き合っ
て剣を抜いた。
「ランディ! やめてください!」
 足が地を蹴ろうとした瞬間の制止に、ランディがかろうじて踏みとどまる。
「リュミエール様っ、どうして……!」
 焦れたように声をあげるランディを制し、リュミエールは上体を起こしてウォルターに
声をかけた。
「ウォルター、……私に、お話があったのではないのですか?」
 そう言うリュミエールは、あの時と同じ、慈悲深い眼差しをしていた。ルノーの話にし
か聞いたことのない、天使だか神の使いだかがいるのならこんな顔をしているのではない
かと思わせる、儚くも強いもの。
「ああ……、あんたに聞きたいことがあんだ」
「ランディ、申し訳ありません。必ず戻ってきますから、……事を荒立てずに、待ってい
てくださいますか?」
「リュミエール様っ」
 引き止めようとするランディからリュミエールを隠すように立ち、ウォルターはリュミ
エールの腕を掴むと近くの森へと跳んだ。


 淡い月明かりが雪の反射で増幅され、外は思いの外明るい。けれど昼間の黄色い光とは
違い、少し蒼みを帯びたその薄明かりは、リュミエールの美貌をより際だたせているよう
に思える。元の造作が一緒でも、ユージィンとは全くの別人だな、とウォルターは今更の
ように思った。リュミエールにとっても、自分とあの風の守護聖とは遠くかけ離れた存在
なのだろうと、二人の信頼関係をうかがわせる先ほどの会話を思い出す。
「──あんた、風の守護聖とどういう関係なんだ?」
 知らず、問いかけていた。責めるような口調になったと、言ってから気づく。
「えっ……、ランディ、ですか? ──どう、と言われましても……」
 その動揺が答えだった。カッと頭に血がのぼる。
「ハッ! それでおれにあんな声をかけたのか。恋人とそっくりな姿をしたおれが落ち込
んでんのを見てんのがつらかったんだろ、偽善者さんよ!」
「違います……っ!」
「なにがちがうってんだ!!」
 叫んでウォルターはリュミエールの身体を木の幹に押しつけた。小さく呻く口を塞いで
しまおうか、それとも……。
「……!!」
 首を押さえつけ、苦しさに喘ぐ口を塞ぐ。
 貪る口づけは、愛を確かめるものではなく。
 すぐに抵抗をやめたリュミエールの身体を、ウォルターは突き飛ばした。よろけて、か
ろうじて踏みとどまった身体を更に雪の上へと押し倒す。
「おれをばかにしてんのか!? ──なんで抵抗しないんだ、何されるかわかってねーの
か?」
 リュミエールはただ悲しそうにウォルターを見上げるばかりだ。ぐっと握った手が、リュ
ミエールの顔のすぐ隣、雪原に打ち込まれた。
「おれの後ろに風の守護聖を見てるのかよ? ──そうだよな、そんなわけない、あんた
にとっては、おれなんか、恋人と同じ顔をしただけの別人どころか、あんた達をおびやか
す敵の一人でしかないんだ」
「ウォルター、それは違います」
 反論に耳を貸さずに頬を打ち据える。手をかけた衣を引き破ろうとして、なぜか躊躇っ
た。その手にリュミエールの手が重ねられる。はっとして見ると、リュミエールは怯えを
少しもうかがわせず、真っ直ぐウォルターを見つめていた。
「ウォルター、私は、ただあなたに、自身の心の拠り所となるものを見つけて欲しいので
す。──あなた方を束ねる皇帝は、それにはなりえないのですか……?」
「おれはただあんたに……っ!!!」
 声が心に届くのを拒むように、首を振り叫ぶ。再び打ち下ろそうとした拳は捕らえられ、
ふわりと温もりが身体を包んだ。
「……!?」
 ウォルターは、父にも母にも抱きしめられたことがない。母はウォルターを産んですぐ
に他界し、父はそんなウォルターを母の敵のように憎み、日々打ち据えた。世界は自分を
傷つけるものなのだと、ウォルターは幼い柔肌に刻み込まれたのだ。
 レヴィアス軍の騎士団長として彼らと行動を共にするようになって、ゲルハルトは他の
仲間にするように強引にウォルターの肩を抱いたけれど、正面から、そっと、包むように
抱きしめられたのは、初めてだった。
「ウォルター、私は……、私には、あなたの支えとなって差し上げることはできません。
ただあなたが一刻も早く、あなただけの支えを、大切なものを、見つけられるよう祈るこ
としかできないのです」
 わずかに衣に焚きしめられた香りが、ウォルターの心をなだめていく。それともこれは、
リュミエールの身体から立ちのぼる、水のサクリアの香りなのか。
「水の優しさが、あなたの傷ついた心を少しでも癒すように。いつの日か、あなたの支え
となる人が、あなたを支えとする人が現れるように。あなたが、揺るぎなく信じられるも
のを見つけられるように……、私は、ずっと、祈っております」
 ウォルターの髪を梳くように撫で、リュミエールは囁いた。冷えた手がウォルターの顔
を上向かせる。幼子のような瞳が、呆然とリュミエールを見上げた。
「おれは……、おれたちは、あんたたちを殺して、女王の力を手に入れて……故郷の宇宙
へ帰るんだ」
 自分に言い聞かせるように、ウォルターが呟く。
「おれは……あんたの敵なんだ」
「陛下のお力を奪うために罪もない人々に危害を加えるあなた方を許すことはできません
が、そのことと、あなたの心の平和を祈ることとは別です。──ウォルター、あなた自身
の道を、見つけてください。あなたにはそれをできる力があると、私は信じております」
「おれ自身の、道……」
「ええ」
 頷いて、リュミエールは優しい笑みを浮かべた。
 手に入れたい、けれど、手に入らない。この世には自分の思う通りにならないもののな
んと多いことか。信じられるのは自分だけ──いや、ウォルターには、自分すら信じるこ
とができないのだ。いつまた自らの制御を離れて暴走するかも知れないこの身体の、この
ココロ
魂の、一体何を信じればいいのか。
 小さく笑って、ウォルターの瞳にくらい光がよみがえる。気づいてリュミエールの眼差
しが、憂いを帯びたものへと変わった。
「ウォルター……」
「おれはあんたの敵だ。次に会ったらおれはあんたを殺す。あんたもそのつもりでいるん
だな」
 押し殺した声で言い、ウォルターは腕を払って立ち上がった。リュミエールが叫ぶ。
「あなたが死んだら私は悲しみます!」
 びくりとウォルターの肩が揺れ、火色の瞳が見開かれる。
「それは……、おれの、この姿のせいだろ」
「ウォルター」
「あんたはおれが死ぬのを見たくないんじゃない。風の守護聖の姿をしたおれが死ぬのを
見たくないだけだ」
「違います、私は、」
「あんたが必要なのはおれじゃないだろ……っ」
                                          ケイレン
 血を吐く呻きと共に、ウォルターの腕が不自然に痙攣する。
「おれは……っ!!」
「!! ウォルターっ!」
 咄嗟にリュミエールは、ウォルターの身体を再び抱きしめていた。大きく震えた身体が
そのまま硬直する。以前に起こした発作とは、少し質の違うもののようだった。
「なぜそんなことを言うのです。私が、……私が、そのような軽い気持ちでここに来たと
お思いですか」
 悲壮なまでの決意を秘めた眼差しが、ウォルターを見つめる。
「私は、あなたに殺されるわけにはいきません。けれど、私にできる限りのことを、あな
たにして差し上げたいのです」
「ふざけたコト言いやがって……ッ」
 ウォルターの手がリュミエールの顎を捕らえぎりぎりと押さえつける。口を閉じること
を許されぬまま苦痛に歪む顔を、くらい瞳が瞬きもせず見つめ続ける。やがて口の中に溢
れた唾液が口端を伝いウォルターの手を濡らす頃になって、ようやくウォルターは動いた。
唇を重ね、リュミエールの口の中を舐め取るように舌を動かす。少しの身じろぎも許され
ずに、リュミエールはただその暴力を受け入れるしかない。
「────気にいらねーなぁ、──自己犠牲ごっこは一人でやってろよ」
 手の甲で唇を拭い、ウォルターは侮蔑の眼差しをリュミエールに向けた。行き場なく彷
徨う怒りが、瞳の奥、熾き火のように揺れている。
「ウォルター、」
「おれが死んだらあんたが悲しむって? ──はっ、好きなだけ悲しみな。風の守護聖、
おれが殺してやるよ。あんたの目の前でな」
「ウォルター!」
 リュミエールの制止を待たず、ウォルターは姿を消した。最後に一度、泣きそうな顔で
リュミエールを睨んで。

 強い力で掴まれていた顎が、鈍い痛みを訴えていた。


         *         *         *


 宿へ戻ると、入口の前に佇む人影があった。
「リュミエール様!」
 リュミエールの姿を認め、声を上げ駆け寄ってくる。
「……ランディ」
「リュミエール様、……よかった、ご無事で。──ああ、手がこんなに冷えてる。これ着
てください」
 ランディは、抱えていたリュミエールの上着を差し出した。
 礼を言って受け取ると、やはり冷えたランディの手が頬に触れる。それでもリュミエー
ルの冷え切った身体には、その手は十分温かく感じられた。
「……ぶたれたんですか」
「……いえ、大丈夫です」
 ランディは自分が痛そうな顔をして、リュミエールの身体を抱きしめる。
「すいませんリュミエール様、俺、あなたを守れなくて……」
「ランディ……」
 リュミエールは、ランディの髪をそっと撫でた。先刻、ウォルターにしたのと同じ行為。
あの時はウォルターを慰めるためのものだったけれど、今、この行為で慰められているの
は自分の方だとリュミエールは思った。
「────他に、おけがはありませんか」
 長く躊躇った後に、ランディは尋ねた。何を問いたいのかをリュミエールは理解したが、
ウォルターと何があったかを、ランディに言うつもりはなかった。
 黙ったまま小さく頷くリュミエールの意志を知り、ランディは再びつらそうな顔をする。
「あなたは、優しいから……」
「優しいのはあなたの方ですよ、ランディ。──申し訳ありませんでした、あなたに、心
配をかけてしまいましたね」
「なんであなたが謝るんですか」
「私は、自分の意志で彼についていったのです」
 ぐっと手を握り、唇を噛み、ランディは衝動をやり過ごす。息をついて顔を上げた時に
はもう、いくばくかの緊張の色こそあれ、その瞳は常の光を取り戻していた。
「とにかく、中に入りましょう。──お湯を用意してあります。身体を温めないと」
「ありがとうございます」
 リュミエールを部屋まで送り、扉の前でランディは何かを言いかけ、やめた。その眼差
しにリュミエールはランディの躊躇いと気遣いを知る。
「ランディ、……今日は、私と共にいてくださいますか」
 静かなリュミエールの言葉にランディは目を瞠り、未だ体温の戻らない身体を抱きしめ
た。


                                           fin.



こめんと(byひろな)     2001.1.23

突発書きウォルリュミ(笑)。
っつーか、あたし、ばか?(爆笑)
りっひーんちで「禁域の鏡」聞いたら、4巻のリュミちゃんの言葉でもう一気にウォルリュミ〜って感じで。モエモエっす。
しかしこの話、ハッピ〜っぽい話が好きな私にしては珍しく、ウォルターはもとよりリュミもランディもハッピ〜じゃないっす(TT)。ごめんね、みんな。この話のウォルターは、『OneNight〜』&『CrystalSun』のウォルターとは別人状態なので、切り離して考えてくださいませ。

あのCDは、ホントいろんなトコでいろんなカップリングに萌えられるよね。
マルチカップリング書きの本領発揮!?ってくらい、いろんなシーンでモエまくりで、かなりばかでした(笑)。

しかし改めて思ったこと。
『One Night in HEAVEN』、書いたのは「禁域の鏡」を聞く前だったのですが、キャラ違うことを百も承知で書いたゲルハルトはともかく、他の人は……なかなかイイ線イッてんじゃないかと(自分で言うな)。ジョヴァンニ、さすがにマルちゃん犯そうとはしませんでしたが(苦笑)いたぶろうとはしてたし(めちゃ楽しそうに)。カインさんかっこいいし(笑)。

ついでに。
今回も、やっぱり、リュミちゃんの一人称は「わたくし」と入力していたHIRONAでした。
リュミエールは「りゅみ」だし、ウォルターも「をる」(登録してる・笑)なのに……。


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