( 第2楽章 )


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「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか、八重垣悟です。前回の第1楽章からすぐにですね、第2楽章の方に進みたかったんですけれども、まぁ予想より時間がかかりまして、11月も終わり近くなってようやくUPの運びとなったんですけれども…。はい。」
「いやいやお待たせいたしました、木村智子です。第2楽章は第1よりかなり短いんで、ターッといけるかなと思ったら甘かった。やはり容易なことではございもはん。素手でモンスターと戦っている気分でした。マジ。」
「こんにちは、使えない音大出かつ更年期キャラ定着の高見澤凶子です。ついには昔の教科書まで引っぱり出すハメになり、私もけっこう大変でした。」
「どうしたんですか、何だか今回はみんな愚痴っぽいですね(笑) よっぽど大変だったんですか?」
「そりゃ大変っちゃ大変だったよマジ。頂いた感想メールの中に、さぞや大変だったろうことが楽譜と突き合わせてみて初めて判りました、というありがたいもんがあってねー? ちったあ報われた気になったくらいよ。いやはやいやはや。」
「でもそんな大変なことを、やると言い出したのは智子さんなんですからね?」
「判ってらい。だから放り出さなかったべよー! とにかくさくさく始めよう。だいぶ間もあいちゃったし。」
「そうですね。えーとそれではお手元にスコアのある方は、手に取って45ページをひらいて下さい。ここからが第2楽章。255小節から始まって、75ページめの438小節まであります。CDの演奏所要時間は9分22秒。第1楽章より短いですね。」
「でですねぇ。普通、協奏曲の第2楽章というのは、複合三部形式とか変奏曲形式が多くてですねぇ。」
「おや、何だかすごく『講座』っぽくなってきましたね。」
「うんうん。なんだかんだいって専門家だからねたかみ〜は。」
「で第3楽章の方はロンドソナタ形式が多いらしいんですが、何せ『宿命』に関しては第3楽章がないこともあり、何形式なのかはいまいち不明なんですよ。」
「オイ不明なんかい! せっかく感心させといて、ズッこけちまったべよ!」
「でもまぁ複合三部形式に一番近いんじゃないかなとは思うのよね。序奏→1→2→3→コーダ、の形式にはなってるからさぁ。ちなみにこの1と3の部分は、同じかまたはごく似たテーマが来て、2の部分は全く違うメロディーになるのが特徴ね。だからすなわち複合三部形式ではないかと、思う。のであるよ。私としては。一応。」
「な〜んかあぶなっかしいなぁ…。だいじょぶかぁ〜? 音大出ぇ。」
「知らないよ〜だ♪ チェチェチェ♪チェックポイン♪」
「まぁとにかく見ていきましょう。今回は全部で5つの段落ですね。」


【 段落1 】
255小節め〜291小節の3拍めまで / 開始〜2分26秒くらい

第2楽章の序奏。弦のしのび足と、油断ない視線を思わせるピアノのオクターブ和音で幕を開ける。やがてオーケストラの全楽器が短い咆哮を上げ、再び静まったのちに、低音の単純なリズムの中でピアノは足どりを確かにしていく。動き始めるメロディーは管と弦。アラベスクのようなピアノのパッセージ。最後に昇りの分散和音をちりばめる。

「最初に書かれている速度指定は、四分音符1個が約66回パーミニッツ。第1楽章は86だったから、あれより遅く演奏しろってことだね。」
「そうですね。まぁ第1楽章より遅いなというのは、聴いただけですぐ判ると思いますけれども。」
「ここの弦の雰囲気はさ、ホントに抜き足差し足忍び足って感じがするよね。最初のピアニシモの音を第1バイオリンが弾いて、それに2拍遅れて第2バイオリンとビオラとチェロがやっぱりピアニシモの音を出してる。でそのあとのかすかな2歩めも第1バイオリン。256小節の上の方の四分音符がそれか。」
「ええ。聞こえるか聞こえないかの本当にかすかな音ですね。そんな中へ最後に加わるのがダブルベースです。他より一段低い音で、ヴー…と加わってくるのが耳につきますね。」
「なんかさ、第1バイオリンのあとからでかい図体でぬぼーっとついてくるみたいでおかしいよね。目玉親父のあとを行くぬりかべみたいだ。」
「じゃあそのあと出てくる、あたりを窺う視線みたいなピアノは鬼太郎とか?」
「何なんですか『宿命』は妖怪の運動会ですか(笑) それじゃ明ちゃんも浮かばれませんよ。」
「こらこら死なせてどーする(笑) でも明ちゃんなら子泣きじじいが合うかもね。」
「あ、それいいねぇ! 腹がけと蓑と杖がいやぁ似合う似合う!」
「よしましょうってば最初から変な方向に走るのは。話を戻しますよ。えーとですからピアノはちょっと鳴っただけですぐに静かになり、そのあとまた弦だけになるんですけれども、楽譜でいうと261小節めのハーモニーは、単純ながら面白い組み合わせになっていますよ。」
「そうそうキレイなとこだよね。1小節の中でさ、第2バイオリンとダブルベースは全音符。第1バイオリンは付点二分音符+四分音符の3拍+1拍。ビオラは1拍+3拍。チェロは2拍+2拍で音出してるから、せーので4つの弦を重ねると、1・2・3・4と一続きのフレーズになるんだよね。」
「ニュアンスでいうと、弦の和声のアルペジアーレみたいな感じですかね。音をずらして重ねていく演出。」
「こういうところを聴き分けられるようになるとさ、おお判ってきたぞ自分!て感じでなんか満足するんだよね! 次の262小節の、弦に1拍遅れてピアノの高音が入ってくるところもキレイだよ。弦が鳴ってからピアノが入って、両者で和音を作るの。」
「この第2楽章のイントロあたりは、音の響きと楽譜の記述を頭の中で一致させるための、いい練習になるかも知れませんね。テンポがゆっくりですし、和音も少ないから区別しやすいでしょう。」
「鳴ってる音自体が少ないからね。楽譜の上半分もスカスカで静かなもんだよ。こうなるとついフェルマータのひとつも書きたくなる気持ちは判るねぇ。」
「駄目だよこんなとこにケロヨン書いちゃ。第1楽章の1ページめじゃないんだから。」
「書かん書かん。書いても消しとく。んで2回めのピアノが終わるとまた弦のしのび足になるけどさ、ここも第1バイオリンが1歩早く入ってるのね。264小節めの二分音符。」
「ええ。初めの1歩は常に第1バイオリンが出す感じですね。」
「んでまたピアノが3回めのご登場をすると、そこんとこからグーッと盛り上がっていって、オーケストラを構成する楽器っちゅう楽器が一斉に音を出して、わーっとクレッシェンドするんだね。まぁティンパニだけは叩いてないけど。」
「その代わりドラが入っていますよ。ジャアアア〜ン!て音がしますでしょう。270小節のパーカッションに<T.t.>とあるのは、これはドラのことですよね?たかみー。」
「え? ………さぁー(笑) そう聞こえたならそうなんじゃないの?」
「いい加減だなオイオイオイ!(笑)」
「だから何度も言うけどね? 声楽科にとってオーケストラは専門外なのっ。なんでそうやってアタシの知らないことばかり質問してくるのよこの文学部は。」
「てゆーかぁ、なんでアタシが知りたいことばっか専門外なんだよこの音大出は(笑)」
「まぁまぁまぁ。だったら足して2で割ればちょうどいいじゃないですか。」
「―――いや、それは違う八重垣っ! あやうく納得しそうになったけど違う。『知りたい』と『判らない』を足して2で割ったら0.5だべ? 1にも満たないやん。それでは質問することさえあやうい!」
「そういえばそうですね(笑) じゃあ割るのはやめましょう。」
「そうしとこう。足したまんまにしときゃいいやね。えーとそいでその全体クレッシェンドの270小節めは、ピアノも付点二分音符と全音符で頑張って延ばしてるけど、やっぱ約2小節ぶんの引き延ばしは鍵盤楽器にはキツいよね。」
「確かに管弦ならたやすいことですけれども、ペダルを使って精一杯というところじゃないですか?」
「こればかりはピアノの不得意項目だよね。んで次の272小節、時間でいうと1分27秒くらいのところは、小節線で区切られてるから本来は段落を分けるべきなんだろうけど、聴いてて雰囲気が変わる訳じゃないんで段落1のままにしとくね。さっきの複合なんちゃら形式で言っても、まだ序奏の最中だしね。」
「そうですね。序奏の中盤といった感じです。今まではピアノと弦だけだったところに、ここで木管が加わってきます。」
「最初はクラリネットとバスーンだね。それとティンパニと、引き続き弦チームとが、ダン・ダーンという単純な2音を繰り返す。いかにも序奏って感じのリズムだね。」
「このあたりには第1楽章にもあった、『前の小節と同じ』マークがいっぱいついてるでしょ。ただバスーンとビオラに関しては、微妙に違うんでちゃんと書いてあるけどね。」
「でもここんとこのピアノだけはさ、なんかアタシにも弾けそうな気がするなー(笑) 右手の単音のメロディーなんて、全曲中ここだけじゃない?」
「まぁここは大抵弾けるでしょうね。とはいえここのフレーズって、このあと出てくる第1主題のリズムと基本は同じだって気づきました? ここをもっと細かくすると、第1主題のリズムになるんですよ。」
「あ、ホントだ。タン・ターァン・タ・タ・ターン・タ・ターン…か。なるほどね。てことは一種の前フリ、主題のチラ見せ部分かしらん。」
「うーん…どうなんでしょう…。示唆しているという意味ではそうかも知れませんね。」
「んでその単純なピアノソロが左手に移ったところから、ほんの短い旋律をオーボエが吹いてるじゃん。この楽器は本当によく耳立つ音してるよねー。こうしてみるとオケの最初の音合わせをオーボエがやるっていうのも、もしかしたら単にホールのようなところで一番くっきり聞こえる音だからかも知んないね。開演前の客席がちょっとくらいザワザワしてても、この音なら埋もれないよ多分。クラリネットだと後ろの方の楽団員さんが聞き取れないかも知んない。」
「ああ、実際はそういう現実的かつ実用的な理由なのかも知れませんね。」
「んでその聴き取りやすいオーボエのあと、再びドラらしき金属製打楽器の盛り上げが入って、282小節、1分57秒めくらいのところから旋律が動き始めるんだね。単調なダン・ダーンの繰り返しだった弦チームも木管チームも、さぁこっからが本番だぜ!とばかりにメロディーを奏で始める。さらには彼らだけじゃない、第1楽章では大人しくしてた金管たちが、俄然歌い始める訳だね。メロディーに入る直前に、パーッ!と1発入ってる音はトランペットとトロンボーン。やっぱ金管の音はインパクトあるよ。」
「そう、この部分…つまり楽譜でいうと282〜285小節は、第1楽章の5〜9小節めとほぼ同じ旋律なんですけれども、違うのは第1楽章ではトランペットとトロンボーンの金管コンビが大人しかったことですよね。第1楽章では和音を吹いていただけなのに、こちらの第2楽章ではピアノと入れ替わる感じでよく響いています。」
「そうだね。金管の扱いは第1楽章と第2楽章の大きな差だね。ただこの部分は金管のせいでそれなりインパクトはあるけど、全体的には第1楽章より一回り小ぶりかもよ。第1楽章の段落1にはピアノの派手なカデンツァ風アインガングがあって、ラストはシンコペーションぽい下りのメロディーだったでしょう。」
「そっか。その点第2楽章は弦のしのび足に始まって、ピアノのスケールも比較的短いし、ラストはポロロロン・ポロロロンて感じの分散和音なんだ。第1楽章は何たってガラスビーズのノレンだったからね。」
「つまり第2楽章の方が叙情的というか、多少”渋い”味わいといえるかも知れませんね。」


【段落2】
291小節めの第4拍め〜324小節め / 2分27秒〜4分07秒くらい

第2楽章の第1主題。主旋律はピアノが奏で、弦がシンコペーションのリズムで伴奏する。2回めの繰り返しではオーボエが主旋律に加わり、ピアノはオクターブ和音で合わせる。続いてあらわれる伸びやかな旋律では、バイオリンとホルンが瑞々しく唱和し、カノンのようにピアノと呼応しながら響き合う。最後はピアノソロが締めくくる。

「速度指定は段落1より少し速くなって、84パーミニッツって訳ね。ちなみに高見澤先生、ここの調は何でおぢゃるか?」
「ここはg−moll。ト短調です。」
「なんで?」
「だから第1楽章でもゆったけども、それを説明すると尺を食いすぎるからやめようって。また今度帝國ホテル研修で、実際に音出しながら説明してあげるよ。」
「枯れモミジの実演ね。楽しみにしてるわ。んでこの第1主題は最初からピアノによって提示されて、第1楽章の時みたいなオケによる前フリがなかったよね。」
「ん〜〜…(笑) つーか正直言ってねぇ、第2楽章の形式が明確に判ってないもんで、第1主題・第2主題という分け方が正しいかどうか判んないのよー。こんなこと言うとホントに使えない音大出だと思われそうだけども。」
「そんなもんもうとっくの昔っから思っ……てないない! 言うじゃなぁ〜い?」
「そうやって旬のネタに飛びつくのもやめましょうよ(笑) まぁとりあえずいいじゃないですか、明らかに意図されていると判るこのメロディーを、この座談会では第1主題と呼ぶことにすれば。それでいいですよね?」
「まぁ当たらずとも遠からずだろうから、それで行こう。」
「んじゃその第1主題は、段落2の中で2回繰り返される訳だね。1回めの伴奏は第2バイオリンとビオラ。それをチェロが全音符で支えて、膨らみのある和音を作ってる。そこへ途中からさりげなく第1バイオリンも加わってきて、いつの間にか厚みを増すっていう演出になってるんだね。」
「そこんとこをもう少し細かく見ると、ピアノは右手で主旋律を弾きながら、左手の伴奏はずっとシンコペーションで ン・タン・タン・タン・タ、ン・タン・タン・タン・タ、の繰り返しになってるのよ。第2バイオリンとビオラもピアノの左手と同じリズムね。まぁ第2バイオリンの最初の292小節めだけは、ン・タン・タン・タタタになってるけど。でそれに対してチェロは、全音符の低い音でダブルベースっぽく合わせてるの。ちょっとだけ二分音符の個所もあるけどね。」
「うん、普通はダブルベースが担当する部分だよね。そのダブルベースは第1主題の2回めの繰り返しから…楽譜では300小節めから登場してくるのか。すでに第1バイオリンが先行して加わって厚みを増してるところに、この部分からは主旋律にオーボエ、伴奏にクラリネットとバスーンも入ってくるんだね。」
「やっぱり耳を引きますねオーボエの音は。ピアノも引き続き主旋律を奏でているんですけれども、一番『聴こえる』音といったらオーボエだと思います。」
「で、この2回めの繰り返しからはピアノがオクターブ和音になってる。1回めと同じ音に、ちょうど1オクターブ上の音が重なってるんだけど、聴いてても音の響き方が変わるんで判るよね。さらに左手はン・タン・タ・ン・タン・タのリズムに変わっていて、さっきまで繰り返していたン・タン・タン・タン・タのリズムはクラリネットとバスーンに引き継がれてるのよ。クラリネットの最初だけがン・タン・タン・タタタになるのも、さっきの第2バイオリンと全く同じだよね。」
「なるほどねー。地味に凝ったことしてるね明ちゃん!」
「さて2回めの繰り返しが終わったあとは、明らかに違うメロディーがあらわれるんですけれども、これは第1主題の副主題と呼んでいいんですか? 楽譜でいうと308小節からだと思うんですけれども。」
「いや、すまん確実なところは判らない(笑) だからここでは仮にそう呼ぼう。ザッツ副主題!」
「判りました。えーと、ここの副主題はですね、あくまでもバイオリンがメインのようですね。ホルンの音色が非常に美しいためについ耳を奪われますけれども、途中の312小節からホルンは旋律を外れるんですよ。」
「そうそう外れる外れる。でホルンの代わりに、それまで他の木管といっしょにン・タン・タ、ン・タン・タをやってたフルートが入ってくるんだね。どっこいそういう入れ替えなしで、この副主題中 通しで主旋律を担当するのは、バイオリンを中心とした弦チームなんだよね。」
「ええ。ピアノはずっと伴奏ですね。」
「でもこの伴奏がまた伴奏とは言えないほど、キレイに耳に乗るんだよねぇ。いうなれば4拍子のワルツだよ。」
「いや、その言い方はないと思う。だってワルツは3拍子よ?」
「ちょい待ちちょい待ち。なんぼ文学部でも知っとるがなそれくらい(笑) ほらチャイコにあるやんか五拍子のワルツってぇ。あれに引っかけてだね? ウン・タン・タン・タン、ウン・タン・タン・タンの繰り返しがまるで円舞曲(ロンド)のようなサーキュレイションを感じさせると、私は言いたかったのであって。」
「あ、そなの(笑)」
「また色々と名付けますね(笑) 4拍子のワルツときましたか。そのうち32拍子のマーチとか言い出さないで下さいよ。」
「んなムカデじゃねーんだからよ(笑) いぇ〜い日産マーチ! …すいません何でもありません。ともかくこのあたりからさ、ホルンと弦とピアノが別々にちゃんと聞こえだす気がするんだよね。独立し、協調し、引き立てあう。オーケストラの華やかさを堪能できる個所だと思うよ。」
「音が重なると色彩感が出ますからね。協奏曲らしい個所でもあると思います。」
「聴覚が視覚につながる。これぞボードレールの言った交感…コレスポンダンスなんだよなぁ。芸術には五感をシェイクする働きがあるんさぁ。」
「それと僕が思うのはですね、この第2楽章は、全体的にリズムが面白いかも知れませんね。ほらさっきの1拍ずつずらして重ねる弦だとか、シンコペーションの多用だとか。問題の4拍子のワルツも、要はリズムの妙味でしょう?」
「うん。なんか明ちゃんもさ、第1楽章よりかノビノビと遊んでる感じがするね。」
「確かにアレンジに個性と幅が出てるかも知んない。第1楽章はあれじゃないの、映画版をかなり意識したってライナー・ノートにもあったし、明ちゃんカラーはむしろ第2楽章に出てるんだよきっと。」
「子泣きじじぃの明ちゃんカラーね。よかよか。それともう1つ興味深いと思ったのは第2バイオリンだな。楽譜を見るとさ、副主題が始まった308小節めから4小節ぶん…つまりフルートがメロディーを奏で始める直前の311小節までの間、第2バイオリンは二手に分かれてオクターブ和音で旋律を弾いてるでしょ。つまり考えてみれば当たり前の話なんだけど、バイオリンてのはオクターブ違いの音を1台で出すのは無理ってことだよね。ピアノならある程度簡単にできることがバイオリンにはできず、その逆もまたしかり。つくづく、個性の違う楽器なんだなと思ったよ。うんうん。」
「まぁオクターブ違いの音を簡単に出せる楽器って、そもそも鍵盤楽器だけだと思うけどね。あ、あとハープなんかも出せるか。何にせよ個性豊かな楽器たちっていうのは確かだよ。」
「んで第2バイオリンがユニゾンに戻ったところ…つまりフルートが主旋律を奏で始める312小節からさ、この段落最後のピアノソロの直前、318小節までの間って、オーボエ、クラリネット、バスーンの3つが第1楽章第1主題のTの動機を繰り返してたんだね。タタタ・タタタタのリズム。こういうのって楽譜見ないと気づかないよなー。聴いただけじゃ素人には判んないよね。」
「裏になったり表になったり、ベートーベンのジャジャジャジャーン♪と同じで、色々出てくるリズム動機ですね。」
「ほいでこの副主題後半の聴きどころは、やっぱ弦とホルンの掛け合いだろうね。バイオリンとビオラがラララララー♪と歌うと、ホルンがヒグラシみたいにラララララー♪と追っかけるの。カノンっぽくてすごくキレイだね。」
「ヒグラシですか。確かにそういう鳴き方しますね。」
「だしょお。こっちでカーナカナカナカナって鳴くと、遠くの方でカナカナカナカナ…ってさ。しかし最近ヒグラシの声って聞かなくなったよね。てかヒグラシだけじゃなく、蝉自体が減ったのかなと思ってたら、なんのどっこい高崎より都内ど真ん中の方が賑やかだったわー。あの神楽坂の蝉時雨! すごかったもんなー。それと日比谷公園、代々木公園ね。」
「うんうんあれだけ広い公園ならヒグラシくらいいるでしょお。」
「いるかも知れませんけれども、蝉の話はそれくらいにしましょう。もう初冬ですし(笑)」
「そうか、初冬か…。そういや去年の今頃は、ドラマの話がもう発表になってて大騒ぎだったっけね。明ちゃんも打ち合わせとかやってたんだろうなー。…ってそれはこっちに置いといて、段落2の最後は大人しめのピアノソロだね。Tの動機の頭の休符がないリズムだけど、コーダ部分みたくガンガンに畳みかけないで、高く澄んだ音で比較的ゆっくり刻んでる。」
「ラストの左手の分散和音も静かですね。こういう、テクニックが簡単なところでいかに『歌える』かどうかが、ピアニストにとっては本当に難しいのかも知れませんね。」


【段落3】
325小節め〜354小節の3拍め / 4分07秒〜5分47秒くらい

第2主題というべきか、それまでとはガラリと雰囲気の違う長調のメロディーとなる。基本となるバイオリンの旋律に、最初はホルンが艶やかな音色を響かせ、次にクラリネットが重なるうちスルッとすべりこむようにピアノが加わったかと思うと、ピアノはそのまま主旋律を譲り受けて歌う。ラストの金管のハーモニーは夕暮れを思わせる叙情に満ちている。

「ここはもう誰が聴いても、曲調が変わったのがはっきり判りますね。短調から長調へ、明らかな変化です。」
「ちなみにここはD−Dur。ニ長調ですね。」
「なんで?」
「だからそうやっていちいち律儀に質問してくる人よねー。何回聞いたら気が済むの?」
「ま、これがいわゆるテンドンってやつだな。」
「つまりねぇ、調号で見ればニ長調かロ短調なんだけど…って説明始めるとワケわかめでしょー? 調性についてはまた今度やろうってば。」
「いや別に聞きたくないんで、説明はどうでもいい。」
「それこそワケわかとあきらじゃないですか。」
「てかこの座談会はさ、理屈っぽい音楽論に流れちまったらアウトだから、あの手この手で笑いをとってバランスを保たなぁいかんのよ。そのへんキミタチもちったぁ考えー?」
「考えー?って言われてもねー(笑) とにかくここはニ長調だからニ長調なの! 例によって第2主題と呼ぶことにしよう!」
「そういや第1楽章の第2主題も長調だったよね。名付けて『海原の旋律』。それに対してこっちの第2主題は、『天使の階(きざはし)』と呼びたいところだね。」
「また名付けましたか(笑)」
「だってそんな感じしない? 暗く寂しい冬の海に、雲間から差し込む白い浄光。そんな景色が浮かぶじゃんかぁ。もっともドラマの映像に影響されての連想イメージだってのは判ってるけど。」
「まぁそうやって連想が成り立つというのは、要するに映像と音楽がよく合っていた証拠ですからね。劇伴として『宿命』が成功している証ですけれども。」
「そうだね。んでこの第2主題…というか段落3においてずっと、通しで主旋律を担当するのはこれまた第1バイオリンだね。第1バイオリンが奏でるメインの旋律上に、部分部分で管が綺麗に顔を出すと。ここはそんな感じがする。」
「冒頭で綺麗なのは何といってもホルンですね。奥行きと広がりのある、見事な響きを聴かせてくれます。329小節めでクラリネットと入れ替わるように伴奏に下がりますけれども、この時のクラリネットはTのリズム動機…タタタ・タタタタで入ってくるんですね。」
「うん。でその時の第1バイオリンはタン・タタ・タタタタというリズム。Tの頭の八分休符が後ろの八分音符とくっついて、四分音符になってる訳ね。」
「でさ、さっき言った、第1バイオリンの主旋律上に管が綺麗に顔を出すって話なんだけど、例えばクラリネットのTのあとに聴こえるバスーンの2音とか、ピアノが入ってくる直前のホルンの3音なんかがそれだよね。楽譜でいえば332小節とか335小節とか。ほんのワンフレーズだけの、合いの手に近い短さなんだけどそれがすごく印象的。」
「それってさ、要は明ちゃんのオーケストレーションのウデがいいってことじゃない?」
「いやーそうかなぁ。」
「そうかなぁって(笑)」
「だってなんかそこまで褒めちゃうの、ちょっとヤじゃない?」
「うーわイジワル。天邪鬼―!」
「じゃあそう言うたかみ〜はね? なんで明ちゃんをいいわぁ御殿雅楽寮の職員にしたげないの?」
「…そうか。そうだ。うん。褒めることないよそんなに。」
「なぜそうなるんですかね。僕にはやっぱり判りません。」
「まぁそんな明ちゃん論はどうでもいいとして、段落3にすべりこんでくるピアノの入り方は実にさりげないよね。弦と管に十分歌わせておいて、途中から何食わぬ顔で加わったかと思うとたちまち自分が主旋律を持っていくというね。第1バイオリンも立派にメロディー弾いてるのに、いざピアノ様に入ってこられると聴く者の耳を譲らざるを得ない。まぁそこはピアノ協奏曲だからしょうがないのか。」
「ええ。とにかくピアノが主役ですからね。あとここで面白いのはクラリネットですよ。ピアノが入ってきてすぐ、339小節めでクラリネットは二手に分かれるんですけれども、ここの譜面はピアノ同様、2行の五線を { でつなげてあるんですよ。『宿命』はこのあたりで最も、各パートが細分化されるということですね。」
「なるほどねー。のびやかな長調のメロディーを、さまざまな和音で構成してるってことか。」
「それとクラリネットが2つに分かれる339小節からは、オーボエとフルートも加わって主旋律をなぞるんですけれども、ここでちょうど楽譜のページが変わってるせいで、この2つが増えたことに気づきにくいんですよね。」
「あーそれは言えた! ピアノみたくページの途中からだとよく判るのにね。こういうのってフルートの人とか、いつページめくるんだろう。先回りしてめくっとくのか?」
「確か立場的に下の人がめくるという暗黙の了解があったと思いますよ。もっともフルートの人が見ているのはスコアではなくパート譜でしょうから、ちょうどページの切れ目に休みの部分がくるように書いてあるとか、工夫されているんじゃないでしょうか、多分。」
「そっか、スコア持ってんのって指揮者だもんね。自分が音出す訳じゃないからいいんだな。えーとそいでどこまで行ったっけ。59ページの頭か。こっからはフルートとオーボエが増えて、340小節からはホルンもメロディーに戻ってくると。徐々にスライドして厚みを増すんだね。こういう演出を楽しむには、CDの利点を活かして繰り返し聴くのがお勧めかもね。」
「うん。聴いてみてほしいよね。主旋律を追えるようになったら今度はそれぞれのパートに注耳して、オーボエならオーボエ、ホルンならホルン、バイオリンならバイオリンのメロディーだけを拾ってみると面白いし、ほんとに色々なことに気づくと思う。」
「バスーンとかクラリネットとかビオラなんかになると聴き分けにくいけどねー。むしろダブルベースの方が判るよ。」
「ひときわ低い音ですからね。で曲は341小節めだけ2拍子になって、そのすぐあとに聞こえるピアノの細かいリズムは、第1楽章にあったバイオリンにじゃれつくフレーズを思い出させますね。」
「あー、あのターララ♪ンタンタンタンタ♪とくるとこだ。えーっと楽譜でいうと第1楽章の段落4。86小節めあたりだね。」
「水晶がキラキラしてるみたいなリズムで、綺麗よねー。このアレンジはけっこう好きかな。」
「で、そうやって細かくキラキラしたあとのピアノは、よっこいしょー!と付点二分音符+二分音符で約1.5小節ぶん延ばしてるじゃん。347〜348小節にかけて。でその伸ばしている間を飾るのは、第1楽章ではほとんど活躍しなかったトロンボーンだね。低いけど実に金管らしい音がきちんと表だって聞こえるよ。トロンボーンが歌う個所って、素人耳にはこの2小節が随一じゃないか?」
「そうかもねー。ピアノが休みになる349小節の後半以降も、同じ金管チームであるホルンとトランペットが耳立つよね。」
「金管チーム大活躍ですね。このあとも段落3の最後に至るまで、トランペットはよく響いていますよ。ホルンとの和音もいいですね。」
「うん。金管チームが騒ぎ出すと他の楽器の音は聞こえなくなるってのも判るよね。圧倒的というか、破壊的存在感のある音なんだ。金管がパッパラパッパラやってる間に、クラリネットがこっそりフオーとか音出して、次の自分のパートを確認しとくって話もあるみたいよ。」
「ああ、確かに判らないでしょうね。トランペットの影のクラリネットの音は。」
「でね、ここでちょっとたかみ〜に質問。330小節の2つめの八分音符に、ナチュラル記号がついてるやんかぁ。それにカッコがついているのはなぜ?」
「あー、これねぇ…。んーとね、ちょっとだけめんどい説明するけど、1つ前の329小節で1オクターブ下のシの音にフラット記号がついてるでしょ? このフラットを臨時記号っていってね、通常小節が変わると無効なんだけど、間違えないように丁寧に、次の小節はフラットじゃないからねーと知らせるためにナチュラルをつけてる訳。だから330小節のカッコは、このナチュラル記号は別になくてもいいんですよって意味で、つけてるんだと思うけどね。カッコ自体には意味はないと思うよ。」
「ふーん。つまり注意を促すってやつだ。律義だね明ちゃんね! 例の第1楽章の最初の離れフェルマータもその手のもんでしょ?」
「まぁCDのライナーノートにもさ、後世に残すじゃないけど、将来大いに参考にしてくれみたいな意識が見えるじゃない。スコアの方にも、移調楽器は実音で書いてあるって注釈があったし。だから明ちゃん的には、なるべく親切に書いてやろうって感じだったんじゃないかな。」
「そのわりにゃコピーとって加筆したり、ハショるとこはハショってるけどな(笑)」


【段落4】
354小節の4拍め〜388小節 / 5分48秒〜7分35秒くらい

再び現れる第1主題。ピアノが奏でる主旋律は、もう1つ違う楽器があるのかと思わせるような3連符を従えて進む。弦は和音を変えて伴奏し、主題が2回繰り返されたのち曲は転調。主旋律をホルンとチェロに移して1回、元の調に戻してからさらに1回繰り返す。そのあとは弦をメインとする短い経過フレーズを経、次段落のソロへと続くピアノのパッセージとなる。

「ここからは第1主題、ト短調に戻りますね。第1主題をピアノが弾いて弦は和音を作り、静かな調和をみせてくれます。」
「メロディーも綺麗だけどここのピアノはね、すっごく弾きにくいよ。楽譜でいくと355小節の後半、右手で八分音符を2つ弾く間に、左手で3連符1回の組み合わせだからね。しかも右手はオクターブ和音。動かすだけで大変だよ。」
「素人からすれば人間ワザとは思えないよね。それと356小節は、音追ってていつもとまどう個所なんさぁ。右手のターン・タ・ターンで4拍分消費しているのに、左手の最後の3連符が上まで来てるから、一瞬右手の4拍めに見える。ッとにまぎらわしい3連符だよね。」
「それこそ5拍子みたいですね。で…ピアノがメインで主題を2回繰り返したあとは、今度はホルンが主旋律になってチェロが唱和するんですね。」
「そうそう。この部分、つまり369小節の後半からは、e−moll。ホ短調になってるんだよ。」
「ホ短調ね。なんでだろ〜ぉ♪なんでだろー♪ ふんでここから段落最後のソロまでずっと、ピアノはアルペジオの伴奏になるのか。」
「387小節で旋律を昇るまでがそうだね。楽譜の約3ページに渡って延々とアルペジオよ。楽譜をよーく見ると判ると思うけど、少しずつ少しずつ音が違うんでこれまたすごく弾きにくい。」
「聴いてると綺麗だけどね。この部分の聴きどころはやっぱ、ホルンと弦の和音でしょ。チェロも綺麗にメロディーを奏でてるね。」
「綺麗な部分ですよねここも。伴奏なのにピアノが埋もれない点も、かなりよくできていると思います。」
「で、第1主題がフルに1回終わって、次にもう1回繰り返される377小節めで、曲はホ短調からト短調に戻ってるのよ。だから微妙に色あいが変わるよねメロディーのね。」
「ここの転調ってさ、ホルンのスラーの間に行われるじゃない。だもんで一瞬、あれっ?て感じで音がとれなくなるんだわ。するとちょうどそこでバイオリンの奴が、聴いたことのある滑らかなメロディーを2小節ぶん聴かせてくれるから、耳はどうしてもそっちを聴きにいっちゃうよね。楽譜でいうと377〜278小節のところ。これもむしろ明ちゃんの狙いなのかな。」
「ここのバイオリンはただの経過フレーズよね。308〜309小節と同じ旋律を弾いているだけだから、これを主旋律とはいわないかな。耳当たりはすごくいいけどね。」
「んでそうやってバイオリンのカゲで転調した直後の、第1主題2回めの繰り返しのとこ。楽譜の379小節後半だけど、ラー♪ララララ♪とホルンは下がるのに、バイオリンはラー♪ラ↑ラララ♪と真ん中が上がる。これ重ねると綺麗に聞こえるよねー。」
「そのあとの381小節も、バイオリンの高い音が綺麗にハモっていますよ。このあたりでたっぷりと叙情的なメロディーを聴かせておいて、主題が終わったところからはすごく緊迫感のあるフレーズになっていきますよね。」
「うん、楽譜でいうと385小節めからか。弦が中心になって、低→高、低→音と繰り返しながら弾みをつけるように、全体的に高い音になっていくあたりだね。フルートも得意の高音でエネルギーを添えて、旋律はそのあとのピアノの上昇スケールに繋がっていく。最後はまるでピアノに対してトスを上げるみたいに弦がポーンと跳ね上がってさ。その直後の弦チームの下がりっぷりは、本当にタッチダウンだよ。」
「ああ387小節の2音ね。この落差は確かにすごいね。ピアノと垂直にすれ違う感じがするもんね。」
「この落下地点の音は第1バイオリンで見ると、え〜とこれはト音記号だからハ長調の低いドに当たる音だよね。んで高い音の方はっちゅうと、加線が上に4本引かれてるんだから、低いドからドレミファソラシドレミファソラシ…と2オクターブ右に行ったドの、さらにその先の…えーと、サ!」
「サ?」
「サじゃないソ! ソ! …ん? ソじゃないよラ! ラだラ、ラ、ラ、ラ!」
「何を混乱してるんですか(笑)」
「だってあまりに遠いもんで何が何だか(笑) 人間が飛び降りるとしたら3mはあるね。」
「まぁ確かに幅のある2音ですけれども、弦だけではなくピアノもね、スケールを昇りきったところから一気に低音に飛びますよね。」
「その点ピアノは両手で昇って、和音で飛び降りてるからさらに難しそうだ。しかも着地点は指5本使った和音だぜ? こういうのってミスタッチしないのかね。」
「いやーアタシならするかもねー。」
「やっぱなー。枯れモミジにはキツいよね。」
「てゆーかね、こんなんをチャチャーッと弾きこなせてたら、もうちょっと違う人生歩んでたかも知れない(笑)」
「なるほど。中村紘子U世だ。ショパン全集とかCD出しちゃうんじゃないの?」
「いやそこまでは…。ジャケット写真はできれば篠山紀信で。」
「えっ更年期のクセに脱ぐんかい!?」
「脱がん脱がん! そぉゆぅことじゃなくて!」
「まぁねぇ、たかみーが脱いでもねぇ…(笑)」
「ちょっと何よそれ八重垣くん。ドー国のダレかと比べる訳ぇ?」
「いや比べるすべがないですから。何でしたら来年のライブの時にでも、本人同士で比べて下さい。」
「何をだよ(笑) えーっと、楽譜上ここに小節線はないんですが、この先は明らかに感じが違うんで、私テキにはここで段落分けさせてもらいます。」


【段落5】
389小節〜最後 / 7分35秒くらい〜最後

全曲のクライマックスは、前段落のラストで弾みをつけたピアノソロで始まる。Tの動機のアレンジに続いて、各音オクターブ違いの3連符をちりばめ、ブン、と低い1音を響かせたあとはオーケストラが華麗に伴奏する。やがて主旋律の中に第1楽章第1主題が蘇り、ピアノが歌いバイオリンが奏で、ホルンが艶やかに唱和する。徐々に高まる結末の予感。畳みかけるTのリズム。シンコペーションで抑揚をつけ大きくうねるように旋律を上下し、低音と高音を交互に打鍵する鮮やかなコーダで、
−幕−

「さぁ、泣いても笑ってもこれが最後だという部分ですね。『宿命』という協奏曲の結末です。」
「その肝心な部分がピアノソロから入るっていうのはさ、第1楽章の冒頭もそうだったし、実に特徴的だよね。タタタ・タタタタというTの動機のあと、タン・タターン!と低く入る音は好きだなぁ。こういうパッショネイトはピアノの得意技というか、もはや専売特許だろうね。ピアノってのはつまるところ、派手な楽器なんだなと思うよ。華のある、ダイナミックなドラマチックな、主役になるべくして生まれてきた楽器なんだろうね。」
「まぁクラシックではそうかも知れませんけれども、これがジャズになりますとね、控えに回って絶妙な伴奏をしたりするのが、僕は大好きなんですけれども…。」
「つまりはそれだけ様々な魅力があるってことだな。でもその中の華麗で派手な面というのは、もしかしたらフランツ・リストが焼き付けたイメージなのかも知んないよね。オーケストラと同等の表現力をもつのはピアノだけだってことを、身をもって証明し続けた音楽家。リスト自身ピアノみたいな男だったんじゃないのかな。って最近ちょっとね、リストにハマッてるんだわさ。」
「なるほど、ジョニー・デップにリストですか。徹底してビジュアルから入る人なんですねぇ。」
「これこれそれを言うなら一番最初に、ナカイマサヒロをもってこんかい! …まぁ中居さんの場合はビジュアルだけが好きな訳じゃ断じてないけどね。要素の1つであることは否定しないよ。素直に。」
「で、ここでちょっとピアノテクの話をしてもいいかな。ソロの後半、譜面上の幅も広くなってる395〜396小節なんだけど、ここって右手は全部16分音符の3連符なのね。つまり1つずつが八分音符の長さでかなり短い…というか速い上に、3連符の1つずつが1オクターブ違いなの判るかな。」
「あ、ここのピアノって五線譜3段で書かれてるんだ! 上の2段が右手なんだね? で3つの音がそれぞれ1オクターブ違い…。ああだからこんなにナナメの音符になってるんだ。」
「そうそう。だけどこんな広い音域いっぺんに指が届いたらバケモノだからね、ここは右手の親指で低いシを叩いたら、即座に右へスライドさせて同じ親指で次のシを叩いて、次に小指で上のシを叩く流れになるのよ。ただそれだとさ、右手がそんな忙しい思いしてんのに左手はかなりヒマをこくことになるじゃない? 左手の担当は和音を1回だけだからね。しかもその和音を2小節と1拍ぶんタイで延ばせっていうのも無理な話だから、もし私が弾くんならここは、左手で394小節4拍めの和音を弾いたら、ペダルを1回踏んで残音を効かせておいて、3連符の最初の低い音は左手、あとの2音を右手で弾くっていうふうにやるんじゃないかなぁ。」
「なるほどね。それに、今たかみーが言ったように弾くと左右両手が鍵盤の上を右に移動することになりますから、画的にも動きがあって映えるかも知れませんね。」
「あとさ、396小節に『8VA』とあるのは1オクターブ上の意味だって判るけど、ここに書いてある『Sempre』ってのは何なん?」
「ああ『Sempre』っていうのはね、直訳すると『常に』とか『いつも』って意味。この場合だとフォルテ記号にかかるんだと思うよ。つまりこの3連符は全部フォルテで弾けって意味だね。多分。」
「ふーん…。つまり y=ax+bx+cx を、y=(a+b+c)x って書くようなもんだな。」
「なに、いきなり数学!? どしたのよ文学部のくせに!」
「いやウチの高校ってさ、私大文系でも数V必修だったから。おほおほ。」
「でもこの程度の数式なら、中学でやるんじゃないですか? 数Vどころか高校入試レベルだと思いますけれども…。」
「おほおほゲホゲホ。まぁ例えていえばそんなもんだって話よ。気にしないで。んでパーカッションの396小節めを見ると、ここで打楽器奏者は持ち替えするみたいね。再度吊しシンバルの登場か。」
「これくらいの種類なら打楽器は1人で足りそうですね。」
「でピアノはオクターブ違いの3連符による見せ場のあと、397小節から伴奏を従えてメロディーを奏でるけど、そのメロディーの入口でブォンと空気振動みたいな低い音を吹いてるのはトロンボーンだね。なんか腹膜がブルンときそうな音。」
「同じところでバスーンも音を出していますから、両者は共鳴しているかも知れませんね。ともに低音楽器ですし。」
「ここのピアノの旋律はモロに、第1楽章第1主題のアレンジだと思うよ。いよいよ終盤、クライマックスだなっていう心の準備をさせる効果があるよね。」
「タタタ・タタタタときたあとのタン、タターン!と入る音は、さっきの390小節では低かったのに、今度は高い華やかな音だね。この花火が弾けるような響きは曲中ここにだけ登場するけど、まさにピアノでなければ出せない音・出せない効果だろうと思うね。しかもさ、これは雰囲気で勝手に想像してるだけなんだけど、もしかしたらスタインウェイが最も美しく拡張してくれる音なのかも知れないよ。ベーゼンドルファーより高音が響くっていうもんねスタインウェイはね。」
「まぁスタインウェイは高音が美しい、というのは定説ですね。」
「あらそうなの〜?」
「ええ(笑) 僕も聞きかじりですけれども。」
「んでスタインウェイに拡張されて歌うピアノを、あとからバイオリンが追いかけるようにして、Tのアレンジを交互に奏でるのが397〜402小節のあたりだね。バイオリンは頭に休符がないリズムだけど。さらにはクラリネットもバイオリンと同じタイミングで伴奏してる訳か。」
「その追いかけっこの順番は途中で入れ替わりますね。404〜405小節のノリのいい経過フレーズを経たあとで、タタタ・タタタタを先に奏でるのはバイオリンになります。それとホルンと。この両者のあとからピアノが、タタタ・タタタタと合わせる形になりますね。」
「『バイオリンが先・ピアノは後』のこの形は3回繰り返されて、そこへピアノが追いつくみたいにタタタ・タタタタを2回繰り返したところで主導権のバトンタッチだね。んで413小節の旋律駆け下りでピアノは一気に加速して、そこからTの動機の畳みかけだ。これがコーダになるのかな?」
「んー…(笑) コーダにはちょっと早いような気がするけどどうかねぇ…。どちらにせよこの部分はさ、『前の小節と同じですよ記号』が効果を発揮してるよね。同じものをズラズラ書かれるより、繰り返しのスパンが視覚的に判って演奏しやすいと思うよ。」
「そうですね。この形が2回、次にこの形が2回…といったようにマクロに認識できますからね。」
「ここでピアノと一緒にタタタ・タタタタをやってるのは、フルートとオーボエと第1バイオリンだね。と同時にその間バックで長い音を出してるホルンが、曲にすごい奥行きを演出してる。音は単純なのに効果バツグンだね。一方ピアノはこれでもかってほどTを繰り返したあとに、細かいシンコペーションで旋律を下る。ここで聴こえるトランペットも、華やかな厚みを出してるね。」
「ピアノのシンコペーションの部分に、リズムアクセントをつけているのは金管ですよね。ホルンはそれこそ『4拍子のワルツ』ですし、タン・ターン、タン・ターンと大胆に刻むのがトランペットとトロンボーン。第1楽章には全く見られなかったカラーです。」
「そんな華麗な伴奏り盛りたてられて、ピアノの最後のアラベスク。シンコペーションしながら旋律を下りて、ホルンのバックアップを受けつつ3小節かけてスケールを駆けのぼり、これまたシンコペーションでなだらかに旋律を降りてくる。そのあとのオーラス4小節も、金管がナイスサポートだよね。」
「435小節のトランペットの四分音符4つとか、手持ちのシンパルが1発入った直後のホルンの下降スケールとかね。最後までホルンは大活躍だったね。」
「なんかもうホルンは助演賞もんだと思うよ。で主演のピアノは低→高→低→高と動きも華やかにアクセントの効いた4音を叩く。ここの画は素晴らしくダイナミックだったよね。ピアノなめで右、左、右、左と大きく動いた和賀ちゃんの半身を思い出しますなぁ…。」
「うんうんよかったよねぇあそこねー! 絶対メロディーだけじゃなくてさ、動きの大きさも計算に入れたコーダだと思うよー!」
「んでほんとに最後の最後である438小節。ほとんど全ての楽器が低く一斉に着地して、ピアノ協奏曲『宿命』は終了するんだね。フルートとオーボエだけは1小節早く終わってるけども、438小節にはフォルテシモとアクセントとフェルマータの嵐で、クラリネットとバスーンのところは顔文字に見えなくもないやね。」
「そういえばそうですね(笑) (>_<) ←これに近いですか(笑)」
「まーそれにしてもさぁ。ここまでやってきて最後にネガティブ意見を言うのも何なんだけども、この曲って聴き終えると何となく、最後が物足りない気がしない? あと一押し欲しいっていうか。不十分とまでは行かないけど、満腹感には至らないっつーかね。オーラスにあと2小節ばかり、加えてもよかったんじゃないか明ちゃん?」
「うーん…。微妙ですねぇ…。若干の物足りなさが否めないとすればそれは、最後のピアノの見せ場にシンコペーションが多用されていたせいもあると思いますね。シンコペーションはもともと強拍をずらしてヒネリをきかすテクニックですから、タン!タン!タン!タン!ではなく ンタ・ンタ・ンタ・ンタとくる、言ってみれば舌足らずな魅力なんですよ。フラメンコでいうまさにコントラ、あくまでも『裏打ち』のリズムですから、あーすっきりしたぁー!という正統派の効果とは逆をいくものだったかも知れませんね。」
「なるほどなぁ…。それは言えてるかもねー。ドラマの第1回で使われたチャイコの第3楽章が、とてつもないカデンツだったってのもあると思うけどね。あの体育会系ダブルオクターブ。またの名をマシンガン・プレイ(笑)」
「ですからチャイコフスキーと対比するのはいささか酷ですよ。シンコペーションの多用というのは別に欠点でも何でもなく、それはそれで印象を深める1つの手法なんですから、好き嫌いを別にした演出の1つとして、肯定すればいいと思いますよ。」
「まぁそういうこったな。いやー何にせよかんにせよ、こんな真剣に楽譜見たのは生まれて初めての経験だったよ。そういう人は他にも多いだろうね。人生におけるいい修業になったわホント。」
「そうですね。今回の座談会は、素人の・素人による・素人のための聴きどころ講座でしたからね。音楽のプロやもっと詳しい方から見れば、微苦笑ものだったかも知れませんけれども。」
「なぁにそんなのは先刻承知の上さ。とにかくこれだけ真剣にやったぞと。ド素人でもこれくらいは判るぞと。その実行レポみたいなもんだからね。少なくともこの講座に接したことで、多少なりとも『宿命』が身近に感じられればそれで大成功なのよ。うん。」
「…あれっ。でもたかみーはそういえば、一応、音楽の専門家……」
「言うなっ! その先は言わんでくれ八重垣くん! くどいようだが私は声楽科出。オーケストラについては詳しくないのだよー!」
「つまりあれですか。万葉集専攻の人間にとっての、島崎藤村みたいなものですか?」
「おおうまい! さすが八重垣、的を得た比喩だ!」
「まぁとにかくですね。『宿命』聴きどころ講座は以上をもって無事終了ということで。お2人とも本当にお疲れ様でした。それにビジターの皆様も、今回はけっこう疲れたんじゃないかと思いますけれども。」
「そうだね、ドラマ編よりはずっと、読むのが大変だったと思う。おつきあい下さいましてありがとうございました。実は感想メールが届き始めたのは最近になってからでして、それまでは『あれっこりゃまさかどなたも読んでないのか?』って心配になっちゃったのも事実なんですがね(笑) けっこう皆様、スコアを購入してから読んで下さったようで、ハ音記号の意味がやっと判った!とおっしゃってくれた方もいらはるですよ。」
「ハ音記号ねー。普通科の学校じゃやらないもんねあれは。こんな音大出の知識が役に立ったとすれば光栄です。」
「いやいやたかみ〜には感謝してますよ。使えねぇ音大出だなーとかゆったけども、…まぁホントに使えない面もあったけどさ(笑笑笑) アタシだけじゃぜってーできなかった企画には違いないから、改めて感謝しますです。ありがとうございました。」
「はっ、いやホント恐縮です。ご丁寧にどうも。」
「しっかしマジで使えねーよねーコイツ! 時々ヘンなこと言うし吊しシンバルは知らないし(笑) しかもヒトが査閲依頼してる最中に九州とか遊び行くしさー、阿蘇で遭難しやがったらタダおかねーとか思ってたよ。意識不明だろうが何だろうが、ここの主題は何調なんだー!ってガクガク揺さぶるつもりでいた。」
「そりゃまたご心配おかけして(笑) ワルツは3拍子ってのも間抜けだったよね(笑)」
「ま、色々ありましたけれども、『宿命』聴きどころ講座は以上で終了したいと思います。初夏から初冬に至るまでかかりました『Le bol de sable』は、これでひとまず完結…でいいんですよね?智子さん。」
「そうだね。座談会はこれで完結だね。もしかしたらオマケでチラッと、DVDのツボについて語るかも知んないけど、それは個条書きか一覧表で、軽くまとめようと思います。」
「となると次にこの形で皆様にお会いするのは、5人のドラマかナニ金の6ですか?」
「ん〜… できるかどうかお約束はできないけどね。その可能性もあるって程度だね。」
「判りました。ではひとまずこれでまとめることにしましょう。えー長らくのおつきあいありがとうございました。またお会いする日を楽しみにしています。それまでご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「わけあってリストにハマりつつある木村智子と、」
「名言・『ワルツは3拍子』を生んだ高見澤凶子でした。また何かの機会に。」
「あ、このあと補則としていくつか、座談会に書ききれなかったことを上げておきますので、ご興味とお時間のある方はお目通し下さいましぃー!」




補則事項1・総譜とパート譜の入手方法について
モーツァルト、ベートーベン、チャイコフスキーなど有名曲のスコアを常備しているのは、ヤマハや山野などの大型店のみ。ただし地方などの支店レベルだと微妙。
海外からの取り寄せは可能だが当然時間がかかる。(レンタルという手もあるが、アマとプロとでは料金にかなりの差がある。収益をあげるプロの方がもちろん高い。)
オーケストラ用の「楽譜一式」は、海外で出版された原版しかないと思われる。日本楽譜、音楽之友、全音などで出しているのはミニチュアスコアのみ。
「楽譜一式」とは、指揮者が使うスコアと、各楽器のパート譜がセットになっているもので、概ね10万円以上する。弦楽器などは人数がいるので、最初からその曲にあった人数分の原譜が入っているものもある。
ミニチュアスコアの内容は普通のスコアと同じ。サイズが小さいだけ。(文庫本より少し大きい程度)
パート譜がどうしても手に入らない場合は、スコアから書き起こすケースもある。最後の手段として、音を聴きとって書き写す(!)ことも決して不可能ではない。ただ、それぞれの楽器の持っている「調」は最初から違うため、それを合わせるのが大変である。


補則事項2・「動機」について
  『宿命』のTのリズム(タタタ・タタタタ)はメロディーを変え速度を変え色々なところで出てきており、これを文中では「動機」と称した。
しかし「動機」にはメロディーを含むのか含まないのか、私自身理解しきれないところがあった。
例えばベートーベンのジャジャジャジャーン♪は『運命の動機』と呼ばれ、曲のいたるところで上がったり下がったり色々なメロディーで繰り返されている。これを「動機」と表現している文章は多く見られ、ジャジャジャジャーン♪が動機であるのなら我らが「タタタ・タタタタ」も動機に違いないと思うのだが、「動機」という概念にメロディーは含まないと言い切っている用例は見つからず、また高見澤的にも断言はできなかった。ただ、メロディーを含まないリズムだけの動機を示す言葉として、「リズム動機」という言い方があることは判明した。
しかし、この講座は決して音楽の専門家をターゲットにしている訳ではなく、動機のなんたるかを細かく論じるのも、あたかもハワイに初めて行く人にオアフかマウイかいちいち問いただすに等しく、きわめて嫌味な行為である。そこで当講座では言い回しの簡素さを重視して、おおむね「動機」とだけ書くことにした。
『宿命』の「タタタ・タタタタ」は、厳密には「リズム動機」というのが最も正しいようである。




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