【 TK番外・葛生編の裏話 】
 
 庭先で智子がプランター用の土をせっせとブレンドしていると、目の前にいつの間にか拓が立っていた。
「よ。」
「おお拓、来たか来たか。待ってたぞと。」
「ん。ご指定の、菊の苗6つ。黄色とピンクと赤と白。」
「サンクス。いやあご苦労ご苦労。」
「ほんっと、ご苦労だよ。高崎くんだりまでこんなもん持ってこさして。」
「そういやあんたシトロエンは? どこ停めた?」
「あそこ。角田さんちの前。」
「人んちの前に停めんなよぉ。」
「でも留守みたいだったよ?」
「あそ。じゃあいいか。…はいこれ。」
「はいって…何だよ。」
「何だよって、シャベル。はいはいほら手伝って。そこの土をプランターに入れる。あ、一番下にはゴロ土敷いてよ。水はけが悪くなるから。」
「やだよ俺。」
「やだよじゃないよ。2人でやれば速度は2倍。ほらモタモタしない! ゴロ土ゴロ土!」
「…ッたく…」
「なんたって日本の風土には菊が合うよねえ。丈夫だは綺麗だは食べられるは。」
「これ、まさか食う気!?」
「食わねって。食用菊もある、って話。」
「そんなら除虫菊もあるじゃん。」
「蚊取線香のね。」
「そうそう。…はいこれ、出来たよ。」
「したらばその上にそこの土入れる。ビッチリ入れちゃ駄目だよ、7分目くらいね。」
「…」
「空は青く風は爽やか。ほんに秋はいいねえ、拓!」
「おねえさんてさ、こういう作業似合うよね。」
「こういう作業って?」
「なんか、第一次産業っぽいやつ。ほんとに仕事でSEやってんの?」
「うるさいわい。ま、土いじりは好きだけどね。学生時代園芸部にいたし。」
「演芸部?」
「字が違う字が。お笑いかあたしゃ。」
「演劇部じゃなかったっけ?」
「それもやってた。あちこち、いろいろ。」
「ふーん。…でも、お華はやんなかったんだ。」
「やってないやってない。お茶とお華は全然知らない。」
「今回のハナシでさ、最後に載ってた『智豊園彰江』って、あれ、おかあさんでしょ? 母親が先生なのに習わなかったんだ。」
「うん。習い事って親子は駄目だよ。3日保たずに喧嘩になった。」
「二人ともチョー気ィ強いもんね。」
「そうそう。もう少しでケンザンで殴り合うとこだったからね。でもま、智豊園はいいんだけど彰江がねえ。『ショーコー』なんてさあ、アサハラとおんなじやん。なんか嫌だよね。…仕方ないけどさ。看板に書かれてる本物の号なんだから。」
「でも今回、おかあさんに取材できてよかったじゃん。いちおう…つったら失礼だけど、プロの華道教授なわけでしょ。」
「ま、元はね。今回はだいぶいろいろ聞いた。立華がどーとか生花はこうとか…。でもさ、教わるだけじゃ済まなくて、自慢話聞かされるんだよね。やれこの看板は格式があるの、私は紫の引幕を使えるの、小米桜で看板取るのは珍しいの…。まぁお華だけじゃなく、今回の葛生編は、ホンット苦労したよ。丸一日、高崎市立図書館にこもってねえ! 閲覧室の机にこーんな資料積み上げて、ひたすら資料の書き写し!」
「はいはい偉い偉い。…んで? わんこさんに頼んで京都弁の監修やってもらったんだ。」
「そ。まずは京都弁のセリフも標準語で書いといてね、わんこさんにそこだけ送って、京都弁に直して送り返してもらって、それを本文に差し替えたら…いやあーっ、いきなし超リアル! もー感動モン!」
「へえ。そうやって書いたんだあれ。」
「そうそう。やっぱ京都弁だけはね、代用がきかないじゃない。祇園の舞妓さんに標準語しゃべられてもねえ。だからほんっと助かった。今回の西垣先生といい、こないだの須田教授といい、某大学にはお世話になりっぱなし。もう足向けて寝らんない。…あ、そういえば須田っちは、出張で虎ノ門パストラルに泊まってるとか言ってたな。拓さあ、あんた花束持ってご挨拶に行けば?」
「あのな。いくら裏話でも、わんこさんにしか通じない楽屋ネタ使うなっての。…ここにこの菊植えちゃっていいんだね?」
「あ、そっちには黄色二つとそれから赤。白とピンクはこっちに植える。」
「じゃあ貸せよほら。よこして。そっちの。」
「ん。」
「…でもなんで平等院なの。おねえさん京都より奈良が好きだって言ってなかった? いっそ法隆寺とかさ、そっちにすりゃよかったのに。卒論、万葉集でしょ? 時代的にも近くない?」
「いや、単に好きなの平等院が。あそこくらいじゃないかなあ…入るなり空気が変わる場所って。」
「酸欠だよそれ。」
「ちゃうっ!」
「ほんっと、おねえさんの趣味出てたもんね今回。銀座の英國屋? シンポジウムでパソコン? ここまで来るともう、かんっぺき個人の世界。めちゃくちゃキムトモワールド入ってたよね。誰だよ大澤辰郎って。」
「だから中に書いたでしょうが。競技ダンスの元全日本チャンプだって。名前は1字変えたけど。」
「競技ダンスって、ウリナリでやってるやつ?」
「そうそうあれ。あれのラテン部門の元チャンピオンよ。すっげえ素敵なパソ・ドブレ。感動したよあれには。」
「パソドブレって…フラメンコっていうか、闘牛士みたいなダンスだっけ?」
「そうそう。クラシックバレエをラテンダンスのステップで踊る、なんてさ、もし実現したら絶対観に行っちゃうなーっ!」
「まあそれはいいけどさ、俺としてはね、いつモーホーのエッチシーン書かれるか、びくびくしてた。」
「そりゃー書かんってぇ! What‘s upじゃないけど、そこまでやると『濃い』の。」
「濃いって言うなら、石膏像とペルシャの奴隷と長襦袢? あれってけっこう濃くない?」
「はっはっはっはっはっ!」
「けっきょくさ、好きだよねおねえさんてね。ちょっとアブナイ話。TK本編じゃ書けないから、あっちこっちで書き散らしてんでしょ。」
「あんたのことはいい男に書いてやってるでしょうよ。感謝してもらわなきゃあ。」
「自分の世界に浸ってるだけじゃん。なんだよ祇園の千代菊って。」
「ああ、お座敷遊びね。あんただって一度はやってみたいでしょ。」
「ん…、まあ、それはね?」
「祇園は遊郭じゃないから、旦那にならなきゃえっちはできないけどさ、雰囲気というか、風情が最高なのよね。拓哉様もお座敷遊びなど、お好きであらっしゃいましょうねぇ!」
「あ、そういえば、ご本体の木村拓哉が髪切っちゃったのに、俺は切らなくていいわけ?」
「あんたはいいよ。今っくらいの長さで行く。TK第2部もずっとね。」
「長い方が好きなんだ。」
「てゆーか、後ろでキリッと束ねて、一房だけパラッて落ちてるのがいっちゃん好きかな。」
「ふーん。」
「色もね。黒褐色くらいがいいよ。あんまり真っ黒だと重たいし、でも赤すぎはねー。髪にもよくないから。」
「…おねえさん、しらが出てるよ、そこ。」
「るさいっ! ちゃんと植わったの?」
「はいできたよ。こんなもんでいい?」
「どれどれ…。うん合格合格。したら水やって水。下から流れるくらいたっぷりとね。こっちも今できるから。」
「ちょい待てよ。曲がってるよそれ。まん中の白が。こっちから見てみ、斜めだから。」
「あら?」
「あらじゃねえって。下手くそ。貸して。」
「ん。」
「こういうのはね、ちゃんと、根元をぎゅっと押さえるの。路地植えと違って土が少ないんだから、根っこが浮いちゃったら可哀相だろ。」
「ああさようで。」
「ちょっと土足そう。少ねぇよこれじゃ。」
「はいはい。こっちから入れちゃっていい?」
「うん。俺押さえてっから、パラパラって入れて。」
「パラパラ…。こんなもんか。」
「ん、そんなもん。」
「よしよし。」
「ったくね。何が園芸部だよ。全然基本判ってないね。」
「だってサツキの芽挿しばっかやってたんだもん。」
「どこの学校だよそれ。」
「千葉の中学。拓哉様のご出身校とは違うけどね。」
「おねえさん千葉だっけ。」
「うん、高校まではね。」
「今も住んでりゃ、木村拓哉と同じとこに県民税払えたのにね。」
「そうなんだよねー。何が悲しくて群馬県なんぞに。」
「はい、これでよし。あとは水。」
「あ、水ね。じゃあそのホース持ってて。いい? 行くよー。」
「オッケー。…おい! ちょっと出しすぎ出しすぎ!」
「おおすまんすまん。…こんなもんでどぉ?」
「…よし、こんなもんでいい。止めてー。ストップー!」
「へいへい。」
「で、どこ置くんだよこれ。」
「ああ悪いね。あっちの、ブロックの上。2つ並んでるとこ。」
「ここ?」
「そうそう。あーやれやれどっこいしょ。終わった終わった。」
「結局ほとんど俺がやったんじゃん。どうもありがとうは?」
「大変ありがとうございました。おかげで助かりました。心から感謝します。言葉にはとても尽くせません。」
「全然気持ち入ってねぇって。」
「人の気持ちは言葉通りにまっすぐ受け取る!」
「言ってろ。」
「…ちょっと、煙草吸うのはいいけど、そこらに吸い殻捨てないでよ。」
「言われなくても判ってます。…ねえ、茶くらい出せば茶くらい。わざわざ菊届けさせて、植えんのまでやらしといて、茶菓子くらい出したってバチ当たんないよ?」
「飲みたきゃ自分でいれてよ。いつも勝手に上がりこんでるくせに。」
「人を何だと思ってんだまったく…」
「あたしコーヒーがいいなーっ! フィルターは引き出しの中ねー!」
「ふざけんなよ…」
 拓は台所でごそごそやっていたが、少しするとトレイの上にマグカップを2つ乗せ、口に煎餅をくわえて縁側へ戻ってきた。
「何食べてんのあんた。」
「え? 戸棚のひらき開けたら、あった。」
「あーっそれ! ヒトが隠しといた最後の1枚!」
「いいじゃん手数料ってことで。うまいねこれ。海苔がまたパリッと香ばしくて。」
「ちいっ、高くついたぜ!」
「おせんべ1枚くらいで何言ってんだよ。コーヒーまでいれさせといて。」
「あんたのコーヒーって、なんかおいしくないよね。薄いっつうか苦いだけっつうか。」
「じゃあ菊にやるかこれ!?」
「あっうそうそうそ! このコーヒー飲んだら、他はもう、全部うまい!」
「他は飲めない、だろ普通。」
「なんて正直なんだろうあたしは。…いいじゃん葛生編では大サービスしたんだから。美貌と才能と若さに溢れた拓! ちゃんとそう書いてあげたでしょ。」
「それ、自己陶酔。我田引水自画自賛。それよりTK第2部どうすんだよ。そろそろ着手できんの?」
「んー…………?」
「あんまり間があくと、しらけちゃうよ? ぽつぽつ始めないと。」
「いや、ここんとこ本業が忙しくて…。」
「忙しいわりに、今回70ページだよね70ページ。たいした量じゃん。やろうと思えばできんだろ?」
「あしたのために〜♪ 働こお〜♪ ちょっと眠いけどぉ〜♪」
「歌に逃げんなっ。」
「TK本編はねー。あれ、めっちゃ集中力いるんだよお。続けて何日かかかりきりになって、ボルテージ、このへんでガーッと一定にしとかないと駄目なの。会社行って、昼休み書いて、夜帰ってきてからまた書いて…って、こま切れになっちゃうとキツいのよね。だから今度は正月休みかなあ…。」
「マジで真冬に夏のシーン書くわけ?」
「うん、そうなっちゃうね。」
「まあね、あのクソ暑い中で吹雪がどうとか書いてたヒトだからね。南半球みたいな奴。」
「お、うまいなその比喩。」
「…そいじゃ、俺、帰るから。枯らすなよ菊。」
「はいよ。…おいこらちょっと、ごちそうさまでしたは?」
「俺がいれたんだろコーヒー!」
「うちの粉。うちの水。うちのガスにあたしのおせんべっ!!」
「…ごちそうさまでしたっ。」
「んじゃまたなー。事故るなよ。」
「…ったくあの馬鹿…。」

< 完 >

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