仔犬とワルツ



   1・Morning ── Oscar


 張り出し露台の手すりに背を預け、侍女と呼ぶにはいささか気品と美貌に恵まれすぎている女性たちと談笑するオスカーの耳に、軽快な足音が飛び込んできた。
 さわやかな朝陽の射し込む中庭を振り返ると、侍女たちもそちらに目を向ける。見なくても、彼女たちの紅をひいた唇が微笑にほころんだのがオスカーにはわかった。オスカー自身の頬も、苦笑と言うには優しい笑みに歪められている。
「おはようございます!」
 張りのある声が空を裂く。オスカーは、侍女のひとりの手から装飾を抑えた鞘に包まれた剣を受け取った。
「オスカー様、勝負!」
 叫んで挑戦者がマントをはねのける。まだ丸みの残る頬には剣の稽古でついた傷がいくつかあった。だが氷蒼の瞳を見上げる明るい空色の瞳には、臆する気配は微塵もない。
 良い眼をしている。少年に出会ってから何度となく思ったことをまた思い、うすく笑った。負けん気の強かった弟を思い出しつつゆったりとした足取りで階段を下りる。ブーツの踵が地面に触れた。
 執務が休みである日の曜日だが、ここのところ逆に常より朝が早い。早朝トレーニングを日課にしている少年と同じくらいの時間に起きて、身体を慣らして待っているなんてことを教えるつもりは毛頭なかった。坊やの相手くらい、片手間で充分。そう思わせておけばいい。日に日に大きくなる仔犬のように、剣を交えるたび目に見えた成長を遂げていく少年との打ち合いを楽しみにしていることも、教えてやるのはまだ当分先のことだ。
「さぁ……、ランディ、来い!」
 朝を告げる鳥の声のように、剣戟が聖地の空を貫いた。





   2・Afternoon ── Lumiele


 穏やかな陽差しとそよ風に誘われて、リュミエールは森の中を歩いていた。梢の囁きに耳を傾け微笑むその腕の中にハープを抱いている。
 日課にしているつもりはないが、こうして昼下がりの散策をすることは多い。リュミエールの故郷は静かな海辺の町で、こうした森は聖地に来るまで風景画の中でしか見たことがなかった。森の動物たちのかくれんぼを眺めているのは、ハープを奏でるときの、落ち着いていながらわくわくするような感覚に通じるものがある。
「こんにちは、リュミエール様!」
 突然頭上から降ってきた声に、リュミエールは驚いて立ち止まった。見上げると、梢からのぞく空と同じ色の瞳が楽しげにきらめいている。
「ランディ……、──こんにちは」
 微笑んで返事をすると、少年は身軽に飛び降りた。着地の音も、秋の落果のそれのように小さい。そういえば、いつも元気に走り回っている割に足音が耳につかないことにふと気づいた。
「リュミエール様は、お散歩ですか?」
 散策しつつハープを奏でるに良い場所を探していたと答えると、一緒に行っても良いかと聞かれた。断るはずもない。
 歩きながら話をした。聖地での暮らしにもだいぶ慣れたようだ。なかなか馴染めず心細かった我が身を思い出し、リュミエールは少年の快活さを好ましく思った。彼の中には、司る風の力が満ちている。少年が動くたび栗色のくせ毛が揺れた。
 手頃な木の根元に腰を下ろし、請われるままに曲を奏でた。肩に触れた重みに手を止めると、いつの間にか空色の瞳は閉ざされている。
 笑みを零し、同じ色を求めて天を仰いだ。





   3・Evening ── Olivie


 思ったより睫毛が濃い。そんな発見をして、オリヴィエはひとり忍び笑いを洩らした。少し大きめの空色の瞳がより鮮やかに映えて見えるのは、髪より少し濃い栗色の睫毛のせいもあるらしい。目をくっきりさせるためにアイラインをひくのと同じ原理だ。
「──あ、そっか。寝てる間にお化粧しちゃうってのもテだねぇ」
 不穏なことを呟いてみた。
 気が向いて、屋敷の裏庭から続く森へ散歩に出かけたら、おとぎ話に出てくる湖の精のような容姿の同僚を見かけた。大木の根元に腰を下ろし、腕には常と同じくハープを抱いている。その隣では、仔犬が一匹、すーすーと寝息を立てていた。
 手の甲に真新しい傷を見つけ、今日が日の曜日だったと思い出す。あまりに気持ちよさそうに寝ているから起こすに起こせず帰れずにいるという同僚に苦笑を返し、オリヴィエは少年を抱き上げ──もとい担ぎ上げ、至近の自分の屋敷へと連れ帰ってきたのだ。
「ラーンディー、起きないとホントにお化粧しちゃうよ〜?」
 呼びかけるとくぐもった声が意味を成さない言葉を返す。小さく笑い、息をついて見やった窓の外では、薔薇色の空の端が藍色に染まり始めている。風の館に遣いを出すべきかと立ち上がり、ふと湧いた悪戯心に唆されて、栗色の前髪からのぞくかたちの良い額にげんこつを落とした。
「んっ……」
 意志の毅さを表した眉が微かに歪む。だが、眠り姫ならぬ眠り王子は、それでも目覚める気配はない。
 微笑んでやわらかいくせ毛に手を伸ばす。軽くかきまぜて感触を楽しみ、良い夢をと言祝ぎを落として部屋を出た。



fin.
   



こめんと(byひろな)     2003.1.27

1月も末になってようやくのアンジェ更新(^^;)。1/12にあった中堅オンリーイベント【FWD〜熱い夜には優しい夢を〜】参加記念の無料配布本のお話です。
なので例によってこっち(web)でもフリー配布☆ 期間は特にありませんのでお好きにどうぞv

「せっかくイベント参加するんだから何か出したいよね」と思ってしまう、貧乏性(?)な私。しかし年末あまりにテンパってて、年明けもダメダメで、予定していた風夢新刊は無理でした。ほんとは風夢新刊プラス中堅無料本を出したかったのに(TT)。
で、中堅オンリだから中堅の3人が出てくるのは当然として、でもうちはランディ中心サークルだからランディ出しましょう! という、安易な発想でこの話は生まれました。最初の予定ではシーン・3の後、中堅三人が集まっての夜のシーンが入るはずだったんですが、まとまり悪くなってカット(^^;)。まあ、これはこれで良かったかと思います。
そして久しぶりに書いた(?)仔ラン(違)。かわいいなぁ〜vv 聖地に来たばかりですが、すでにお兄ちゃんズにかわいがられています(*^_^*)。ふふ♪

と、いうわけで(?)、HIRONAは今年も頑張ります! どうぞよろしくお願いいたします!m(_ _)m

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