ます、私とレイキを語る前に「レイキとは何か?」を語ります。

「レイキ」とは、自己や他者の身体に、手のひらを当てたり、かざしたり、時にはエ
ネルギーを遠隔操作で送ることによって受け手やヒーラー自身の心身を癒し健康を実現していく

ヒーリングテクニックの一種
です。


 釈迦やキリストが、「ハンド・パワー」によって多くの人達を癒したことにも見られるように、
手かざしや手あてによる治療は、古今東西を問わず続けられていました。(日本においても記紀
の記述を見ると
「タナスエの道」というヒーリング法が古来より
存在したことが認められます。)ただ、多くの場合、それは個人の資質や特定の宗教的存在が
可能にするものと考えられてきました。


「レイキ」は、これを一定のシステム(アチュ
ーンメント)によって、誰でも程度の差こそあ
れ、ヒーリングの能力が確実に目覚めるように
した画期的なヒーリングテクニックなのです。


 レイキが現在のように全世界で広く普及するようになったのは、ハワイにいた
日系アメリカ人のハワヨ・タカタ先生
の実践の功績が
大きいのですが、
創始者の歴史を辿るとそれは大正時代末期の
日本
にさかのぼります。


 
 
臼井霊気療法学会初代会長 臼井甕男先生


 
レイキの創始者は、臼井甕男(うすい・み
かお)先生(1865年〜1926年)とい
います。
21日間の断食のすえ、この療法を見出したと
言われています。
レイキの伝統の中では、「肇祖(チョウ
ソと読みます。開祖とだいたい同じ意味です
の臼井甕男先生」
として敬愛されています。

 
臼井先生は大正11年に東京の青山原宿におい
て「臼井霊気療法学会」を発足
され、それが現在の全
世界のレイキグループや団体の源となっていると言えます。
もっと
も、臼井霊気療法学会と他の国内外を含むレ
イキグループや団体は交流が殆ど乃至は全く
無い
というのが実際のところなのですが。)

 
臼井霊気療法の極意をハワヨ・タカタ先生に
伝授されたのが、臼井先生の直弟子であられた
林忠次郎先生(1879年〜1940年)です。
林先生は当時としては数少ない神秘伝
(注:臼井
霊気療法学会の段階は初伝、奥伝、神秘伝という段階に分か
れており、臼井先生ご生前の時代においては神秘伝まで伝授
される方は殆どいらっしゃらなかった。
林先生はその数少な
いお一人。)
までを伝授された方で、臼井先生からレイキの
伝授を受けられた時は、予備役の海軍大佐でした。後に東京の信濃町で「ハヤシ
・クリニック」を開設され、治療とレイキの普及に努められたと伝えられていま
す。

 ハワヨ・タカ夕先生(1900年〜1980
年)は、林先生のもとでレイキを学んだ後、ハ
ワイに帰ってレイキ治療院を開設し、長いあい
だ治療の実践を続けました。その晩年、22人
のレイキ・マスター(人にレイキを伝授出来る
人)を養成し、現在の普及の基礎を築きました。

 アメリカでは、タカタ先生の孫娘にあたるフィリス・レ
イ・フルモトをはじめとする21人のマスター
他の人達による「レイキ・アライアンス」と、

文化人類学者
バーバラ・ウェーバー・レイによる
「ラディアンス・テクニック」の2つの団体が
レイキの普及にあたりました。

 現在では、これらの団体に依拠しない流れ(これを
「フリーライン」
といいます。)や
従来のレイキの発展型、パワーアップ
版を作り出す動き
(カルナレイキR、テラマイレイキ、チベ
タンレイキ、セイキムレイキ等新興のレイキ)
も出てきてお
り、様々な試みがなされていま
す。

 
今日レイキは、日本だけでなく、アメリ力・イギリス・ドイツ
・インド・ブラジル・カナダ・オーストラリアなどにも広く普及
しています。特にアメリカのハワイでは1970年代半ばにアメ
リカ医療協会が病院内でレイキヒーリングを実施することを認可
し、レイキに関する講義がハワイ大学で実施されていました。

 また、イギリスでは政府が医療のサブシステムとしてレイキを
公認しています。医師が自分の担当の患者にレイキヒーリングが
必要だと診断した場合、医師はレイキヒーラーを患者に紹介し、
患者はヒーリングを受けます。レイキヒーラーはその時の施術料
を医師に請求し、医師はそれを医療保険で落とせるというシステ
ムがイギリスでは出来上がっているのです。

 レイキヒーリングが確かなヒーリング効果を持つものだという
実績が認められていなければ、このようなシステムが出来ること
は当然有り得ません。しかし、イギリスではレイキヒーリングの
実績が国家レベルで既に認められているのです。


・・・・・とえんえん書きましたが、私はレイキ(以下、他の新興のレイキと区別するため「ウスイ
レイキ」といいます。)につきましてはフリーラインのティーチャーということになります。


 私がウスイレイキと出会い、まず驚いたのは、外気
功の訓練ならば少なくとも数年、ヘタしたら十数年は
かかるであろう段階にセミナーを二日
(注:海外式ウスイレ
イキの「ファーストディグリー」と「セカンドディグリー」に相当)
受講し
ただけで到達出来る
ということを我が身をもって実感
出来たこと
でした。