☆クインテット番外編3 『ユッシーナの薔薇』☆

 

 

エニシダの木の下に誰かいるような気がして、ユッシーナは近づいていく。その足音に驚いて振り返ったのは、先ごろ城に上がったばかりの下働きの娘だ。

どうしたのかと聞くと、彼女…チュミリエンヌは、茶色い小鳥の亡骸を見せる。多分窓ガラスがあるのに気づかず、ぶつかってしまったらしい。娘は半べそをかいて言う。
「お墓を作ってあげようと思って、どうせならお花の下の方がいいかなって…。勝手に入ってごめんなさい。」

「いいのよ。」
ユッシーナは笑って手招く。
「それならこっちにお友達がいるわ。その方が小鳥さんも寂しくないわね。」

連れていかれた庭の隅には15センチくらいの小さな十字架があった。その並びに2人は穴を掘って、鳥さんを埋めてあげる。

「思い出すわねぇ…」
小鳥さんの体が隠れるほどのリラを一緒に入れてやりながらユッシーナがつぶやくのを、チュミリエンヌは聞く。
「何かあったんですか?」と尋ねると、遠い目になってユッシーナは話し始める。

 

 

今からほぼ10年前、ユッシーナはやはり侯爵家の庭師だった亡き祖父の見習いをしていた。
祖父には息子が何人もいたが、庭師なんて地味な仕事は嫌だと言って、軍隊に入ったり商売をしたりしている。
でも孫娘のユッシーナは植木や花の手入れをするのが好きだったから、腕は確かだが無口で頑固な祖父に付いて、毎日いろいろと教わっていた。

祖父と彼女が丹精した花は、当然ながらお城に飾るために切られる。舞踏会があったりすると花壇は丸々なくなってしまう。ユッシーナは内心それがとても嫌だった。お役目ゆえ仕方ないが、切られる花が可哀相だと思う。

育てられない花はない、と言われていた名人の祖父は、東洋の客人に貰った牡丹の木を宝物のように大事にしていた。ある召使の子が悪戯して折った時など、祖父は連隊長が止めに入らなければその子を殺していたかも知れないほど怒った。
息子たちはそんな祖父を理解せず、おいぼれ扱いして笑う。

 

そんな時ユッシーナは、巣から落ちたカラスの雛を拾ってこっそり育て始める。カラスは不吉な鳥と言われ皆に嫌われているが、カー子はユッシーナになついて、庭にある、道具を入れる小屋に住みつく。
ユッシーナの両親は、彼女が親戚一同の鼻つまみである祖父と仲良くしているのが気に食わないから、妹ばかりを可愛がって、彼女は寂しい思いをしていた。
カー子を相手に1日の話をしたりしている孫娘を、祖父は遠くで見ている。

ところがある日カー子は、侯爵の猟犬に見つかって咬み殺されてしまう。何も悪いことはしていないのにとユッシーナは泣くが、庭でカラスを飼うなど、祖父が黙認していただけでそもそも許されていないし、相手は犬といえども侯爵の大事にしている猟犬だ。
カー子のためにユッシーナが出来るのは、お墓を作ってやることだけだった。

泣きながら彼女は穴を掘る。土の中は冷たいから葉っぱをたくさん敷いてやっていると、いつ来たのか祖父が、1輪の花を差し出す。
ユッシーナは仰天する。それは祖父が命の次に大事にしていた牡丹。しかも今朝咲いたばかりの見事な花だ。

「花を切っていいのはな、ユッシーナ。」カー子と牡丹に土をかけながら祖父は言う。
「その花の命と心に応えられるだけの、愛情のため、だけなんだ。」

 

翌日ユッシーナは小さな花束を持ってカー子のお墓に行く。すると祖父と作った土盛りの上に小さな十字架が立っている。枝と蔓だけでできているが、よく見るとちゃんと枝を削ってあって、心をこめて作られたものだと判る。
祖父に聞くと知らないと言う。召使の中の誰かだろうとユッシーナは思う。

 

何日かして、強い雨が降る。木の枝が折れたり花が倒れたりで、ユッシーナは大忙しだ。
ふと「あの十字架はどうなったかな」と思って見にいくと、やはり風に飛ばされてしまっていた。でも直している暇はなくて、彼女は「明日かあさって必ず来るね」とカー子に謝る。

 

そして翌日、ユッシーナは信じられないものを見る。
カー子のお墓の前に座って短剣を操り、十字架作りに熱中しているのは幼い若君…ルージュだった。
誰からどう聞いたのかは判らないが、彼は父の猟犬がユッシーナのカラスを殺したと知って、可哀相に思ったに違いない。だからせめてもの償いに、十字架を作ってくれたのだ。……

 

 

「だから、ね?」
語り終えたユッシーナはチュミリエンヌに言う。
「この薔薇園は全てルージュ様のものなの。私は若君のためだけにこの薔薇たちの命を奪うのよ。他の人が切ったらただじゃおかないわ。くの一に頼んでブッ殺して、薔薇の肥料にしてやるつもり。」

「怖いですね。」
チュミリエンヌは苦笑し、ただ一度会っただけのルージュを思い出す。ユッシーナはしみじみと言う。
「お優しい方よ若君は。あの華やかなお姿の中に、一人の天使が住んでいる。私はそれを知ってるわ。」

「私も知ってます!」
チュミリエンヌはつい大声で言う。ユッシーナはうなずく。
「そうよね、みんな知ってるわね。」
それからいたずらっぽい顔になって、
「こっちこっち。若君のお姿を見せてあげる。」
と言う。2人は茂みに顔を引っ掻かれながら匍匐前進する。

 

秘密の抜け道の先はルージュの居間の真ん前だ。庭師のユッシーナはともかく、下働きには絶対入れない場所だ。

「丁度お部屋にいらっしゃるわ!」
と言われてチュミリエンヌは顔を出す。白いブラウスの胸元に黒いリボンを結んだルージュが、窓ぎわに立っている。

「いつお見あげしても、何て綺麗な方かしら…」
とユッシーナは溜息をつくが、チュミリエンヌは声も出せない。その時、何かに気づいたらしくルージュがテラスに出てくる。

やばい!!と2人は焦るが下手に動いたらバレる。ルージュはニヤニヤ笑っている。彼は目がいい。2人がそこに隠れていると判ったらしい。すると部屋の中から、
「どうかなさいましたか若君?」
とサヨリーヌの声がする。チュミリエンヌは縮み上がるが、ルージュは
「ん? いや何でもない何でもない。変わった鳥が来たけど飛んでっちゃった。」
とごまかしてくれる。中に入る時彼は、2人の潜む茂みに向かってバチッとウインクする。

 

チュミリエンヌはスキップして仕事場に戻る。ボルケリアに「どこへ行ってたの」と聞かれるが「ちょっとそこまで」と応える。と、そこにサヨリーヌがやって来る。チュミリエンヌはとぼけて一礼するが
「そなた…頭にたいそう草がついているがそれはどこで付いたのだ?」と言われる。
「えーとえーとえーと、…えーと…すみませんっ斜懸垂してきます!!」

 

 

ルージュの、夜のご入浴のための薔薇を、ユッシーナは選んで切った。それは彼の肌にまつわりつくことを許される、この世で最も幸せな花たちであった。

<完>

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